舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【舞踏会】③

ダリアが天井に向けて発砲したのを合図に、扉が荒々しく破られた。

開け放たれた扉から、獣人擬きが舞踏会の会場になだれ込んできた。

 

彼らは荒い息遣いのままに沙耶とヴィアナ達、そしてイリスを取り囲むようにして待機している。

まるで何者かの指示に従っているかのように統率の取れた行動をしているが、彼らの眼からは相変わらず人間としての知性を感じられない。

 

そんな獣人擬き達の様子を確認し、ダリアは心底楽しそうに口角を釣り上げてイリス達に向かい合った。

 

「文字通りの飛び入り参加だが、非礼を詫びる必要はないよな?死にぞこない」

「あら、随分と下卑た顔ね。……良いじゃない。利口ぶっているよりも、貴方には余程御似合いよ」

 

ダリアの皮肉の言葉に、イリスは真っ向からの嫌味で切り返す。

冷笑と表現しても差し支えない彼女の笑顔を見て、ダリアは忌々し気に三度目の銃撃を試みる。

 

「どこを見てる?」

「……。」

 

しかし発砲よりも早くシークが射線上に割り込んできたことで、ダリアは行動を中断した。

 

これまで霧の都で度々行動が観測されていた獣人擬き。

彼らを生み出す原因である異能薬には、ダリア以外には知る由もない特性があった。

それは異能薬を使用した者は、無意識下でダリアの命令に従うようになるというものだった。

彼が遥か昔に殺害した獣人の因子濃度の差による効果なのか、それとも異能薬自体が一度ダリアが取り込んだ異能因子を使用している為なのか、どちらが原因かは解らない。

しかし結果として、異能薬の使用者とダリアの間には歪な命令系統が構築されるようになっていた。

 

ダリアはその命令系統を用いてイリスだけでなくシークの行動をも封じる為に、舞踏会場に侵入した獣人擬きのうち、約半数を彼らに割り振った。

 

そもそもの話、今日この夜にダリアが直接姿を現した最大の目的は『イリス=ハイレンジアの殺害』を確実に遂行する為だった。

前回の異能薬事件の際、事故とはいえ自身の策を掻い潜ったハイレンジア家の前当主夫妻に対し、ダリアは僅かに因縁めいた感情を抱いていた。

自身の筋書きを狂わせたハイレンジア前当主夫婦への意趣返しとして、その娘を殺害し情報を奪い取る。

そうすることで自身の優位性をより盤石なモノにしようとダリアは企てていた。

 

 

……しかし実際のところはどうだ?

よもや確実に仕留めたはずのイリス=ハイレンジアが、絶命したまま動き出すなどダリアは思いもしていなかった。

 

「……。」

 

ダリアは正面に佇むシークとの距離を慎重に測り、小手調べに数体の獣人擬きを二人にけしかける。

狙うのはシークではなくイリスだ。

相手が如何に吸血鬼などという埒外の化け物だとはいえ、その脅威は伝え聞く不死身性と頑強さにあることは明白だ。

それは既に数度、獣人擬きを用いた戦闘の結果と先程の射撃で確認を終えている。

 

頑強さだけで言うのであれば、シークは異能薬で作り出したダリアの手駒を遥かに凌いでいる。

だが、所詮はその程度の脅威だとダリアは判断した。

そんな相手に接近戦は愚策の極みだろうが、囲んで叩けば問題はない。

後はシークや他の連中が手下の駆除に手間取っている内に、今回の第二目標である『癒し』の異能を持つ女……川崎沙耶を攫って逃げるだけで良い。

対面としてはダリアの惜敗に映るかもしれないが、大局的に見れば逃げるだけでダリアの勝ちになるのだ。

そして今この場にいる獣人擬きは、目的遂行のために集めた手駒なのだから、文字通り命がけで役に立ってもらわねば困る。

 

ダリアは自身の行動指針を再定義し、持ち上がりそうになる口角を抑えつける。

そして再び銃口をイリス達に向け、眼前の敵に向かって高々と吠えた

 

「せいぜい踊ってもらおうか!化け物!!」

 

ダリア=グリムランドの心には、長年に渡って彼の内側に巣食っていた精神的な油断と慢心があった。

 

……それが、彼にこれ以上ない愚策を選択させることになる。

 

   @  @  @

 

「これが報告にあった獣人擬きと言うものですか……非人道的と言う他ありませんわね」

 

自分たちの周囲を囲むようにして立ちふさがる獣人擬きたちを一瞥し、ヴィアナは静かな声で呟いた。その声には僅かに哀れみの色が見て取れる。

 

「……前とちょっと違う?」

 

以前に遭遇した時との獣人擬きから感じる差異に、思わず疑問を口に出したのは沙耶だった。

 

沙耶とバレットが以前に遭遇した獣人擬きからは、知性と言うものが感じ取れなかった。

……少なくとも、今のように『獲物を取り囲んで様子をみる』などといった連携ができるような状態ではなかったはずだ。

 

だが、目の前にいる彼らは違う。

荒い呼吸と飢えた獣のようにぎらついた眼をし、肌が粟立つような殺気を発していながら、彼らの動きには統率が取れていた。

 

「せいぜい踊ってもらおうか!化け物!!」

 

シークとイリスに向かってダリアが吠えた。

その声に呼応するように、沙耶たちを取り囲んでいる獣人擬きたちもゆっくりと輪を狭めるように動き始める。

嘲笑する笑い声とも獣の唸り声ともつかない雑音が、徐々に彼女たちに近づいて行く。

 

「ヴィアナ様、沙耶様、ここはお任せください。」

「……。」

 

そんな状況の中、二人を庇うようにしてオーキスとゴルドが獣人擬きたちに立ちはだかった。

オーキスはいつかの戦闘と同じようにナイフを片手に悠々とした立ち振る舞いでヴィアナを護り。

ゴルドは油断なく銃を構え、沙耶達を獣人たち視線から守る様に立っている。

 

「わかりました。……オーキス、ゴルド、私達を守りなさい。」

「よ、よろしくお願いします!もし怪我しても私がなんとかしますからね!」

 

事ここに至ってしまえば、戦闘能力に乏しい沙耶とヴィアナに出来ることは限られている。

異能によるサポートがせいぜいで、実際の戦闘は護衛の二人に任せるしかない。

ヴィアナはゴルドとオーキスに自身の異能による身体能力の向上効果を与え、沙耶はどんな状況でも二人の傷を即座に治せるように気を張って、自分たちの敵に向かい合った。

 

「そこまでです。」

「■!」

 

オーキスが正面の獣人擬きの足元に向けてナイフを投擲し、その動きを牽制する。

 

「それ以上踏み込んでくるようであれば、貴方達の身の安全は保障しかねます。」

 

オーキスの言葉の意図を理解したのか、4人を囲んでいた獣人擬きたちの動きが止まった。

ナイフを投擲された獣人擬きは数秒の間停止し、やがてゆっくりとオーキスに視線を向ける。

 

「……。■■」

 

その目から感じられるのは殺意や狂気のみで、知性などは欠片も感じられない。

だが先程までと明らかに違い、彼らの口元が歪んでいた。歪で敵対的な笑みを浮かべつつ、獣人擬きたちは再び侵攻を開始した。

 

「……やはり無駄ですか」

「わかりきっていたことでしょう。彼らはもう人ではない」

 

落胆するオーキスに対して、ゴルドは努めて冷静に言葉を返した。

オーキスとしては『仮にも異能薬の被害者であり、街の一員だったかもしれない彼らを簡単に殺めたくない』というヴィアナの感情を汲んでの忠告だったのだが、どうやら意味のない行動だったらしい。

 

「では、仕方がありません。……手荒くいくとしましょうか。』

「援護します。」

 

ヴィアナの力はオーキスに8割、ゴルドに2割程度の割合で2人に配分されている。

元より前線で対応するオーキスに比重を置くのは前提として、援護射撃を行うゴルドには動体視力や緊急の回避程度の余力があれば充分だと判断しての結果だった。

 

「御無礼をお許し頂ければと存じます。」

 

ヴィアナからの支援込みであれば『狩人』であるバレットにも引けを取らない実力者であり、フェリエット家最大戦力である老執事オーキスが、本来の実力を発揮した。

 

 

   @  @  @

 

 

「……すごいなアレ」

 

私は舞踏会場の片隅で繰り広げられている老執事と青年の、獅子奮迅とも称するべき戦闘に感嘆の念を洩らしていた。

 

今の身体であるミハイルから奪った情報で、あの老執事が相当な実力があることは知っていた。

だからこそ念を入れて足手まといのお嬢様共々こちらの手勢で囲んでおいたのだが……あれでは『癒し』の異能を持つ少女を隙を見て攫うこともできない。

 

素直にそう認めるほど、今のオーキスは鬼神染みた戦闘力を発揮していた。

……それにもし仮にあの老執事を突破したとしても、それは彼を援護しているゴルドに対して隙を晒すことを意味している。

オーキスが派手に立ち回っているせいで霞んではいるが、彼の射撃もまた経験に裏打ちされた素晴らしい実力だ。

全く忌々しいことだが、崩すのは至難だろう。

 

「我ながら配分を誤ったかな?」

「……あの爺さんは能ある鷹ってやつだ。お前自身の浅慮さを嘆く必要はねぇよ」

 

反省の意味も込めた私の言葉に対し、シークはその意図や思惑を見透かしたように挑発的な言葉を投げてくる。

つくづく気に入らない。そもそもこの男さえいなければイリス=ハイレンジアの殺害に失敗するなどといった無様を晒すことはなかったはずだ。

吸血鬼だか何だか知らないが、ソレは数いる怪異存在の一端に過ぎない。

その程度の存在であれば、私は既に一度取り込んだ実績がある。

 

「ほざくなよ吸血鬼、お前の脅威はその死に難さだ。ただ長く生きているだけのモノが、この私に歯向かうな。」

 

シークとイリスを囲んでいる手駒に指示を飛ばし、彼を襲わせる。

……すぐに決着するなどと思っていない。私はシークが攻撃に対処している隙を突いて、再びイリスを撃つだけだ。

殺して死なないからと言って、あの女は分類上まだ人間の範疇にいる。ならば殺し続けて死なない、なんてことは有りえない。

私の中が過去に取り込んだ獣人ですら最後には死んだのだ。ならばあれほど容易く血を流す女を、この私が殺し切れないはずがない。

……そう思っていた。

 

唐突に目の前で、何かがひしゃげる様な音がした。

 

「は……?」

 

……私が指示して攻撃をし掛けた手駒は、気付いた時にはシークに顔面を掴まれた状態で屋敷の床に叩き付けられていた。

 

何の冗談だ。と問い質したいのに、口が動かない。あまりの出来事に茫然として、身体の動かし方を忘れてしまったかのようだ。

 

「……やっぱり、回収できなかった死体の情報までは共有できていないようね」

「面倒だったが、お前の読み通りだな」

 

シークは辟易とした態度で軽口を叩きながら、一瞬の戦闘で着いた返り血を鬱陶しそうに拭っていた。

 

「当たり前でしょう。そうでなければ、わざわざ貴方を向かわせた意味がないじゃない。」

 

それに対して血濡れの女は、相も変らず刺々しい言葉を返している。その表情からは余裕と奢りがありありと感じられた。

 

それが無性に私の精神を逆撫でする。

 

「クソッ殺せッ!!」

 

私の声を合図にして、獣人擬きたちが一斉に牙を剥く。十数体の怪物が敵対者2人を蹂躙するべく殺到する。

逃れる場所などありはしない、抗いたければそうすれば良い。

先程までとはわけが違う。一対一なら確かにやり過ごすこともできるだろうが、今回に関しては多勢に無勢だ。

数によって押しつぶされるのが化け物には似合いの末路だ。

 

一気に囲いが狭まり2人が飲み込まれていく光景に、私が自身の勝利を確信した瞬間だった。

シークが小さく何かを呟くのが聞こえた。

 

「……起きろ」

 

その直後、それは始まった。

 

「……なっ?」

 

最初に目にしたのは、先程シークに倒された私の手駒が、緩慢な動きで起き上がる姿だった。

それくらいなら驚くには値しない。元より獣人擬き達の取り柄は頑丈さだ。頭を潰された程度では絶命しない。

私が自身の目を疑ったのはその次に起きた事のせいだ。

 

起き上がったソイツは、シーク達に向かう私の手駒の1人に、あろうことか噛みついたのだ。

 

「■■■■ッ!!」

「何をしている貴様ッ!?」

 

絶叫をあげて倒れ伏す手駒の1人を視認し、私は思わずソイツに向かって声を荒げた。

 

肉を喰らい、血を啜るような不快な音が響く。

見れば、ソイツの首はあり得ない方向へ捩れ、後頭部はシークに叩き付けられた時のまま陥没している。

見間違えようのない死に体。だがソイツは確かに動いて、私の手駒を貪っている。

 

そんな事態に気を取られている間に、残りの手駒はシークとイリスの元に到達した。

だがそれも話にならない結果に終わっていた。

見れば確かにシークは血塗れだが、それは全て返り血だ。

やられた手駒はまだ4体程度のようだが、その有様から個としての力の差が嫌でも感じられた。

 

そして更に事態は悪化していく。

 

「更に4つ、もらったぞ」

 

シークのそんな言葉とほぼ同時に、シークの周りに倒れ伏した手駒達が再び立ち上がった。

 

「■■■ッ!!」

 

立ち上がった手駒達は、狂った咆哮と共に他の獣人擬きへ襲い掛かった。

牙が喉笛を食い千切り、爪が肉を裂く。ある者は反射的に抵抗し、爪と爪で切り結ぶ拮抗状態に入っていた。

 

「これは、何が起きているッ!?」

 

私の命令に従わない。いや、そもそも届いてすらいないような感覚がある。

まるで、誰かに支配権を奪われたかのような……ッ!

 

「……そういうことか、化け物!」

 

激昂する私の感情など取るに足らないとでもいうように、その化け物は正面から私と向き合った。

 

「殺して奪うのはお前のやり口だったようだが……悪いな、半端者。」

 

彼はその牙を見せつけるように凶悪な笑みを浮かべる。

 

「その手の無法は、俺たち化け物の領分だ。」

 

その言葉と同時に、シークの姿が揺らいだ。

化け物の輪郭が崩れ、その中から数匹の蝙蝠が飛び出す。

蝙蝠は羽音を響かせ、交戦中の手駒達に死角から近付く。そしてその首筋へ鋭い牙を突き立てた。

 

「■■ッ!?」

 

牙を突き立てられた獣人擬きたちは、苦悶の声をあげて地に伏した。

身体を震わせる彼らの呻き声が、その震えと共に止んでいく。

 

一瞬の静寂の後に再び立ち上がった彼らは、示し合わせたように、全員がゆっくりと私の方に顔を向けた。

 

「……馬鹿、な。」

 

意識せずに言葉が漏れた。

彼らを支配していた命令系統が、長い年月を掛けてあの獣人の力を掌握して手に入れた私の力が、まるで最初から存在しなかったかのように掻き消えている。

こんなことは想定していない。あってはならない。

こんな、まるで私が積み上げてきたこれまでが、児戯にも劣ると判決を下されるような無法を、認めることなど出来はしない。

 

「これまでお前がやってきたことと同じだよ。」

 

その様子を眺めながら、怪物は冷ややかに口を開いた。

 

「殺して、貪って、奪って、それを元手に積み上げる。」

 

怪物が、私の手駒達を従えて、一歩前へ出る。

 

「その積み重ねた全てが、化け物に奪われただけだ。」

 

哀れな物を見るように、化け物は静かに目を細めてそう言った。

 

 

   @  @  @

 

「化け物が……ッ」

 

ダリアの自尊心は、既に限界まで踏み躙られていた。

 

「そういうな半端者。今回のは単に相性の問題だ」

「……黙れ。」

 

ダリアの表情から読み取れるのは屈辱と恐怖。低く漏れた声には、もはや余裕など欠片も残っていなかった。

 

「返せ、そいつらは俺の駒だ」

 

無駄な抵抗だと悟りながら、ダリアは忌々しげに声を上げる。

 

「あら、面白いことをいうのね。貴方は今まで一度でも、被害者の言うことを聞いたことがあるのかしら」

 

返事を返したのはイリスだった。

彼女は全てを見透かすような瞳で、笑うことすらせずにダリアを見つめていた。

 

ダリアは窮地に立たされていた。

つい先程まで自らの手駒だった者達は、一匹残らず奪われダリアに牙を剥いている。

 

あり得ない、認められない。認めてしまえば、ダリアは自らが積み上げてきた全てを否定することになる。

 

「ッ、殺せ!!全員でソイツを殺せッ!!」

 

悪足掻きに等しいダリアの絶叫に、応じる者は誰もいなかった。

 

「わかってんだろ、半端者。……詰みだ」

「ッ……!」

 

――勝てない。

シークの言葉とこの状況に、ダリアの理性はようやくその現実を受け入れた。

 

「……クソッ」

 

悪態は自分自身へのものだった。ここで死ねば終わる。

手に入れた力も奪ってき情報や知識も、全てがこの夜で潰えてしまう。

 

(それは、それだけは許容できない。)

「!!」

 

その瞬間、今までシークとイリスの対処に集中していたダリアの視野が舞踏会の会場全体にまで広がった。

 

「オーキス!後一体です!」

「!、ヴィアナちゃん!アレ!」

 

ダリアは状況からもう現状で自由に動かせる手駒がないことを悟り、最後の手札を切った。

 

「確かに、今回は私の負けだ。」

 

ダリアは注射器を取り出すと、躊躇なく自らにソレを投与した。

 

「だが足掻くぞ化け物!それこそが人間なんだから!」

 

ダリアは全身を跳ね回る異物感と高揚感に身を任せながら、身体を獣人のそれへと変質させていく。

 

「■■■■■■!!!」

「ッ!?」

 

そして瞬く間に変貌を遂げたダリアは、力の限り吠えた。

その音圧は思わず耳を塞ぎたくなるほどだったが、彼の目的はそれではない

 

異能薬を自らに投与して獣人の力の比重を上げたダリアの叫びは、ゴルドとオーキスに倒された瀕死状態の手駒を強制的に駆動させた。

 

「シークさん!」

 

群れの長から配下の獣に対する絶対的な命令権限により、身体の限界を無視して無理矢理動かされた者は、沙耶達を無視してイリス達に襲いかかる。

 

「時間稼ぎにしかならんぞ、この程度なら」

 

訝しむようにシークが呟く。

無論こんなものが時間稼ぎにしかならないことなど、ダリアとて理解している。

だがダリアにしてみればそれで良いのだ。

ダリアは口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべ、懐へ手を突っ込み小さな筒取り出した。

そしてそのままソレを床へ叩きつけた。

 

「!」

 

その瞬間、乾いた破裂音と共に白煙が一気に広間へと噴き上がる。吹き出した白煙が視界を覆い尽くし、全員の視界を奪った。

 

「な?!ここまでやって逃げる気ですの!?」

 

ヴィアナは状況を正確に読み取り、ダリアの狙いを看破した。

しかし、ヴィアナの問いに応える声はなく、代わりに白煙の向こうから届いたのは、扉が勢いよく開かれる音。

 

異能薬による力の増強、獣人擬き達の強制駆動、街の裏ルートから入手していたであろう煙幕弾。

その全てをただこの場から逃げ切るためだけに、ダリアは全力で使用した。

 

白煙が晴れ、残ったのは倒れ伏す異形の遺体と血塗れの吸血鬼だけ。

 

「あの、イリスちゃん……怪我、大丈夫?」

 

その状況で沙耶がまず最初にしたことは、重症者への声掛けだった。

 

「……。はぁ、貴女は変わらないわね。街に来た時と同じ、歪なまま。」

「これでも頑固な方だからね。」

 

言葉を返しながら、沙耶は困ったように微笑んだ。

 

「けど良いの?ミハイルさ……じゃなくて、ダリアだっけ?……あの人、逃げちゃったけど」

 

沙耶は素直に思ったことを聞いたのだが、イリスにはそれが愉快だったようで、小さく笑いながら返答した。

 

「良いのよ。目論見とはまた別だけれど、アレを舞台上に引き摺り出すのが私の役目なんだもの。」

 

イリスの声音から浮ついた感じが消える。それから視線をダリアが消えた廊下側に向けながら、イリスは微笑んだ。

 

「それに、よく言うじゃない?適材適所よ」

「……適材適所?」

 

落ち着いた雰囲気で、しかし冷酷な笑みは絶やさずに。

なおも視線だけは廊下に向けたまま、イリスは言葉を締め括った。

 

「……いつだって、手負の獣を狩るの『狩人』の仕事よ」

 

 

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