「……さぁ、待ちに待った開演よ。舞踏会を始めましょうか、ダリア=グリムランド。主催は私、主演は貴方、そして相手をするのは私の吸血鬼よ。」
全身を自分の血で赤く染め上げたまま、イリスちゃんは声高らかに宣言した。
その傍らにはいつの間にかシークさんが佇んでいて、用心深く彼女が見据える敵を注視している。
イリスちゃんが視線の先に捉えているのは、先程彼女を撃ち抜いた人物……フェリエット家の使用人であるミハイルさんだった。
イリスちゃんの視線に射抜かれているミハイルさんは、何も言葉を返さない。ただその場に立ち尽くしているように見えた。
私はゴルドさんに連れられ、ヴィアナちゃんとオーキスさんの近くへ移動する。
万が一の事態になった場合、私たち二人が固まっていた方が護りやすいとのことだ。
「ヴィアナちゃん、ダリアって確か」
「……。えぇ、前回の異能薬事件の首謀者の名前ですわね。」
「そうだよね。……けど、なんで?」
私はイリスちゃんの言葉を聞いてから疑問に思っていたことを、そのまま言葉にする。
「……。」
「私が『ダリア』?冗談にしても笑えませんよイリス=ハイレンジア嬢。」
私の疑問に対して、ヴィアナちゃんからの返答はなかった。
その代わりとでも言うように、ミハイルさんがイリスちゃんに抗議の声を上げている。
「……そうね、この状況だもの。そう来るのは妥当な話よね」
対してイリスちゃんはミハイルさんから向けられた抗議など気にも留めていない様子で、むしろ何事か納得した様子で頷いていた。
そして数秒の沈黙の後、彼女は再び言葉を発する。
「私が貴方をダリアと呼んだのは、それ相応の理由があるからよ。」
「理由?」
「私の異能『同調』、それが理由よ」
イリスちゃんは保有する異能について端的に説明してくれた。
イリスちゃんの異能は、直接対面した任意の相手と同調できる力であり、複数人同時に仕様できること。
感情、体調だけでなく記憶なども適応可能であること。
それらを淡々と伝えた後、イリスちゃんは不意に私の方へ視線を向けてきた。
「私がヴィアナの紹介とはいえ、初対面の『狩人』や川崎沙耶に直接対応したのもコレが理由よ。」
「……あ、なるほど。」
つまりイリスちゃんの言う事が本当なら、あの時既にイリスちゃんから私とバレットさんに対する調査は完了していたということになる。
その後にハイレンジア家から表立った接触がなかったのも、わざわざ探る必要がなかったからだろう。
「襲撃事件から日を置かず、連盟盟主を訪ねてくる異邦人に狩人。疑わない方がどうかしていると思わない?」
「あ、あはは」
私にそう聞いて来るイリスちゃんの表情は、心底から楽しそう笑顔だった。
対して私は苦笑気味に笑い返すことしかできない。だって全くもってその通りなのだ。
イリスちゃんからしてみれば私達の存在は怪しいにもほどがある。早々に疑念を払拭しておきたかったのだろう。
「それで?貴女の異能がそうだからと言って、どうして私が『ダリア』だということになるのです?」
会話の流れを断ち切る様にして、ミハイルさんは再びイリスちゃんに問いを投げた。
「私の名前はミハイル=ラルグであり、それ以外の何でもないというのに。」
「わかっているわ自称ミハイル。要するに、貴方がダリアだという明確な根拠を示せと、そう言いたいのよね?」
「自称は余計です」
……正直に言ってしまうと、私は彼がミハイルさんかどうかは外見以外から判断することはできない。
私と彼との接点は、ヴィアナちゃんやバレットさんとハイレンジア家を訪れた際に、御者として同行してくれたことくらいだ。
ヴィアナは彼を寡黙で目立つことを嫌っている点があると言っていたような気がするが、ひょっとしたらそれだって記憶違いの可能性もある。
ここはイリスちゃんの出方を伺おう。
なんてことを考えながらイリスちゃんの方へ視線を戻すと、彼女は既に次の手を打っていた。
「異能『剥奪』。殺害した相手から任意で情報を奪い取ることが出来る。肉体情報を奪えば相手に成り代わることもできる。一部のみの剥奪も合わせれば、現在108人に能力行使済み。
……とまぁ、貴方の保有する悍ましい異能も私には筒抜けなのだけれど……この程度貴方には大した痛手でもないのでしょうね。」
「……。」
イリスちゃんは薄く笑みを浮かべながらそう言い放つ。
……殺害した相手から奪う異能、確かに悍ましいと評するに相応しい力だと思う。私のコレなんかよりよっぽど始末に悪い力だということもわかる。
私を含めた周囲の全員が、数秒間の沈黙に包まれる程度には、ソレは衝撃的な情報だ。
……けれど
「確かに悍ましい。……そんな力が本当にあればの話ですが」
そう。そう言われてしまえばそれで終わりだ。
私の持っている異能と違って、ヴィアナちゃんやさくらちゃんのソレは、その効力が目に見えない。
ともすれば、思い込みによる妄言の類だと断じられてしまう可能性すら否定できない。
「……さて、私としてはどちらでも良いのだけれど……。」
イリスちゃんはミハイルさんの反応もある程度予測していたのか、対して動揺する様子はない。
それから思案するように視線彷徨わせた後、今度はヴィアナちゃんの方を見ながら話始めた。
「ヴィアナ、そもそもの話をしましょうか」
「……はぁ」
唐突に話を振られたヴィアナちゃんは、それでも既にこの後の展開が予想できているようで、深々と溜息を吐いた。
イリスちゃんはヴィアナちゃんのそんな反応を承諾と捉えたのか、言葉を続ける。
「私は自身の異能を使ったからこそ、そこの自称ミハイルが前回の異能薬事件の首謀者であり、私が長年追い続けた標的だと確信している。
けれど、それをこの場の他の人間に納得させるだけの材料を持ち合わせていないわ」
「……。」
ヴィアナちゃんはイリスちゃんの言葉を遮らない。私も右に倣えで無言を貫いていた。
ヴィアナちゃんの眉間にしわが寄っててちょっと怖いから黙っていようとか、そういうのでは断じてない。
「だから、もっと分かりやすい話をしましょう。彼の正体がどうのとか、面倒くさい話は全て後回しよ。」
「は?」
イリスちゃんのあんまりな言い分にミハイルさんは思わず声を上げてしまっていた。
彼のリアクションに気を良くしたのか、イリスちゃんは底意地の悪い笑顔を浮かべながら、彼女自身の身体を指差してこう言った。
「ヴィアナ、見てわかる通りよ。そこの男に撃たれたわ。『霧の都』において治安維持の役割を担うフェリエット家当主へ、銃撃犯の身柄拘束を要請します。」
「うわぁ……」
思わず声が漏れてしまった、それくらい実に最悪で効果的な手段だった。
いや、そもそもの話と言えば確かにそうなのだけれど、話の組み立て方が悪辣だった。
ここまでであれば、ヴィアナちゃんも様子見に徹していたかもしれない。しかしこのタイミングで『霧の都』の住人として"当然の権利"を行使されては、ヴィアナちゃんも動かざるを得ない。
そんな私の予想通り、ヴィアナちゃんは苦々し気にイリスちゃんと向かい合っていた。
「そもそもの話、というのであれば……イリス、貴女どうしてまだ生きているのです?」
実に真っ当な内容だった。
そんなヴィアナちゃんの問いかけに対しても、イリスちゃんは当然のことのように淀みなく返答する。
「私のシークは吸血鬼よ。吸血鬼には死後に動き出すという性質がある。要するに、殺した程度では簡単には死なないのよ」
「……それは、そこの男がそうだというだけの話でしょう?」
ヴィアナはイリスの返答により一層険しい表情になりながらも、既に答えが分かり切っていることを質問するしかなかった。
「えぇ、そうよ。だから……私はシークを手元に置いていたんだもの。」
「……」
ヴィアナちゃんはイリスちゃんの言葉に、何も返さなかった。
……いや、返せなかったのだろう。
私も今のでイリスちゃんの状態を正確に理解した。
「川崎沙耶、人の傷病に敏感な貴女なら、撃たれて起き上がった私を見て『死人を生き返らせる方がまだ容易い』とでも思ったんじゃないかしら?」
「……うん、正解だよ。だってイリスちゃん、死んだまま普通に動いてるんだもん」
私自身初めて知ったことではあるんだけれど、私の力は既に死んでしまっているモノについては作用しないらしい。
それを知ったタイミングは、言うまでもなくイリスちゃんが銃で撃たれて殺された瞬間だ。
あの時、私は真っ赤な血の花束の中に倒れ伏すイリスちゃんに力を行使しようとした。
しかし、普段ならば何の問題もなく使用できていた異能が、その時に限って発動すらしなかったのだ。
……だからこそ、私は気付いた。
イリスちゃんの命は当の昔に尽きていて、今の彼女はシークさんの吸血鬼という性質に『同調』することで死を先延ばしにしている状態なのだと。
この件について、気付いているのは私だけなのかもしれない。
しかし、それにしたって疑問は残るのだ。『何故そこまでするのか?』という根本的な疑問だ。
「ねぇ、イリスちゃん」
「……。」
それを直接聞こうとした私の声掛けに、彼女は微笑むだけだった。
先程までの底意地の悪い笑みとは違う柔らかな印象のソレを見て、私は続く言葉を飲み込んだ。
今の彼女とのやり取りで、私の取るべきスタンスは定まった。
そして、どうやらそれはヴィアナちゃんも同じようだった。
「ところでミハイル。イリスを撃った後、『彼女こそが全ての元凶だからです』と言っていたけれど、アレはどういう意味なのです?」
「彼女が『紫陽の花』と繋がり、今回の異能薬事件を裏で手引きしていると……情報を得ての行動でした。」
「それは信用できる相手からの情報だったのですか?」
「それ、は……」
矢継ぎ早に放たれるヴィアナちゃんからの問いに、ミハイルさんはしどろもどろになっている。
その表情からは少なからず焦りが感じられた。
「ま、まさかヴィアナ様まで私を疑っているのですか!?私は街の、牽いては連盟盟主の一人たる貴女のために!!」
「黙りなさい」
「ッ!!」
ピシャリと、有無を言わせない迫力でヴィアナちゃんはミハイルさんの言葉を遮った。
その表情からは僅かに怒りすら滲んでいるように見えた。……普段穏やかなヴィアナちゃんがこんなに感情的になるのは珍しい。
「ミハイル……いいえ、仮にミハイルを騙る別人だったとしても……貴方が連盟盟主の一人であり私の友人であるイリス=ハイレンジアを害したのは紛れもない事実なのです。
弁明の機会は必ず与えるましょう。これ以上の悪足掻きは貴方のためになりませんわ。……ミハイル、聡明な貴方であれば理解できるでしょう?」
「……ッ」
ミハイルさんは言葉を詰まらせてヴィアナちゃんを見つめている。……いや、アレはもう睨みつけていると言っても差し支えない。
ミハイルさんからの視線には、敵意すらも感じ取れた。
私はそんな両者の圧に少し怯みながら、おずおずと手を挙げた。
「ヴィアナちゃん、イリスちゃん。ちょっと気になったことがあるんだけど……3つくらい質問しても良いかな」
「?、なにかしら」
意外なことに、反応を返してくれたのはイリスちゃんだった。
ヴィアナちゃんはミハイルさんと見合ったまま微動だにしていない。
「私が街に来た初日のことなんだけど……あの日、ヴィアナちゃんと私って一緒に何してたんだっけ」
「……はい?」
私の投げかけた質問の内容があまりにも場違いだったからか、この場の全員の視線が一気に私へ集中した。
中でもイリスちゃんなんて凄い、呆れているのが手に取るように伝わってくる。
「……沙耶、そんなことを聞いて何が」
「ミハイルさんとヴィアナちゃんが覚えてる範囲で良いからさ、答えて欲しいな」
ヴィアナちゃんからの苦言を受け流しつつ、私は2人を指名しながら答えを促した。
そんな私の言葉に、先に答えたのはミハイルさんの方だった。
「私はオーキスさんと屋敷に残って、日常業務を担当していました。
なので、後日他の使用人から又聞きした内容になってしまいますが、ヴィアナ様が沙耶様を案内していたと聞いています。」
久しぶりの再会で、お二人とも楽しそうにしていたそうで、とミハイルは言葉を締め括った。
その発言に淀みはなく、内容もまた正確だった。
「……あの日はかなり強引に沙耶の出迎えの為に時間を取っていたので、雑務はミハイルとオーキスに一任していましたわね。」
「あー、確かにそんなことも言ってたね。」
私は2人の返答が自分の記憶と合致していることを確認しつつ、次の質問を投げかける。
正直、上手くいく保証はないけれど、やるだけやってみよう。
私の心境なんてそんな感じだった。平常心を当然のように保てている。
「じゃあさ、ヴィアナちゃんと別れた後で私を護衛してくれてたのって誰だっけ?」
「それはゴルドですわね。私が直接彼に頼んだのですから、間違いはありません。……そうよねゴルド?」
「はい」
私としてもここについては確かめるまでもない事実だ。その証拠にヴィアナちゃんの答えに対して、ゴルドさんも珍しく自信満々といった感じで頷いてくれた。
護衛されるという慣れない待遇に最初こそ困惑していたけれど、今ではすっかり打ち解けた。
……今にして思うとここでゴルドさん以外の誰かが護衛についていたら、その後のあれこれが大きく変わっていたような気がする。
「次で最後の質問ね。」
二つ目の質問への返答にも納得した私は、一度深く息を吸って気を落ち着ける。そして少しの間を空けてから、その質問を彼に投げかけた。
「倒れてるバレットさんを私が見つけた場所って、どこでしたっけ?……ミハイルさん、何か聞いてたりしますか?」
「……!」
私が言い終わるよりも少し早く、ゴルドさんがミハイルさんから私を隠すようにスッと私の前に移動した。
……ゴルドさんの気遣いに私は苦笑しつつ、ミハイルさんを見つめる。
バレットさんがこの場に居れば、おそらくもっと上手く立ち回るのだろう。けれど私にはこんなやり方しか思いつかないのだから仕方がない。
……騙すみたいで少し申し訳ない気持ちもあるけれど、それを謝るのは彼が潔白を証明した場合の話だ。
そしてミハイルさんは長い沈黙の後、慎重に言葉を選ぶように重い口を開いた。
「たしか……街の路地だったかと。」
……うん。
「……すみません、そこまで詳しい話は聞けていませんので、ハッキリと場所の断言はできません。」
なるほど……。
「ただ……"右腹部"を負傷したガットレイ氏を、沙耶様が治療したということだけは聞いています。」
……。これで1つ、ハッキリしたことがある
「なんでその場に居なかった貴方に、バレットさんが負傷した箇所が分かるんですか?」
「……。え?」
この人がミハイルさんかどうか、異能薬に関わっているかどうか、そんなことは隅に置いていい。
「傷跡も残らないように私が全力で治療して、ヴィアナちゃんにも誰にも怪我の位置は教えてないのに、どうして?」
「!!」
今重要なのは、目の前の『彼』がバレットさんやヴィアナちゃんの敵だということだ。
「な、何かの間違いです沙耶さん!私は……そう、確かに彼女の怪我の位置を聞いて」
これまでで一番狼狽した様子で、『彼』は必死に弁明を試みている。どうやら私の言葉は余程予想外だったようだ。
蟻の一穴……なんて、それは流石に卑屈過ぎるかな。
「それは誰に聞いたのです?私でさえ、バレットが腹部を負傷していたこと自体初耳なのですよ?」
ヴィアナちゃんの冷静な追撃によって、『彼』は押し黙ることしかできなくなってしまった。
その僅かな沈黙を突き、今まで一言も発することはなかったオーキスさんがヴィアナちゃんに代わって先を続けた。
「屋敷に着いた時点で既にバレット様の傷は塞がっていました。……その後は、すぐに私が替えのシャツを用意させていただきました。」
「そ、そうだ!オーキスさん!私はその時に貴方から衣服の処分を頼まれたんだ!だから」
端的に当時の状況を説明するオーキスさんに対して、『彼』は口調を僅かに荒げながら言葉を返す。
……先程までの落ち着きはすっかり抜け落ちているように感じられた。
「失礼ながら……如何に『狩人』といえどバレット様は女性です。その衣服の処分を、私から男性の使用人に依頼することはありえません。」
「ぐッ」
「ちなみにその後、その衣服はどうしたのです?」
「バレット様に許可を得たうえで、その日のうちに廃棄処分しています。……ただ、腹部に引き裂かれたような穴が開いていたのは確かです。」
『彼』の反論は呆気なく撃墜され、ヴィアナちゃんとオーキスさんにより、その詳細が事細かに暴かれていく。付き合いの長さが成せる業だろう。
「他にそれを知っている者は?」
「私の外には誰も」
もはや言い逃れのしようもない状況だと、わたしにも理解できた。
結論が出た議論の渦中においてもなお、『彼』は何も言葉を発さない。
ただただ無言でその場に立ち尽くしていた。
「……少し予想外の展開ではあるけれど……これで決まりね。」
「ッ!!」
イリスちゃんが『彼』を見ながらそう呟いたのとほぼ同時に、酷く乾いた破裂音が数度響き渡った。
それは先程も聞いたのと同じ銃撃音で、発砲した人物もまた同じ。
けれど結果だけは、先程と違っていた。
「俺が此処にいるんだ。易々とコイツを殺せると思うな半端者」
銃弾を身体で受け止めたというのに倒れる素振りもダメージを負った様子すらないシークさんに対して、『彼』は舌打ちをしつつ忌々しそうに距離を取った。
そしてゆっくり銃口を天井に向けて構えた『彼』は、言葉を吐き捨てながらその本性を現した。
「ふざけた話だが仕方がない。舞踏会の申し出を受けてやるよ、イリス=ハイレンジア!」
ダリア=グリムランドの叫びと三度響いた銃声により、舞踏会は次の演目を迎えたのだった。