コラボしてるホテルにいきたい。
虹ヶ咲学園の校門前で東雲学院の制服を着た二人が話をしている。近江遥と後川現直だ。
「本当にいいんですね?」
「はい、もう、決めたことですから」
「…マネージャーとして、君の意思は尊重したいと思っています。ですが………もう一度お姉さんと話してみても…」
「もう、いいんです」
そう言って遥は去って行ってしまった。何とも言えない表情の現直がその場残されたが、その背後に瑠和が現れる。
「よう」
「瑠和さん…これは東雲の問題だって言いましたが」
「それはそうかもしれないが、それ以上にあんたと話しておきたいことがある」
「………場所を…変えましょうか」
二人はカスケード広場に来た。人が少なく話し合いにはもってこいの場所だった。目の前を流れる川を背景に瑠和は荷物を降ろし、上着を脱いだ。
「さぁ、答えてもらうぞ。さっき上原に何をしようとしてたのか。ことと次第によっちゃ…」
瑠和は拳を構える。ここまできたらもう暴力もいとわないつもりだった。喧嘩に自信はなかったがそれでも無視できない問題だと思っていた。
「うちの部員にも色々あるんだいつまでもあんたに構ってる暇はない!」
「………部員想いなんですね…」
「ああ、やめようとする部員を止めもしないあんたよかマシだと思ってる」
「…本人の意思の尊重も必要だと思ったまでですよ………っ!」
現直は急に走り出し、瑠和に向かって拳を振り上げた。
「っ!うわぁぁぁぁぁぁ!」
瑠和は慌てて拳を前に出した。その拳は現直の顔面に当たり、そのまま現直は倒れた。気合をほとんど入れずに勢いだけで出した拳に吹っ飛ばされた現直に瑠和は驚いた。
「え………」
「いたた……」
あまりにあっけなく倒された現直をさすがに心配する。
「………だ、大丈夫か?」
「歩夢さんになにかしようとしてわけではないのですが………だとしても僕のしようとしたことはとても褒められたことではないので………一発くらいは殴られるべきだと思いまして…」
「…」
瑠和はそっと手を差し出す。
「…?」
「あんたがとても女に手を出そうって感じはしない………あんたが勝手に罪の意識を持つのは勝手だが……それならその前に話せよ…」
瑠和は現直を階段に座らせ、倒れた拍子に擦りむいた場所を洗ってやる。
「それで、何をしようとしてたんだ?いかがわしいわけじゃないのはわかったけどよ」
「たいした話でもないんですが……僕の生まれた家庭はとても悲惨でして………父親は酒乱で毎日暴力を振るって、母親は外に男を作って僕のことなんか見ちゃいない………本当にひどい家庭でした」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
毎日のように暴力を振るわれるのがいやでいつも僕は東雲水辺公園で時間を潰していました。夜になれば父は勝手に寝ますから。ですが、公園にいても寂しいのは一緒でした。一緒に遊んでくれる親も友達もいませんでしたから。汚い身なりの僕には近づこうともしなくて。
そんなある日でした。
「君、一人?」
とある女の子が僕に声をかけてくれました。そんな事初めてで、とてもうれしかったのを覚えています。
「……………僕に近づくと、お母さんやお父さんに怒られるよ…」
「でも、怪我してる…」
その時はたまたま来る途中に転んで腕に怪我してました。それが彼女が話しかけてくれたきっかけです。
「いつものことだから」
「ちょっと待ってね、絆創膏持ってるから」
「…いいって」
断ってもしつこく追いかけてきて、最終的に押し負けて絆創膏張られました。
「私、上原歩夢!あなたは?」
こっちから名乗ったわけでも聞いたわけでもないのに名前を聞いてきて、不思議でしたがこの子と友達になったとしてもしもウチを訪ねるなんてことがあったら大変だと思ったのでその時は適当な偽名を名乗りました。
「シノノメ………リク」
「じゃあリク君だね!よろしくね!」
上原歩夢と名乗ったその子はこんな僕に優しくしてくれただけじゃなくて、友達になってくれました。それがとてもうれしくて、そして、勇気をもらいました。彼女と友達になってから何回か一緒に遊んで、しばらく経った頃、僕はもっと自由になりたいと思いました。歩夢ちゃんに心配かけたくない一心で。
だから…
「僕はあんたのサンドバックじゃない!!!!!」
父に初めて反抗しました。それからかなりぼこぼこにされましたが、その音と僕の声を聞いたご近所さんが通報してくれたおかげで僕はあの親から解放されました。それから僕は施設の扱いになって、僕を引き取ってくれた義理の親のところで暮らすことになりました。
家が離れたことで歩夢ちゃんとはそれっきりになってしまいましたが彼女のおかげで自由になれたって感謝はしてました。
それから時間が経って、高校はたまたま今の東雲学院になりました。それで、ネットを見てたら出会ったんです歩夢さんの動画に。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「………つーことはアレか?つまりあんたは」
現直は自身の手帳を取り出す。そこには歩夢の写真が入っていた。ネットで公開しているPVをスクショして印刷したものだ。
「…僕が勇気を出せたのは歩夢さんのおかげで……それでその…」
「上原が好きって…ことか?」
「…」
現直は小さく頷く。よく見ると顔が赤くなっているのは夕日のせいではないだろうことは容易に分かった。
「それでさっきは…」
「歩夢さんに再会できたのがたまらなくうれしくて………つい………その………抱きしめようと…」
「…」
瑠和は頭に手を当てる。最初から感じてた現直の表情の違和感、ただ見学に来ただけのように感じてなかったがそれの真相が歩夢に会いに来ていたからだったとは予想外だった。顔が妙にチャラく見えたので女あさりにでも来てたのだろうかと思っていた自分が少し恥ずかしい。
「とりあえずアレか?歩夢になんかいかがわしいことをしようとしてたわけじゃないってことでいいんだな?」
「まぁ、抱きしめる行為をどうとらえるかにもよるとは思いますが」
なんだかどっと気疲れした気分だった。だがまぁ一応一番問題視していたことが大したことなくてよかったと感じた。
「ならまぁ、ちょうどいい。協力してもらえるか?」
「え?」
「彼方さんと遥ちゃんのことだよ。あんたにしか頼めない」
「………それはまぁいいですけど…でも、いったい何を?」
「まぁいろいろとな。頼むぜ」
瑠和は拳を突き出す。
「まぁ僕らもそうそう期待の新人を逃したくはないので」
現直もどうにかしたい気持ちは一緒だった。拳を合わせて意気投合する。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『ピンポーン』
「はーい」
近江家のインターフォンが鳴る。家にいたのは近江遥だけだったので彼女が対応する。家の前にいたのは現直だった。
「現直さん…」
『すまないが………もう一度話をさせてほしい。君の家族の問題だ。あまり首を突っ込むべきではないのはわかっている。だけど…』
「…わかりました。どうぞ入ってください」
遥も部活を辞めるにあたってけじめをつけておくべきだと思うところがあったので現直を家に招き入れる。
「お邪魔します」
「家には私だけなので、まぁくつろいでください」
「…………大体の話はさっき聞いたけど、どうしてあんな決断をしたか聞かせてくれるかな?」
―SOROR―
彼方がスーパーでいつも通りバイトをしているがその表情は浮かないものだった。最愛の妹にあんな態度を取られれば当然と言えば当然だ。商品を並べているとそこに一人の客が現れた。
「トマトはどれがおすすめかな?」
顔を上げるとそこには買い物かごを持った瑠和が立っていた。
「瑠和君…」
バイトが終わり、彼方が裏口から出てくる。そんな彼方に瑠和は缶コーヒーを差し出した。バイト終わりに話をしようと言って誘ったのだ。
「お疲れ様」
「ありがとう~」
いつも通りの態度だが、明らかに精神的に参ってるのが表情から読み取れた。二人は近くの公園のベンチに座った。
「彼方さんのこと、色々初めて知りました」
「……うん」
「眠るのが好きなんじゃなくて…疲れてたんですね………気づけなかったこと、マネージャーとしてふがいないです」
瑠和は彼方に頭を下げるが、彼方はそんなことするほどのことじゃないと言う。
「そんな、瑠和君に謝ってもらうことじゃないよ~。もちろん疲れてたっていうのはあるけど、お昼寝は好きだよ?」
「そうですか…それが遥ちゃんには伝わってないみたいでしたが…」
「…うん」
「………彼方さんも案外、頭悪いところあるんですね」
「え?」
「頑張るなって言ってる相手に、もっと頑張るからって言って聞くと思いますか?」
「…」
「どうするつもりですか?」
「………わからない…どうしたらいいのか…彼方ちゃん…これからなにしたら、何を頑張れば…」
彼方は色々抱え込んで完全に動けなくなっていた。なにもかも全部自分一人でどうにかしようとするその姿勢は、まるでかつての瑠和自身を見ているようだった。そんなことを思っているとき、瑠和のスマホが鳴る。
「あ、すいません………もしもし」
瑠和はベンチから離れ、目の前を流れる川の縁に設置された手すりによっかかりながら電話に出る。
『君の予想通りだったよやっぱり遥ちゃんは全部自分一人で背負うつもりだ。家事も家計を助けるアルバイトも、己の夢を全部捨てて』
「………サンキュー」
瑠和は電話を切って彼方に向き直る。
「お待たせしました………。彼方さん、遥ちゃんは…」
「…遥ちゃんがやめるくらいなら、いっそ彼方ちゃんが………」
思いつめた彼方に瑠和の声は聞こえていない。考え付く最悪の考えを口走っていた。
「…やめたいんですか?」
「え?」
「もしも彼方さんが本気でスクールアイドルを辞めたとして、それで遥ちゃんが喜ぶと思いますか?やめれば遥ちゃんの気持ちは少しは楽になるでしょう。でも、それは本当に彼方さんがやりたいことなんですか?」
瑠和の質問に、彼方はハッとして少し強く拳を握る。
「…違う…彼方ちゃんの望みは、ずっと探してた夢は…同好会にある…。同好会が再開してから、ずっと楽しかったんだ。やりたいことがどんどん増えていってそれを一緒に目指す仲間がいるのがすごく幸せでみんなとの同好会は、彼方ちゃんにとって大事な、失いたくないものなんだよ……でも、彼方ちゃんは、遥ちゃんの幸せも…守りたいんだよ…そんなの、わがままだよね」
瑠和は少し頭を掻いて彼方の方に近寄る。そして、半ば立ち上がらせるように彼方の背中を掴み、頭を自身の胸に抱き寄せた。瑠和が思い悩んでいた時に彼方が抱きしめ、慰めてくれた状況によく似ている。
「…瑠和…………君?」
「そう言ってくれて、よかったです。いいんですよ。わがままで。いまの同好会だって、俺のわがままで建て直したようなものですし。そこが彼方さんにとって失いたくないものになってくれてよかったです」
「…」
「頼りない胸かもしれませんが。涙を隠すために貸すことくらいは…できます。彼方さん、俺みたいな情けねぇ男じゃ頼りにならないかもしれませんが……もっと俺らに頼ってください。俺以外にも同好会のメンバーにもいます。世界を救うみたいなでかいことはできませんが、あなた一人の荷物を、せめて一緒に持つことくらいはできます。そばにいることくらいはできます…。だから………………我が儘くらい、言ってください」
「そうですね。私も瑠和さんのわがままで同好会にいますから」
背後から声がした。振り返るとそこには中川菜々がいた。菜々だけでなくいつのまにか同好会メンバーも全員集まっていた。瑠和は慌てて彼方を離す。
「なっ!なんで…」
「お兄ちゃんの行動パターンは大体把握してる。璃奈ちゃんボード「ドヤッ!」」
瑠和は顔を赤くして彼方からさらに少しだけ距離を取った。
「二人とも似た者姉妹なのね」
「言ってること、一緒だしね」
「そうですね………二人とも全部ひとりで解決しようとしています」
果林、愛、瑠和が言う通りだった。瑠和だけでなく同好会のメンバーにも今回の件の解決すべきところは大体見えていた。
「でも、遥ちゃんは…彼方ちゃんが守らないと…」
「妹っていうのは、案外姉貴や兄貴の見てないところで大きくなるモンですよ」
瑠和は璃奈の肩を掴んで彼方に伝えた。璃奈もそうだった。いつの間にか度胸や勇気、得意なことで居場所を作っていた。
「遥ちゃんも彼方さんも良く似てると思います。互いに互いを助けたい気持ちは、同じくらい強くて……だけど頼ろうとする気持ちが足りてない………」
「瑠和君………みんな…」
「………ちょっと失礼」
瑠和は彼方の鞄から手帳を取り出して、かつて自分がみたページを開く。それは、瑠和と彼方の出会いのきっかけとなった衣装がデザインされていた。
「これで行きましょう。別の誰かが考えたものじゃない、彼方さんが考えた衣装で、彼方さんらしく。想いを伝えに」
―数日後―
数日経った後、近江遥が最後のステージにしようと思っていたヴィーナスフォートでのライブの日がやってきた。瑠和たち虹ヶ咲スクールアイドル同好会メンバーは教会広場2階ギャラリーからステージを見ていた。
そこに、現直がやってきた。
「お久しぶりです皆さん」
「よう。いろいろありがとうな」
「いえ、御安い御用ですよ。お役に立てて光栄です」
マネージャーの立場を使って現直は今回の東雲学院ライブの前に虹ヶ咲のステージが行えるようにヴィーナフォートに交渉したのだ。
「あ、始まりますよ!」
ステージのライトが一度落ち、スポットライトが照らされた場所には彼方が立っていた。身にまとうその衣装は手帳に描かれた衣装そのままだった。そしてその姿を遥もしっかり見ていた。
(魅せてやれ。近江彼方…)
曲が流れ、始め彼方が歌う。ヴィーナスフォートには彼方の歌声が響き渡る。
『Hey………Now listen…』
美しい音色に乗った美しい歌声は、空気を振動させ辺りに満ちる。誰もがその歌声に惹かれ、美しさに眼を奪われる。
それは同好会メンバーも同じであり、璃奈も思わず表情筋が活発になりそうだった。
そんな璃奈は、ふと隣で観覧している兄に視線を向けた。
瑠和は笑顔でもなく、ときめいてるような表情でもない。まるで魂が抜かれたような表情で、ただただその場に立ち尽くしていた。
『butterfly夢へ羽ばたいて、花の季節迎えよう……かなえていけるきっと…信じてWe can fly!』
曲が終わるころ、瑠和はその場に崩れ落ち、涙すら流していた。
「…お兄ちゃん?」
彼方の魅せるダンスと歌声に最も衝撃を受けていたのは、瑠和だった。ダンス練習にも、発声練習にも付き合った瑠和だったが、本番の彼方の本気に魅了させられていた。まさしく舞うとういう表現がふさわしい踊り、甘美に脳に響く歌声に圧力すら覚えていた。
「るなりん!?大丈夫!?」
「…あ、ああ…………大丈夫だ」
手すりにもたれかかるようにして瑠和は立ちあがり、涙をぬぐう。
「すこし………疲れてたみたいだ…さぁ次は東雲のステージを楽しまないとな」
疲れただけだと瑠和は言うが、明らかに別の要因があるのは目に見えていた。そしてそのことを誰よりも察していたのは、果林だった。
続く