舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【役者】

 

あの獣人から奪い取った情報を解析したことにより、彼のような異常な生き物がこの世界には存在するのだと確信を持った。

彼らはある時突然生まれ、そして我々人間にその存在を知られることなく何処かに去っていく。

私はどうしてもそれが……人間という種族の枠組みを軽々と超越するような異常な存在が、誰に知られることもなく喪失されることが勿体ないと思った。

これ以上の浪費は、損失はありえないと心の底から憤った。

 

私が奪ったのは彼の鋭敏な感覚だけ。だというのに、今や私の身体は割合にして約半分程があの獣人のような歪な物へと変容してしまっている。

圧倒的な存在強度……否、情報強度の差が成せる業だろう。こうしている今も、彼による私への浸蝕は続いている。

こんなことは今まで一度としてなかったことだ。

 

……正直な話、こんな非協力的な状態ではせっかくの力も宝の持ち腐れだ。

だが、利用価値は大いにある。

彼からの侵蝕を抑制する手段を持ち得ないが、侵蝕そのものをリセットすることなら可能だ。

そして如何に反抗的であろうとも一度奪い取った以上は、この力は既に私の物だ。

どう扱おうと誰に咎められる謂われはない。

 

私は獣のように歪に醜く変容した身体を引きずりながら、愉しくて仕方がないと嗤い声をあげる。

反抗的だというのならば、有効に扱う術を確立すれば良いだけの話。

幸いなことに時間だけは無限に近くあるのだ。その中で獣人の力を思うままに活用する方法など、いくらでも試すことが出来る。

 

無論、具体的なプランも既にある。

身体への浸蝕が深刻だというのならば、獣人の異常性を私の身体から抽出し複製する。

そして複製した異常性を他者へと移植すれば良い、もちろん安全装置を設けた上で。

どれほど荒唐無稽であろうと、今の私であれば実現できる。そう確信するに足る積み重ねを続けてきたのだから。

 

目的が決まれば後は行動だ。

実験と修正を繰り返し前進を続ける。その歩みの積み重ねこそが、我々人類が生き物の代表であることの証明だ。

 

目的を達成するために必要な手段も知識も、既に私の手の中にある。

これから私がするべきことは『魔女』の保有していた知識を用いて、『獣人』の因子を研究することだ。

幸い異能の因子を見つける方法については、既に『魔女』が確立していた。私はその続きを形にすれば良い。

 

……まず手始めに身体情報を更新し、『獣人』による浸蝕をリセットしなければならない。

全身を駆け巡る不快感を押さえつけ、私は努めて冷静に結論付ける。

次にすれ違った相手を殺そう。……それだけで一先ず状態はリセットできる。

 

そうやって時間を稼ぎ続けた私は、膨大な時間を掛けて『獣人』の因子を抽出することに成功した。

何十人もの被験体……もとい善意の協力者の助力を得て、ようやく私は目的の一部を達することが出来た。

快く協力してくれた名前も知らない彼らには、文字通り感謝の言葉もない。

 

こうして私は反抗的だった獣人の因子を身体から取り除き、彼の浸食から逃れることが出来た訳だ。

気分的な問題だが、自身の身体が徐々に奪われていくというのは存外にストレスが溜まる。

そのストレスを根元から取り除くことが出来たのは大きい。

そして何より、抽出した獣人の因子を複製する実験過程で最終目標に限りなく近い薬品が出来上がった。

それは他人に『獣人』の因子を与えることができる薬……否、毒だ。

私はコレを仮に『異能薬』と命名した。

 

我ながらなんともチープな名付けだが、解りやすさというのは大切だ。

そもそもこの『異能薬』は試作品に過ぎず、完成には程遠い。

何故なら、現状のままでは毒性が強すぎて使い物にならないからだ。

 

もしも今のまま使用すれば、投与された者は以前の私と同じように内側から『獣人』に浸蝕され、数日ともたず死に至ることだろう。

実用するのならばせめてもう少し……最低でも7日程度は被験者が生きられるくらいには……獣人の因子を弱めてからでなければならない。

 

試しに『異能薬』を投与した被験者がどうなったかを思い出しながら、私は今後の方針に思考を傾ける。

……そして思案を続けるうちに、一つの結論に行き着いた。

 

実験場が欲しいな。なるべく邪魔が入りづらい場所が好ましい。

 

「……。そういえば、特殊な自治体制を敷いている街の話を以前どこかで聞いたな……?」

 

思考を整理するために呟いた自身の言葉で、私は朧げな記憶を呼び起こした。

記憶によると、その街は主要な貴族達によって管理され、その権力は警察組織以上だという。

そして、そんな街の内情を覆い隠すかのように時折り霧に包まれることから、そこは『霧の都』などと呼ばれているらしい。

『霧の都』で実験をする正体不明の存在……。

我ながらなんとも出来過ぎた話だとは思うが、件の街への興味は尽きない。

 

「……行くか。」

 

私は少し遠出する程度の軽い気持ちで、その街に移住することを決めた。

街への道中で改めて情報収集を行いながら、『霧の都』でどういう役を演じるかを考えよう。

 

……長く降り続いた雨が止んだ朝の子供のように、この時の私の気分は高揚していたのだった。

 

 

 @ @

 

 

あれから私はこれまでの研究過程で得た医療技術と魔女から引き継いだ知識を活用して、医師として『霧の都』に滞在することにした。

開業の際に諸々の手続きで手こずると思っていたのだが、思いの外すんなりと承認された。

拍子抜けと言えば拍子抜けだった。

 

【■■■■■ッ!!】

「……。さて、今日の業務はこれで終わりか。」

 

開業の許可を得る際に名を記録に残す必要があったが、『ダリア』という最早自分以外の誰も知らない本名を伝えた。

これについて、強いて理由を構築するのであれば『ダリアとして活動した方が良い』と感じたからだ。

もう何年も他人の皮を被って活動を続けていたからこそ、様々な人間の情報に埋もれてしまっている『ダリア』という自身の根幹を掘り返しておく必要があると感じた。

理由なんてその程度だった。

 

「しかしだ……わざわざ街の中心部から外れた場所に開業したというのに、真っ当な患者が想定よりも多い。」

 

私とて、なにも考え無しに医者を名乗ったわけではない。街の人間が多く利用する場であれば、それだけ様々な情報が集まるのは必然だ。

恐らくこれから敵対するであろう相手の懐に潜伏している以上、情報というのは何よりも重要な武器だ。得られるものは多いほど良い。

 

【■、■■ッ!!】

「ん?あぁ……まだ生きてたんだね」

 

更に、敢えて中心部から外れた位置に居を構えることにより、後ろ暗い事情を持つ連中もそれなりに集まりやすいはずだ。

そういった事情を持つ彼らは、上手くすれば私にとって『善意の協力者』となるかもしれない。

そういう目論見だった。

 

「ふむ……この暴れよう。手錠を付けておいて正解だったみたいだね。」

 

席を立った私はベッドの横に移動すると、拘束されている『善意の協力者』を見下ろした。

 

四肢を拘束された状態の彼は、それでも拘束を破壊しようと絶え間なく暴れ続けている。

枷を嵌められた手足の皮膚は擦り切れて血が滲んでおり、見ていて痛々しい。

彼専用の拘束台と化しているベッドは、彼の抵抗の激しさを物語る様に軋みを上げている。

更に付け加えると、ベッドの脚には金属同士が擦れ合ってできた微細な傷が大量に刻まれていた。

 

なんとも凄まじい拒絶反応だろう。

徐々に体の表面を獣のような体毛に変質させていく彼を観察しながら、私は他人事のように思った。

彼をここに運び込んだ時点で希釈した『異能薬』を投与しているのだが、なかなかどうして彼は相性が良かったらしい。

今までの被験者……もとい協力者は誰もここまで長期間耐えることはできなかった。

やはりというべきか、『異能薬』の使用には薬と使用者の相性も重要な要因になるようだ。

暴れ続ける彼を思考の端に追いやり、私は再び席に着く。そして先程の所感を殴り書きで記録を残した。

 

「……。」

 

一仕切り記録を終えると、私は時刻を確認する。

……彼をここに運び込み、『異能薬』を投与してから、もうそろそろ24時間を迎えるらしい。

 

なんとも素晴らしい。

私は普段よりも幾分か上機嫌になりながら、地下室の扉を開けて地上に出る。

それから数分と経たずに帰り支度を済ませ、私は診療所を後にした。

 

「今日は久しぶりに祝杯でもあげようか」

 

……翌朝になって私が再び診療所に戻ると、その時すでに協力者だった彼は命を落としていた。

残念だ……だが仕方がない。しばらくは彼の遺体を有効利用させてもらうおう。

亡くなってしまった協力者のことを受け入れながら、私は至極真面目にそう考えていた。

 

 

 @ @

 

 

それから約1ヶ月ほどが経過し、私は順調に活動を続けていた。

貴族連盟の一角であるベリエード家。彼らが管理する商品の流通経路の他に、この街にはもう一つ流通の経路があることが分かった。

私はその経路に濃度の調節をした『異能薬』を流すことで、大規模な実験を行った。

成果は上々。バラ撒かれた薬は様々な事件を誘発する。そして数々の事件は私にとって、とても有意義な情報をもたらしてくれた。

 

そしてその事件への『貴族連盟』の対応により、私にもようやく彼らの全容が見えてきたところだった。

異能絡みの事件だと判明した直後にウォルロード家と警察官の調整が始まり、この街に外部公的権力は及び難くなった。

これにより、ウォルロード家の役割が外部組織との折衝役だと察しがついた。

そして警察に代わり、フェリエット家が『異能薬』に関しての捜査を開始したようだった。

この主体的な動きから、フェリエット家が治安維持のような役割を担っているのだと推測ができた。

ベリエード家も街に関わる流通経路を支配していた関係で、躍起になってフェリエット家の調査に協力しているようだった。

そして残る1家であるハイレンジア家……他家とのかかわりが薄く、緊急時の情報統制を一手に引き受けているであろう彼らが私の標的だった。

 

『異能薬』を格安で売り渡すことを条件に協力者を得て、私はハイレンジア家の当主が決まって屋敷を出る時間帯を割り出すことに成功した。

使えば死ぬしかないような劇薬の実験台になり、なおかつ快く頼み事を引き受けてくれた協力者には感謝の言葉もない。

 

「……そろそろ、か」

 

私は脳裏で計画を反芻し、物陰に潜みながらその時を待った。

 

……実のところ、これまでも数回ほど計画を実行しようと試みたことがあった。

だが何とも間の悪いことに実行準備を始めようとした段階で、ハイレンジア家当主の外出が急遽取りやめになってしまう事態が続いたのだ。

故に、今回を逃せば次にいつ好機が巡ってくるかわからない。……ここは落ち着いて、確実に成功させる必要がある

 

「……」

 

私は久しく感じたことの無かった緊張を感じながら、只管にその時を待った

 

潜み隠れること数分、道の向こうから馬車が走ってきているのが私の眼にも見て取れた。

白昼堂々と言ってもいいようなタイミングでの暗殺……なんて、そんなことは不可能だ。

私がやったのは単純なこと。人に頼んだ、ただそれだけ。

『指定した日時に、この通りを走る馬車の前に飛び出して事故を起こせ』と、そこらのゴロツキに前金を渡して依頼しただけだ。

 

首尾良く事故を起こせば、後は簡単だ。

偶然通りがかった風を装って救助し、治療の名目で息の有る者を私の診療所に運び込む。それだけで全て終わる。

 

『うわぁあああぁあ!!』

「……」

 

何処かで聞いたような男性の叫び声と、馬車が横転する際の轟音染みた音を聞き流しながら、偶然を装って通りに歩み出た。

 

そして私はあまりの事態に慌てた様子を演じながら、馬車に駆け寄っていく。

御者の方はダメだ。馬車が横転した勢いで投げ出され、頭から血が流れている。それにも関わらず、身じろぎ一つしていない。

……まぁ、元から御者の方は無視するつもりだったのだ。むしろこちらの方が都合が良い。

私はほとんど大破している馬車の中を覗き込み、安否確認の意味も兼ねて声を掛けた。

 

「大丈夫で……は?」

 

覗き込んだ先で私は想定外の光景を目の当たりにした。

 

「おい、待てふざけるな。なんだコレは」

 

そこには……事故の影響で荒れ果てた馬車の中には、息の有る人間は既に一人もいなかった。

……否だ。

そもそも馬車が横転し大破する以前から、この空間には生きている人間なんて誰も居なかったのだ。

 

「……自殺、か?……だが何故」

 

血に濡れた二人の人間の死体に触れる。

男は喉元を銃で撃ち抜かれたようで、ほぼ即死だったことが軽く診ただけでも分かった。

女の死体も同様に、米神の辺りを銃で撃ち抜かれている。

誰がこの二人を殺したのか、なんてことは疑問にもならない。二つの遺体の手には、それぞれ銃が握られているからだ。

 

そしてこの二人の外見的特徴は……事前に調べていたハイレンジア家当主とその妻の情報に合致していた。

 

クソったれ、何が何だかわからない。情報にノイズが大きくなりすぎている。

……私は言いようのない気持ち悪さを胸の内に飲み込みながら、横転している馬車の外に出た。

 

「……撤収だ。」

 

私は次の行動を、思案するまでもなく即決した。

果たすべき目標は達成不可能なものに成り果てた。

自身で手を下せていない以上、あの二人の情報を私のモノにすることは叶わない。

……それになにより、気味が悪い。

 

ハイレンジア家当主の……というより、その妻の死体を診てから名状しがたい気色悪さが払拭出来ずににいる。

……まるで、気付かないうちにクモの巣に触れてしまっていた時のような感覚だった。

取るに足らないと吐き捨てられる程度の、しかし捨て置くにはあまりにも不快な感覚だった。

 

「……」

私は万一の事態に備えて、馬車の前に飛び出してくれた協力者を回収しておくことにした。

……どこから情報が洩れるか分からない以上、警戒するに越したことはない。

 

 

そしてその僅か数日後、私はフェリエットとベリエードの両家によって追い詰められてしまった。

……どうやら私は『貴族連盟』の連中を、既得権益に固執するだけの能無し共と過小評価し過ぎていたらしい。

連中はしっかりと情報と証拠を集め、既に私に言い逃れの余地がない状況を構築している。

認めるのは癪だが、今回は私の敗北のようだった。

 

「……だが次は、上手くやる」

 

私は先日馬車の前に飛び出してくれた協力者の遺体に手を加えて、私と……ダリアと同じ姿に偽装した。

……私のこの街にくる以前の情報は存在しない。足取りを探る方法がない以上、この死体は私ということになるだろう。

 

全く、命尽きた後も協力を惜しまずにいてくれるとは……得難い協力者も居たものだ。

 

「……とりあえず、街を出たら適当な奴を殺して外見を変えないとな」

 

私は身分を含めた必要最低限の荷物以外を全て放棄し、『霧の都』に別れを告げた。

 

そもそも私には無限に等しい時間がある。

生きていれば、ほとぼりが冷めた頃に素知らぬ顔で戻ってくることも出来るだろう。

……だからこそ私は、最終的に自分が笑っているために、一時の敗北を受け入れたのだ。

 

 

「すみません、少し道を聞きたいのだけれど……よろしいですか?」

「え?あぁ、はい。大丈夫ですよ」

某日、『霧の都』に存在する診療所でダリアという男の遺体が発見された。

その翌日、周辺の街では1名の行方不明者が発生した。

 

しかし、その2件の事柄に関係性を見出す者は存在せず……やがて人々の記憶からも薄れて消えてしまったのだった。

 

__亡章・役者

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