海底軍艦南進す~Atoragon 2013~   作:わいえす!

7 / 8
ご無沙汰しておりました。
ちなみにですが、天野が使ってるPDWはMP7の設定です(どこがで触れるつもりがその展開に持って来れず…)。
PDWは特殊部隊メインで一般人ぽい人が持ってるとどこか胡散臭いイメージが有ります…


2013/07/19 Part4

22:40 神奈川県横須賀市 安針台

 

横須賀基地を見下ろす小高い丘にあるここには小さな公園がある。昼間は子供達は散歩に訪れた人々で賑わうこの場所に、今は男が一人立っていた。

その見た目は仕立ての良いスーツを着ており、自らが乗ってきた高級外車と相まってその生活水準の良さを示していた。しかし、その表情からは何も読み取れず、中肉中背の格好は彼を若いようにも老いているようにも見えた。赤い炎と黒煙を上げながら沈んでいく艦艇を無感動に見下ろす男の携帯電話が震えて着信を伝える。

『23。“処理”を開始しました。』

23と呼ばれた男は一言そうかと呟き、抜かりないようにと答えて通話を切った。“彼女”には気の毒だが、次の段階へ進むには致し方ない。横須賀を攻撃して、神宮寺を殺害する。今回の第一目標であるそれが概ね達成された事を認識した23は次の段階へ進むべく燃えさかる横須賀港に背を向ける。

集まり始めた野次馬達とすれ違う形で、路上に止めた車に乗り込む男の能面を思わせる顔には、無意識に暴力的な笑みが浮かんでいた……

 

 

 

22:42 神奈川県横須賀市 逸見

 

気絶から覚醒した八広が最初に感じたのは、何かが焼ける焦げた匂い、そしてバチバチと何かが爆ぜる音であった。体のあちこちが悲鳴を上げてるが、とりあえずは五体満足ではあるらしい。八広がそう思ってシートベルトを話した瞬間、その体が横へ引っ張られる。

彼らの乗っていた軽バンが横転していた事に気付かずに外した結果、重力に牽かれてそのまま落ちてしまったのだ。腕で受け身を取り、顔から落ちることは防いだ八広だったがその直後に胸元から視線を感じた。恐る恐る視線を下に向けるとあの赤い髪の少女と目が合った。爆発か横転の衝撃で目を覚ましたらしく、寝ぼけ眼の青い瞳に覆い被さる形になった八広の顔が大写しになる。綺麗だ。沈黙が二人の間を流れ八広がそう思った瞬間、天野の叫びが聞こえる。

「菊政!おい菊政…!」

天野が大声と共に隣のドライバーを起こそうとするが、菊政と呼ばれた彼は全く反応を示さない。その様子を八広が呆然と見つめてると、突然腹部に強い衝撃を感じ横倒しとなっていた床まで飛ばされる。

身を捩って八広を蹴飛ばしたらしい少女がスッと立ち上がり、結束バンドで拘束されている両手を胸の前に置くと、両手を拡げると同時にそれを切断した。力で引きちぎったのではない。結束バンドの一部に熱を与えて焼き切ったのだ。未だに真っ赤に光る結束バンドを見て八広は確信した。

「無礼者!ムー帝国王女と知っての狼藉か!」

「ムー帝国…王女…?」

両手が自由になった少女…ムー帝国王女は八広を叱責した。その瞬間、八広は彼女のその言葉に衝撃を覚える。時代錯誤な言いまわしは勿論のこと、彼女の言った“ムー帝国”という単語がその衝撃の種であった。ムー帝国と言えば、50年前に世界中に攻撃を行った自称国家、武装組織でそれを滅ぼしたのが神宮寺…八広の曾祖父だった。

ムー帝国の人間が殺しに来た…?八広がそう思った瞬間、不意に少女へ銃が向けられる。

「王女様、今回の件でお伺いしたいことがあります。ご同道を。」

天野であった。事務的な口調とは裏腹に、冷たく強い意志が奥底にあるのが明らかであった。

「天野さん。菊政さんは…?」

「…死んだ。」

座席を支えによろよろと立ち上がった八広の問いに、天野はこちらを見ること無く短く答えた。その言葉を受けて恐る恐る運転席を覗き込んだ八広は息を吞んだ。

最初は今も生きているように見えた。彼の目は開かれて口も半開きとなっていて、また喋り出すのではないかと思えた。しかし、その胸には大きな木の枝が突き刺さり、赤とも黒とも付かない血がその周囲を染めていた。この段階になって血の臭いに気付き、自らの鼻を押さえた八広に天野が続ける。

「さっき飛んできたのは“ピクシー”だ。ムー帝国の飛行爆弾、今で言うところの無人機だ。可変威力型の弾頭で…」

天野の説明は八広の耳には殆ど入らなかった。菊政…さっきまで話して、さっきまで笑ってた人が死んだ…?ムー帝国のせいで…?八広の呼吸が荒く、そして不規則になる。異変に気付いた天野が大丈夫か?と尋ねるが、またも耳には入らない。その直後、無言を貫いていたムー帝国王女が一言呟いた。

「そうか。一人死んだか。」

八広の中で何かがプツリと切れた。次の瞬間、八広は王女の胸ぐらを掴みその体を天井に叩き付けた。

「何が死んだかだよ!人が死んでるんだぞ!?さっきまで話してた人が!おかしいだろ!?」

天野が止めに入ろうとするが、座席に阻まれて叶わない。その合間も八広は怒声を続ける。

「殺すなら俺を殺せばいいだろ!俺だけを!何で他の人まで殺す必要があるんだ!?」

「言われなくたってそうする!」

言われっぱなしであった王女が、その言葉と共に八広を押し返す。少女とは思えない力で八広を床に叩き付けると彼女は続ける。

「神宮寺によって何人ものムー帝国人が死んだ!?私のお母様もだ!」

「お母…様…?」

どういう事だ、冷や水を掛けられたかのように静かになった八広の頭が思考に入る。王女の母というと女王…?

「八広!惑わされるな!」

「惑わしてなどいない!これは事実…」

天野の言葉に王女が反論した瞬間、再び爆発が彼らを襲う。先程とは比べものにならないほど威力は弱かったが、軽バンを揺らすには充分であった。衝撃で王女のバランスが崩れ、八広に身を預けるように体を押し付ける。八広の鼻腔に少女の甘い体臭と共に鉄の匂いが混ざる。額に視線を向けると、止血用に押さえたガーゼの赤い染みが拡がってるように見えた。ふとそこを押さえようと手を近づけると、少女はその手を払う。

「触れるな…!」

今までと同じ強い口調で拒絶するが、貧血状態になったのかその体をよろめかせる。八広は咄嗟に倒れないように体を支えるが、遂に言葉を発さなくなった。

「こっちで援護する。上のドアから脱出しろ。」

「上って…」

八広が見上げると、スライドドアが目に付く。比較的軽い力でも開けられる代物だが、問題はその高さであった。

「座席を足場にすれば登れるはずだ。だから増援が来る前に早く。」

何かを察したのか、天野が話しかける。既に割れたフロントガラスから周囲を確認する姿を見て、八広は時間が無い事を悟った。八広は左手で上のスライドドアを開けて顔を車外に上げた瞬間、銃声と共に何かが高速で顔を掠める。慌てて顔を下げるが、直後に天井にもいくつもの穴が空く。

「きゃあ!?」

「敵の頭はこっちで抑える!」

王女のらしからぬ悲鳴と天野のぶっきらぼうな言葉が同時に響く。天井を盾にするかのように膝を折る天野の上半身は車外に露出し、PDWで撃ち返しているようであった。それを見た八広は再び上の夜空を睨み、車のピラーを掴む。今度は一気に、運転席の座席に右脚をかけ、飛び乗るように左足を底部に引っかける。そのまま外へ出ようとした瞬間、車内の王女と目が合う。彼女の瞳には最初の冷たい色はなく、どこか寂しげな1人の少女のように見えた。

その瞬間、八広は左足を前輪に預けて車にへばりつくようにバランスを取ると、右手を王女に差し出す。

「掴まれ!早く!」

行動も、言葉と何もかもが無意識に出たものだった。王女はよろよろと手を伸ばして八広の手を掴む。そして、彼と同じように運転席に足を乗せ、そして引っ張り上げるように車外へ出る。

これで一安心と思ったのもつかの間、天野の警告が響く。

「RPG!」

ロールプレイングゲームではない、携行対戦車火器の総称だ。思わず辺りを見渡すと、RPG-7を構えた男が目に入った。2人が車から飛び降りるのとRPG-7の弾頭が放たれるのは同時であった。地面に叩き付けられて間もなく、RPG-7の直撃を受けた軽バンが爆発する。弾頭が古かったのか、それとも貫通を目的としない弾頭であったか、底部が盾となって2人を守ったが楽観視してはいられない。

 

「山を下りろ!」

「えっ?」

「街へ入るんだ!そうすれば相手も下手に撃てない!」

2人の無事を確認したのか、脱出出来ていたらしい天野が発砲しながら叫ぶ。出来事の多さに頭がパンク寸前であった八広は、とにかく王女の手を取って下り坂を走ることしか出来なかった。

一言でも言うかと思われた王女だったが、貧血故か特に言及するでもなく、民家が遠くに見え始めた頃であった。

「ムー帝国万歳!」

唐突に真横からタックルを受け、八広の体は道路脇の林へ飛ばされる。王女を掴んでいた手も外れて、斜面を転がる体を何とか抑えた八広は目の前に広がった光景に驚愕した。尻餅を付いた少女と右手にコンバットナイフを持った男が見つめ合う。しかし、男のそれは目上や身内を見る物で無く、明らかに殺意を持ったそれであった。男がコンバットナイフを少女へ振りかぶった瞬間、八広は斜面を駆け上り、男へタックルをかける。しかし、疲労と痛みを訴える体では男を倒すほどの力は生まれずにそのまま受け止められてしまった。男は無言で標的を八広に変えてナイフを掲げる。

もう助からない、八広が咄嗟に目をつむり最期の時を待つ。しかし、その時は何時まで経っても訪れない。八広が薄く目を開けると、そこにはナイフを持った男の右手首を抑える王女の姿があった。王女と男が一瞬睨み合った瞬間、肉が焼ける匂いと共に男が絶叫を上げる。先程、結束バンドを焼き切った時のように手首に高熱を与えられたらしい男はナイフを落として何歩か後ずさりする。

しかし、男は斜面の一歩手前で踏みとどまると懐からレモン大の何かを取り出す。男がそのレモン大の物からピンを抜いた瞬間、それが手りゅう弾であると認識した。何事か叫びながら突進してくる男を前に、八広は王女を守るように彼女の前に立つ。男が二人に到達する直前、男の右側頭部に銃弾が命中する。横へ何歩かよろめいた男に続けざまに何発も着弾する。文字通り蜂の巣になった男は倒れ込むように斜面を転がり落ち、そのまま手りゅう弾の炸裂に巻きこまれた。

「ギリギリだったみたいだな。」

時間にして数秒とない出来事を構えることしか出来なかった2人に助けてくれたらしい天野がPDWを持ちながら声を掛ける。

「何とか無事ですよ…」

何度死ぬかと思ったか、と八広が溜息交じり返すのに合わせたかのように王女が口を開く。

「今の男、私をここへ連れてきた者であった。」

その言葉は2人を驚愕させるのに充分であった。

 

 

 

22:50 神奈川県横須賀市 逸見

 

「…とにかく、予定はめちゃくちゃになったが横須賀港へはこのまま向かう。」

携帯でこの戦闘を報告していた天野が2人に話す。

「天野と言ったか、お前の話す内容はシンプルだが雑に過ぎるな。もう少し説明をせよ。」

ある程度状況に慣れてきたのか、王女が口を開く。とりあえず八広を殺す気は失せたらしい。その図太さに天野が溜息を1つつくと言葉を続ける。

「今回標的になったのは軍港の横須賀と神宮寺家だ。横須賀も被害を受けたようだが、何とか復旧の目処は立ったらしい。なので、八広が横須賀港へ到着すれば、今みたいな襲撃は無くなる。」

「待って下さい。神宮寺家…?」

天野の説明を八広が遮る。嫌な予感がする。天野が苦々しく目をそらす。

「…現在、横須賀にいる神宮寺家とは連絡が取れない。」

瞬間、八広の顔から血の気が抜けるのを感じた。天野は何事か続けているようであったが、何も頭に入らなかった。連絡が取れない、ムー帝国、神宮寺……グルグルと単語だけが回る。彼の足は無意識に家へと走り出していた。制止も聞かずに走る八広の脳内に毎日を過ごした家と、叔父、叔母、そして麻里の顔が浮かんでいき、最後に浮かんだのは木の枝に貫かれた菊政であった。

違う!うちはそんな事になってない!今も普通に残って、今も普通に迎えてくれる!あの角を曲がればすぐに分かる!だから…

角を曲がった先、八広の目に入ったのは炎だった。天をも焦がさんばかりの炎。走り始めた時から分かっていた。家の方角で火事が起こってると。それを認めたくなかっただけなのだ。

「ははは…」

燃える神宮寺家を前にして八広は乾いた笑い声を上げる。家も、叔父も、叔母も、麻里も、皆炎の中に消えてしまった……

「……くん…」

遠くで聞き覚えのある声が聞こえる。否、もう聞こえる訳がないのだ。

「…ひろくん…」

幻聴ならいらない。もういないのは明らかのだから。

「八広君!こっちを見る!」

声と共に強引に背後を向けさせられる。

「麻里さん…?どうして…?」

「どうしたもこうしたもないわよ。貴方が帰ってこないから外へ出たらこれよ。家が無くなっちゃたわ。」

死んだと思ってた神宮寺麻里、その人が目の前にいたのだ。

「叔父さんと叔母さんは…?」

「2人とも無事。と言うか、呉のお祖母様から急に呼ばれて今着いた所。心配してたって。」

だったら連れてけばいいのに、とぼやく麻里の顔が涙で滲む。八広の様子に気がついたのか、麻里は彼をそっと胸元に寄せる。

「でも、貴方が無事で良かったわ。……おかえりなさい。」

「……ただいま…」

そこから無言で抱き合う2人の横に1人の少女が現れる。

「無事で良かったな。」

そう皮肉るような口調で話す少女…ムー帝国王女へ八広はキッと睨み返すが、すぐにそれを収める。王女の左目に一筋の光るものが見えたのだ。彼女はそれに気付かなかったのか気にとめなかったのか、再び口を開く。

「生きていて良かったな…」

彼らの背後で、家を焼く炎が火の粉を巻き上げる。彼らの長い夜が終わりを告げようとしていた。

 


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