舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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【会談】⑦

「……。」

 

バレットは帰路の途中でとうとう降り始めた雨のため立ち往生していた。

雨が止むのを待ち始めて、そろそろ一時間程度が経過する。

先刻の情報屋との会談で得た情報を自身の脳内で整理しつつ、もう10分程待って止まなければ移動しようかと思っていた。

そんな時、道の端に見覚えのある姿が立っているのに気が付いた。

 

「サヤ?」

「……あ!」

 

バレットは小さな声で呟いたつもりだったのだが、どうやら沙耶の耳には届いたようでパッとバレットの方に振り向いて表情を変えた。

 

「ようやく見つけましたよ」

 

そして沙耶は水溜まりを避けながらバレットの元に歩み寄っていく。

 

「どうしたのです、サヤ。こんな雨の中を一人で出歩いて」

「いや、その……ちょっと傘を届けに」

 

バレットの問いかけに沙耶は笑いながら使っていない方の傘を差し出した。

 

「……ありがとうございます」

 

彼女の意図は判らないけれど、これで雨が上がるのを待たずとも帰れる。

バレットは合理的にそう考え、素直に差し出されている傘を受け取った。

 

「ところで、何故ここがわかったのです?目的地は話していなかったはずですが」

「ヴィアナちゃん達からいる場所の予想は聞いてたんですけど、ソレのどこにもいなかったから手当たり次第に探してました。雨も降ってきたし困ってると思ったので」

「……。」

「けど名前を呼んでくれたので助かっちゃいました。私、耳だけは良いので」

 

バレットはにこやかに話しかけてくる沙耶を見て、彼女の身体が雨でしっとりと濡れているのがわかった。……随分な時間雨の中を探し回ったのだろうと想像がついた。

 

「申し訳ありません。他に行き先を告げる訳には行かない用事でしたので。」

「あ……お仕事大変そうですもんね。」

 

申し訳ないと謝罪するバレットの言葉で、沙耶は言うべきことを思い出す。

……きっと反対されるんだろうな、そう思いながらも沙耶は言葉を掛ける。

 

「それで、そのお仕事のことで少しお話があるんですけど。」

「……貴女が、ですか?ヴィアナ嬢からの言伝というわけではなく?」

「はい、これは私自身の意思です。」

 

バレットは自身を見つめたまま視線を逸らさずにそう言った沙耶の目で、何か真剣な話をしようとしていることを察した。

 

「聞きましょう。」

「私に、バレットさんのお手伝いをさせてください。」

「……正気ですか」

「至ってまともです。」

 

バレットは沙耶の言葉に驚愕を感じながらも、昨夜からの思いつめた様子を思い出してある程度の事情を推測した。

 

「貴女が手助けをするべきは私ではなく、友人であるヴィアナ嬢の方だ。私のことは必要以上にお気になさらず」

 

頑として折れる気配のないバレットの物言いに、沙耶は返答に窮した。そしてどう返答するか数秒悩んでから、ある方法を思いついた。

 

「それでもダメです。私は貴女を助けました。……なら、1つくらい私のお願いを聞いてくれてもいいんじゃないですか?」

「……。」

 

バレットは予想外の沙耶の言葉に驚愕した。出会って数日ではあるけれど、こういうことを言うタイプではないと思っていたからだ。

事実、沙耶とてこの言い方は本意ではなかった。けれど、自身の根幹に関わることである以上は沙耶も引き下がる訳にはいかなかったのである

 

「……。」

「……。」

 

二人はしばらく無言で見つめあう。

雨の街に立ち尽くす者は二人の他に誰も居らず、地面を断続的に打ち付ける雨音だけが二人の周囲を満たしていた。

……そうして見つめあうこと数分間、先に折れたのはバレットの方だった。

 

「……はぁ、わかりました。冷静に考えれば、貴女の力は頼りになる。断る理由はありません。」

「!、ありがとうございます!」

 

バレットの言葉を聞いて、沙耶は勢いよく礼を言った。その沙耶の姿を見ながら、バレットは断り切れなかった自身の甘さにため息を吐く。

 

「ただし、あくまでもサヤには後方支援に徹してもらいます。それで構いませんね。」

「はい」

 

沙耶は力を貸せるだけでも嬉しいというように、気の良い返事をバレットに返すのだった。

 

「それでは……とりあえずフェリエット邸に戻りましょうか。」

「そうですね。」

 

バレットは沙耶から受け取った傘を広げながら、未だ降りしきる雨の中に歩み出す。

沙耶はその少し後ろを追いかけるように歩く。先日イリスに言われた言葉を払拭できるよう、改めて自分にできることを頑張ってみようと沙耶は心に決めていた。

……存外に、川崎沙耶は負けず嫌いな性格だったのだ。

 

 @ @ @

 

同日、深夜ハイレンジア邸にて

 

「……。」

 

イリスはベッドの上から外を眺めてため息をついていた。……彼女の体調は物心つく前から常に最悪、医師からは常人ならばいつ命を落としてもおかしくないとすら言われていた。

そんな彼女が、今もこうして生命活動を維持しているのは彼女の保有している異能の成せる業だった。

 

「……ようやく来たわね。」

「……寝とけよ、病人」

 

ノックもなしに彼女の部屋に踏み入れたのはフードを目深に被った青年だった。

現在、ハイレンジア邸には彼女以外の人はいない。イリスの命で人払いをしていたのだった。

フードの人物は通ってきた館内の様子からそれを察して、フードを脱いで素顔をイリスの前に晒したのだった。

 

「随分と面白い状況になってきたと思わない?」

「……面倒なことになったとは思ってるよ。お前からの話じゃ、狩人だけじゃなく妙な異能持ちの東洋人まで来てるらしいじゃねぇか」

 

青年は苦々しい表情を隠そうともせずに悪態をつく。イリスはその様子を小馬鹿にするように笑う。

しかしその笑いはすぐに苦し気な声にかき消された。

 

「……ッ」

 

苦しげな声を出しているのはイリスだった。何度も小さく咳き込んでいて、普通な状態ではないことは誰が見てもわかるだろう。

そんなイリスの白く細い手を青年は優しく掴む。

 

その状態で数分経過した頃には、イリスの咳は止まっており息を整えてから青年に礼を言った。

 

「……ありがとう。」

「別にいい。」

 

青年は彼女の手を掴んだまま無感情な声色で短い返事を返した。

 

「もうすぐ、終わるわね。」

「……。」

「どういう形であれ、ようやく決着がつくわ。それまでは……」

「それこそ今更だ。どうあれ、お前は俺が死なせない。」

 

ベッドの傍に跪いた青年は、月明かりに照らされたままで恭しくイリスに頭を垂れる。

 

「命令を頼むマスター。」

 

その言葉にイリスは青年を見つめて、酷薄な笑みを浮かべる。

 

「改めて言うほどのことでもないけれど……私の望みを叶えなさい」

「オーダー、改めて承った。」

 

芝居染みたやり取りに堪えきれないというように、青年はくぐもった笑いをこぼしてから短い返答を返した。

 

「……さて、茶番は終わりにしましょうか。」

「はいよ」

 

月明かりが照らし出す部屋の中で、笑みを交わしあう二人の会話を聞くものは誰もいない。

 

「……あー、その前に食事にしたいんだが」

「ケダモノ……」

 

イリスはため息を突きながら、自身の服の袖をめくって隠されていた肌を露出させた。

 

……月明かりだけが二人を見ていた。

 

 

 

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