辺りを歓声が埋め尽くす。スクールアイドルのファンも、そうじゃない人たちも。ステージの上の彼女は誘惑的で、ミステリアスで、美しかった。その場にいた多くの人々を魅了したからこそ、この歓声が鳴り響いている。
俺もその場にいた。しかし俺の心には彼女のように、近江彼方のライブのときのように響かなかった。
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「そういえば、ダイバーフェスのとき現直君となに話してたの?」
「……」
瑠和と侑は現直に連れ出され、帰ってくると聞きたいことがあると言ったが、その直後に瑠和が果林の異変に気づいてしまい、それからその話は出てこなかった。そのことを引っかかってたエマが瑠和に尋ねたのだ。
「「あぁーーーー!」」
二人は現直と話したことをすっかり忘れており、二人して声を上げて立ち上がった。一度同好会メンバーを集めて二人は何を話していたかを全員に話す。
「すっかり忘れてたんだけど、現直君が合宿の手伝いに来たいって言ってたんだ」
「彼方さんから遥ちゃん経由で合宿の話を聞いたらしいが、俺らも合宿なんて初めてだし合宿の経験がある東雲のマネージャーがいるといろいろメリットあると思ってな」
瑠和はあまり説明に積極的ではなかった。理由は簡単だ。それらしいことは行ってるが現直の目的は歩夢だということはよくわかっていたからだ。
「それで、みんなに聞いてみないとわからなかったからまだ了承はしてないんだけど………現直君が一緒でも…いいかな?」
「………私は構わないわ」
「私も」
「愛さんも大丈夫だよ!」
別に嫌がるものはいなかった。現直が参加することも決まり、夏休みの合宿が決まった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「でへへぇ…」
期末テストが終わり、学校内が別の形で浮ついた空気の中、同好会ではかすみがにやにやしていた。理由はかすみが持っている期末テストには80点と書かれていたからだ。瑠和が璃奈にテスト勉強を教えている姿をかすみに見られ、勉強を教えてほしいと懇願されたのだ。
璃奈は国語を苦手としていたのでそれを教えていたのだが、かすみの介入で別枠の勉強を教えなければならなくなり、さらに自分のテスト勉強も頑張った瑠和はテスト終了時にはへとへとになっていた。今もエマの膝枕でぐったりしている。
後輩に教えることに力を入れていたので瑠和自身の成績は中の下と振るわなかったが瑠和は特に気にしなかった。2学期に巻き返せばいいと考えているし、今はそれよりも合宿に力を入れたかった。
ここまで疲れているのが表に出ている兄が珍しいのか、璃奈は瑠和の頬をつつきながら物珍し気に見ている。
「お疲れ様」
「ありがとうございました瑠和先輩!足をお揉みいたしましょうか!?」
「足揉まれてもな…………強いて言うなら甘いもんが欲しい」
「じゃあこれどうぞ!」
かすみはお礼のコッペパンをノータイムで差し出す。相変わらずどこから取り出してしているのかわからないが瑠和は甘い味のコッペパンをエマと分けて食べた。
「まぁなにはともあれ、これで一学期は終了!」
「明日から、待ちに待った夏休み!」
「虹ヶ咲スクールアイドル同好会夏合宿に、出発です!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
合宿を行う場所はどこかの施設ではなく学校だった。虹ヶ咲学園には大体の施設が揃っており、無理に予算を出してどこかへ行くよりずっと安上がりだし、何より「私たちのライブ」のためには予算はできるだけ手元に残しておきたかった。
「まぁ使い練れた環境がベストってことで」
「瑠和先輩、それなんですか?」
瑠和が何やら大きな荷物を持っているのを見てかすみが聞く。
「これか?ギターだが」
「瑠和君、ギター弾くんだ!」
意外な特技に侑が驚いた。璃奈の曲を始め、瑠和が作曲を手伝うことは何度かあったが、その時は持ち出してこなかった。
「まぁ、趣味の一環程度だが、みんなのライブに向けて作曲するときPCに入力するより速いし、曲のイメージ掴みやすいかなって」
「すみません、遅れました!」
そこへ現直が合流した。
「現直さん!こんにちは!」
「来てくださってありがとうございます!」
「いえ、こちらこそ無理を聞いてくださってありがとうございます。あ、これ、花のフレーム……
良かったら飾ってください」
現直はネモフィラの飾られたフレームを渡す。
「わぁ!綺麗!」
「ウチは花屋なので……こんなものしかお礼ができませんが」
「なにか、花言葉とかあるの?」
「ネモフィラの花言葉は成功です。この合宿と皆さんの今後を祈って」
現直が合流して準備は整ったが練習は明日からとなり、とりあえずこの日は夕食作りから始まった。基本的にこの同好会は料理が得意なメンバーが多い。皆が協力してご馳走作りをしている。
「台所に立つ男子も様になるねぇ」
「茶化すな宮下」
相変わらず瑠和は炊事の能力も高い。それに引き換え、現直は軽い手伝いと皿の準備をしていた。
「てっきり現直さんもお料理が上手なのかと思ってました」
「はは、面目ない」
なんでもできそうな見た目のせいか現直は能力が高そうに見えがちだが案外そうではない。書類の処理能力やスケジュール管理能力等マネージャーとしての能力は高いがそれ以外は一般的だ。
一方璃奈と共に慣れた手つきで料理を楽しんでいた瑠和だったが、どこからか独創的な香りが漂ってくることに気づいた。香りをたどると、せつ菜が作っている鍋から発生していることに気づく。鍋の中を確認すると、紫色のスープのような何かが煮立っていた。
「………」
瑠和と璃奈は表情を崩してはいないが明らかに顔色が悪い。
「…お味見、いかがですか?」
「え…」
二人は意を決して紫色のスープのようななにかを口に運ぶ。
「………」
璃奈は璃奈ちゃんボード「!?」を出し、瑠和は笑顔のまま動かなくなった。
「驚くほどおいしいんですか!?」
(無駄にポジティブシンキングだな…)
瑠和はそっとその場から移動し、後ろ手で彼方とエマのエプロンを引っ張る。
「?」
「瑠和君?」
瑠和は顎をせつ菜の方にくいっと動かして状況を伝える。
「あれって…」
「おやおや」
見ただけで何やらヤバいのは判断できたようだ。瑠和はそのままエマと彼方にハンドサインと目線だけで支持をした。
「せつ菜ちゃん、ちょっといい?」
「はい、なんでしょう?」
「ちょっとお料理の調味料を鞄に忘れてきちゃって。すぐとってくるからお野菜切っておいてもらえないかな?」
「はい!私でよろしければ」
せつ菜が移動した隙に瑠和と彼方は鍋の前へ行き、彼方に軽く味見をさせる。彼方が味を理解したところで瑠和は入れた方がいいんじゃないかと思っていた調味料を2つを彼方にみせた。両方入れると多分もっとひどいことになるので、選べるのは片方のみだ。彼方は少し考えて片方を選び、それを投入すると味に違和感が消えた。
「…彼方さんもお味見ですか?」
いつの間にかせつ菜が戻ってきていた。
「うん。とってもおいしいよ~」
二人はせつ菜の料理から離れ、安堵のため息をつく。そして軽くハイタッチをした。これどうにか合宿は初日から脱落者を出さずに済みそうだ。
夕食を済ませてとりあえず寝るだけになった。瑠和と現直は研修用の宿泊施設ではなく部室で寝ることとなった。もう一部屋借りることはできたが予算を削れるところは削った結果こうなった。
―同好会部室―
同好会部室では瑠和と現直が真剣な表情で向き合っていた。
「チェック」
「だー!また負けた!」
二人は同好会部室で就寝前にチェスをやっていた。この試合で現直は5勝目。圧勝だった。瑠和も決して弱いというわけではないのだが、現直の実力が単純に上なのだ。
「強いな」
「あまり経験はないんですが……」
「才能があるんだな。戦況把握っていうのか?状況に応じて手元にあるものをどう動かせば最善の結果になるのかがわかるんだ」
「そんなもんなんでしょうか」
「そんなもんなんだよ。さ、そろそろ時間だ。寝ようぜ」
二人はチェスを片づけ、寝床の準備をする。
「まさかあんたと二晩を共にする日が来るとはな」
瑠和はソファーに枕を置きながら現直に言った。布団がないので瑠和はソファーを寝床にする。
「はは、僕も同じ意見です…………でも、ありがとうございます。お願いを聞いていただいて…」
現直は持参してきた寝袋を敷きながら答える。
「瑠和さんなら、僕の気持ちもわかっているでしょう?」
「まぁ、真面目に手伝いする気はあるみたいだから断る理由もない。あんたはあんたで好きにやったらいいんじゃないか?頑張れよ」
「…ありがとうございます……………瑠和さんは……好きな人なんていたりするんですか?」
急な質問に瑠和は一瞬固まる。
「……………わからない」
「…わからない………ですか?」
「もう、最近わからなくなっているんだ………自分の気持ちが………誰かが好きなのか、そうだとしたら誰が好きなのか………果林さんのライブを見て、すごいと思った。だけど、俺には彼方さんのライブの方が………心に響いた」
あの日、ダイバーフェスで果林が魅せたライブは素晴らしいものだった。現直もそれを見ていた。
「あんたはどう思った?」
「…………僕は彼方さんと果林さんのライブ、どちらも見ましたが…どちらも素晴らしいと思いました。優劣がつけられないくらい。感じ方は人それぞれです。彼方さんのライブの方が素晴らしいと思っても、果林さんが好きってこともあると思います」
「…」
(だったら………………………私にもチャンスがあるってことでいいのかしら)
(泣いてる子供を見て放っておくことはできないなぁ。彼方ちゃんお姉ちゃんだし)
朝香果林と近江彼方。タイプの違う二人の女性の間で瑠和は揺れていた。おまけに好きかどうかもわからないという、めんどくさい状況になっていた。
「まぁ安直に動くべきでない問題なので、ゆっくり考えるといいと思いますよ」
「そう…だよな」
「はい。それではいい夢を」
二人は電気を消して布団に潜り込む。
しかし、十数分経ってから瑠和は起き上がる。さっきの話が頭から離れずに眠りつけなかったのだ。瑠和は軽い散歩をと思い、布団から出て飲み物を買って海が見える長いベンチに座る。そして一緒に持ってきたギターで優しい音色をゆっくり弾く。
「寝ない子だーれだ」
横から声がした。いつかこんな風に声をかけてもらったことを瑠和は思い出しながら声のした方を向くと、彼方が立っていた。
「それは彼方さんもでしょう?」
「うん、普段この時間起きてるからねぇ。眠れなくて」
彼方は瑠和の隣に座った。
「ちゃんと寝ないとお肌に悪いですし、また遥ちゃん心配させちゃいますよ」
「最近は早く寝てるよ。2日に1日くらいは」
「まぁ、夜更かしするのは璃奈も一緒ですから何とも言えませんが」
他愛ない会話をして、少し沈黙が流れる。海鳴りの音と、優しいギターの音色だけがその場に響く。
「素敵な音色だね。なんて曲?」
「………昔、親父から教わった曲です。曲名は知りません……そういえば………ちゃんと伝えてませんでしたね」
「?」
「ライブの日、すごくきれいでした。ライブも、最高でした」
「………ありがとう。そうやって面と向かって言われると少し照れるけど」
また、沈黙が生まれる。
こうやって二人きりになるのは何度目だろうか。狙ってもないのに二人きりになるのはいつも彼方と瑠和の二人だった。意識していようといなかろうと、互いに互いが必要な時にいつの間にかそばにいる。
「初めて会った時のこと、覚えてますか?」
「うん、お昼寝してた彼方ちゃんのところにキミが来て、彼方ちゃんの手帳を拾ってくれたんだよね」
「…あの出会いがなければ、今の俺はありません。璃奈と打ち解けることもなかったでしょう。だから、彼方さんに感謝してます」
「感謝されるようなことじゃないと思うよ?瑠和君の性格なら、こことの出会いがなくたってきっと」
「それだけじゃありません!あなたとの出会いがあって俺はスクールアイドルの魅りょ………」
そこで、言葉が止まった。
変な感覚だった。彼方を見ているのに色が乱れている。でも、彼方に見えている色は正常だ。
(なんだこれ…………色が乱れてるのは………彼方さんじゃなくて………俺?)
瑠和が乱れを感じたのは、自分自身の言葉だった。だが、特に動揺してるわけでも嘘をついているわけではない。なぜそんな乱れを感じるのか全く分からなかった。何よりそれが気持ち悪かった。
「………すいません。今日はもう……彼方さんも早く寝てくださいね」
瑠和は去って行ってしまった彼方はその場に取り残される。
「…」
―翌日―
二日目は朝から練習尽くしだった。現直が東雲から持ってきた練習メニューに加え、虹ヶ咲の個人向けのトレーニングも行うと結構時間に余裕はなくなっていった。
「………」
侑はみんなのトレーニングを見つつ瑠和を見た。明らかに顔色が悪い。本人は問題ないと言い張るがやはり心配だった。そんな瑠和は自身の性質に苦しんでいた。
(今朝から……いや…昨日から色の違和感にすごく敏感になってる………俺からの色もそうだし何より…)
瑠和は練習中の歩夢見た。
(上原もかなり精神を乱してる…顔に出てない分元々の色との差が出て余計に気持ち悪い………原因を特定して解決してやりたいが………俺がこんな状況じゃ…)
苦しいは苦しいが、日常生活に支障が出ない程度なので我慢してしまうのが余計に苦しそうに見えてしまうのだろう。現直も心配していた。
「瑠和さん、苦しいのなら下がっていた方が………僕も侑さんもいますし…」
「………そうだな。少し休むよ」
瑠和はその場を二人に任せて部室に戻った。部室に戻ると寝床代わりのソファーに潜り込み、腕を額に乗せる。
(…………人間はだれしも嘘をついて生きる生き物だ。大きかれ、小さかれ………俺は誰かが他人につく嘘にはそこまで敏感じゃない。一番敏感に感じるのは………「自分につく嘘」だ。自分の気持ちに嘘をついているのはすぐにわかるし、それを続けられると気持ち悪くなってくる………)
今は誰もいないのに色の乱れを感じる。発生源はきっと自分だということはわかり切っていた。だけど、瑠和には自分がついている嘘に心当たりがなかった。どうしてこんなにつらいのか、原因が探れない自分が情けない。こんなので誰かの助けになろうとしてる自分がおこがましい。
そんなマイナスな考えばかりが浮かんでくる中で、瑠和はいつの間にか眠っていた。
「……ん…」
少しだけ時間が経って瑠和は目を覚ます。
「………目を覚ましたかしら?」
果林の声がした。瑠和が果林の存在を確認するまでもなく、瑠和の視界に果林が入ってきた。
「なんでここに………」
「みんな心配してたからあなたの様子を見に来たの。で、来たと同時にあなたが目を覚ましたってわけ。起こしちゃったかしら?」
「いえ………」
瑠和は起き上がる。ソファーに空きができたので果林は瑠和の隣に座った。
「眠ろうとは思ってなかったので………」
「そ、体調はどう?」
「今は……落ち着いてます」
「そう。ならよかったわ。はい」
果林は瑠和に水を差し出した。
「…ども」
瑠和は軽く水を飲んで、小さくため息をついた。
(なぜだろう………気分がいい。俺から見える色の乱れは寝る前と変わってないはずなのに……)
「まぁ、体調が良くなったなら私は練習に…」
嫌な予感がした。瑠和は反射的に果林の手を取った。
「……瑠和?」
「………もう少し、そばにいてください…」
意外な行動と言葉。果林はそれに驚き、動揺する。瑠和の考えがわからなかった。そばにいてほしいと言われ、果林は嬉しかった。だけど、瑠和の心はわかっていた。彼が苦しんでいて、誰かそばにいてほしいのなら、それはきっと自分じゃないことが分かっていた。
ダイバーフェスのライブで、果林は全力を出した。すべてを出し切った。そして、会場を見渡して瑠和を見つけた。
そこに立っていた瑠和は、涙の一つすら見せてなかった。だからわかってしまった。スクールアイドルの実力とか、見た目とかスタイルとかの問題ではない。きっとそれ以外の部分で自分は彼方に勝てなかったのだと。
「……………彼方を呼んでくるわね。癒し系って言ったらあの子が最適でしょ?」
違う。
嘘だ。
瑠和の気持ちを知ってたからそういった。
「…っ!」
瑠和は果林に飛びついた。果林はソファーに押し倒される形で抱きしめられる。
「ちょ、ちょっと!」
「果林さんがいいんです……………俺と二人きりでいる時の果林さんが」
瑠和と二人きりの時の果林から色の乱れは感じない。瑠和の前なら果林が自分を取り繕う必要がないからだ。それが瑠和の気持ち悪さを和らげていた。だから、果林を求めた。
「……瑠和…」
続く