舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【輪舞】④

 

地下室に続く穴の中へと入っていったバレットと沙耶は、しばらくして行き止まりに辿り着いた。

地下に降りる前にバレットが診療所内から回収してきた古いランプによって照らし出されたのは、正確には行き止まりではなく錆び付いた扉だ。

この場の雰囲気に似つかわしくない程の堅牢さで、その扉は内と外を完全に隔絶していた。

 

バレットは一度その扉を軽く調べ、鍵がなければ簡単には開けられないことを確認した。

扉の状態を確認し終えたバレットは、沙耶に数歩下がるように伝えた。

 

「……ハァッ!」

 

沙耶が指示通りに数歩下がったことを確認したバレットは掛け声と共に扉を蹴り壊した。

無論、室内にどのような物品が保管されているかは不明なため、扉が吹き飛ばない程度には加減をしての回し蹴りだった。

 

「……もしかして」

 

ある種衝撃的なその光景を目にした沙耶は、先日訪問した情報屋の拠点を思い出した。

そして何故扉があんな風に歪んでいたのか、その原因に思い至ったのだった。

 

「バレットさんって実は結構不器用ですよね?」

「失礼な、力加減はいつでも完璧です。」

 

バレットは何故急にそういう話になったのか理解できていないようで、怪訝な顔で沙耶に返答しながら自身が蹴り壊した扉を端に避けていた。

 

そうして二人は長らく扉に閉ざされていたであろう地下室の中へと侵入した。

 

「……上もそうでしたけど、基本的に何もありませんね」

「予想はしていました。」

 

室内にあるのは何故か部屋の中央に設置されたベッドと壁際のデスク、それから複数の棚だけだ。

強いて上階との違いを挙げるなら、ここに残された棚の中には空の薬品瓶すらも存在しないということだった。

 

「サヤ、手分けをしましょう。私はデスクを集中して調べます。」

「あ、じゃあ私は薬品棚……は空みたいなので、ベッドの周りとか見てみますね」

「えぇ、よろしくお願いします、」

 

手早く周囲の状況を見たバレットは、沙耶に提案してから最も手掛かりの残っていそうなデスクに歩み寄った。

彼女は視界の端で沙耶がしゃがんでベッドを念入りに調べようとしている様子を捉えていたが、デスクの引き出しに手を掛ける頃には意識を完全に切り替えて調査に集中するのだった。

 

 

  @ @ @

 

 

……正直私は対応に窮していた。

この地下室に始まったことではないが、この建物には何もなさすぎる。

手掛かりになるような物品もなければ、最近何者かが侵入したような痕跡もない。

イリス=ハイレンジアが何を考えてわざわざこんな場所を調べさせるように仕向けたのか……私にはその意図が理解できなかった。

 

元より客観的な視点で見れば、イリス嬢は明らかに何かを隠している。

しかし彼女が一連の事件の犯人、もしくは黒幕である……という線は薄い。

もし仮に彼女を黒幕だとした場合、彼女の行動には腑に落ちない点があまりにも多すぎるからだ。

 

「だというのに……」

 

私は先程デスクの引き出しの中から取り出した古ぼけたノートを手に取りつつ、深いため息を零していた。

あからさまな誘導。……とはいえ現状乗るしか選択肢はない。

思えばハイレンジアの屋敷を訪ねてから今日まで、私たちは彼女の手のひらの上で弄ばれているとすら感じている。

 

例えば……あの情報屋、シークのことを私に教えるようにアルエに指示したのはイリス嬢だ。

そして彼は『紫陽の花』の長と繋がりがあり、その人物はサヤを敬遠している。

……この情報とゴルドがサヤに告げたという『紫陽の花』の長の正体が、私の中でどうしても噛み合わない。

 

彼が言うには『紫陽の花』の長はハイレンジア家の使用人であるアルエだという。

……しかし、ハイレンジア邸を訪ねたあの日にアルエと長く話をしたのはサヤではなく私だ。

アルエとサヤには接点らしい接点がない。……にも拘らず、『紫陽の花』の長はサヤを遠ざけている。

むしろ私には、アルエではなくあの日にヴィアナ嬢と共に彼女と話をしていたイリス嬢こそが『紫陽の花』の長だと言われた方が自然なように感じられる。

 

そんなことを考えながらノートを読み進めていた私は、不意に気になる記述を見つけた。

ノートの内容は何らかの研究記録のようで……異国の文字で煩雑に走り書きのように記載されていて非常に難解だった。

このノートは恐らく診療所の主だったダリアの書き残した物なのだろう、それだけは容易に推測できた。

 

明らかに書いた本人以外が読み返すことを想定していない文字の羅列。その中に不意に冷静さを取り戻したように落ち着いた筆跡で、ページの端に注釈が添えられていた。

 

『以前にアレから聞いた通り、人間の異能は人体構造の中に発生した突然変異的なモノらしい。

 度重なる実験の末、私はそれを因子として捉え、一部を摘出・複製することに成功した。

 この手法を応用して首尾良くアレの因子を移植できれば、面白いことが出来そうだ。』

 

……文脈から察するにどうやらこのノートにはダリアが行っていた研究、つまり異能薬の製造に関する研究過程が記載されているらしい。

初日の襲撃者が異能薬の服用者だったことは既に情報を得ていたので、その実在性を今更疑いはしない。しかし、その製造過程には目を疑うような内容が記載されている。

異能を因子として摘出し複製するなど、前代未聞どころの話ではない。そんなことに成功した例など、これまで噂ですら聞いたことがなかった。

 

私はありえないと否定しそうになる自身を抑制し、再び注釈を探した。

そして数ページ捲ったところで、再びそれを発見する。

 

『どうにも上手くいかない。

 これまでの実験でわかったことは、適性のある素体でなければ人体構造が保てないということだ。

 一時的には安定しても、本来の持ち主以外では異能を扱い切れずに最長2日で死亡してしまう。

 正確に言うと、異能の因子を取り込んだことによる強烈な拒絶反応に人体が耐え切れず、末端の細胞から次々と壊死してしまう。

 ……これをどうにかしなければ、異能の移植なんて夢のまた夢だろう。』

 

……。少なくともここだけで情報屋シークから得た情報と、使用者は最長2日で死亡する・拒絶反応によって細胞が壊死するという記述が合致していた。

ここまでの記述をみるに、どうやらダリアはこの2つの問題に関して最後まで解決策を見いだせなかったようだ。

それは若干の焦りを感じさせる最後の一文からも感じ取れるし、なによりも仮に解決策を確立しているのなら、襲撃者が半身を獣に変容させたままで死ぬこともなかったはずだ。

 

『あれから何度も何度も実験と検証、そして修正を繰り返した。

 長期間に渡り考えられる手は全て試してみたものの、結果は芳しくない。

 ……少々プランを変更する必要があるかもしれない。』

 

再度発見した記述の内容に、私は少しばかり余裕を取り戻した。

記述の時点とこれまでの情報を照らし合わせた限りでは、まだ異能薬はダリアの思い描いていた完成品には程遠い段階であると感じ取れた。

そして私はそのまま努めて事務的に、次へ次へとページを捲っていく。

 

 

 

『上手くいった。』

 

 

 

それを見た瞬間、ゾワリと背筋に冷たいものが走った。

たった一言、たったの一文。

だというのに、その一文が先程まで読んでいたノートの文面の中で最も悍ましい存在感を放っているように私には感じられた。

まるで少し事態を楽観視し始めていた私を嘲笑うかのように、その文はハッキリと書き記されていた。

 

……詳細は分からない。

分からないが、少なくとも以前の事件の際にダリアは何かを成したのだ。

それだけは事実だと、たった一文で告げられていた。

 

私は彼の人物が何を成したのか……せめてその手掛かりを僅かにでも得られることを願いつつ、ひたすら無心でノートを捲っていった。

 

「バレットさん、こちらは大体調べ終わりました。そっちは何か分かりましたか?」

「……えぇ、こちらも丁度調査が終わった所です。」

 

そんなサヤの声を聞いて、私は少し冷静さを取り戻す。そしてノートをしまいながら、私はサヤに返事をした。

 

……このノートは大きな手掛かりになる。

私はノートを更に詳しく調べる手段を模索しながら、サヤと向き直るのだった。

 

 

  @ @ @

 

 

私は早速、バレットさんに提案した通りベッドの周辺を調べてみることにした。

 

「……」

 

……とはいえパッと見た感じ本当に簡素な造りの、人が一人寝転がれば埋まってしまう広さのベッドだという程度しか私にはわからない。

 

『先入観っていうのは意外と厄介なんだよ。最初にどういう印象を受けたかで、その後の物の見え方や感じ方なんかにも影響が出ちゃうからね。

……どう対策すれば良いか?……そうだねぇ、単純に見る角度を変えてみたら良いんじゃないかな?』

 

ふと、以前クロブチ先生がそんなことを言っていたのを思い出した。

私はせっかくの機会なので実践してみようと思い、とりあえずしゃがんでじっくりとベッドを観察してみることにした。

 

……ベッドはそれなりに年季が入っていて、少し負荷をかけるだけで軋みを上げる‌ようになっている。

随分と長い時間放置されているようで、シーツの上にまで埃が積もってしまっているのが見て取れる程だ。

 

「この部屋、ほんとに誰も使ってなかったんだ」

 

入口の扉は錆び付いていたし、そもそもこの部屋の状況から頻繁に人が出入りしているようには感じられなかったので、その点に関してはほぼ確定と言って良いだろう。

それくらいのことは、バレットさんは言うまでもなく察しているはずだ。

 

なので、私が調べるべきはもっと他の事。少しでも役に立たないといけない。

 

「ん?……なにこれ」

 

ふと、ベッドの脚の部分に目を向けた。

そこには金属製の輪っかが、その穴にベッドの脚を通すようにしてあった。

その輪っかからは、更に小さい輪っかを複数繋ぎ合せたような短い鎖が垂れていた。

 

「……」

 

……どこかで見たことがあるような、その物体の正体を私はすぐには思い出せなかった。

当然と言えば当然の話だ。

そんなものは私のこれまでの日常には縁遠い物品で、しかも本来はこんな風に使うものではない。

知識で知っていてそういう物があると解ってはいても、実物を見たことがなければ上手く繋がらないものだ。

 

……とはいえ、その物品の名前自体はほとんどの人が知っているわけで

 

「あ、これ……手錠?」

 

私はほどなくして、その正体を思い出したのだった。

 

「……」

 

正体を思い出したのであれば、次はその用途に目を向けるべきだろう。

……用途とは何だろう。手錠は本来、警察が悪い人を捕まえるための道具……早い話、拘束具と呼ばれる類のモノだ。

それがどうして、破損した状態でこんなところに放置されているのだろう。

……よく見ればベッドの脚には、何か硬い物を激しく擦り合わせたような跡が散見される。

 

「……」

 

そこで私の中で推測が状況証拠と綺麗に繋がったように感じた。

つまるところ、このベッドはこの部屋の持ち主が休息するために使われていたわけではなく……抵抗できないように拘束された誰かで実験するためのもの。

いわば拘束台、とでも言うべき代物なのだろう。

では何を拘束するの?何故わざわざ地下室にこんなものを設置する必要があるのか?

……そんな疑問は、もはや疑問とすら呼べなかった。

 

「……はぁ」

 

ベッドの用途に気付いた私は眩暈とも吐き気とも付かない、言い知れない気持ち悪さを感じた。

……そして、その気持ち悪さが嫌悪感から来るものだと理解するまでに数秒を費やした。

 

バレットさんから聞いた話を思い出す。

異能薬の効能と、自身を実験体にしてまで他人に異能を与えようなんていう馬鹿みたいな行為……理解できないし理解したいとも思わない。

先生や私とは違う。正反対とすら言っても良いそんな思想に共感できるなんて、とてもじゃないけれど思えなかった。

そもそも、こんなもの……。

 

そこまで考えて、私は1度大きく頭を振って立ち上がった。

ともかく推測交じりとはいえある程度の情報は得られたので、一度バレットさんと意見を交換してみよう。

 

「バレットさん、こちらは大体調べ終わりました。そっちは何か分かりましたか?」

「……えぇ、こちらも丁度調査が終わった所です。」

 

そう思って話しかけたが、バレットさんは先程までとは違い重々しい表情だった。

……どうやら、何か新しい情報を得られたようだ。良い情報か悪い情報かは、ひとまず置いておくことにしよう。

 

「サヤ、顔色が優れないようですが」

 

そんな深刻な雰囲気を纏っているというのに、視線をコチラに向けた瞬間そんなことを言ってくるのだから、私は毒気を抜かれてしまった。

 

「ちょっと埃が酷かっただけですよ、バレットさんは大丈夫でしたか?」

「こちらは特に問題ありませんでした。……無理をさせてしまったようで申し訳ない。」

「いや、そんなことないですよ?」

 

結構本気で心配してくれているようなので、私も素直な返事を返した。

ともあれ、確かにいつまでもこんなところにいるのは良くない。埃が凄いのも本当のことだ。

 

「他に調べるところがなければ、外に出てから話しませんか?」

「ふむ……そうですね。他にあるのは空の棚だけ。見たところ他に怪しい個所もないようですし、確かに潮時かもしれませんね」

 

だから私はそう提案したし、バレットさんもそれに同意してくれた。

 

私達は二人揃って来た道を通り地下室から出る。それからすぐに研究所の外に続く扉を目指した。

いつの間にか随分と時間が経ってしまっていたようで、辺りは既に薄暗く窓の外からは仄かに街灯の光が滲んでいた。

 

 

……もしかしたらあのタイミングで地下室を出ようと提案したのは、虫の知らせだったのかもしれない。

 

 

屋外へと繋がる扉を開けた私達は、視界を遮るような濃霧に言葉を無くしていた。

 

『今日はあまり遅くならないようになさい。……どうも今夜の霧は一段と濃くなりそうですので』

 

そういえば……と、ヴィアナちゃんが言っていた言葉を思い出す。

それと同時に私は、バレットさんから聞いたシークさんの言葉を思い出した。

 

『……最後に忠告を。霧の濃い夜はなるべく出歩かない方が良い。見なくても良いものを見る羽目になるかもしれないからな』

 

……脳裏に浮かんだ今の状況に合致し過ぎているその言葉を、私はどうしても掻き消すことが出来なかった。

 

……どこかで、獣のような呻き声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

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