舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【狩人】3/3

 

「……よし」

 

時刻は正午。バレットは愛用している銃のメンテナンスを終えて、一息ついたところだった。

少し前に長期の任務を完遂した彼女は、ここ暫くは身体の疲れを取りつつ英気を養っていた。

 

「それにしても、あれからもう2年ですか。」

 

バレットは整備を終えた己の切り札ともいうべき武器を眺めながら、物思いに耽る。

 

バレットがリンドウと対面し、正式に狩人として認められた日から2年が経過した。

あの日以来、彼女の銃から放たれる弾丸は文字通りの対異能に特化した『銀の弾丸』となった。

彼女はリンドウの異能による『祝福』を受けた銃と、クロウの元で磨き上げ続けた近接戦闘技術を十善に発揮し、狩人として様々な標的と相対した。

いずれも油断ならない難敵ではあったけれど、彼女はそれら全てを踏破した。

リンドウの異能による恩恵も確かに大きく作用したし、常に単独で任務を遂行していた訳ではない。それでもバレットにとって、それらを乗り越えられた一番の要因はクロウの存在だった。

 

『生き延びた以上は現実に屈するな。……私はお前が奮起することを期待する。』

 

彼にそう言われたのは、いつの話だったろうか。……そうバレットはいつかの記憶を思い返して少しだけ表情を緩めた。

思えば……彼にこの言葉をかけて貰ったからこそ今の自分があるのだと、彼女は本気でそう思っていた。見るものが見れば呪いとすら解釈されかねないその出来事も、彼女にとってはこれ以上ない福音であり道標だ。

そして、それはこれからも変わることはないのだろう。

 

……そう、本気でバレットは思っていた。

 

「……おい、少し時間は大丈夫か」

 

そんな風にバレットが物思いに耽っていたとき、唐突にクロウがやってきた。

そのいつも通り不愛想な態度と声色に、バレットは慣れたことだというように平然と返答する。

 

「ちょうど整備も終わったところなので問題ありませんが、どうしたのです?クロウ」

「話がある。」

 

それだけを端的に伝えると、クロウはそれ以上何も言わずにバレットに背を向けて歩いていく。……どうやらついて来いということらしい、とバレットはクロウの行動を解釈して彼の後を追った。

 

「……座れ。」

「……。」

 

クロウに付いて行ったバレットは、普段あまり入ることのない彼の自室へと案内された。

……今までもこういうことは何度かあった。

彼が自身の部屋に人を招くのは余程の重要任務の前か、他人に聞かれるのが拙い話をするときくらいのものだ。

つまり、今回もそういった重要度の高い話なのだろうとバレットはあたりを付けながら彼の言葉を黙して待った。

 

「私にはお前に、突き付けなければならない選択肢がある。」

「……クロウ?」

 

だというのに、彼の口から漏れ出た言葉には言い表しようのないほどの苦渋の色が滲んでいた。

 

「いまさら何を言うのか、とかそういった反応は一旦隅に置いて、まずは私の話を聞いてもらう」

「……」

 

彼らしからぬその前置きに、バレットは一層困惑の色を強くした。

普段のクロウならばこんな前置きはせず、端的に要件を伝えてこちらの判断を促す。……だというのに、今の彼はまるで長年の後悔を懺悔しようとしているかのようだった。

 

「最初に伝えておくが、私はお前をここまでに育てるつもりはなかった。……いずれ逃げ出すだろうと高を括っていた。」

「……」

 

バレットはクロウの言いつけを守り、何も返さず彼の話を聞いている。

 

「リンドウの元にお前を送り出したのは、そうすればお前は止まれるだろうと判断したからだ。だというのにアイツめ……素質だけで可否の判断を下した訳ではないのが余計に腹立たしい」

 

そういえばリンドウ……狩人の長が言っていた。

 

『未来ある有望な若者を簡単に迎え入れて使い潰す訳にはいかないのだが、君なら問題もないだろうと判断した。』

 

……今更ながら、アレはどういう意味なのだろうか?

バレットはそんな思考を打ち切りつつ、尚もクロウの言葉に耳を傾け続ける。

 

「だが、何よりも度し難いのは……自身の失態を10年以上に渡って放置し続けた私自身だ。」

 

クロウは黙って自分の話を聞いているバレットをしっかりと視界に捕らえ、深く息を吸ってから……その言葉を彼女に告げた。

 

「……■■■=ガットレイ、お前は故障している。」

 

……その名前は、誰のモノだったろうか。

バレットは一瞬本気でそんなことを思った。……無論、彼女にもソレが自身の名前だったことはわかっている。だが、クロウにその名前を呼ばれるまで……自信を【弾丸】と定義したその瞬間から今に至るまでの数年間……彼女は自身の本名を忘却していた。

 

「名前というのは存外に強い力を持っている。私のクロウも、ボスのリンドウもそれぞれ名前に意味を持たせている。……そうあれと願い、そう呼ばれることによって、自然とそうなっていく。名は体を表すという言葉もあるほどだ」

 

クロウは静かに重く、けれどどこか優しさを感じさせる声で言葉を続ける。

 

「……だから、私はお前をバレットとは一度として呼ばなかった。お前には、そうなって欲しくはなかったからだ。」

 

……確かに一度として狩人としての名前で呼ばれたことがなかったと、バレットは言われて初めて気が付いた。しかし、そこに気づいてしまうと今度は疑問が浮上する。

 

「最初にお前を焚き付けてしまったのは私だ。あの地獄で唯一生き延びた人間の可能性を、たったの一言で大幅に狭めてしまったのも私だ。……だからせめてお前が独り立ちできるまで、お前が私の元から離れるまでは鍛えてやろうと考えた。」

 

クロウはバレットのうちに浮上した、なぜ私を育てたのか?という疑問に彼女からの問いを待つまでもなく回答した。

 

……これ以上はダメだ。

せっかく手の届きそうなほど近くまで迫った彼の背中が、このままでは二度と手が届かないほど遠くに消えてしまう。

 

バレットはそんな漠然とした不安を抱き、それに耐えられないというように口を開く。

 

「待ってくださいクロウ、それでは私がまるで……今まで貴方を追いかけて来た私の今までが間違えていたとでもいうのですか?」

 

「……。……。……そうだ、私はお前に最初の一歩を間違えさせて、こんなところまで連れてきてしまった。なにより……自身を犠牲にしてまで、他人を助ける責任がお前にあるはずがない。……そういうことは、私達の領分だ。」

 

普段よりも一際長く間をおいて、クロウは苦々しげに返答した。

 

「リンドウが言っていたんだろう?『君なら問題ない』と……アレは『既に先が無いのが目に見えているのだから、使い潰そうが全体の損益には関係がない』という意味だ。……正義の意を冠してはいるが、アイツはどこまでも効率主義のロクデナシなんだよ。」

 

その言葉は、彼女の耳には届かない。否、聞こえてはいる……しかし自身のこれまでをクロウから直に、間違えていたと断じられたことは、彼女にとってあまりにも衝撃が強すぎた。

 

「■■■=ガットレイ、私のことを恨むのならば恨めばいい。殺したければ殺せばいい。……だが私はお前を育てた者として、事実をお前に告げる義務がある。決定的な選択肢を、これから先のお前の人生を自分の意志で決めさせる責任がある」

 

男の顔からはもはや何の感情も読み取れない。その事実で、彼女はようやく彼の真意に気が付いた。

 

彼は自分に、狩人以外の道へ踏み出す機会をくれている。……あの全てを無くした事件、彼に拾われたあの事件で、ただただ生き抜くために選んだ選択をやり直す機会を与えている。

……クロウが全て悪いのだと私に思い込ませ、未練さえ感じさせないようにしたうえで。

 

クロウの目的に気が付いた彼女は、先ほどまでの錯乱気味な精神状態を一息で抑え込んだ。

そして似合いもしないのに悪人ぶって責任を被ろうとする身勝手な男に、しっかりと視線を合わせる。

 

「……クロウ。あなたの言うように、確かに私はおかしいのかもしれない。」

「……。」

 

彼女の言葉を今度は逆にクロウが黙って聞いている。

 

「確かに最初の一歩、貴方に救われた時に選択を誤っていたのかもしれません。……ですが、私はそれを誤りだと思いたくはない。あの時、貴方に救われたのは私にとって素晴らしい出来事だと心から信じています。今更ではありますが、心から感謝を送ります。」

 

彼女はクロウに対して深々と頭を下げて感謝の意を伝える。それを彼がどう感じたのかは、貼り付けたような表情からでは読み取れない。

 

そんなクロウにかまわず、彼女は続ける。

 

「ですが、他ならぬ貴方の言葉です。無碍にはできない。ですから、ここは妥協点として『狩人として活動するか否か』についての選択をやり直すということにはできませんか?」

「……お前は、それで良いのか?」

「はい。……貴方のことですから、最初からやり直せば自分たちとの関りを断てる。そこまでして漸くやり直しが効くとでも考えていたのでしょう。」

 

暫く能面のように変化のなかったクロウの表情が、目に見えて変わった。彼女はそれをほんの少し面白く感じながら、言葉の先を続ける。

 

「狩人の実態がどういったものであれ、貴方は私にとって大恩人です。その事実に変わりはありませんし、今更変えようとも思えない。

……どうしてもやり直せというのなら、そこは妥協してもらわなければ釣り合いが取れないと思います」

 

そこまで口にして、彼女はこれ以上言うことはないという風に口を噤んだ。

 

彼女の本音ともいうべき言葉を受けたクロウは次第に肩を揺らして笑い始め、最終的には声を上げて大笑した。

10年以上共に活動していた彼女にとってもそれは初めて見る彼の姿であり、狩人としての仮面を取り払った素のクロウを彼女は初めて見た気がした。

 

「……全くバカバカしい、何年も思い詰めていた私が道化のようじゃないか。」

 

彼の大笑はしばらく続いた。やがて笑いつかれた彼は、肩で息をしながらそう呟いた。

 

「そこまで言うのであれば仕方がない。……やり直しの決断期限は次の任務が終わって帰還した時までとしよう。せいぜい熟考しておくがいい」

「えぇ、そうさせて貰います。」

 

そうやって自身の歪さを指摘され、彼女はクロウから再び選択の機会を得たのだった。

彼女が次の任務として『霧の都』へ赴くことになるのは、それから3日後のことだった。

 

 

__装章・狩人




わかりづらそうだったので解説

「……正義の意を冠してはいるが、アイツはどこまでも効率主義のロクデナシなんだよ。」

リンドウの花言葉
「悲しんでいるあなたを愛する」
「正義」
「誠実」
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