舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【神は公平に機会を与え、私はそれを享受する】

 

 

 

あれから俺は慣れ親しんだ村を出た。必要な物だけを搔き集めて、ひっそりと。

……理由は明確だ。単に気持ちが悪かったのだ。

 

他の村人達の中では、俺はあの夜から行方不明ということになっていた。

友人だった男の姿形だけでなく知識までをも奪い去った俺を、もはや誰もダリアだと認識できなかった。

当然と言えば当然だろう。

どれだけ綺麗事を並べ立てようとも、人間は姿形でそれが誰かを判別する。それが一夜にして全くの別人に変化したのだから、気付けという方が無茶な話だ。

その上、元の俺と同じ顔になった友人の遺体は、何故か原型も残らない程に崩れてしまったのだから探しようもない。

あの村の住人にとって、ダリアという個人は永久に行方不明のままになることだろう。

 

村を出るまでの数日で、俺はこれからするべきことを思案した。

可能な限り遠くへ行き、安住の地を見つける。

今までの閉じた環境では得られなかった知識と経験を得て、見識を広げる。

どちらも重要なことではあるが、最も優先するべきなのはそこではない。

俺はこれからも俺として生きていく。

その為にも、自身に宿るこの異常な力のことを知る必要がある。

俺はそう結論付けて、未知への探求に身を投じた。

 

 

2人目は、偶然目についた幸せそうな顔の若い女だった。

身体機能としては、やはり男女差があるため今後身体情報を奪う場合は、男を優先的に採用することに決めた。

殺害手段は撲殺。この女を殺した時点で、俺は殺すことが力を行使するための必要条件だと確信した。

 

6人目は、行き倒れのように蹲っていた俺を手厚く介抱して食事を提供した青年だった。

面も体格も良く何より若い。しばらくはこの男の身体を拝借しよう、差し出された飯を食いながらそう決めた。

殺害手段は刺殺。事前に友好関係を築いている場合、奪った後の精神錯乱も緩和されるようだ。

 

10人目は、この力についてのある仮説を思いついた時に近くを歩いていたガキだった。

目の色が珍しくとても気に入った。身体も小さく非力なため、絞めるのは容易かった。

殺害手段は絞殺。やはりというべきか、仮説通り一部の身体情報のみを奪い去ることも可能なようだ。

 

13人目は、街で一番の物知りと言われていた盲目の爺だった。

年寄りの知識も馬鹿にはできない。長く生きている分、その積み重ねは青臭い若者とは比べるべくもない。豊富な知識は役に立つので是非とも回収しておきたい。だから酒に毒を混ぜた。

殺害手段は毒殺。知識だけ目の色だけなど、極一部だけを奪い去る場合は精神の錯乱は微弱な眩暈程度に留まるらしい。

 

 

そうやって俺は何十年もの時間を掛け、自身の力を理解して完全に自分の支配下に置いた。

最早全能感すら感じていた俺は、気まぐれに訪れた場所で興味深い話を耳にした。

 

「全知の魔女様?なんだそれ」

「ここの外れの丘にでっけぇ木があるだろ?その近くに家があってな?そこに婆さんが一人で住んでんだよ」

「へぇ?……なんでそれが全知だかなんだか呼ばれてるんだ?」

 

興味が湧く。気の向くままに訪れた街だったが、思わぬ収穫が期待できそうだ。

俺はそんな内心を隠しつつ、酔いが回ってすっかり気分が良くなっている初対面の男に疑問を投げかけた。

 

「困りごとがあって相談に行ったら、こっちが内容を話す前にどうすれば解決するか教えてくれるんだよ。」

「……。それ、ただの当てずっぽじゃないのか?」

 

俺がそう聞き返すと、青年は苦笑しながら首を横に振って酒で喉を潤した。

それからすぐに大袈裟な身振り手振りを交えながら、上機嫌に話を続けた。

 

「いやぁアレは当てずっぽじゃ無理だね!こっちの考えもこれからの行動も全部教えてくれんだもん。しかも内容はめっちゃ的確に!そんで、なんか怪しい術でも使ってるんじゃないかって話が広まって、ついた呼び名が」

「全知の魔女様、ね。……ありがとう、参考になった。」

 

俺は男の話を聞きながら僅かに残った酒を飲み干して席を立った。

……存外、良い話が聞けたかもしれない。

 

「おいおいおいおい、待ちなって話はまだまだ」

「すまないが、ツレを待たせていてな。酒代は置いて行くからそれで勘弁してくれ」

 

俺は懐から2人分の酒代を取り出して、男の前に差し出した。元は他人の金だ、別段惜しくはない。

男は金と俺を数回交互に見た後で「いやぁなんか悪いねぇ、そんなつもりじゃないんだけどねぇ」と言いながら、笑顔で金を懐にしまい込む。そして再び酒を頼んでいた。

そんな様子を視界の端で確認しつつ、俺は店を出た。

……もちろん、ツレを待たせているというのは嘘だ。しかし雑に誤魔化すにはこれくらいで良い。

 

「……。行動は明日の夜で良いか、今日はひとまず宿に戻って酒気を抜いておこう。」

 

俺は夜道を歩きながら、脳内で明日のための準備を始めたのだった。

 

 

それから夜が明け再び沈み始めるまでの間に、俺は全ての身支度を整えた。

今日はとても気分の良い夜だった。

なにせ、知識と言うものはいくらあっても困らないのである。

肉体は一つしか持てないが、知識の貯蔵はそれこそ無尽蔵なのだ。

これで気分が上がらない方がどうかしている。

 

そんなことを考えながら、俺はのんびりとした足取りで昨夜話に聞いた全知の魔女様とやらの家に向かった。

 

「……開いてる。」

 

……丘にある巨木の下に辿り着いた俺は、確かに家屋が存在することを認めると、そちらに近づいて行く。

そして玄関扉が半分ほど開いているのを見て、出鼻を挫かれたような気分になった。

元より鍵をこじ開けてでも対象と対面するつもりだったが、こういう不用心なことをしないでもらいたい。

何故か?決まっている、緊張感が薄まっては成功するものもしなくなるからだ。

 

「……。」

 

俺は気を取り直して建物に侵入した。そこまで広くはない、対象とは直ぐにでも対面できるだろう。

 

 

「来たみたいだね、継ぎ接ぎだらけの死神さん?」

「……。」

 

俺が寝室と思われる部屋に踏み入った時、寝具に横たわった老女は目を閉じたままそう言い放った。

 

「私を殺すのは別に構わないのだけれど、その前に一つだけ頼みを聞いてはくれないかな」

 

……なるほど、確かにこれは全知と言われても否定できない。

 

「……。」

 

いや落ち着け。

突然見ず知らずの男が、老女の部屋に侵入する。そんな状況だけでも俺の目的を推測することは可能だ。

相手のペースに飲まれるな。こちらはただ殺せば良いだけなのだ。

俺は忍ばせておいたナイフを手に取り、老女に覆いかぶさるような体勢になった。

 

「例えば、私や貴方が持っているような力をどうにかしたいとは思わないかな?」

「……なに?」

「やっと口を開いてくれたね、ダリア」

 

ぞわりと悪寒が走った。まるで全身を舐め回されるかのような不快感。

思わず飛び退きそうになるのを全身全霊で堪え、眼下の老女に改めて視線を向ける。

ただそれだけのことで身体中から冷や汗が噴き出す。嫌な感じだ、不快さというよりも不吉さのほうが近い。

 

「なるほど13人か。君自身を含めれば、私は15人目ということになるんだね。」

「お前はなんだ。」

「死を待つだけの老いぼれだよ。以前は研究の真似事をしていたんだ。……この力を手放したくてね」

「……。」

 

理解ができない。気色が悪い、悍ましい。とてもじゃないが正気ではない。

この力を手放す?それこそ馬鹿な話だ。

これがあったからこそ俺は

 

「これがあったから、私の人生には一度たりとも楽しみがなかった。全てを知っているというのは、人間には重すぎるんだ。」

「……。」

 

この老女が何を言っているのか、全くもって理解できない。だが、俺とはあまりにも違う生き物だということだけは理解した。

 

「理解してくれて嬉しいよ。……話を戻すが、頼みというのは私の研究成果を引き継いでくれないかということだよ」

「全知の魔女様なんて呼ばれてる奴が、研究なんてする必要があるのか?」

「ないさ、本来ならね。だけど理屈ではわかっていても技術が付いてこないことがあるように、頭ではわかっていても方法を確立出来ないことも世界にはあるんだよ」

 

嫌味の様に吐き捨てた俺の言葉に、老女はハッキリと返答した。

気色が悪いにもほどがある。一刻も早く会話を切り上げたいところだが、それは危険だと本能が警鐘を鳴らしている。

 

「先程も言ったが、私は自分の力を捨て去りたかった。初対面でする話ではないけれど、私は人になりたかったんだ。……そういう気持ち、キミならわかると思うがね」

「……。」

 

老女の問いかけを、俺は内心で否定した。

俺にあったのはせいぜい『自由になりたい』なんていう誰にでもあるような欲求だ。

わざわざ好き好んで人になろうとする魔女様の気持ちなんぞ、わかるわけもない。

 

「……。話が逸れてしまったね。私が長い時間をかけた研究の結果として辿り着いたのは『異能の因子を見つけ出すこと』までだった。」

 

これだけじゃ力を取り除くなんてことはできないし、それを果たすためにはあと数歩足りない。

老女は諦めの滲んだ声色でそう呟くと、ようやく閉じていた目を開けて俺を見据えた。

 

「キミは私の研究成果をどう扱ってもいい。捨てても良いし、先に進めてもいい。……私はね、目的を果たせなかった腹いせに、ただ何かを残したかったんだ。」

「そうか。……俺にはお前が何を言っているのか理解できないし、この力を手放すつもりもないぞ。」

「ソレでも良いさ。繰り返すけれど、私は先に続く何かを残せればそれで良いんだ。」

「……そうか。精々利用させてもらおう」

 

老女は俺の返事を聞くと、満足したように僅かに頷いて瞳を閉じた。

……会話は終わった。老女が再び口を開く気配もない。言いたいことも言い尽くしたのだろう。

俺はそう理解すると凶器を持つ手に再び力を込めて、老女の身体にナイフを走らせる。

間を置かずに鮮血が溢れだす。名前も知らない魔女の命が終わっていく。

 

「あぁ……ようやくだ……。」

 

血に濡れながら掠れ気味にそれだけ呟いて、魔女はあっさりと自らの命を手放した。

 

 

「さて……どうするべきか。」

 

この女の肉体情報が使い物にならないのは見てわかる通りだが、確実に何らかの異能を保有していたはずだ。

知識は確実に回収するとして、その精神性までをも奪い去るのは考えただけで怖気が走る。

こんな異常者の精神が混入するなど、常人には耐えられない苦痛に違いない。

……となれば、やはり奪うのは彼女の知識だけに限定するべきだろう。

忌避感を感じるものをわざわざ手に取る必要などどこにもないのだ。

老女の保有していたであろう何らかの力は惜しいが、ここは知識だけをありがたく有効活用させてもらうとしよう。

 

俺はそう結論付けて、自身が持つ異能の力を行使した。

彼女の蓄えた全ての知識を奪い取る。

本来この時点で失われるはずだった物だ、それを拾い上げて有効活用してやるのだから文句を言われる筋合いはない。

……全くこれで15人目だというのに、我ながら随分と思慮の浅い杜撰な選択をするものだ。

 

「……!?」

 

脳裏で火花が散るような感覚があった。

いつもの精神錯乱の予兆かとも思ったが、奇妙な違和感が拭いきれない。何か異質な、気を抜けば発狂させられるほどの圧迫感。

 

「あ、ぁあぁッ、あぁああああ!!!!!」

 

気付けば俺は頭を抱えるようにして蹲り、絶叫を上げていた。

流れ込んでくるあまりにも膨大な情報量、これまで幾人もの知識や経験を掠めとって来たが、こんな馬鹿げたことは初めてだった。

老女、否、既に私となったモノが保有していた『全知』という異能によって押し止められていた全ての情報が、一息にただの人間の脳に叩き込まれる。

気が狂うほどの情報の奔流に、ダリアは呆気なく脆弱な意識を手放したのだった。

 

 

【遘√?豁サ縺ャ縲√@縺九@遏・隴倥?豁サ縺ェ縺壹°】

(私は死ぬが、知識は死なずか)

 

【縺帙>縺懊>縲∝鴨縺ォ蝟ー繧上l縺ェ縺?h縺?↓縺ュ】

(せいぜい、力に喰われることがないようにね)

 

 

「……はっ、ぁ……ッ!ここは、俺……いや、違う私は……そうだ、そうだったな……。」

 

未だかつて経験したことがない倦怠感を感じながら、私はまるで這い出るように身体を起こした。

本当に何かから這い出た訳ではなく、実際のところただ起き上がっただけではあるが、ともかく尋常でないほどに気怠かった。

私は呼吸を整えて一息付き、自身があの馬鹿げた情報の奔流をなんとか耐えきったことに安堵した。

よくもまぁ脳味噌が破裂しなかったものだと苦笑しつつ、眼前の何かの遺体を無視して窓の外に広がる清々しい青空を見上げた。

 

代り映えのしない青空のはずだが……何故だか随分と久しぶりに見たような、そんな妙な感覚を私は覚えたのだった。

 

 

 

【神は公平に機会を与え、私はそれを享受する】

 

 

 




異能『全知』
保有者:全知の魔女(本名不詳)
概要:
あらゆる情報を知識として予め保有し、引き出すことが出来る。
事実と知識を掛け合わせることにより、未来予知に近い予測が可能。
知識として知っているだけのため技術は伴わない。
力を使わない選択は取れないため、既視感に囚われる。
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