舞踏会に彼岸花は咲く   作:春4号機

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間章
【極東】1/3


それは川崎沙耶が『霧の都』を訪れた日より、十数年ほど前の彼女自身の話。

 

沙耶は極東の片田舎にその生を受けた。

彼女の産まれた家はそれほど裕福ではなかったけれど、沙耶は幸せに過ごしていた。

自然に囲まれた村の中で、日々をゆっくり過ごす。同年代の友達はいなかったけれど、老人たちは彼女に良くしてくれていた。

 

沙耶には生まれついて特異な力があった。

それは癒す力。彼女自身の傷はもちろんのこと、他人の傷ですらも彼女の意思次第で立ち処に直してしまうほどに強力な異能だった。

それは沙耶自身が傷だと認識したものであれば、全ての症例に適応された。擦り傷等の分かりやすい傷は言わずもがな、骨折や打撲、さらには流行病でさえも例外ではなかった。

 

沙耶の両親は、彼女の力に気付いた上で周囲にソレをひた隠した。それは私利私欲のためではなく、娘を守るためだった。

人ならざる力を持っていると周囲に知られれば、愛娘がどんな事に巻き込まれるか分かったものではない。それらから沙耶を守るために、彼女の両親は彼女にその力を使うことを禁じたのだった。

 

そうやって彼女が4歳ほどになる頃まで、平穏無事な生活は続いた、……裏を返せば、たった数年しか続かなかったのだ。

沙耶が4歳の誕生日を迎えて5ヶ月頃が立った頃、沙耶の目の前で彼女に良くしてくれていた老人が大怪我を負った。……事故自体は単なる不幸な偶然だったけれど、それが始まりだった。

 

沙耶はその老人の怪我を治した。……治してしまった。

老人は死を覚悟したほどの負傷が、治っていくところを目撃した。そして老人は沙耶に尋ねた。

 

「沙耶ちゃんの両親はこの力のことを知っているのかい?」

「うん!けど、皆にはナイショにしてね?」

 

沙耶は何の疑いも持たずに、素直に老人にそう返事をした。

 

……それから沙耶の力のことが村中に知れ渡るのは一晩とかからなかった。もとより住人のそれほど多くない村だ。横の繋がりが強固だったし、その分噂話が広がるのも恐ろしく早かったのが災いした。

 

 

「……これではもうダメだ。村を出よう」

「そう、ですね……。」

 

沙耶が朧げに覚えている最後に聞いた両親の声は、とても辛い決断をするかのようなものだった。

……そこから覚えているのは家に押し入ってきた村人の怒声と両親の悲鳴、そして自分が治した二人が流していた涙。

 

 

そうして沙耶は両親を失った。

 

 

それから3年間、沙耶は『巫女様』として村人に祀り上げられ、来る日も来る日も人の怪我を治すだけの日々を過ごしていた。

最初の内は、まだよかった。怪我や病気を治した人は、皆一様に「ありがとう」と「助かったよ」と礼を言ってくれたからだ。

けれど、それも長くは続かなかった。いつの頃からか、『遣い』を自称する者が現れた。

 

「巫女様の力に救いを求めるのであれば、その見返りを巫女様は所望している。」

 

その遣いがそう言った。……無論沙耶は一言だってそんなことを言っていない。けれど、村の住人はソレを信じてしまった。

……その遣いの人物は、あの日沙耶が助けた老人だった。

 

 

そうやって沙耶にとって2度目の転機が訪れるまでの数年間で、彼女にとって自身の生きる理由は「人を助けること」へと定められていったのだった。

 

 @ @ @

 

……3年が経過した。

 

その寂れた村に住む遠縁の親戚を訪ねて、ある一家が村を訪れた。

その数は三名。柔和な印象を受ける紳士然とした父と、夫の横を歩きながら娘に慈愛の眼差しを注ぐ母。そして快活な印象を受けるその二人の子。

彼女の名前は神守さくら、知る人ぞ知る名家である神守家の次期当主だった。

 

さくらは両親が挨拶回りに行っている間、周囲の散策に出ることにした。

両親の、あまり遠くへ行かないようにとの声に返事をしつつさくらは駆け出す。

普段舗装された道ばかり歩いている彼女にとって、田舎の砂利道はなかなか体験できないものだった。土を踏みしめる感覚を楽しみながら、彼女は近所を走ってみた。

 

自身の知らない風景を誰にも邪魔されず気ままに動き回るのは、これ以上なく楽しい経験だった。

さくらがそんな風に楽しみながら移動していると、不意に社の周りに人集りができているのを見つけた。

 

「巫女様が居なくなってしまわれた」

「急いで探さねば」

「大変なことになってしまった」

 

暫く観察していると、集まっている人達は全員どこか不安そうな顔で口々にそんな言葉を呟きながら右往左往しているだけだった。

 

さくらはそんな彼らを見て、心配なら早く探しに行けばいいのにと思いながらその場を去った。

そしてその風景を無視して、そのままもう暫く道なりに進むと不意に視界が開けた。

小高い丘のようになっているそこは、どうやら村と外の境目のようだった。

さくらは両親の言葉を思い出して散策を中断し、急いで踵を返そうとする。その時、視界の端に木の下で蹲る女の子の姿が見えた。

 

「……。」

「あなた、大丈夫?」

「ッ!」

 

思わず声をかけたさくらに、警戒した小動物のように体を跳ねさせて反応する少女。

少女のことを自分と同い年ぐらいだなと判断したさくらは、少女に笑顔で手を差し出しながら声をかけた。

 

「私、神守さくら。貴女の名前は?」

「……。か、川崎沙耶」

「沙耶ね、よろしく!」

 

さくらはオズオズと差し出された沙耶の手を掴み、握手を交わした。そしてそのまま彼女を立ち上がらせるのではなく、逆に彼女の横に腰を下ろしたのだった。

 

「貴女この近くに住んでるの?私はね、今日お父様やお母様と一緒にシンセキ?の人のお家に来たのよ。」

「……。」

「けどここって全然子供がいないのね、ビックリしちゃったわよ。沙耶はいつも何して遊んでるの?」

「……。」

 

さくらの言葉に沙耶は応えなかった。

不思議そうにさくらは沙耶を見る。……改めてみてみると、沙耶の風貌は少しばかりおかしかった。

服装は誂えられたような和装だったが所々に綻びが見られ、随分と着古されていることが幼いさくらにも理解できた。それだけではなく、あちらこちらに土埃のような汚れが散見されている。

しかしそんな服を着ている沙耶は、不釣り合いなくらいに小綺麗だった。髪こそ伸ばしっぱなしのように荒れに荒れているけれど、その体のどこにも傷は見受けられない。“病的なまでに何の傷も汚れもなかった。”

 

「あ……沙耶、貴女ってもしかして」

「……。」

 

幼くも聡明なさくらは、そこで気が付いた。彼女が自分と同じであることに。

 

「能力持ちだったりするの?」

「ッ!!」

 

返答は沙耶の反応から火を見るよりも明らかだった。

沙耶はさくらの言葉を聞いて弾かれたように立ち上がり、先程まで背を預けていた木の陰に逃げ込むように移動した。木の幹に添えられた手は微かに震えている。さくらは驚いたような表情で沙耶に声をかける。

 

「どうしたの?」

「もうやだ……」

 

何かに怯えていた沙耶は、木の陰からさくらを隠れ見ながら答える。その瞳から大粒の涙がこぼれていた。

 

「嫌って……なにが?」

 

さくらはそんな沙耶に自然に言葉を返した。言葉を返しながら、彼女はなんとなく沙耶の様子からその境遇を察していた。

 

幼いとはいえ神守さくらは頭がよかった。

彼女も異能を保有しているとはいえ、両親からはその使用には最大限の注意を払うべきだと物心つく前から教えられていた。

使い方と使い時を誤ればどういうことになるのか、それを彼女の両親の想像力の範疇ではあるけれど、教えられて知っていた。

そしてその教えられたことの一つと、目の前の少女の状態が彼女の脳内で見事に合致した。

 

 

川崎沙耶は誘拐された末にこの村に連れて来られて、望まない形で力の行使を強制されているのだ!

 

 

神守さくらは極めて正解に近い、ただし一部不正解な解答を脳内で弾き出したのだった。

 

「もうわたし……あんな人たちのために力を使いたくなんてない……。けど、どこにも逃げられないし……お父さんも、お母さんも傷だらけにされて村から追い出されちゃった……。」

「……。」

 

さくらは自身の想像していた以上に重たい事情に絶句した。

そして、どうするべきかを一生懸命に考える。そしてすぐに『コレは自分一人でどうにかできることではない』と結論付けて、躊躇なく自身の異能をこの泣きじゃくる女の子のために使うことを決断したのだった。

 

「ねぇ、沙耶」

「……なに?」

「貴女を私が助けてあげるって言ったら、貴女は私を信じてくれる?」

 

さくらは立ち上がり、泣きながら返事をする沙耶へゆっくり近付きながら問いかける。

 

「たすけて……くれるの?……なんで?」

 

意味が解らないという風に、沙耶はさくらに問いかける。それは至って普通の感情だ。出会って1時間も立っていないさくらが、見ず知らずの少女である沙耶を助ける理由は本来であればない。

 

「なんでって?決まってるじゃない。」

 

そんな真っ当な沙耶の疑問に、さくらは快活に笑いながらこう答えた。

 

「泣いてる女の子がいたなら、助けてあげるのが当たり前でしょう?」

 

そこには、一人の少女のために立ち上がる小さなヒーローの姿があった。

 

 

ここで神守さくらについて語る。

彼女は、生まれながらに人の上に立つ者だった。その為の才能を十善に備え、その才覚を発揮する素養を生まれ持っていた。

運動も勉学も、彼女にとってはできて当たり前のこと。そんな彼女は『人の上に立つ者は人を助ける責任を常に負うもの』だ。そういう両親の教育をしっかりと実践して、これまでの人生を送っていた。

 

だから、これはさくら自身にとっては自慢にもならない当り前の話だ。

そうして川崎沙耶は僅か数時間で、村の手を離れ神守家の養子となることが決まったのだった。

自身の異能である『影響力』を全力で活用すると決めたさくらと、泣き跡の残る沙耶の姿を見たさくらの両親が許可を出した。

ただそれだけ。

たったそれだけのことで、村人の9割がさくらとその家族を支持した。『遣い』を自称する老人とその一派は、最後まで反論していたけれど最終的には他の村人達から手酷い糾弾を受けて意見を取り下げざるを得なくなった。

 

 

そうやって沙耶にとって2度目の転機が訪れ、彼女の中で「自身の持てる全力で人を助けること」は当り前のことになったのだった。

 




異能『癒し』
保有者:川崎沙耶
概要:
生き物の負ったあらゆる傷を癒すことができる。
切り傷、病気、骨折など適応範囲は多岐に渡る。
汎用性は高いが、血液などは治療しても戻らない。
他人を治すと疲労が溜まるが、自身を治すのは無制限。
    

異能『影響力』
保有者:神守さくら
概要:
周囲から寄せられる信頼や友愛を、自身から他人への精神制圧力に変換する。
寄せられる信頼や友愛が大きければ大きいほど、周囲に信頼されやすくなる。
身近な相手・親近感を感じる相手に信頼されるほど影響力はより強くなる。
ある種のカリスマ性に近い。


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