舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【輪舞】⑦

「沙耶、こっちです。次はあの店に行きますわよ」

「ちょ、ちょっと待ってヴィアナちゃん!足早い!っていうかなんでそんなにハイテンション!?」

「何を当たり前のことを言ってますの。よ・う・や・く!こうして沙耶と出掛けられたのですから、否が応にも気持ちが逸るというモノでしょう」

 

翌日の正午前、ヴィアナと沙耶は街の中を歩き回ってショッピングに興じていた。

ヴィアナはただ見て回るだけではなく、気に入った品物があれば躊躇いなく購入している。そして購入した荷物は当然のように同行している使用人に預けており、彼女自身は依然として身軽なままだ。

ちなみにヴィアナは普段から愛用しているドレスではなく、沙耶に合わせてラフな服装に身を包んでいる。普段よりも数段動きやすそうな印象だった。

一方の沙耶はヴィアナに引っ張られるように店巡りに付き合っていた。

沙耶からは仕方ないなぁという雰囲気が滲み出てはいるが、決して嫌々付き合わされているという感じはない。

沙耶は基本的にヴィアナの後ろをついて回っているが、時折脚を止めて食い入るように店内を数秒凝視することがある。ヴィアナは沙耶のその様子を敏感に察知し、沙耶を引き連れて入店する。

そして一通り店内を見て回り、気に入った商品を購入……またはヴィアナが沙耶の遠慮を振り切って購入……してから退店し、再び街を散策して別の店に入店するサイクルを延々と繰り返しているのだった。

 

そもそもどうして二人が唐突に『霧の都』を練り歩くことになったのかというと、早朝にヴィアナが沙耶の部屋にノックもせずに強襲したのが事の発端だった。

 

『沙耶、朝ですわよ!そして今日は出かけますので準備なさいな!』

『はぇ!?なにごと!?』

『って……あら、まだ起きてませんでしたの?やれやれですわね』

 

ヴィアナが呆れ気味に柏手を二回撃つと、いつも通りにゴルド……ではなく、今日は女性の使用人が一人入室してきた。

 

『では、沙耶の身支度をお願いしますわね。あぁ、今日はいろいろ見て回る予定ですから動きやすさ重視でね』

『かしこまりましたお嬢様。』

『……え、いや、どゆこと?』

 

このように沙耶は半分寝ぼけたような状態で、いまいち状況を理解していないまま事態は進行していき……気付けばヴィアナと一緒に街の中を歩いていたのだった。

 

ヴィアナを相手にした場合に限っていえば、沙耶はこういう展開に慣れていた。

極東にヴィアナが滞在していた時期は、物珍しさからあちこち見て回ろうとするヴィアナに引き摺られる……もとい付き添うような形でよく行動を共にしていたのだ。

彼女の強引さも我儘も慣れたものだし、何よりヴィアナがそういう一面を向ける相手は一定以上の信頼を置いている相手に限られていると沙耶は事実として知っている。

誤解を恐れずに正直に言ってしまうと、沙耶はヴィアナのそういう強引さが好きだった。自分にはない魅力を持つ親友とも呼べる存在に誇らしさすら感じている。

 

「沙耶はもう少しくらい自身を飾り立てるべきですわ。せっかく容姿も悪くないのですから」

「そうは言ってもさ、私はヴィアナちゃんみたいにキラキラしてたり、さくらちゃんみたいに凛々しくもないからこれくらいで丁度良いと思うんだけどなぁ。」

 

ヴィアナの進言に、沙耶は比較的手頃な価格の懐中時計を手に取って眺めながら返答する。

ふと目に付いた懐中時計ではあったが、デザインが気に入ったので購入するか沙耶は真剣に思案しているようだった。

 

「自身の魅力というのは自覚しづらいものですが、あなたの場合は無欲が過ぎますわ。……ま、神守さくらに似なかったことだけは賢明な判断でしたわね。」

 

ヴィアナはそう言いながら、どうせ買うならコチラになさいと言うように、沙耶が見つけた物より少しだけ装飾の豪華な時計を沙耶に手渡した。

 

「本当に仲悪いよね、ヴィアナちゃんとさくらちゃん。……逆に運命的なんじゃない?」

「気持ち悪いことを言わないでくださいな。」

 

沙耶の思いがけない一言に、ヴィアナは珍しく苦虫を噛み潰したような表情で心底嫌そうにそう返したのだった。

そんなヴィアナを視界に収めつつ、沙耶は先程ヴィアナから手渡された方の時計を棚に戻して会計を済ませるべく少し速足で移動を始めた。

 

「全く、変なところで頑固者ですわね」

 

ヴィアナは沙耶が棚に戻した時計をぼんやりと眺めながら、どこか楽しそうに呟いたのだった。

 

 

  @ @ 

 

 

「……」

「……」

 

沙耶とヴィアナが街が遊び歩いている頃、バレットとゴルドは無言で二人の後に続いていた。

二人は楽しそうに散策するヴィアナと沙耶の邪魔にならない距離を保ちながら、あくまでも護衛の任に徹するように景色に紛れて彼女達に着いて行く。

それは偶然にも沙耶が街に訪れた最初の日の出来事と類似していた。

 

「楽しそうですね、お二人とも」

「えぇ。……やはりサヤにはあぁいう表情が似合う」

 

ゴルドは楽しそうに街を行く二人を見て、ふと口をついてしまった発言にバレットからの返答があったことに驚いた。

そしてバレットから沙耶に向けられている慈しみすら感じるような表情を見て、更に驚くことになった。

 

「……意外ですね。」

「何がです?」

「貴女は仕事以外に興味のない方だと思っていましたので。」

 

バレットはゴルドから自身に向けられている評価に苦笑しながら、内心では少しの納得もあった。

彼女は仕事とプライベートのオンオフをきっちりと付けるタイプだ。

初日に失態を演じている以上、『霧の都』に滞在している間は気を抜けないと考えていた。

だからフェリエット家でのヴィアナや使用人とのやり取りも事務的なものになってしまっていた。

 

「……私はそれほど器用ではありません。仕事に集中してしまうと、どうにも硬くなってしまうようでして」

「あぁ、なるほど」

 

ゴルドは何か思い当たる節があるのか、納得したように声を溢した。

彼女の事情を知らないゴルドからすればバレットはひたすらに脅威でしかない。ゴルドはそんな風にバレットのことを考えていた。

この歳で『狩人』として単独で任務を遂行している時点で、組織の一構成員でしかない自分とは天と地ほど力の差がある相手だ。

そんな相手がこんな風に自嘲気味に言うものだから、ゴルドとしては気が抜けてしまうのも無理からぬ話だった。

 

ゴルドは緩みつつある自身の気持ちを引き締めなおし、ヴィアナと沙耶の様子を確認した。どうやら沙耶がヴィアナに引っ張られる形で次の店へ入っていくところのようだった。

店内へ消える二人を見つめつつ、僅かな沈黙が生まれる。

ゴルドは仕掛けるならこのタイミングしかないと判断し、再びバレットに声をかけた。

 

「……それにしても、『狩人』というのは追跡術にも秀でているのですね。あの時は逃げ切れるかギリギリのところでした。」

「……。あぁ、なるほど。ヴィアナ嬢が貴方を今日の護衛に選んだ理由がようやく理解できました。」

 

ゴルドの言葉を聞いたバレットは、すぐにその言葉の意味を理解した。

この街に着いてから今日まで、誰かに追跡術を披露した覚えはバレットにはない。今行っている護衛のことを言っていると考えても良いが、そもそもこれはヴィアナが言い出した息抜きのようなものだ。

追跡術だなどと、口が裂けても言えるものではない。

……そうなると自然と思い起こされるのは、数日前に情報屋に赴いた際に襲撃された件だろう。

そして先程の実際にバレットに追われた経験があるかのようなゴルドの物言いで、彼女の中で結論が固まったのだった。

 

「あの時の狙撃手は貴方でしたか。……なるほど、ということは先日サヤに『紫陽の花』の長の名前を教えたのも貴方ということになる」

「……その口振りですと、やはり沙耶様は私の素性を口外していないのですね。」

 

ゴルドは困ったように苦笑した後、取り繕うように咳払いをして再びバレットに向き合った。

ゴルドとしてはあの日の夜に自身の素性を沙耶に明かした時点で、バレットかヴィアナには伝わるだろうと考えていた。それ程に誰にも話していなかった沙耶の律義さは予想外……否、予想以上だったのだ。

 

「……あの夜は私達も込み入った話をしていましたから、サヤも素で伝え忘れていた可能性もありますね」

 

バレットが小さく呟いた言葉はゴルドの耳には届いていなかったようで、ゴルドはただ疑問符を飛ばしているだけだった。

あの夜の会話はそれこそ余人に聞かせる類の話ではないので、バレットはゴルドに深く聞かれる前に今度は自分から切り込むことにした。

 

「ところで……急にこんな話を切り出したということは、何か要件があるのではありませんか?」

「お察しの通りです。……貴女にこれを」

 

バレットとの問いに、ゴルドは懐から封筒を取り出して彼女に差し出した。

バレットは既に一度封が切られた形跡のある封筒を受け取り、中身を取り出して読み始めた。

誰からか、などという問いは不要だろう。

『紫陽の花』の構成員だと明かした直後に渡してきた以上、この手紙の内容は紫陽の花に関する何かだと容易に想像がついた。

そして、手紙を読み終えたバレットは訝し気にゴルドを見た。

 

「まず確認したいのですが……この手紙の内容を知っているのは誰です?」

「私は中身を見ていませんが……確実に内容を把握しているのは長であるアルエ様と、昨夜に内容を確認したヴィアナ様だけです。」

「ヴィアナ嬢が……。」

 

ゴルドの返答を受けてバレットは数秒思案するように黙り込み、その後ある推測を立てた。

 

手紙は要約すると『2日後の夕刻に霧の都のとある廃屋で、紫陽の花の長と狩人が密会できる場を設ける』という内容だった。

 

「……なるほど、そういうことですか。」

 

ヴィアナがわざわざ自分と沙耶を分断したうえで手紙を渡すように仕向けた以上、この呼び出しにはバレット一人で出向く必要があるのだろう。

 

どういう事情があるのかはわからないし、そもそも罠かもしれない。けれど、行けば確実に何かを得られるという実感はある。

それに私が単身で赴けば、サヤが再び危険に身を晒す心配はない。

 

「……」

 

バレットは沙耶たちがいる店の方をちらりと見てから、改めて手紙を渡してきたゴルドに向かい合った。

 

「いいでしょう、この誘いに応じます。」

「わかりました。……では、舞踏会での沙耶様の護衛はお任せください。」

「……。いえ、待ちなさい。舞踏会とは何のことです?」

 

意を決して出した結論に対してゴルドが返してきた言葉で、バレットは思わず間の抜けた返答を返してしまった。

 

 

  @ @

 

 

「はぁ~、疲れた~」

「確かに、少々羽目を外しすぎた感じはありますわね」

 

あれから沙耶はさくらやクロブチへのお土産を物色したり、ヴィアナに誘われてお揃いのアクセサリーを見たりして様々な店を練り歩いた。

時刻は既に昼時を過ぎており、遊び疲れた二人は街角の小さな喫茶店に入って休憩を取ることにした。

ちなみに荷物持ち役の使用人達は、一足先に帰路についている。その為、2人は長時間の買い物を終えた後だとは思えないくらい身軽なままだった。

 

数時間遊び歩いて流石に二人とも疲れを感じているのか、軽口を互いに飛ばし合っている。

そんな二人のやり取りからは疲労感だけではなく、確かな充足感も感じ取ることが出来た。

 

「それにしても、本来なら沙耶とはこういう思い出をもっとたくさん作るつもりだったのですけど……何やら妙な状況に巻き込んでしまったようで申し訳ない限りですわ」

 

注文した紅茶で喉を潤しながら、ヴィアナは申し訳なさそうに呟いた。

実際のところ、沙耶が街に来る数日前からヴィアナはそわそわし続けていた。しかし蓋を開けてみると想定外の事態の連続で、当初のヴィアナの予定と違って二人はあまり一緒に遊べていなかった。

 

「ん?私は気にしてないよ?そもそも、バレットさんやヴィアナちゃんの手伝いがしたいって言いだしのは私なんだからさ。むしろもっと頼ってくれて良いくらいなんだよ?」

 

沙耶はヴィアナの言わんとすることを察し、敢えて普段と変わらない対応で返した。

ヴィアナのことを思っての発言ではあるが、その言葉には何割か本音も混じっていた。

沙耶の言葉の通り、この事件に首を突っ込んだのは沙耶自身の意思だった。

沙耶は今更『自分は誰かの性で巻き込まれた』などと責任転嫁するような性格ではなかった。

 

「……事実として助かっている面も大きのが、私としては困りものなのですけどね」

「もうあんな無茶なことはしないからさ。多少は大目に見てくれると嬉しいなぁ」

 

沙耶の言葉にヴィアナは少し眉根を寄せて考え込むように呟いた。

沙耶が撃たれて帰ってきたあの日以来、沙耶をこれ以上この件に関わらせるべきではないという思考と、沙耶の意思を尊重するべきだという思考がヴィアナの中でせめぎ合っていた。

ヴィアナは沙耶を親友だと思っている。出会ってからまだ数年も経っていない程度の関係だけれど、彼女の人柄はとても好ましい。沙耶もまた自分のことを親友だと思ってくれているのであれば、それはとても誇らしいことだとヴィアナは思っていた。

……だから、彼女がどちらの思考を選択するかは考えるまでもなかった。

親友であるなら相手の気持ちを尊重することも、時には重要なのだとヴィアナは結論付けた。

 

「沙耶、唐突な話だということは百も承知なのですが、私は貴女に言うべきことがあるのです。」

「言うべきこと?」

 

親友の雰囲気の変化を感じ取った沙耶は居住まいを正して、改めて眼前の貴族連盟の盟主と向かい合った。

ヴィアナもそんな異邦の親友の変化を感じ取り、内心楽しくなってきていた。

 

「えぇ。実は私と貴女宛てに、とある方から舞踏会の招待状が来ていますの。」

「舞踏会?」

「えぇ、舞踏会です。……まぁ、実際はそこまで大仰なものではないので安心してくださいな。」

 

疑問符を浮かべつつも格式高そうな響きに不安を滲ませる沙耶を見て、ヴィアナは軽いフォローを入れる。それを聞いた沙耶は安心したように肩を撫でおろした。

沙耶も極東では神守家の一員として様々な行事を経験してはいる。だが流石に舞踏会の参加経験などあるはずもないので、警戒心が働くのも無理のない話だった。

 

「けど、随分急だよね。その招待って誰からなの?私も知ってる人?」

 

警戒心を解いた沙耶は、今度は自分の番とでもいうようにヴィアナに質問を投げかけた。

沙耶の側からすれば、急に舞踏会だなんて突拍子もないことを言われたのだから妥当な反応だろう。ヴィアナはそう思いながら、懐から封筒を1通取り出す。

そしてヴィアナはその封筒から、1枚だけ手紙を取り出して沙耶に手渡した。

沙耶は既に封の切られている封筒を見た時点で、先程の招待が誰からのものかを察していた。

 

「どうぞ、遠慮なくご覧になってくださいな」

「うん」

 

ヴィアナから手紙を受けとった沙耶は、その内容に目を通した。

 

【我が親愛なる友 ヴィアナ=フェリエット様。

 

 次の満月の夜に、当家主催の舞踏会を執り行います。

 ご多忙とは存じますが、是非にお越しくださいますようお願い致します。

 

 また、ヴィアナの異邦の友人も揃って出席していただけると幸いです。

 先日の非礼のお詫びもかねておりますので、是非いらしてくださいね。

 もし了承して貰えたなら、こちらには貴女達の力になる準備があります。

 

 それでは当日、またお会いできることを祈っています。

 

 ハイレンジア家当主 イリス=ハイレンジア】

 

「……」

 

手紙を読み終えた沙耶は、この内容をどう捉えれば良いのか判断できずにいた。

イリスとはまだ一度しか直接の面識がない。しかしその一度の接触とヴィアナの言い分から、彼女の性分はある程度理解している……できているはずだと沙耶は思っていた。

少なくとも、イリスから沙耶に対して好意的な感情は乏しいはずだった。どんなによく見積もっても精々が友人の友人程度の距離感だろう。

そんな彼女がヴィアナの同行者としてとはいえ、沙耶を呼ぶことなのあり得るだろうか?

思案に耽っている沙耶の様子をどう受け取ったのか、ヴィアナは気遣うように声をかけた。

 

「沙耶、貴女とイリスの相性があまり良くないことは私も理解してます。……なので、無理に同行しろとは私言いませんわよ?」

 

ヴィアナなりに沙耶の内面を慮っての進言だった。

イリスと沙耶が性質的に相性が悪いというのは、ヴィアナでなくてもあの場に居れば誰にでもわかることだった。

しかしヴィアナの言葉を受けた沙耶は、すぐには明確な返事を返せずにいた。

 

「んー……別にイリスちゃんのことがどうってわけなじゃないんだけどさ……ちょっと気になるというか、いくらなんでも露骨すぎるというか……。」

 

沙耶はイリスの手紙の【もし了承して貰えたなら、こちらには貴女達の力になる準備があります。】という部分から目が離せなくなっていた。

ヴィアナも沙耶の言わんとしていることを察したのか、一度軽く溜息を吐いてから返答した。

 

「イリスは昔から人の考えを見透かしたような言動をとる節がありますから……今回のそれも悪癖の発露といったところですわね。」

「悪癖で済ませて良いレベル超えちゃってると思うんだけど……」

 

沙耶は困惑気味に言い終わるとそこで一度言葉を止めて、頭の中をリセットするように深呼吸をする。

そのまま一気に冷静さを取り戻した思考回路で、もう一度初めから状況を整理していく。

そうやって10秒少々の時間を思考に費やし、沙耶は一つの結論を出した。

 

「……。ヴィアナちゃん」

「なんです?」

「決めた。私も行くよ、舞踏会」

 

沙耶は自らが発したその言葉によって、自身の決定が確かに正しい選択だと確信した。

冷静に考えれば簡単な話なのだ。

もともとハイレンジア家には用がある。ここ最近は何やら立て込んでいたらしく外部の人間の出入りを禁じていたようだが、舞踏会を開くということはそれも撤回されるのが道理だ。

であれば、後は自然な流れだ。舞踏会に参加し、タイミングを計ってイリスに今までの出来事について問い質せば良いだけだ。

沙耶は自身の案をもう一度再考して、あとでバレットにも共有すことにした。

 

「……。本当に、どこまでが仕込みか分かったものじゃありませんわね。」

 

そう呟いたヴィアナの言葉は、思考に熱中する沙耶の耳には届かなかった。

 

「あ、ところでヴィアナちゃん。この手紙にある次の満月の夜っていつ頃なの?」

「次の満月は今日からちょうど2日後。つまり明後日の夜ですわね。」

「2日後かぁ……思ったより近くてちょっと緊張するかも」

 

沙耶は意外と時間が残っていなかったことに驚いた。普通は準備の関係でもっと時間に余裕を持たせて知らせるのではなかろうか、などとつい思ってしまった。

 

……まぁ、こうなったものは仕方がない。できることを確実にやろう。

沙耶は苦言染みた自身の思考を誤魔化すようにそう考え直し、窓の外へと視線と意識を傾けた。

 

「……え?」

「沙耶?どうしました?」

 

ヴィアナは沙耶の様子の変化に気付き、同調するように視線を窓の外へと向ける。

窓の外には特に異常は見当たらない。

 

「……」

 

窓の外に異常はない、だというのに沙耶の様子はおかしい。何かを真剣に考えているのが直ぐにわかった。

 

「……」

 

ヴィアナは再び窓の外を見た。……やはり異常は見当たらない。

 

少なくとも自身の見て取れる範囲では、異常らしい以上は発見できない。

……そこでヴィアナはある可能性に思い至った。

 

「沙耶、何か聞こえまして?」

「……たぶん。微か過ぎて、ちょっと自信が持てない。けど……たぶん銃声だったと思う、バレットさんの」

 

ヴィアナは沙耶の耳の良さを知っていた。だからこその質問だったが、それは的を射ていたようだ。

沙耶自身は自覚していなかったとはいえ、昨日窮地の中でバレットの銃の音を聞いていた。

意識を外に向けた際に、昨日と同じ音を微かに聞き取った。だからこそ、どう判断するべきか答えを出せずにいたのだった。

 

「なるほど。沙耶、店を出ます。手を貸しなさい。」

「うん。」

 

ヴィアナの言葉を合図にして、二人は会計を済ませて店を飛び出した。

 

沙耶の聴力をヴィアナの異能で補強しつつ、音の出所……つまりバレットとゴルドの居場所を探す。

そのために二人は互いの手を強く握りながら、日が暮れ始めて薄く霧が掛かった街の中を走りだしたのだった。

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