舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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終章
【舞踏会】①


アレを最初に見た時、私の中に最初に生じた感情は紛れもない恐怖だった。

 

スーツ姿の彼女は夜闇に映えるワインレッドの髪を僅かに揺らしながら、夜の街を歩いていた。

私とその女は、ただ道ですれ違っただけだ。

恐らくあちらは、こちらを認識すらしていない。何やら手元のメモに視線を落としては、しきりに周囲を確認していた。

 

……それだけの仕草に背中が焼け付くような、どうしようもない危機感を感じた。

 

アレは死だ。死が人の形をもって歩いている……絶対にこちらの存在を気取られてはいけない。

 

私はそんな警鐘染みた直感に従い、可能な限り気配を殺して息を潜める。

獣人の力を表面化させて、自発的に自らの腕を獣のソレへと変容させる。

ここ数年の研鑽の甲斐あって、獣人の力を部分的に引き出せるようになっていたのが功を奏した。

 

今の私は文字通り獣染みた身体能力と感覚、そして獲物を仕留める為の鋭利な爪を有している。

……これは狩りだ。断じて比喩ではない。

命を賭して標的を排除するための行為。失敗すればただでは済まない。気取られるのも上手くない。

 

私は努めて冷静に、一歩また一歩と標的との距離を詰めていく。

 

残り20メートル。……あちらはこちらの存在に気付いていない。

残り10メートル。夜闇に潜んで標的との距離を詰める。標的がメモから視線を上げて動き出す。

残り5メートル。周囲の人間が消えた瞬間を狙うため、この距離を維持する。

 

異常な緊張感に気が狂いそうになる。

ただでさえ力を表面化したせいで獣人からの浸蝕が始まっているのだから、尚更に猶予時間は少ない。

 

「こっちですかね」

「!」

 

そんな言葉を発しながら、標的が大通りを外れて暗がりの方へと歩を進めていく。

今しかない!ココを逃せば確実に機会を失う!

 

「しかし……失敗ですね。もう少し早く街に着」

「ッ!」

「づぁッ!?」

 

私は焦りと絶え間なく鳴らされる警鐘に突き動かされるように、一息に距離を詰め……ドスリと女の腹部に爪を突き立てた。

柔らかな肉を引き裂いて、女の体内へ自身の爪を突き入れる。

溢れだす鮮血を気にも留めず、お構いなしにその体を貫いた。

 

「は……はっ……」

「ぐ、……っ!はっぁ……ッ!」

 

崩れ落ちた女を見下ろしながら、私はようやく冷静さを取り戻しつつあった。

この傷の深さなら放置しても確実に死ぬだろうが、人間というのは意外に生命力が強いのも事実だ。

私はダメ押しの致命傷を与えるべく、血に濡れた手を再び振り上げた。

「ッ!誰だ!」

……その時だ。

鋭敏化した私の感覚が、緊張したような誰かの息遣いを聞き取った。

路地の中へと走り去ったソイツを数秒と掛からずに捕獲し、口封じを行おうとしたところで私は一度立ち止まった。

 

……目撃者がコイツだけとは限らないのではないか?

 

ふと、そんな思考が脳裏を過る。

突発的な行動とはいえ、派手に動きすぎたのは否定できない。であれば……私に辿り着く事がないように、偽装工作が必要ではないだろうか。

私は暴力的な熱から脱した冷静な部分でそう判断し、未だに抵抗を続けていた目撃者を乱雑に気絶させた。

 

「最低でも、二人だな」

 

そう、最低でも協力者を二人見繕う必要がある。

一人は私の身体情報を更新する為の異能の対象として、もう一人は私の代わりに捕まる襲撃犯としてだ。

この程度の侵蝕なら、身体情報の更新は腕を替える程度で問題ないだろう。……この身体にはまだ利用価値があるのだし、手放すのは惜しい。

2人目に関しては偽装工作以外にも、実験台としての役割も多分に含まれている。

 

私は懐から薬品を取り出して、気絶している男に前回から改良を施した『異能薬』を投与した。

この薬品は、前回から幾度も改良を加えた結果、投与した相手に極簡単な指示を与えられるようになっている。……無論、私のように体内に獣人の因子がなければ指示は通らない。

 

「……」

 

私は変容を始める男を路地に放置して、次の協力者を探すために移動を開始したのだった。

 

今にして思えば、ここで確実にあの女……『狩人』を殺せなかったのが、私の最大のミスだったのかもしれない。

 

@ @ @

 

あれから数日が経過した。

 

私は周囲に生き物の気配がないことを確認してから、地下室に続く扉を開けて中へと入った。

鈍い音を響かせながら扉が閉まり、内と外とを完全に遮断する。

この地下室の存在を知っている者は私の外に極少数。その誰もが私の提示したメリットに飛びついて賛同した、善意の協力者たちだ。

 

「……はは、よく言う」

 

自身の思考に侮辱の意味合いを多分に含んだ笑いがこみ上げる。

侮辱の対象はもちろん私ではなく、協力者となった彼らだ。馬鹿と鋏はなんとやらという言葉もある様に、あぁいう連中は居てくれるだけで実に助かる。

そんなことを考えながら、私は部屋の中央に視線を向ける。そこには視界を塞がれた状態で椅子に縛り付けられている男が居た。

 

……数日前に拉致した男だ。

 

「やぁ、気分はどうだい?」

 

私は彼の目隠しを外して、なめ回すようにその反応を楽しみつつ、男の様子を観察した。

こういう場合のパターンとして、大体の場合は取り乱すのだが、男の反応は少し違った。

 

「……。」

 

無言、そして終秒の後に現れる敵意の色。……なるほど流石というべきだろう。

霧の都を統治する『貴族連盟』。その一角を担うフェリエット家に仕えているだけはある。

仮にも友人と同じ顔をしている人物を相手に、動揺することなく即座に敵意を向ける。コレはなかなかできることではない。

 

「誰だ、お前は」

「酷いなぁミハイル、数年来の友人の顔を忘れたのかい?」

「責任感の強いお前が、あんなことがあった後でそんな風にヘラヘラと笑えているわけがない」

「あんなこと?……あぁ~」

 

私はミハイルの言葉で先日の事件……ベリエードの当主を殺害した時の出来事を思い出した。

 

十年と少しの時間を経て『霧の都』に戻った私の元へ、まるでその帰還を祝福するかのように千載一遇の好機が訪れた。

その好機とは、某日の夜遅くにベリエードの当主が外出する予定がある、という情報だった。

人脈というのは綻びさえ生じなければ非常に有用だ。しかし、想定外の事態に見舞われて構築した一部が欠損、もしくは侵蝕された場合、それは途端に自身を害する毒に変わる。

 

『や、やめろ!来るな!こっちに来るんじゃない!私を誰だと思っている!この化け物めッ!』

 

今思い返しても、あの時の老人の狼狽えようは非情に愉快な光景だった。

みっともなく喚き散らしながら私に罵声を浴びせることしかできない無様な姿……そのあまりにも尊厳を欠いた醜態を思い出して、私は思わず笑みを溢した。

 

「……あぁ、そういえばそうだった。」

 

今の私の姿形は、あの夜に老人の乗っていた馬車を操っていた御者を殺して奪ったものだったと、今更ながら思い出した。

 

「当主様があの夜に亡くなったことに関しては、確かに俺にも責任がある。もしも俺があの時に職務を投げ出さなければ、当主様は逃げ切ることができたかもしれない」

「だから!お前はソレを笑いながら言える奴じゃないと言っているんだ!誰なんだお前は!」

 

ギャアギャアと騒ぎ立てて、人の話を聞きやしない……少し煩わしくなってきた。

ここは知りたがっているだろう真実とやらを教えてやった方が、多少はこの男も大人しくなるだろうか?

 

「……。お察しの通り、私はキミのよく知る友人ではないよ。」

「は……?」

「内情に詳しい人間の方が何かと都合が良かったからね。べリエードの当主を殺した時、ついでにこの姿を譲って貰ったんだよ」

「……なにを、言ってる」

 

ミハイルの顔には先程までの敵意はなく、代りに困惑の色が濃く浮かんでいた。

それと同時に訪れた静寂が、実に小気味良い。

私は内心を必死に包み隠そうとしているミハイルに歩み寄り、彼の望む真実を語り聞かせてやることにした。

 

「何をって?君がさっきから喧しく要求している真実さ、ミハイル。キミも『貴族連盟』の一角を担うフェリエット家の使用人なら、『異能』について噂程度は聞いたことがあるんじゃないか?」

「……。」

 

ピクリと、ほんの僅かにミハイルの表情が動いたのが分かった。

私は気にせずに話を聞かせてやる。相手の反応からでも得られる情報というのは存在するのだ。

 

「私もその『異能』を持っていてね。殺した相手の情報を貰い受けるなんていう物騒な代物だけれど、使える物はなんであれ有効活用するのが私の主義なんだ。」

「殺した相手の情報を貰い受け……ッ!お前まさか!」

 

想定通りのリアクションを返してくれる彼に気を良くした私は、返礼として彼に決定的な真実を告げることにした。

 

「そうとも。君の友人はあの夜、ベリエードの当主を殺した後で私が殺した。」

「ッ!」

「ベリエードの当主からは街の内情に関する情報を頂いたが、目撃者が居ないとも限らなかったからね。私も動きやすい姿に変わっておく必要があったんだ。」

 

ベリエードの当主に成り代わっても良かったが、あんな老いた姿になってしまっては後々の行動に支障をきたす。それに何より私の趣味に反する。

……そう思いはしたが、伝える必要はない情報だと判断したので、私は口に出さずに寸出のところで踏みとどまった。

 

「アイツの、遺体は……」

 

私の言葉に対してミハイルは、数秒の沈黙の後で苦々しく言葉を溢した。

しかしその言葉には、認めたくない事実を確認する以上の意味合いは含まれてはいなかった。

 

「ん?あぁ、川に捨てておいたよ。」

「ふざけるな貴様ッ!」

「おいおい、あまり吠えないでくれないか?

 そもそも完全に情報を奪い取った相手は、放置しても数時間で原型も残らない程に朽ち果てるんだ。

 コレばかりは私にもどうしようもなくてね。川に捨てたのは善意の協力者である彼に対しての、私なりの温情なんだよ?」

 

自身を拘束する縄と椅子を軋ませながら、声を荒げて激高するミハイルに、私は本心からそう伝えた。

やれやれ……人様の善意に対して考えなしの罵声を浴びせるなんて、連盟の使用人と言っても品格が備わっている者ばかりではないらしいな。

私はすこしだけ呆れた風に肩を窄めながら、彼の正面に置かれている椅子に腰かけた。

 

「さて、ここからが本題なのだけど」

「ヴィアナ様に手を出すつもりなら、例え殺されたとしても私がお前を殺すぞ」

「……。その態度は、あまり利口な選択とは思えないな。あんな小娘にそこまでして仕える価値があるとでも?」

 

私は純粋な興味からミハイルに問い掛ける。しかし、彼は私に僅かな情報すら渡す気はないようで、頑なに沈黙を貫いたのだった。

全く、人徳とでもいうべきか……あの小娘は見かけに寄らず、なかなか厄介な相手のようだった。

 

「まぁ、ヴィアナ=フェリエットについては沈黙でも構わないさ。……今、私の興味は他にあってね」

「……他?」

 

ミハイルの言葉を軽く聞き流し、私は次の問いを彼に投げかける。

正直期待はしていないが、何かしらの情報を持っているのであればミハイルの利用価値は大きく変動することになる。

 

「川崎沙耶……今現在『霧の都』に滞在し、私が殺し損ねた『狩人』と行動を共にしている人物だ。実のところ、私の興味は誰よりも彼女に対するものが大きくてね。」

「……彼女は、ヴィアナ様の友人だ。……それ以上のことは何も知らない。」

「彼女の異能についても何も知らないと?それは妙な話だね。あの少女が瀕死の『狩人』を救助したという情報は私の元にも入っている。……だというのに、キミは彼女が何の力もない人間だとでも言うつもりなのかい?」

「……。」

 

ミハイルは応えない。どうやら本当に彼女のことは何も知らないようだ。……当てが外れたか。

負傷した相手を救助できるという点から、彼女の異能はおおよ推測できる。

十中八九、強力か治療の力なのだろう。なんとも有用で、是非とも手元に置いておきたい力だ。

しかし……とは言え、それはあくまでも状況証拠による推測に過ぎない。確証を得られる何かが欲しかったのだが……知らないものは仕方がない。

 

「ここは一つ、大き目の騒動を起こすべきか」

 

注意するべきは『狩人』の持つ武器。

恐らくアレは使用者に依存せず、異能を持つ者に対して絶大な効果を発揮する何らかの力が働いているのだろう……狩人とはよく言ったものだ。全く、天敵だ。

 

「何をするつもりだ。」

「さぁ、キミは知らなくてもいいことだよ」

 

もう交わすべき言葉はないと判断して、私は立ち上がる。それからミハイルに目隠しを巻きなおして、外に繋がる扉に向かって歩き始めた。

後ろで縛られたままの彼が口喧しく喚いているのが聞こえるが、私はそれらの雑音を全て無視して扉に手を掛けた。

 

「少なくとも、キミの使い所はまだ先だ。その時まで精々余生を楽しみ給え。」

 

彼の罵詈雑言への返答としてそれだけ言葉を残し、私は地下室から退出した。

地上に上がった私は窓から外を眺める。街にはすっかり霧が立ち込めていた。……どうやら、思いの外長く話しすぎてしまったらしい。

 

 

それから数日後……宣言通りに街中での騒動を起こし終えた私の元に、とある情報が舞い込んできた。

それは『次の満月の夜に、連盟の盟主達がある場所に集う』という内容だった。

舞踏会と銘打たれたその会合は、私にとってあまりにも都合の良い展開だった。

 

「……。やぁミハイル。どうやら君の使い所が決まったようだよ」

「……ッ。」

「あぁ、安心すると良い。苦しいのは一瞬だからね。」

 

私は絶好のタイミングを最大限有効に活用する為に、今実行できる手段を一つずつ確実に実行していった。

そのために、まずは目の前の男……ミハイルを殺害して彼の全てを奪い取ったのだった。

 

 

そして過去は現在に追い付き、ついに舞踏会の幕は上がった。

 

 

__終章・【舞踏会】

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