海底軍艦南進す~Atoragon 2013~ 作:わいえす!
翌 7月20日 横須賀基地内
『襲撃から一夜明けて、横須賀市内は平穏を取り戻しているように見えます。しかし、各所には被害の傷跡が残り、その大きさを物語っています。』
横須賀基地の中にあるファーストフード店、そのテレビに焼け焦げた家々や船体の半分以上が沈んだ駆逐艦が写る。
朝っぱらから被災者に見せるものではないだろうとため息交じりに神宮寺八広が辺りを見渡すと、存外店内の客は皆テレビの画面を注視し、店員もチラチラと窺っている。むしろ地元であるが故にどこが被害を受けたかは彼ら彼女らにとっては話題の種らしい。画面に人に見知った見知った場所が流れる度に今のはあそこだとはしゃぎ気味に言う客達を見てると
「知ってる?災害発生直後の情報手段でテレビって二番目に多いんだって。ちなみに一番目はラジオ。」
対面に座る神宮寺麻里がソーセージとチーズをイングリッシュ・マフィンで挟んだハンバーガー片手に口を開く。家が焼け、見事に家なし子となった二人はこれまた天野の謎のコネクションでなんとか横須賀基地へ転がり込むことになった。本来であれば、今日も野球部のマネージャーとして学校へ行く予定があったのだが、天野に身柄の安全が保障出来ないと止められ、基地にとどまることになった。その後、麻里を欠いた野球部は地方大会を初戦敗退で終えることとなるが、それはまた別の話である。
八広がなんでと返す前に彼女は自慢げに続ける。
「要は手に持ててシンプルな情報手段が良いって事。ワンセグテレビとかもあるけど、小っちゃい画面にしてまでテレビを見たい人ってそこまでいないでしょう?」
「じゃあ二番目になれたのはなんでさ。」
八広の問いに、麻里はそうねぇと頬に指を当てて思案する。
「1度に得られる情報が多いからかしら。」
僅かな間の後、麻里はそう言ってテレビに視線を向ける。画面にはインタビューを受ける住民と画面の端を埋めるL字ワイプが写っている。
「例えばこの画面。ニュースだけじゃなくて時間や天気、今だと交通機関の情報も入ってくる。もうすぐ家を出るから時間がないって人向きじゃない?」
おおよそ18歳の高校生らしくない会話である。毎学期学年1位の成績を収めた結果、麻里は高校教師でありながら学会へ突撃するタイプの変人に目を付けられてしまった。政治経済や近現代史をテストに出ない範囲まで教え込まれた彼女は妙な所で力を発揮するようになった。いや、今回の場合は彼女の感性によるものだろうか…
「…麻里さんはどっち派な訳?」
八広は麻里の独特な会話に合わせることにした。日常会話に戻すと焼けた家のことや従姉妹の前で泣いたことを思い出しそうだったからである。そんな内心を知ってか知らずか、麻里はおもむろにピンク色をした板状の物を取り出す。
「……スマホ?」
「正解。これなら新聞にラジオにテレビ、それにウワサだって見れちゃう。」
右手でスマホを扇ぐ彼女を前に、八広は心の中でズルイと口を尖らせた。仮に口にしたとしても、余裕綽々で反論されるのが目に見えていたと言うのもあるが、八広もスマホを使う時間はラジオやテレビの比ではないと自認出来たからである。きっとこれからの情報収集はスマホがトップになるのだろうと八広はぼんやりと考えるのであった。
「……で、こっからはこのスマホでも分からない話なんだけど。」
そう言いながら、麻里は不意にスマホを机に置くと顔を僅かに近づける。先程とは打って変わって、目の色が年頃の少女らしい好奇心に染まっている。どうにも嫌な予感がする。
「昨日の子、どこの子?」
「……」
八広の脳裏にムー帝国王女と名乗った少女がよぎる。八広を殺そうとした時の冷たい表情、母を殺したと言った時の怒りに満ちた表情、横転した軽バンから脱出する時の寂しい瞳、そして麻里と再会した時に見せた一筋の涙……
「分からない。外国の子らしいけど…」
八広はそう答えるだけで精一杯だった。彼女がムー帝国の人間であることを麻里に言いたくなかったのもあったが、それ以上に彼女を、その名前すらも知らなかったことを自覚したからであった。笑った顔が見てみたい。殺されかけたにも関わらず、八広の心中にその思いが浮かび上がった。
「ふーん。気があるんだ。」
「ちがっそう言うんじゃ…」
八広の内心が顔に出ていたか、麻里がいたずらっぽく笑う。八広は慌てて誤魔化そうとする。
「と言うか、麻里さんはどうして天野さんに付いてきたのさ。」
咄嗟に話題を天野の話に変える。多少抜けてる所はあっても、見知らぬ人間に無警戒について行くほど世間知らずではないのが神宮寺麻里と言う人であった。その彼女は再び指を頬に当てて考え込む。
「んー、それはね…
「曾祖父様の…?」
「知り合いって言うのは変かしら。曾祖父様の葬式の最後にあの天野さんって人が現れて、私の祖父がお世話になりましたーって言ってたの。」
曾祖父、こと神宮寺英八は10年ほど前に亡くなった。享年は100歳を越える大往生であった。その時の葬式は大々的なもので、防衛隊から旧軍の関係者、はては政治家までも来るちょっとした祭りであった事を覚えていた。
「もう10年も前だったし、私も昨日会って思いだしたんだけどね。」
そう言って麻里は苦笑する。しかし、それは八広の視界には入らなかった。神宮寺と繋がりがあり、バイト先のチーフであり、そして八広を守った天野義三……
(天野さん…貴方は何者なんです…?)
その疑問が八広の内心で膨らんでいた。
「…ん?」
その時、テレビに目を向けていた麻里が声と共に困惑の表情を浮かべる。それに釣られてテレビを見た八広は声を失った。
『今回の襲撃に関して、“ムー帝国”を名乗る組織が犯行を主張しています。』
『偉大なる我らが王女、アネット・ムー・アヴドゥー殿下は怨敵たる神宮寺に、自らの命を持って復讐を果たされた。我らムー帝国は殿下のご遺志を継ぎ、地上へ宣戦を布告する。』
身元を特定されるのを防ぐためか、覆面を着けた人物が加工された音声で淡々と宣戦布告とも言うべき文章を読み上げていた。その背後には赤い髪をした少女の額縁が飾られている。麻里はそれを見てピンと来たらしい。
「八広君、あの写真の子…」
「彼女、アネットって言うんだ……」
麻里の問いかけに八広は答た訳ではなかった。しかし、彼の言葉はその肯定に等しかった。
『続いては、琉球海溝で発生している赤潮について、政府は調査のために……』
テレビのニュースは、横須賀の話題が終わり南西諸島で拡大してるという赤潮へと変わっていた……
同時刻、天野はスマートフォン片手にファーストフード店の外にいた。一見、それはごく普通の会話の風景に見えた。しかし、彼が持つスマートフォンは一般に民間の基地局を介さず、秘匿された専用の回線を使う軍用無線と言うべき代物であり、今彼が立っている位置も店内の八広達に不測の事態が起こったときにカバーするそれであった。
「……部長、どういうことです?」
『言った通りだ。神宮寺麻里とムー帝国王女を
困惑の混じった表情の天野に、
天野が定時報告を上げようとした所、普段対応する要員ではなく彼ら“組織”の人間を統率する立場の部長が出るとなれば嫌な予感しかしない話ではあったが、若干やつれた様子の部長の声は、今が異常事態の真っ只中であることを否応なしに認識させた。
天野義三、表向きはコンビニのチーフを努める社会人と言う事になっているが、実際は監視や工作、果ては暗殺と言った非合法活動を行う言わばスパイである。彼らの所属する“組織”はその正式名称も含めて分からない事が多い。むしろ、非合法活動が行われる性質上、名前が無いと考えるのが自然であろうか。強いて分かっている事を上げるとすれば、組織の源流が内務省警保局保安課、つまりは特高警察にある事、そして第二次大戦後の解体後に公安警察へ吸収されなかった人員で再構成されたと言う事、そして仕事は省庁の汚れ仕事であると言う事だろう。
元より存在自体が非合法である以上、まともな支援なぞ後処理位しか期待できる訳なく、自らのミスはおろか誰かのミスもしわ寄せとしてその穴埋めを現場に求められる事も多々ある訳で、神宮寺麻里の監視をやらされるのは予想が出来た。しかし、今回はその予想を超えてきた。
(しかし、まさか王女もとは…)
ムー帝国王女の監視、今は基地内で拘束されている少女は重要参考人としてそのまま別の人間に引き継がれる物と思っていただけに、あの場でとどめを刺すべきだったと内心でぼやいた。
『……これは確定的な情報ではないが…』
命令に納得してないと思ったのか、天野が了解と応じようとする前に部長がため息混じりに口を開く。報告で私語をするのは御法度であったが、元より任務の裏を知りたかった天野は偽装の為と自分なりに解釈してそのまま聞くことにした。
『南西諸島での赤潮の件は知ってるか?』
「ええ、ニュースで聞く程度には。」
赤潮とは、海水温の上昇や海中の養分が過剰に増加することにより、プランクトンが急激に増加する現象である。海が赤く見えるのはその急増したプランクトンの色によるもので、海中の酸素が減少したりエラにプランクトンが詰まることで魚介類へ悪影響を及ぼすことが知られている。
『基本的に、赤潮は沿岸や河川、湖のような水流が殆ど無いところで発生する。しかし、今回のそれは琉球海溝を中心にした海域で発生してる。これは明らかに異常事態だ。』
基本的に南西諸島の海域では黒潮が流れており、おおよそプランクトンが大量発生する環境ではない。しかし、それだけでは天野達の話には繋がらない。その予想を裏付けるように、部長はそれにと付け加えた。
『今、赤潮の存在する海域では大量の塩素ガスが検出されている。』
「赤潮に塩素ガスですか……」
『ああ。赤潮の海域に向かった調査船の乗員が赤潮の上空が黄色くなってるのに気付いてな。慌てて周辺の空気を調べたら塩素ガスだったって訳だ。それで赤潮の原因となっているであろう微生物を調べてみると、コイツが海水を電気分解して出来た酸素と水素、そして塩素を空中に放出してる事が分かった。』
余程フラストレーションが溜まっていたのか、部長は堰を切ったように喋り続ける。内容を要約すると、微生物……通称ベーレムは琉球海溝を中心に大量発生し、現在は人間の致死量を軽く超えた超高濃度の塩素を空中に放出している。ベーレムの大群は南西諸島に向かっており、沿岸に達すれば人への被害は計り知れないだろう。その為、さらなるベーレムの調査を行うために轟天号が派遣されることになった。しかし
「ですが、それと我々にどんな関係が?」
天野は先程から浮かんでいた疑問を投げかけた。ベーレムの問題に轟天号を向かわせるのは良いとして、それに天野達や“王女”が同乗するというのは説明しきれないのであった。その言葉に部長はああ、と1つ息をついた。
『以前、ウチに手紙が一通来てな。内容も1度読んだだけでそのまま忘れてたんだが、この一連の話でようやく思い出した。』
「手紙ですか?」
『そうだ。内容が……ちょっと待て。』
そう言うと物を探す音と共に部長の声が遠くなった。非合法非公開である“組織”の性質上、存在を知る人間からの情報が来ることはそれなりにある。当然危険物でないかは調べられるわけだが、安全であることを確かめたとしてもわざわざ保管していると言う事は何か引っかかる事があったのであろう。
『ああ、あった。“東の海が赤くなる時、ムーの王女がニライカナイの秘宝を開く”だ。』
「ニライカナイ…」
部長の言葉に天野は呟いた。ニライカナイとは沖縄等の南西諸島で語られる理想郷である。東の海の果てにあるとされ、死者の魂はそこへ向かうという冥界としての側面も持つ。
「…それだけなら胡散臭いで終わりでしょうな。しかし、現実に沖縄南東の海はベーレムで赤くなった上に、自称ムー帝国の王女が現れて、おまけに横須賀を奇襲された、と」
『そう言うことだ。ただでさえ轟天号の出港に反対してたロシアが太平洋艦隊はおろか、北方艦隊の原潜まで太平洋に展開してるという話があるのに…』
部長はため息混じりに答える。ソ連崩壊後、米露の関係が良好だったのも今は昔、21世紀に入ってからその関係がヒビが入って以降は悪化の一途を辿る今、轟天号の存在はロシアにとって危険なものに写るのであろう。
『いずれにせよ轟天号が横須賀へ入港次第、天野二曹は3名と共に乗船しベーレム調査に協力せよ。質問は?』
「仮にニライカナイの秘宝があった場合、どうします。」
『可能な限り確保しろ。仮に外部に奪われるか、それ自体が脅威であるなら破壊せよ。』
「了解。天野二曹以下4名は轟天号に乗艦、ベーレム調査に協力します。これにて通信を終わります。」
『了解した。健闘を祈る…はぁ』
部長の溜息を最後に通信が切れた。
「…溜め息したいのはこっちだよ……」
天野はスマートフォン型無線機に愚痴をこぼした後、ふと海の方を見やる。
「轟天号か……」
かつてムー帝国を単艦で滅ぼした艦であり、そして今は神宮寺八広の父親が艦長を務める艦。天野はそのいくつもの事実が積み重なっていくことに、どこか因縁めいた物を感じざるを得ないのであった……