舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【会談】⑥

「ふふふ、それはまた愉快な出会いをしたものね」

「笑い事ではありませんわ……。この話を聞いたときに、どれだけ私が肝を冷やしたと思っていますの」

「あら、ますますもって愉快な話じゃないの」

 

バレットがアルエから別室で情報の提供を受けていた時、残された3名は談笑をしていた。

街に来たばかりの沙耶にとっては、イリスとヴィアナが口にする取るに足らない思い出話ですらも興味深いものだった。

そんなふうに話題が数度転換された時、唐突に沙耶がバレットと出会った時の状況が話に上がった。

ヴィアナの心境を聞き、イリスは小気味良さそうに小さく笑っている。ちょっとした悪意が見え隠れする笑みだが、ヴィアナは慣れているよう軽く流している。どうやらこれがいつも通りの彼女らの距離感なのだろうと沙耶は思った。

 

「けど、あぁしないとたぶんバレットさんは死んじゃってたと思うから……あれでよかったと私は思うよ?」

「まったくもう、そういう所だと理解してまして?」

 

二人の話を聞きながらも、沙耶は自身が思ったことを素直に口に出す。ヴィアナからはいつも通りの言葉が返ってきた。

イリスからは

 

「見ず知らずの人間の命なんて放っておけばよかったでしょうに、貴女は随分と酔狂なのね。」

 

と、何とも言い難い声色で言葉が返ってきたのだった。

 

「見ず知らずの人だからって放ってなんておけませんよ。私にはこういう力があるから尚更です。」

 

沙耶はイリスの言葉にも淀みなくそう返答した。

助けられる相手ならば、可能な限り助けてあげたい。幼い頃からそうやって育ってきたのだから、沙耶にとってはそれが当たり前だったのだ。

 

「……そのせいで、貴女が治したせいで、あの狩人がより無残に死ぬ可能性があるとしても?」

「……え?」

 

しかしイリスから返ってきた言葉は、沙耶にとって思いもよらないものだった。

 

「貴女の価値観は一般的に見れば美しいのでしょうね、川崎沙耶。」

 

けれど、とイリスはその目に少しばかりの憐みの色をにじませて沙耶を見据える。

 

「その言葉と行動が、貴女自身の奥底から湧き出たものでない以上は私は貴女を認めません。それはただ人の命を悪戯に弄ぶことと何ら変わりがない。」

 

イリスの言葉に沙耶は揺れた。

確かに彼女の言う通り、沙耶の言葉のすべてが自身の内から生じた訳ではなかったからだ。そのルーツを辿るには、もう十年以上も前……まだ沙耶が誰とも出会っていなかった頃まで遡ることになるのだから。

 

イリスは沙耶の動揺を見ても尚、言葉を続ける。

 

「確かに一般人であれば九死に一生を得た、次が無いよう気をつけよう、これで終わるでしょう。けれど彼女は狩人よ?一般人とは違って死地に赴くことが常、そんな命を救ってどうなるというのです?」

「どうなるって……私はただ見捨てられないから、私が治したいと思ったから治しただけです。」

 

沙耶はイリスの問いに真っ直ぐに言葉を返した。イリス=ハイレンジア、彼女に対しては言葉を濁しても意味がないと、そう思ったからだ。

そんな沙耶の言葉を聞いてもなお、イリスの対応は変わらなかった。

 

「助けた命に責任も持てないような人間が、軽率に人の命を救うべきではないわ。」

 

「そこまでですイリス。……久しぶりの交流で舞い上がっているのか知らないけど、これ以上私の友人を侮辱することは許しませんわよ」

 

イリスがそう言った次の瞬間、ヴィアナが強引に割って入ってきた。

イリスはそれを見て小さく笑みを浮かべてから、沙耶に向き直る。そこには先程までの憐みの色はなく、気の合う友人に向けるような友愛の色が見て取れたのだった。

 

「どうやら出過ぎたことをいったようね。私は生まれつき距離感を測るのが苦手だから、許してほしいとは言わないわ。」

 

そういって小さく頭を下げるような仕草をした。……どうやら謝っているようだった。

沙耶がその言葉を受け入れたことで、場は少し前の談笑中の雰囲気に回帰していった。

 

……そんなことがあったのが昨日のこと。

 

「夢にまで見るとか気にし過ぎだよね……。」

 

昨日よりも少し遅い時間に起床した沙耶は、ベッドの上で頭を抱えて深々とため息を吐いた。

確かに昨日の出来事というか、イリスちゃんに言われたことはショックだったけど、いつまでも気にしていても仕方ない。ちょっとずつ進歩すればいいんだからね。

そう考えて、沙耶は自身の頬を軽く叩いて気持ちを切り替える。見れば、既に昨日の起床時間より1時間ほど遅くなってしまっている。

沙耶は急いで身支度を済ませて、ヴィアナ達がいるであろう昨日と同じ部屋に早足で向かったのだった。

 

「それは本当ですの?」

「えぇ、昨夜の内に屋敷を出てから戻っていないそうです。同時刻に共に行動していた者からの報告です」

 

沙耶が部屋の前に着くと、部屋の内側からかなりくぐもった声でそんな言葉が聞こえた。

沙耶は盗み聞きのような形になるのは良くないと考えて、速やかにノックをしてから部屋に入ることにした。

 

「ごめんヴィアナちゃん、寝坊しちゃった。」

「あら、おはよう沙耶。多少の寝坊は仕方ありませんわ、旅の疲れが出たのでしょうし。」

 

慌ただしく入室した沙耶に、ヴィアナは柔らかく笑いかける。

 

「……先ほどの話はまた後で」

 

そしてすぐに視線を先ほどまで話していた人物に向け直し、短く言葉を紡いでその人物との会話を打ち切った。

 

「イエス、マイロード」

 

ヴィアナの前に立っていたのは、意外なことに老執事オーキスではなくゴルドだった。

ゴルドはヴィアナの言葉を受け、退室するべく扉の方へ向かう。

 

「あ、ゴルドさん。おはようございます。」

「おはようございます沙耶様。今日もよい一日を。」

 

すれ違う前に咄嗟に挨拶の言葉を紡いだ沙耶に、ゴルドは変わらぬ柔和な印象の笑みを浮かべて優しく言葉を返す。そしてそのまま改めて二人に一礼し、部屋から静かに出ていったのだった。

ゴルドが退室してすぐ、別の使用人によって食事が運ばれてきた。

ヴィアナはバレットが早朝に屋敷を出立していたことを沙耶に伝え、今朝は二人での朝食になった。

 

暫く談笑しつつ朝食を取り終えた二人は、今日の予定について話し合うことになった。

しかし今日はヴィアナの方にどうしても外せない用事があるらしい。沙耶はヴィアナに自分の用事を優先してくれて構わない旨を伝えると、ヴィアナは困ったように笑った。

 

「申し訳ありませんわね、沙耶。貴女をこの街に招いたのは私だというのに、碌にもてなしも出来ておりませんわ……」

 

本当に申し訳なさそうにヴィアナが誤ってくるので、沙耶は慌てて言葉を返した。

 

「え、ううん!謝らなくて大丈夫だよヴィアナちゃん。私、珍しいものたくさん見たり聞いたりできてて楽しいから!」

「そう言っていただけるなら幸いなのですが……。はぁ、まったく……何もこのタイミングであんなトラブルが起きなくても良いでしょうに……ままならないものですわね。」

 

頭を軽く押さえて辟易した様子を見せるヴィアナに、沙耶は質問を投げてみることにした。

 

「あの、ところでバレットさん達が調べてる事件ってどんな内容なの?」

「そういえば、沙耶には話してませんでしたわね。……いえ、というか何故知りたいのです?貴女が聞いても楽しい話ではなくってよ?」

「ヴィアナちゃん達が困ってるなら私も何か力になれないかなって思ったんだけど……ダメかな?」

「……話すこと自体は構いません、調べれば簡単にわかることですので。……けれど沙耶、貴女は本来この件とは無関係です。深入りしないと約束してもらえないかしら。」

 

ヴィアナの視線と沙耶の視線が交わり合う。沙耶はそこでは何も答えず、ただ無言でジッとヴィアナの目を見つめ返すだけだった。

 

「さて、どこから話したものでしょう……」

 

それから沙耶はヴィアナから、改めて事件の概要を聞いた。1週間程前のベリエード家の当主が亡くなった事件から始まり、先日のバレットが襲われた事件。

亡くなったのが同盟の盟主であったために大事になってしまっていたこと、前者の事件の犯人がまだ捕まってはいないこと。

後者の事件がバレットではなく、外部から遣わされた狩人を標的としたものであった場合、今回の件はより複雑になっていくであろうことを知った。

 

「……正直、昨日のイリスの言葉には頭を抱えましたのよ。普段から言動に含みのある子ですけど、あそこまでハッキリ指摘するのは珍しかったので。」

「あ、じゃあもしかして……私が治したせいで、あの人がもっと酷い目に会うっていうのも」

 

昨日から胸の内で燻っていた嫌な予感は、沙耶の内で確信に変わった。

沙耶の瞳に悲壮な色が宿るのを見てとったヴィアナは、やさしく沙耶の手を握る。

 

「それは違います。結末がどうなるにしろ、バレットの命を沙耶が助けたのは純然たる事実です。……彼女も貴女にお礼を言っていたでしょう?どうかそれを忘れないで」

 

仄暗い気持ちに飲み込まれそうになった沙耶は、自身の手を握っているヴィアナの手から伝わる熱を感じた。そして同時に、自分を友人として心から大事に思ってくれていることも改めて実感する。

 

確かにイリス=ハイレンジアの言う通りだと、沙耶は思った。。

助けた命に責任を持てない人間が軽率に人の命を救うべきではない、という彼女の言葉は確かに正論だと心の底から思った。。……あまり人に言いたくない記憶だったけれど、過去に似たような経緯で大変なことになったからだ。

 

「……うん、よし。」

「沙耶?」

 

沙耶はヴィアナの手を握り返す。

彼女はイリスの指摘について考えて、先ほどヴィアナから教えてもらった事柄を自分の中で整理して……ある一つの結論にたどり着いたのだった。

 

「ヴィアナちゃん、私ね……バレットさんの手伝いがしたい」

「……何を言ってますの」

 

ヴィアナの困惑も当然の反応だと沙耶自身思っていた。

自分は危険に対する対処方法など持ち合わせていない。精々逃げながら自身の傷を治すくらいだと思う。それでも沙耶は行動したかったのだ。

 

「イリスが言った言葉を気にしているのでしたら、先ほども言った通り」

「違うの、それもあるけどそれだけじゃないんだ。」

 

沙耶はヴィアナの言葉を遮って言う。自身の考えていたことを一言一句余さずにヴィアナに伝える。

 

「確かにね、イリスちゃんの言葉にショックを受けたのは本当のことだよ。だけど、私はそれ以上にヴィアナちゃん達を助けたいって思ったんだ。……そりゃ、危ないのは私だってわかってるよ。だけど、友達が困ってるのを放っておけるほど私は冷たくなれないから。」

「……。はぁ……貴女という方は、どこかの誰かに似て本当に頑固ですわよね。」

 

ヴィアナの脳裏に蘇ったのは、沙耶と出会った同日に同じ極東の地で出会った少女のことだった。

自分と同じ年頃の彼女を一目見た瞬間に、この娘とだけはぶつかり合うしかないと互いに直感しあった気に入らない相手。名前は『神守さくら』。

彼女と沙耶は一緒に暮らしていたのだから、その頑固さを共有していてもおかしくはないのだろうとヴィアナは苦笑した。

 

「頑固なのはヴィアナちゃんも同じだよ?」

 

そんなヴィアナの内心を知ってか知らずか、沙耶は苦笑しながらそう言った。

ヴィアナは沙耶のその言葉に、そうかもしれませんわね、と微笑みを返したのだった。

 

「沙耶、貴女の好きになさいな。私たちを助けてくださるというのなら、もうあなたの行動に口をはさむことはしませんわ」

 

それから暫くの沈黙が続いた後、ヴィアナは観念したように沙耶に対してそう言ったのだった。

沙耶はその言葉に表情を明るくさせてから、ふと何かに気付いたように小首を傾げるのだった。

 

「私たちって?」

 

短い問いかけが口をついて飛び出した。

 

「先程の話の流れでわかりますわよ。沙耶が私を手助けしたいと思ってくださってるのは本当なのでしょう。けど口には出さないだけでもう一人、助けたいと思っている方が居るんじゃありませんの?」

「え?」

「……って沙耶、貴女もしかして無意識で言ってましたの?」

 

疑問符を飛ばしている沙耶に、ヴィアナは呆れたような声色で指摘する。

 

「貴女言ってたじゃありませんの。バレットの手伝いがしたいと、私の手伝いではなく。」

「……あ、ほんとだ」

 

ヴィアナに指摘されてはじめて気づいたようで、沙耶は少し間を空けてから小さな声でそう呟いた。

 

ヴィアナはそんな沙耶の様子を眺めてから、窓の外に視線をやって不意に柏手を打った。

 

「お呼びでしょうかヴィアナ様」

 

その音に反応して入室したのはオーキスだった。どうやら部屋の外に待機していたらしい。

 

「オーキス、傘を2つ用意なさい。どうも一雨来そうな雰囲気ですので。」

「かしこまりました。」

 

オーキスはそれだけで主人の言わんとしていることを察したのか、再びヴィアナ達に一礼してから退室した。

 

「……なにごと?」

 

沙耶はその一連の出来事に呆気にとられたかのように一言呟いてからヴィアナを見た。

 

「さて、沙耶?私の仕事を手伝っていただけると言っていましたし、貴女に一つ頼みたいことがあるのですが」

「え、なに?」

 

含み笑いを浮かべつつ沙耶を見つめるヴィアナに、沙耶はまたも口をついて出た疑問でもって返答する。

 

「お待たせしましたヴィアナ様。」

「バレットに傘を届けてきてくださいな。どうも、持たずに出かけたようですので」

 

ヴィアナのその言葉に毒気を抜かれた気分になった沙耶は、オーキスから傘を受け取った。

それから誰もバレットの詳しい行き先を知らなかった為、ヴィアナとオーキスから彼女の向かう可能性の高いだろう場所を幾つか聞いてフェリエット邸を出発した。

 

 

「それで、ゴルドから聞きましたが……本当ですの?ミハイルが失踪したというのは。」

「まだ数時間程度しか経過しておりませんので、確定ではありません。……しかし昨夜から行方が分からず、本日も姿を見た者はいないため、恐らくは間違いないかと思われます。」

「……そう。」

 

オーキスからの報告を聞いたヴィアナは、重々しい溜息をついてから彼に下がるように命じたのだった。

そしてヴィアナは窓際まで歩み寄って空を見上げた。見上げた空は曇天で、いつ雨が振り出してもおかしくないような雰囲気だった。

 


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