舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【会談】③

朝食を取り終えた3名はヴィアナを筆頭に、留守をオーキスに任せてフェリエット邸を出た。目的地は貴族連盟の一角を担う『ハイレンジア家』という一族の屋敷だ。

しかし、そのハイレンジア家は先代当主が事故で無くなってから落ち目で、今では亡くなった先代当主の娘が、必要最低限の人員を用いてなんとか役割を全うしているらしい。

 

「それで、何故そのハイレンジアという屋敷に向かう必要があるのですか?」

「現当主の彼女とは個人的に交流がありますの。沙耶を紹介するついでに、伝手を使って貴女に事件の情報を提供して差し上げようと思いまして」

「……え、私の紹介って何?そんな話初耳なんだけど……」

 

その言葉に不意をつかれたように沙耶は質問する。ヴィアナは既に決定している事項を告げるように、沙耶を指さしながら言った。

 

「いいですか?一応貴女は私の友人としてこの街に来ています。ならば、最低でも他の当主一人に顔合わせさせねばなりませんの。」

「それは、街の規則で?」

「いいえ?単に私が彼女に友人を自慢したいだけですが?」

 

沙耶は当然のように言ってのけるヴィアナに、相変わらず強引だなぁと苦笑を返すのだった。

一応、ヴィアナも紹介する相手は選んでいたりするので彼女なりに配慮はしているのだが……さすがにそこまでは沙耶に伝わることはなかった。

 

「ヴィアナ、彼女が同行する理由はわかりました。しかしそれは何故ハイレンジア家なのか、という疑問に対する回答にはなっていません。貴女の言葉が正しいのなら、他の2家のどちらかでも問題はないはずだ。」

「その説明を今からしようとしていたのです。そう焦らず、肩の力を抜いてくださいな」

 

ヴィアナはバレットの問いかけに対して、柔和な笑みを浮かべて答えた。

そして1拍程の間を置いて、ヴィアナは先ほどの言葉に対する返答を口にする。

 

「良いですか?まず、私たち『貴族連盟』の中枢たる4家にはそれぞれの役割があるのです。」

「役割、ですか」

 

バレットはヴィアナの言葉を反復するように聞き返し、彼女の反応を待った。

 

「まず私のフェリエット家は違法行為の取締りと治安維持。先日の事件で当主がお亡くなりになったベリエード家は経済流通経路の監視と運営、ウォルロード家は外部警察組織との折衝役。そして最後のハイレンジア家は情報の統制を、それぞれの裁量で担当しているのです。」

「……。なるほど、ハイレンジア家が情報の統制をおこなっているということは当然表に出ない情報も握っているということになる。向かうのはそういう理由からですか」

 

バレットはヴィアナの言葉を自分なりの解釈に落とし込んだ。

ヴィアナはそれを聞き、話が早くて助かります。と言葉を返して微笑んだのだった。

 

「あ、あの~……」

「沙耶、どうかしまして?」

 

そんな二人の会話が途切れた頃合いを見計らって、沙耶は控えめに小さく挙手をした

 

「いや……なんかそんな街の裏側みたいな話を、私まで聞いちゃって大丈夫だったのかなって思っちゃって。……あ!忘れた方が良いなら忘れるから!絶対!」

 

沙耶が言った言葉はもっともな意見だった。沙耶は異能を持っているとはいえ、本来は単なる一市民だ。こんな話を聞く立場にはいない。

……しかしまぁ、ここにいるのは貴族連盟の筆頭当主だ。

 

「まぁ確かに物騒な話ですけれど、何も知らないよりは多少は知っていた方が万一の時に対処のしようがあるでしょう?なので、忘れる必要は全くありませんわ。」

 

その彼女が是というのであれば、この街に限って言えばだが、7割程度の出来事は是となるのである。

 

「第一、わざわざオーキスのいないタイミングを見計らって話をしたのですから、その意味くらいきっちりと汲み取ってもらいたいですわ。私、できる限りオーキスを怒らせたりはしたくありませんのよ?信頼に関わりますし」

「う、うん。ていうか、オーキスさんって怒ったりするんだね……。」

 

沙耶は普段の様子からは想像もできない彼の老執事の怒った様子を想像してみたが、上手くいかなかった。想像力の敗北というものである。

 

「……どうやら、そろそろ到着のようです」

 

バレットは乗っている馬車が徐々に減速していることに気付いた。見れば、少し寂れた雰囲気の館が目に入る。

あれが先ほどの話に出てきたハイレンジア家。貴族連盟を構成する4家に数えられてはいるものの、最近は落ち目になりつつあるという話だ。

その話の真偽は判らないが、油断はしない。門に近付く度に速度を落としていく馬車の中で、バレットは一人でそう決めたのだった。

 

「ようこそいらっしゃいましたヴィアナ様、そしてその御友人の皆様。」

 

ハイレンジア家についた3人を出迎えたのは、初老の女性だった。

使用人の出で立ちをしてはいるが、その立ち姿には1本芯のようなものが入った雰囲気がある。

居るだけで場の空気が引き締まるような感覚を覚える人物だった。

 

「お久しぶりですわね、アルエさん。用向きは先だってお伝えしたとおりですわ。」

「ヴィアナ様におかれましてもご壮健そうで何よりです。要件も聞き及んでおりますので、私がお嬢様の待機しておられる部屋まで皆様をご案内いたします。」

「……待機?彼女が起き上がっているのを見るのは久しぶりですわね。今日は体調に問題はないのかしら?」

「お嬢様をお気遣いくださりありがとうございます。体調の方は昨日から随分とよろしいようですね。」

「そう、それは何よりですわね」

 

二人が挨拶もそこそこに軽い世間話を始めている一方で沙耶はヴィアナの言った、体調に問題はないのか、という言葉が気にかかっていた。

もしかして身体の弱い人物だったりするのかな?もしそうなら……。

そこまで考えて、沙耶は小さく頭を横に振って思考を散らす。非常時以外では極力癒しの力を使わない。しかし逆に本当に助けを求めている相手のためなら、すぐに力を行使しようとするのは幼少期からの沙耶の悪癖だった。

極東の地でもはや家族のような関係になっている友人にも、それは再三注意されていることだった。

 

「それではミハイル、馬車の番は頼みますわね。」

「はい、いってらっしゃいませ皆様」

 

ヴィアナの声で沙耶は自分が随分と考え込んでいたことに気付いた。

彼女の声につられるように、沙耶は反射的に馬車の方に視線をやる。今日馬車を操って彼女らをハイレンジア邸まで案内したのは、ミハイルという青年執事だった。年の頃はゴルドと変わらないように見えるが、印象としては内向的な人物のように感じた。

 

屋敷の中に一行を引き入れてからアルエは改めて一礼する。

そしてそのまま案内を開始し、緩やかな歩調で屋敷の中を歩き始める。ヴィアナ達は揃って彼女の後に着いて行く。

 

「今日の従者はオーキス様ではないのですね。」

「オーキスは屋敷で私の代わりに雑事の処理に当たってもらっていますわ。……何かオーキスに用がありましたの?」

 

アルエの何気ない問いかけに答えつつ、ヴィアナは思ったことをそのまま口にした。

 

「いえ、彼以外の使用人を連れて当家にいらっしゃるのは珍しかったもので。……ミハイル様、でしたか?随分と寡黙な方だったように感じましたが」

 

アルエは歩く速度はゆっくりと一定のまま、ヴィアナに再度質問を返す。事実として、ヴィアナは使用人の中でも特にオーキスを重宝していた。普段の雑務程度ならば他に振る。だが連盟の当主が関わっていると思しき案件に出向く際には、一度屋敷に戻ってでもオーキスを同行させるほどだった。事実として昨夜行われたウォルロード家当主との会談の際にも、一度屋敷に戻ってオーキスに同行を命じたほどだった。

 

「確かに、私がオーキスを重宝しているのは事実です。ですが、我がフェリエットの使用人は皆精鋭。今日供をさせているミハイル、彼に関しても問題はありません。多少寡黙で目立つことを嫌っている点もありますが、それは愛嬌の一つというもの。彼はあれでも様々な才に秀でた、当家自慢の使用人の一人ですもの。例え連盟当主の前に引き出したとしても、立派にその役割を全うしてくれることでしょう。」

 

しかし彼もまた自身の優秀な部下であることを高らかとヴィアナは宣言する。その言葉の節々には、自らの優秀な部下を誇りに思うヴィアナの性格が色濃くにじみ出ていた。

沙耶はそんな彼女の様子を見て、相変わらずだなぁ。と微笑んでいた。

元々ヴィアナは人の性質を見抜く才能と人を使う才能があった。これ以上ない、人の上に立つ者の資質である。その彼女が言う以上、ミハイルの使用人としての実力は本物なのだろう。

高らかな身内自慢を言い終わった直後、ほんの少しの間を置いてヴィアナは付け足したようにもう一度口を開いた。

 

「……まぁ?まだ多少オーキスのような威厳というか、荘厳な雰囲気が足りないために迫力が不足している点は否めませんが、そこは時間が解決してくれるでしょう。」

 

どうやら先ほどの自分を客観視したようで、少し気恥し気にしながらヴィアナはそう言った。

その言葉を最後まで聞いたアルエは苦笑しながら、そうですか。と淡白な返事だけを返す。そして先ほどまでより、ほんの少しだけ歩調を速めて扉の前に歩いて行った。

 

「お嬢様、ヴィアナ=フェリエット様とそのご友人2名をお連れしました。」

「……。入っていいわ。」

 

アルエが掛けた言葉に、室内から小さく澄んだ声が返ってきた。

どうやらこの中で待っているのがこの家の当主らしい、失礼のないようにしなければ。そう思いバレットと沙耶は先ほどのヴィアナの演説で多少緩んでいた気持ちを引き締めた。

そしてアルエは静かに扉を開き、一行を中へと案内するのだった。

 

部屋の中、恐らくは来客対応用に設えられた部屋なのだろうが、そこには長い白髪の女性がいた。

外見年齢は沙耶やヴィアナ達と同じ程度に見えるが、その肌の色は病的と言って差し支えがないくらいに白い。ヴィアナが言っていた病弱さが祟ってあまり外に出られていないことが原因なのだろうと推測できた。

 

「貴女が従者を連れずに私に会いに来るなんて、珍しいこともあるものね?」

「今日の私は友人として貴女に会いに来ているのですから、わざわざオーキスを連れてくる必要もありませんわ。」

 

売り言葉に買い言葉、とでも言うべきだろうか……。少女とヴィアナは互いに言葉による軽い牽制を交わしあった。とてもではないが、友好的な関係には見えなかった。

もっともそう思ったのはバレットと沙耶だけらしく、少女とヴィアナの二人は互いに軽く受け流していた。

 

「……。それで、例の事件の情報が欲しいと言っているのはどっちの余所者なのかしら?そっちの東洋人?それともそちらの物騒な方なのかしら?」

 

少女はその目に初めてバレットと沙耶を捉え、値踏みするような声音で言う。その視線に悪意の類はないのだが、かといって善意が見えるかというとそれも否だった。

それは物珍しい玩具を見つけた子供のような瞳だった。

 

「彼女らは確かに外部の人間ではありますが、歴とした私の客人です。余所者呼ばわりはやめてくださいな。」

「あら、それはごめんなさい。何しろこういう身体だもの、外部の人間は珍しいのよ。」

 

自身の態度を窘めてくるヴィアナに、少女は一応の謝罪をする。

ヴィアナもそれは承知しているらしく、それ以上強く非難することはしなかったが小さくため息をついていた。

 

バレットは二人の言葉の応酬が止んだことを数秒置いて確認してから、一歩前に歩み出た。

 

「ヴィアナ嬢に貴女を紹介してほしいと頼んだのは私です。」

「……そう、貴女の方なのね。遠路遥々ご苦労様、狩人さん?」

 

前に出たバレットを改めて視界に収めて、少女は小さく笑みを浮かべて返事をした。同じ笑みでもヴィアナや沙耶が浮かべるソレとは印象が全く違うのだが……。

そこで少女は、何かに気付いたように少し表情を変えて会話を仕切り直した。

 

「……あぁ、そういえば自己紹介もまだだったかしら?私はイリス。イリス=ハイレンジアよ、いつ死んでもおかしくない小生意気な小娘だから別によろしくしなくても構わないわ。」

「……バレット=ガットレイと言います」

 

バレットはこの僅かなやり取りで目の前のソファに座った人物が、肩書に違わず油断ならない相手であることを確信した。

理由は先程の発言だ。バレットが自分の名前を名乗るよりも早く、イリスはバレットが狩人だと看破していた。それだけではなく、物騒な方とも言っていた。

これらの理由から、バレットはイリスが既に自分の素性を把握しているのだと理解した。思ったよりも彼女の持つ……というよりもハイレンジア家の情報統制の力は強力らしい。

 

「……。ふーん、なるほど。」

 

自己紹介をしたままの姿勢で佇むバレットをジッと見つめたまま、イリスは小さく呟く。その視線に、バレットは何故かわからないが自身の奥深いところまで見透かされているような感覚を覚えた。

 

「良いわ、貴女の望み通りに情報を上げましょう。」

「随分とあっさりですね。」

 

バレットは警戒態勢を解かないまま、イリスの視線に真っ向から向かい合う。イリスはそんな彼女の様子を退屈そうに見つめ返していた。

 

「えぇ、貴女ではないみたいだしね。……この件が手早く片付くのなら、ハイレンジア家当主としてもそれに越したことはありません。どうぞ存分に調査なさってくださいな。」

 

イリスはそう簡潔に自身の所感を伝えると、仕事の話は終わったと言うようにテーブルの上に用意されていた紅茶に口をつけた。

一頻り紅茶を味わったイリスは、ティーカップを置くと入室者3名の斜め後ろに佇んでいる自身の使用人に視線を送る。

 

「アルエ、事件の情報を伝達する役割は貴女に一任します。別室にてサー・ガットレイに情報の伝達を。何一つ隠す必要はありません。該当事件に関する全ての情報の開示を許可します」

「承知しましたお嬢様。……バレット様、こちらへ。」

 

アルエはイリスに一礼をするとバレットに向き直り、別室への案内を開始する。移動する前に、バレットは同行者二人に確認する。

 

「それでは私は別室に移動しますが、再度の合流はこの部屋で構いませんか?」

「えぇ、ここで3人で談笑でもして待っています。」

「いってらっしゃい、バレットさん」

「……えぇ、いってきます。」

 

確認も終わり、バレットはアルエの案内で退室していった。

元々ヴィアナの目的は沙耶とイリスの顔合わせで、バレットの目的とは別だったのでこういう形になるのは必然の流れだった。

 

「……貴女達、いつまでもそんなところで立っていないで座ったらどう?」

 

退室していったバレットを見送る二人に、イリスは脱力気味に声をかけた。

……今更の話ではあるが、ヴィアナと沙耶はまだ入室してすぐの位置に立っている。

故にこそイリスは二人に対して、いい加減座れと言っているのだ。

 

「それもそうですわね。」

「立ったまま話をしたいなら、私は止めないけれど?」

「座りますわ。沙耶、貴女もコチラへ」

「あ、うん。わかった。」

 

恐らくイリスなりの冗談なのだろうが、声色があまり変化していないため分かりづらい。一足早く腰を下ろしたヴィアナは、少しだけ急かすように沙耶にも座るように促した。

 

「……それで貴女が?」

「川崎沙耶です。ヴィアナちゃんに招待されて、昨日からフェリエットのお屋敷でお世話になってます。よろしくお願いします。」

「そう。……私の自己紹介は必要かしら。」

「あ、いえ。さっきお名前は聞いてたので大丈夫です。イリス=ハイレンジアさん、ですよね?」

「えぇ、合ってるわ。人の話に耳を傾けられるのは美徳です、大事にすることね」

 

軽い自己紹介のはずだったが、イリスはある程度沙耶のことを把握しているかのように話を進めていた。先程のバレットとの会話でもそうだったが、どうやら彼女は3人が訪問することが決まってからある程度の調査は済ませているようだった。

 

「私のことはイリスで構わないわ。私も沙耶と呼ばせてもらいますから」

「わかりまし」

「あぁ、それから敬語も必要ないわ。どうせそこまで歳も離れていないのだし」

「あ……うん、わかったよ。」

 

なんというかヴィアナとはまた違った個性の強さを、沙耶はイリスに対して感じた。

何より事前に聞いていた情報からでは思いもよらないほどにイリスの我は強固だった。あのヴィアナと対等に会話をしているのがその良い証拠だ。

 

「これからしばらくよろしくね?イリスちゃん」

 

沙耶はそう言いながらイリスへ、スッと右手を差し出した。

 

「……これは何かしら?」

 

イリスは本気でよくわかっていないようで、差し出された手をマジマジと見つめている。そんなイリスと沙耶の様子を傍から見ていたヴィアナは、口元を抑えて笑いをこらえていた。

あまり外との関わりを持たないイリスにとって、こういった交流は未知のモノだった。

 

「何って、握手だよ?」

「……。」

 

なんの邪気もなく言う沙耶に流されるように、イリスは彼女の手に自身のそれを重ねた。

重ねられたイリスの冷たい手と軽い握手を交わして、沙耶は満足気に笑ったのだった。

 

「とりあえず、バレットとアルエさんが戻ってくるまでここで談笑することにしましょうか。」

「そうだね。」

 

イリスは沙耶と握手を交わした手を見て、それからヴィアナの横で暢気に笑っている沙耶本人に視線を向けた。

……そして、どう形容するべきか数秒考えてから深い溜息という形でそれを吐き出した。

 

「……よくもまぁ、そんな風に笑っていられるものね」

 

その些細な物音にさえ掻き消されるようなイリスの小さな呟きは、誰の耳に届くこともなく霧散していった。


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