舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【輪舞】②

 

夜が明けた。

川崎沙耶は底無し沼のような抗い難い微睡みから抜け出し、無理矢理身体をベッドから起こした。

窓の外を見ると、昨夜の濃霧は嘘のように消え去っていて辺り一面視界は良好。問題なく周囲を見渡すことができた。

 

「……はぁ」

 

しかし、そんな外の状況とは対照的に沙耶の胸中は重く澱んでいた。

原因は昨夜行われた『狩人』バレット=ガットレイとの話し合いだった。

 

ゴルドから入手した、ハイレンジア家の使用人であるアルエが『紫陽の花』のボスらしいという情報をバレットと共有したまでは良かった。

しかしその後、沙耶にとって予想外の話の流れになり、バレットと自身の過去を互いに打ち明け合った。

その過程で少々彼女と言い合いになってしまったことが、沙耶をこの上なく憂鬱な気分にさせていたのだった。

 

自身の姉であるさくらと口論になって以来、言うつもりのなかった本心を口に出しそうになったこともそうだが、沙耶としてはあそこまで本気で言い返されるとは思っていなかった。

そのため反論に少々熱が入ってしまったことが、何よりも沙耶を憂鬱にさせていた。

 

「ちょっと強気に出すぎちゃったかなぁ……。いやでも、バレットさんが急にあんな話を始めたのが原因だし……いやいや、人のせいにして自分を正当化するなぁ……」

 

沙耶は珍しく頭の整理が追い付いていないのか、独り言を零したり、無意味に室内を歩き回ったり、頭を左右に振ったりして雑念を飛ばそうと躍起になっていた。

 

『できるなら、この街を出てからも私は貴女を護りたい……っと、思っているのですが』

 

「……。」

 

不意に、昨夜バレットが最後に残した提案を思い出してピタリと沙耶の動きが止まった。

そして何事かを数秒程思案した沙耶は、俯いていた頭を勢いよく上げる。

その眼には決意のような強い光が宿っていた。

 

「とりあえず……守られなくても大丈夫なところをバレットさんに見せて、私は心配不要ですってことをハッキリ伝えなきゃだよね!」

 

そんなふうに、川崎沙耶は一人で勝手に納得してしまった。

沙耶の負けず嫌いな一面が、悪い方向に働いてしまった結果だった。

 

「……あの、沙耶様?そろそろ朝食のお時間ですが……準備の方は大丈夫でしょうか?」

「わっ!?いつからゴルドさん!?」

 

控えめに扉を少しだけ開けた状態で、ゴルドが部屋の中を伺って心配そうに沙耶に声をかけていた。

どうにも沙耶が悩んでいた一部始終を目撃してしまったようで、心配と同時に困惑の色がその瞳に浮かんでいた。

 

「ほんの少し前からです。ノックは数回したのですが反応がありませんでしたので……準備がまだのようでしたら、髪を整える程度であれば私でもお手伝いできますが。」

「す、すぐに準備します!」

 

慌てて返事をする沙耶の様子を見て、ゴルドはそっと扉を閉めた。

部屋の外で待機しているゴルドは、落ち着いている普段とは違い沙耶にも歳相応の部分があるのだと感じ、奇妙な親近感を覚えた。

 

暫くして沙耶はヴィアナとバレットが待機している部屋に到着し、二人と一緒に朝食を終えた。

 

「それで沙耶?今日は随分とのんびりとした起床だったようですが、昨日夜更かしでもしたんですの?」

 

朝食を終えて談笑している途中、ヴィアナは思い出したように沙耶にそう問いかけた。

一応事情を聞いておきたかったが、到着早々問い掛けては責めているように感じるかもしれないので、一端時間を置いて後から聞こう。

そんなヴィアナの密かな気遣いもあってこのタイミングを選択したようだった。沙耶もそのことは何となく察しているようで、困ったように小さく笑みを返している。

 

「夜更かしというか、思ったより熟睡しちゃって。気付いたらもうギリギリの時間だったんだよね」

 

そして沙耶はなんとなく昨日ゴルドやバレットとした会話をヴィアナに伝えるのは止めておくことにした。

ゴルドはヴィアナの味方だと解っているので自分から事を荒立てることもないし、バレットとの会話内容は人に聞かせる類の話ではない。

……ゴルドだけは、少し驚いたような表情で沙耶を見ていたが、彼女なりに考慮しての返答だった。

 

「やれやれ……やはり一日を休暇に充てるように進言したのは正解だったようですわね」

 

ヴィアナは沙耶の言葉にため息交じりに返答した。

 

「……進言、というような平和的な雰囲気ではなかったと思いますが……」

「あらバレット、何か、言いたいことがありまして?」

「いえ、何も」

 

沙耶はヴィアナとバレットの間に一瞬火花が散ったように感じた。……しかし、それは一瞬だけで二人は楽しそうに肩を揺らしているので、自分が心配することはなさそうだと沙耶は胸を安堵した。

 

「そういえば二人とも今日はどこを見て回るつもりですの?捜査、再開するのでしょう?」

「えぇ、許可を頂けるのであればそうするつもりです。」

 

ヴィアナは紅茶のカップを一度置き、改めてバレットと沙耶に向き直る。それを見て沙耶も居住まいを正してヴィアナとバレットの会話に耳を澄ました。

 

「許可なら差し上げますわ。もとより強制的に疲労回復に充てさせるのは昨日だけのつもりでしたので」

「……。」

 

沙耶は、強制的だったって自覚はあったんだね。と口に出しそうになっているのを何とか踏みとどまった。

一方バレットは、ヴィアナの返答に小さく頷いてから今後の予定を口にする。

 

「今日は改めてハイレンジア邸に向かう予定です。……情報統制の役割を担っているという点もそうですが、もう何点か確認するべき事象が生じましたので」

「……ハイレンジアということは、イリスが何か今回の件に関りがあると?」

「それはまだ何とも。」

 

ヴィアナはバレットと言葉を交わしながら、視界の隅で沙耶を捉えていた。

……どうにも今朝の彼女の様子は妙だと、友人としての勘がヴィアナにそう告げていた。

そして、様子がおかしいと言えばもう一人……昨夜から落ち着きのない使用人がいる。

ヴィアナはそこで一度数秒間目を閉じ、深く息を吸い込んで自身の思考をリセットした。

 

「オーキス、急ぎ本日のハイレンジア家への訪問が可能か、確認を取りなさい。」

 

そして落ち着いて判断した結果、ヴィアナは自身が今取れる最善の選択をすることにした。

ヴィアナとイリスは友人関係だ。もし仮に拒まれたとしても、友人の頼みということで強引に押し切ってしまえば良い。

無論その場合はイリスに貸しを作ることにはなるが、彼女に無理を言う以上はヴィアナは多少の無茶振りであれば受け入れるつもりだった。

……しかし

 

「……それがヴィアナ様」

「?、どうしたのオーキス」

「こちらを」

 

オーキスはヴィアナの命に対し、珍しく対応を決めかねているような態度をとっていた。

不審に感じたヴィアナが眉根を寄せながらオーキスに問い掛ける。彼はヴィアナの傍らに歩み寄り、懐から1通の封筒を取り出してヴィアナに差し出した。

そんな二人のやり取りをバレットと沙耶は、何事かと押し黙って見つめていた。

 

「これは……ハイレンジア家の封蝋?」

「今朝早くにやってきたハイレンジア家の使者がヴィアナ様にと……。念のため要件も確認しようとしたのですが、渡してもらえれば解るとだけ……」

 

どうにも煮え切らない態度のオーキスにヴィアナは身構えてから、封筒を受け取って中の手紙を読み始めた。

 

「……」

「……」

「……」

 

沈黙が室内を支配する。

沙耶もバレットもオーキスでさえ、ヴィアナがハイレンジア家からの手紙を読み終えるまで固唾を飲んで見守るしかなかった。

 

「ふ、ふふ、ふふふふふ……」

「ヴィアナちゃん?」

「ヴィアナ嬢?」

 

手紙の枚数は全部で4枚だったようで、ヴィアナはその全てに目を通した後で肩を揺らして笑い始めた。

オーキスとゴルドは、主人の只ならぬ様子に息を飲んで彼女の言葉を待っていた。

 

「……はぁ、全く。……あの子は昔から何を考えているか解らないところがありましたが、今回は度を越しているにも程がありますわ、本気で」

 

しばらくして、ヴィアナの様子が落ち着いてから彼女が呟いたのはそんな言葉だった。

 

「ヴィアナ嬢、一体どのようなことが書かれていたのですか?」

「……バレット、貴女達がハイレンジア家に向かうのを許可することはできません。……いえ、正確には許可を出す前に徹底的に拒絶されたとでもいうべきなのかしら。」

「え?それってどういう……」

「こちらをご覧くださいな。」

 

ヴィアナはそう言って、4枚の手紙のうち最初の2枚だけを2人に差し出した。

どうやら読んで良いということらしい。

沙耶とバレットは数秒互いに顔を見合わせて、差し出された手紙を確認することにした。

 

【拝啓、親愛なる友人の皆様

 堅苦しい挨拶は省く。

 

 手紙を送った理由は他でもない。

 『狩人』が追っている件の事件に関係する情報を発見した。

 緊急の要件のため、早急に別紙にて詳細を確認するように。

 

 それからもう1つ。

 数日の間、街の外部の人間が当家に立ち入ることを許可しない。

 申し訳ないが、当家にも他に明かせない事情がある旨を理解してほしい。

 実力行使に出た場合、当家は相応の報復を行う。

 

 最後に忠告を。

 身内であってもあまり盲目的に信頼しないことを勧めるわ。

 貴女は優しすぎる。

 

 イリス=ハイレンジア】

 

1枚目の手紙を読み終えたバレット達は、続く2枚目に目を通す。

……そこには簡略化された地図と、その地図に記された目的地への道順が詳細に記載されていた。

以前の『異能薬』事件の首謀者であったダリアという人物、その彼が根城にしていた廃棄された診療所。

そこが2枚目の手紙に記載されている目的地だった。

 

「これは……」

「無理を通すために代償を支払う。……こちらに拒否させる隙さえ与えず、どちらも済まされては私もどうしようもありません。」

 

ヴィアナは珍しく苦笑しながらそう言って、オーキスが新しく淹れた紅茶に口を付けた。

 

「ねぇ、ヴィアナちゃん。……その、言い辛いんだけど」

「イリスが何か重要なことを知っていて、私たちに黙っている。そう言いたいのでしょう?……私も同感ですが、ここまで先手を打たれてしまっては、ね。」

 

ヴィアナは困ったように沙耶に返答する。

ヴィアナからしても、まさかここまで徹底的な先手を打たれるなど夢にも思っていなかった。

彼女がハイレンジア家の当主の座についてから今まで、こんなことは異例中の異例だったのだ。

 

「……まさかこちらが動き出すよりも早く阻止されるとは思いませんでした。……しかし、その割には」

 

奇妙な点が多すぎる、とバレットは直感的に感じていた。

ゴルドという内通者がフェリエット家に存在しているとはいえ、いくらなんでもコチラの動きを察知するのが早すぎる。

その上、ハイレンジア家を尋ねさせない代わりに新たな手掛かりを送って寄越すなど筋が通らない。

恐らく何らかの誘いなのだろうが……他に明確な手掛かりがないのも事実。誘いに乗らない選択肢は存在しない。

 

「ねぇ、ヴィアナちゃん。後の2枚って何が書いてあったの?」

「特に目新しいことは何も。要約してしまうと、私個人への仕事の手紙でしたわね」

「……そっか」

 

沙耶はそれだけヴィアナから聞き出して黙り込んだ。

ヴィアナはそんな彼女の様子を見つめ、何を言うでもなくただ微笑んでいた。

 

そして不意にヴィアナが柏手を打つと、思考に沈んでいたバレットは顔を上げてヴィアナを見る。

 

「で、どうします?」

「……不本意ですが、今日の所はひとまずサヤと一緒にこの手紙に記された場所へ行ってみることにします。」

 

バレットはヴィアナの問いかけに対して、地図の書かれた手紙を懐にしまい込みながら返答する。

ヴィアナはそれを止めることもなく黙認した。

 

「……」

「サヤ……?」

「……え?あ、はい!」

 

沙耶はバレットよりも深く思考に耽っていたようで、立ち上がったバレットに肩を軽く叩かれてようやく自身が呼ばれていることに気が付いた。

 

「……大丈夫ですか?不調なようなら」

「大丈夫だってば」

 

沙耶の様子に心配そうに声をかけるヴィアナを遮り、沙耶は立ち上がってバレットの横に移動した。

 

「……あぁ、そうだ二人とも」

「はい。」

「どうかしたの?」

 

今まさに外に出ようとしていた二人を呼び止め、ヴィアナは先程思い出したことを伝えた。

 

「今日はあまり遅くならないようになさい。……どうも今夜の霧は一段と濃くなりそうですので」

「……忠告感謝します。」

「行ってきます、ヴィアナちゃん」

「ゴルド、屋敷の外まで二人を案内なさい」

「承知しましたヴィアナ様」

 

沙耶達はゴルドを先頭にして退室していった。部屋に残ったのはヴィアナとオーキスの二人だけ。

ヴィアナは扉から出て行った3人の足音が聞こえなくなるまで、ジッと扉を見つめ続けていた。

そして足音が完全に聞こえなくなったところで、肩の力を抜いて脱力した。

 

「貴方ねぇオーキス……こんな手紙をあんなタイミングでよくも渡せたものね……」

「……プライベートなことでしたので、中身の確認が不十分でした。……残る2枚にはなんと?」

「……これよ」

 

オーキスは疲れ切った様子のヴィアナから手紙を受け取り、その文面に目を通す。

そして3枚目を読み終え、4枚目に目を通し始めたところで彼の目は見開かれた。

 

「ヴィアナ様、これは……」

「……本当に、何を考えているのかしらねイリスは」

 

ヴィアナは街の中で同格の地位に立っている唯一の友人を思い浮かべ、深々と溜息をついた。

それからオーキスから手紙を受け取り、緩慢な動作で仕舞い込んだのだった。

 

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