舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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亡章
【私は優れているが故、我を忘却することはない】


『霧の都』と『異能薬』。

それら二つの関りを解き明かそうとする時、避けて通れない人物が存在する。

 

その男はかつて、『霧の都』の外れで寂れた診療所を開いていた人物である。

……しかし彼がどこから街へやって来たのかを知っている人間は一人としていなかった。

 

彼の経歴を把握している者は、本人以外には既に存在していなかった。

彼の姿形を記憶することは、その本質的に無意味なことだった。

彼の足取りを追跡することは、常人にとって困難極まることだった。

 

これより明かされるのは、かつて『霧の都』で起きた『異能薬』事件の黒幕にして開発者だった人物。

ダリア=グリムランドという名を持っていた過去の亡霊ともいうべき存在の、今となっては誰も知り得ない事実の話である。

 

 @ @

 

「はぁ……」

 

……物心ついた頃から、世界は俺にとって酷く不自由で閉塞的。

……極端に言ってしまえば可能性や選択肢といったものが閉ざされてしまっているように感じていた。

それは幼少の頃に発芽した小さな芽が、身体の成長と比例するように次第に大きくなっていくようだった。

きっと俺が生まれ育った村そのものが、外部との交流が極端に少なく閉鎖的だったのも要因の一つだったのだろう。

 

ともかく、俺は日々苛立ちを持て余していた。

何の変化もない日常、代わり映えもしない景色、ただ漠然と同じことを繰り返す日々。

そんな日々は、どうしようもなく俺の精神を苛んでいた。

 

「どいつもこいつも脳ミソが腐り果ててやがるのか?どうしてこんな環境に耐えられる!どうして何も変えようとしてない?この世界にはバカしかいないのかよ!」

「おうおう、今日はまた随分と荒れてんなお前。酒飲むのは良いけど、飲み過ぎには気を付けとけよ?」

 

そんな俺の内に積もった鬱憤と不満と苛立ちが溢れだしたのは、気の良い馬鹿な友人と久しぶりに酒を酌み交わしていた時だった。

許容量を超えた負の情念は、咳を切ったように俺の口から止めどなく溢れ出していく。

よっぽど溜まってたのかねぇ……などと呟きながら、俺の様子を眺める友人の様子が目に入らない程に俺は視野が狭くなっていた。

 

本当はもっといろんなことが出来るのではないか?

本当は深くモノを知る機会があったのではないか?

本当は今以上に様々な出会いがあるのではないか?

 

俺の胸中に渦巻いているモノは、そんな些細なくだらない想い。

取るに足らない焦燥感のような歪な感情だった。

強迫観念とも違う。自分でも理解しきれていないソレを必死に誤魔化しながら、俺は今日までの日々を務めて平静に生きていた。

 

「はぁ、しっかしお前は……。頭良いのにどうしてそんな風にしか考えられないんだかなぁ」

「……あ?」

 

不意に友人の言葉が耳に入り、俺の頭の中から雑音が消え失せた。

 

「そもそもだ。そんな風に愚痴をこぼしているお前だって、現状を変えようだなんてしてないじゃないか。」

 

きっと、友人も多少は酔いが回っていたのだろう。売り言葉に買い言葉、彼にしてみれば軽い言葉の応酬。

久しぶりに俺と交わすコミュニケーションのつもりだったのかもしれない。

 

「何が言いたい……?」

「だってそうだろう?お前もなんだかんだ言いつつ此処が好きだから、今もこうして俺と酒を飲んでるんじゃないのか?」

 

訳知り顔で友人はそう言った。

お前のことなら俺が理解している、言外にそう言っているような表情だった。

 

それが……それが酷く不快だった。

うん、そうだな。

最初の動機といえばそれだけだった。

自身の主張に対して、不愉快な言葉を返された。

だから、ついカッとなった。

どこにだってあるような、よく聞く話だろう?

 

「だからな?愚痴ぐらいならこうやって酒飲みながらいつでも聞いてやっからよ。……だいたいお前、あんま抱え込んでると」

「そうか、だったら変えりゃ文句ねぇんだな?」

「は?」

 

まぁ、もっとも……その友人が本当に不快だったのかなんて、そんなどうでも良いことはとっくの昔に忘れてしまったのだが。

 

ともかく、結果だけを端的に供述するなら……俺はその友人を殺害したのだった。

凶器は……さて、なんだったか。記憶にない。

気が付いた時には全てが手遅れだったから、詳しいことはこれっぽっちも覚えていない。

 

そうして俺が次に意識を浮上させたとき、既に夜が明けて辺りには日の光が射しこんでいた。

どうにも最低数時間は意識が混濁してしまっていたようだった。

 

「……は?」

 

その時に俺の全ては終わって……否、ようやく始まったのだろう。

 

気が付いた俺は、呆然とソレを眺めていた。

眼前でボロボロと塵になって崩れ落ちていくソレは、他でもない俺自身と全く同じ顔だった。

唯一の違いは、その顔からは完全に血の気が引いていて……誰がどう見ても死体だと分かる状態だという点だった。

 

その事実を認めた俺は、割れるように痛む頭を抱えながら走り出す。

走り出した俺は悪い夢から醒めようとする一心で、心の底から水を求めていた。

 

顔面に冷水でも浴びれば、こんな夢からはすぐに醒めるに違いない。

今にして思えばバカバカしいことこの上ない。

しかし当時の俺は、頭に流れ込んでくる身に覚えない誰かの記憶と経験を必死に振り払うようにして、そんなことを考えていた。

 

「……はぁっ、はぁ……ぇ」

 

俺は水汲み場に走り寄ったままの勢いで、いっぱいに張られている水に顔を突っ込もうとして凍りついた。

水面を覗き込み、そこに映り込んだ顔を見た。

そこに映ったのは、いつもの見慣れた自分の顔ではなかった。

 

……俺はソレを認識する。

そして今頃になって自分の身に何が起きているのかを、漠然とではあるが理解したのだった。

 

「はは、ハハハハハ……あっはははハハハハハはははは!!」

 

水面に映り込んだのは、昨夜くだらない理由で俺が殺害した友人の顔だった。

その日、まだ何も知らなかった俺は齢25歳にして自身に宿る異能の力を初めて知覚したのだった。

 

世界が……否、自身の可能性や選択肢が急激に開けたような気がして、とにかく俺は最高に気分が良かった。

 

これがダリア=グリムランドが本当の意味で生を受けた瞬間の話だ。

 

【私は優れているが故、我を忘却することはない】




異能『剥奪』
保有者:ダリア=グリムランド
概要:
条件を満たした相手から情報を奪い取る。
能力を適用するかどうかは自身で決められる。
情報を完全に奪った相手に成り代わることができる。
適用するための条件は相手を殺すこと。

成り代わり後は最低数時間、精神の噛み合わせが上手くいかずに錯乱状態に陥る。
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