舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【狩人】2/3

 

「……」

 

狩人見習いとして、バレットが初めてクロウの任務に同行してから約2年が経過した。

あれからバレットはクロウと共に様々な現場に赴き、彼の技術を吸収していった。

そうして彼女は戦闘技術だけではなく、柔軟な対応能力という狩人として活動するうえで重要な力を培っていた。

 

「……。場所は合っているはずですが」

 

そんな彼女はクロウから受け取った地図を眺めて小首を傾げながら、単身で木々が生い茂る森の中に佇んでいた。

クロウから受け取った地図には森の中に存在する目印が列挙されており、彼女はその全てを網羅しながら先に進んでいた。

しかし、その目印を全て辿って行き着いた先には何もなかったのである。

 

「行けば分かる、と言っていましたが……何もないのはどういう」

 

もしや自分はクロウに……あの不愛想なようで妙なところで情に厚いあの男に……謀られたのではないだろうか?と、そんな思考がバレットの脳裏をよぎった。

 

そんな時だった。

 

「ッ!」

 

森の中を不意に突風が吹き抜けた。

明らかに不自然で、且つ何者かの意図を感じずにはいられない。そんな現象に対して、バレットは強い警戒心を露わにしつつ周囲を用心深く見渡した。

 

「……これは」

 

そして再び正面に意識を向けた瞬間、彼女は自身の目を疑った。

 

そこには見る人物によって古びた城にも忘れ去られた廃墟にも見える、石造りの建造物が聳え立っていた。

そしてその建造物の前には女が一人。その胸元には歪な形をしたバッジが木漏れ日によって輝いているのが確認できた。

 

「ようこそお待ちしておりました。我が主がお待ちです。」

 

女はバレットの返答を待つこともなく、自身の背後にある扉を開いて彼女を中に招き入れるような仕草をする。

 

女が身に着けているバッジに、バレットは見覚えがあった。

形の異なる歯車を強引に3つ程組み合わせたような歪なそのバッジは、いつだったかクロウが付けているのを見たことがあった。

普段から必要最低限の物のみを扱い、装飾品など全く所有していない彼が身に着けていたから気になったのだ。

 

『これは狩人の身分証みたいな物だ。別段、普段から身に付けねばならないという規律は無いが、有ればそれなりに便利な代物だ。お前もそのうち受け取る事もあるだろう』

 

彼女がバッジについて問いかけた時、普段と変わらない様子でクロウがそう返答したのをバレットは思い出していた。

 

「到着しました。我が主はこの中にいらっしゃいます。」

「!、ありがとうございます。」

 

案内をするだけして、女は足早にその場を後にする。

ぎりぎりのタイミングで礼は伝えられたものの、なんとも事務的だとバレットは思った。

……しかも、結局ここに至るまで自分は何も状況を把握できていないのだが……この中にいるという彼女の主人に会えばソレも解るのだろうか?

バレットはそう思案しつつも他に選べる選択肢もなかったので、目の前の扉にノックをしたのだった。

 

「入り給え。」

 

バレットのノックに呼応するように、室内からは荘厳な印象を受ける重く低い声色の言葉が返ってきた。

 

「失礼します。」

 

バレットは室内にいる人物が只者ではないという自身の直観に従って、気を引き締めつつ部屋の中へとつながる扉を開いた。

 

「……。」

 

室内には老齢と言って差し支えない風貌の男が一人。

しかし歳老いていると言っても、油断はできない。少なくともバレットは、部屋の奥でただ椅子に腰かけているだけの人物を前にして、迂闊に動くことすらできなくなっていた。

 

「君の話はクロウから聞いているよ。」

「……貴方は、何者です。」

 

男のかけてきた言葉が思いのほか優しい雰囲気だったこと、そしてクロウの名が出たこと。それらの要因によって、僅かに気を取り直したバレットは苦し紛れに問いを投げた。

そんな彼女の様子に、男は呆気にとられたような顔で暫く沈黙する。そして苦笑と共に再び口を開いた。

 

「ハハハ、成程そういうことか。どうにも雰囲気が固いと思えば、要するに君は彼から何も聞いていないわけか」

「貴方の言う彼がクロウのことなら、私は『行けば分かる』とだけ伝えられていたのですが。」

 

バレットが男の問いにそう返答すると、彼はまた子気味よく笑ってからバレットに着席を促した。バレットは男の様子から危険はないと判断し、その提案に乗って男の正面の席に腰を下ろした。

 

「さて、落ち着いたところで……まずは自己紹介から始めるべきだろうね。」

 

男はそう言うと、声の重みとは対照的な柔和笑みを浮かべてから唐突に自己紹介を始めた。

 

「初めましてだ、お嬢さん。私の名はリンドウ。狩人の『組織』、その最高責任者。……まぁ、早い話が君達のボスだ。」

「な!?」

 

リンドウと名乗った男の発言内容は、バレットの予想の範疇を大きく超えていたのだった。

 

リンドウはバレットの混乱が落ち着くまでゆったり待ってから続けて言葉を発した。

 

「初めにも言ったけど、クロウから大体の話は聞いているよ。君がどういう境遇で、彼とどういう風に暮らして、今までどうやって生きてきたかをね」

「……恐縮です。ですが、わざわざ此処まで呼び付けたからには、何か理由があるのでしょう?それを最初に伝えて貰ったほうが話が早い。」

 

バレットとしては、自身の過去を掘り返されるのは余り良い気はしなかった。経歴が経歴だ、無理もない話ではある。

リンドウはバレットのその反応に別段何を思うでもなく、当初の予定通りに用件を伝えるのだった。

 

「率直に言ってしまうと、君を正式に『狩人』として迎え入れたい。」

「……。私はまだ狩人ではなかったのですね。」

 

バレットはリンドウのその言葉にしばし呆然とし、そして数秒の間を置いてから取り繕うように言葉を返した。リンドウはその返答に対して、慣れたことのように柔和な笑みを浮かべている。

 

「それはそうだろう。考えてもみ給え、ただでさえ命を投げ出すような過酷な役割だ。半端な力や覚悟しかない者を迎え入れても、数回と持たずに壊れてしまう。」

 

悲しい話だけれどね、と彼は言葉を締める。

リンドウの言葉は紛れもない事実だった。役割上命に関わる危険は回避できず、人の死を見るのも常。その上相手取るのは人の道を外れたような異常な存在で、仮に敵対者が只の人だったとしても何処かが破綻した者ばかりだ。

そんな狂った相手や現場を何度も経験していては、それこそ自らが狂ってしまうだけだ。

 

「そういう事情もあって……未来ある有望な若者を簡単に迎え入れて使い潰す訳にはいかないのだが、君なら問題もないだろうと判断した。」

「……それはどういう意味でしょう。」

 

バレットはリンドウの言葉に僅かな含みを感じた。

単純にバレットがクロウの下で数をこなし、任に堪えうると単純に判断した訳ではない。リンドウの言葉には、そう感じさせる何かがあった。

 

「さてね、何でも直ぐに答えを求めるのは若者の悪癖だよ。……まぁ人生は長い、地道に進んでそのうち答えを見つければ良いさ」

 

リンドウは彼女の問いかけをそんな風に受け流し、優しくバレットに微笑んだ。

 

「ところで、私はまだ返事を聞いていないのだけれど。……君を、正式に『狩人』として迎えたいと言った私の言葉、了承してくれるかな?」

 

しばらく無言の時間が続いた後、柔和な雰囲気を絶やさずにリンドウは口を開く。……最終確認ということだろう。

しかし、それこそ今更なことだった。あの時、クロウに助けられた瞬間から、彼女がこの場で口にする答えは決まっていたのだから。

 

「異論はありません。謹んでその狩人の任、務めさせていただきます。」

「……。よろしい、期待しているよ。バレット=ガットレイ」

 

その言葉と共に、リンドウは懐から歪な形のバッジを取り出す。そしてそれをバレットに差し出した。

バレットは、一歩ずつ踏みしめるようにゆっくり彼に向って歩を進め……そのバッジを手に取った。

 

「おめでとう、新たなる『狩人』の誕生をここに祝福しよう。」

「随分と大仰な物言いですね」

「こう見えて以前は神職でね。……祈るべき神なぞ存在しないと、過去の出来事で痛感してからは身を引いたが、身に付けた知識は薄れないものだよ」

 

バレットはリンドウの言葉に彼の過去を垣間見た。……彼もまた、尋常ではない過去を背負っているのだろうか?そう思いかけて、彼女は思考を打ち切った。

 

「さて、承認とバッジの贈与も終えた。……それではこれから先、数々の苦難に立ち向かうだろう若人へ、最後の餞別を送ろうか」

「餞別?」

 

バレットの問いかけに対して、リンドウは不意に真剣な面持ちになってから逆にバレットへ問いを投げかけたのだった。

 

「……バレットくん、得物は何を使ってるんだい?」

 

リンドウからの最後の餞別として、自らの武器である銃に彼の異能による祝福を施されることによって『狩人・バレット』は生誕した。

……彼女は漸く自身の力をもって人を救い、外敵を葬るためのスタートラインに到達したのだった。

 





異能:『祝福』
保有者:リンドウ(偽名)
概要:
人ならざるモノを排斥する異能。対異能に特化した異能封じの力。
真っ当な人間が相手なら何も効果を発揮しない。
触れた相手の異能のみを封じ込めたり、物品に祝福を与え同じ効果を付与できる。
物へ付与した祝福は半永久的に継続される。
相手が人外の場合、彼自身が触れれば一切の抵抗が不可能になる。
付与された物品によるダメージは異能による治癒が効き辛くなる。
1度使用する度に数か月のインターバルが必要。
物に祝福を与えた場合は上記に加えて数週間の半身の麻痺が併発する。

異能:『偽装』
保有者:ネームレス(偽名)
概要:
自分以外の任意の生き物に状況を誤認させる異能。
効果範囲は集中力次第。
異能使用中は効果範囲に応じて五感が封じられる

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