色々言いたいことはありますがそれはあとがきで!本編をお楽しみください!
目まぐるしく日々が過ぎていく。誰もが誰もライブのために必死の準備を進め、誰かは誰かのためにその誰かは別の誰かのために。一人一人の思いが繋がり、スクールアイドルフェスティバル前日となったこの日、部室では侑の転部の話でもちりきりだったが瑠和は部室に顔を出さずにステージ設営に力を入れていた。
今の自分にできるのはこれくらいだと思いながら。
「はい!」
そんな瑠和の目の前に茶色い物体が差し出される。よく見るとお好み焼きのようなものだった。
「宮下」
それを差し出したのは愛だった。どうやら作業に夢中で近づいてきていることに気づかなかったらしい。
「ステージ近くで出店予定のお店の試作品!食べて感想聞かせて♪」
「……なんだこれ?」
「もー、るなりん愛さんの家わかってない?もんじゃ焼きだよ」
「そうかい」
瑠和はそれを受け取って一口かじる。愛はその隣に座って瑠和の顔を見つめた。
「どう?」
「うまい。さすがは老舗の娘だ」
「ありがと♪……………………りなりーが心配してたよ。様子が変だって」
「………………心配するな。俺は、大丈夫だ」
瑠和はそういうともんじゃ棒を一気に食べきり、残った串をゴミ箱に放るが串は狙いが外れてゴミ箱の縁に当たって地面に落ちる。
瑠和より先に愛が立ちあがって串を拾い、ゴミ箱に入れなおす。
「大丈夫じゃないからりなりーが心配したんでしょ?」
「………どうにかする。これは俺の自身の問題だからな。誰かにどうこうできる問題じゃない」
「……そっか。なにかあったら、いつでも愛さんに頼ってね!力になるよ!」
「ありがとう。宮下」
愛がいなくなり、瑠和はステージの最終チェックに入る。機器や演出装置に問題がないかを確認し、チェックを終える。
「ふぅ……」
瑠和はステージに座り、ステージから見える景色を眺める。明日、ここに多くのアイドルが立ち、多くの客からの視線が注がれる。人の顔色が見える瑠和にとってはできないことだなと軽く笑った。今はいないがここが満員になるとしたらそれだけたくさんの色が見える。様々な色が混じり、気分も悪くなるだろうと思ったのだ。
「やほ」
そんなことを考えていると客席に侑が現れる。
「高咲」
「差し入れ、持ってきたんだけど、いる?」
侑はコッペパンを見せる。さっき棒もんじゃ焼きを食べたばかりだが、動いたせいか腹が減ってるし好意も断れず、瑠和はコッペパンを受け取った。
「…………なんか、用か」
「うん………おせっかいってところ。迷惑だったら、申し訳ないけど」
「いいや、いいさ。俺もそうやって他人の悩みに首を突っ込むんだ」
瑠和は受け取ったコッペパンをかじる。侑も隣に座りコッペパンを一緒に食べる。コッペパンを食べる侑の横顔を見ると以前見えていた動揺の色が消えているのが分かった。
「……で、そのおせっかいってのはなんだ」
「私ね、音楽科に行くことに決めたんだ」
「……………そうか、がんばれよ」
「一回はどうしようか悩んだんだけど、自分の心の声に従った。現直君が、歩夢が、みんながいてくれたからこの決断ができたんだよ」
「………俺がなにしたよ」
自分のおかげといわれることは嫌な気はしないが、侑に対して何かしてやった記憶はない。
「みんなの大好きを叫ばせたんだよ。瑠和君は。みんなが大好きを叫んでいる姿を見て、私もそうしたくなった…」
「そうか………」
「瑠和君は、何がしたいの?」
唐突な質問に瑠和は驚く。
「何?」
「瑠和君の心は、今何がしたいって言ってる?」
「俺の…………心?」
少し、考えた。
だが何がしたいのかはわからなかった。それどころか気持ち悪さが増した気がした。人の顔色ばかり見て、自分の心を無視し続けた瑠和はもう、自分の本来の色も、心も見えなくなっていた。何のためにこの同好会にいるのか、そんなことまで考え始めてしまう。
「わからない………俺の心は…」
「焦らなくていいんだよ。私だって、自分が一番何をしたいかを見つけるのは時間かかったし………だけど、瑠和君って人の色ばっかり気にしちゃうから…だから、自分の心に正直になってもいいんじゃないかな」
「高咲…」
「でも、いつか心の声が聞こえたら、その想いを貫いてほしいなって私は思う。同好会復活させるときも、璃奈ちゃんに謝りに行った時も、瑠和君が目標に向かって突き進んでる時が、キラキラしてて私ときめいちゃうんだ」
―天王寺家―
「ご馳走……」
璃奈はテーブルに並べられた豪華な食事に目を輝かせている。
「明日は大事なライブだもんな!しっかりパワー付けていけよ!璃奈!」
目の前の兄はいつも通りに接してくれるがそれが虚勢であるのはわかっていた。だからと言って自分にどうにかできるわけじゃない。自分を救ってくれた兄に自分も何かしてやりたいと思いながらも何が最善かがわからない。
璃奈はポケットからお守りの石を取り出す。せめてあの日の瑠和のように自分も勇気を分けられたらと思いながら。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
夜が明け、スクールアイドルフェスティバル当日となった。スクールアイドル同好会メンバーは部室に集まり、各々の準備を進める。
全員が衣装に着替え、開演まで間もなくとなった時、全員で円陣を組み、手を重ねる。
「お願い、かすみちゃん」
「任せてください!それでは、行きましょう!」
「「私たちの虹を咲かせに!!!」」
スクールアイドルフェスティバルが開演した。お台場周辺に集まる学校が協力して町全体をステージにしたため、観覧者もかなり多くなった。そんな客の数にも圧倒されず、虹ヶ咲メンバーは歌った。自分の大好きを届けるために。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
黄色い声がステージに木霊する。このステージは果林が一番最初に歌ったステージだった。ステージを終えた果林はエマと交代すると瑠和の基へ行った。
「じゃあ、次のステージまで連れてってくれるかしら?彼氏さん?」
果林が手を差し出すと瑠和はその手を取る。
「ええ。もちろんですよ」
瑠和は走り出す。果林の、好きな人の役に立っている。その気持ちが瑠和に幸せを与えていた。二人は駆ける。たくさんの大好きがあふれた街を。
(みんなが大好きを伝えようとしているのがわかる。そうだ、俺は、この素晴らしい色をもっと見たいって…)
心の声が聞こえた気がした。瑠和の表情が一瞬明るくなるが、僅かに疑問が残った。
(俺がそう思ったのって…………いつからだっけ?)
―レインボーブリッジ展望・遊歩道―
フェスティバルが開催されてからしばらくは何の問題もなく進んでいたが、問題が起きたのは4回目の移動の時だった。そこには既に移動を完了し、準備中の彼方がいた。
「さてさて、このステージのお客さんも………」
舞台袖からちらりと観客席を除いたとき、ステージの先ある道を果林と瑠和が通り過ぎるのが見えた。刹那、彼方の胸がチクリと痛んだ。
「…」
「お姉ちゃん、もうすぐステージ終わるよ………?」
彼方のステージサポートとして行動を共にしていた。遥が彼方を呼びに来た。
「……あ、うん…ありがとう」
「大丈夫?」
「もっちろん!さぁ!彼方ちゃんも気合入れていくよぉ!」
それからステージで歌っていた藤黄学園が歌い終わり、軽い休憩をはさんで彼方の出番となった。
彼方がステージに上がると観客から歓声が上がり、曲のが流れ始めた。それと同時に彼方は踊り始める。
彼方の曲である『butterfly』の歌い始めの「Hey…nowlisten…」の部分をいつも通り美しい発音で歌い、そのまま少し音楽のみになった後本格的な歌詞を歌い始めようとする。
その瞬間、彼方の脳裏にさっきの二人が、二人の繋がれた手がフラッシュバックする。
「…」
(私たち、付き合ってるの)
次にフラッシュバックしたのはあの合宿の夜。
(ライブの日、すごく綺麗でした。ライブも、最高でした)
(頼りない胸かもしれませんが。涙を隠すために貸すことくらいは…できます)
(彼方さんは、まだスクールアイドルを続けたいですか)
そして、瑠和との思い出が次々と蘇る。彼方はいったい何が起きているのかわからなかった。心臓の鼓動がいつもより大きく聞こえ、身体が震える。身体が強張り、吸った息を吐きだせない。
声が、出ない。
「…………」
「…お姉ちゃん!?」
彼方の声は完全に止まった。しかしステージの途中であることに気づいて必死に歌おうと、声を出そうとするがどんなに頑張っても声が出ない。終いに彼方は喉を抑えたままその場に崩れた。
「…」
「お姉ちゃん!!!」
姉の不調を察知した遥がいち早く飛び出し、彼方のステージを手伝っていた虹ヶ咲の生徒も後を追う。遥は彼方にブランケットをかけて寄り添い、そして虹ヶ咲の生徒は彼方を隠すようにカーテンを広げ、頭を下げる。
『申し訳ありません!メンバーのトラブル発生によりステージを一時中断させていただきます!!』
彼方は遥の肩を借りてステージを掃け、舞台袖の椅子に座らされる。
「………」
「お姉ちゃんどうしたの?大丈夫?どこか痛い?」
「…」
彼方は黙ったまま首を横に振る。
「じゃあ、どうしちゃったの?さっきのステージじゃ全然普通に歌えてたのに…」
「ごめんね………わからない……………ううん………わかりたくない…」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
―ダイバーシティ―
一方こちらは彼方たちのいたレインボーブリッジ展望・遊歩道からダイバーシティまで移動してきた瑠和と果林。もうすぐユニコーンガンダムの前のステージに着くというところで瑠和のスマホが鳴った。
「彼方さんが不調!?」
『そうなんです!ステージも一時中断してて………』
『そんな……どうしよう………』
「………なんでそんな…」
遥、侑、瑠和で通話が開始され、問題が共有された。機材トラブルなんかは予想していたがそれ以上に出演者の問題が起きるのは予想外だったために困惑が広がる。
「今遥ちゃんたちが現場にいるなら歌えるんじゃない?次はそこで東雲のステージの予定じゃなかった?」
『今は他のメンバーが別のステージを手伝っててて……お姉ちゃんのステージ中に合流する予定だったんです…』
『…………………ねぇ、瑠和君が彼方さんのところに向かうことはできない?』
「え…」
瑠和は顔色が見える。解決できるかどうかは別としてもメルタルチェックには瑠和がうってつけだ。そう考えた侑の提案は間違っていない。
「いや………俺には……………無理だ」
瑠和は一瞬果林の顔を見てその提案を断ろうとした。しかし、瑠和の声は侑たちに届かなかった。瑠和が断る直前に果林が瑠和のスマホを奪い取り、通話を切ったのだ。
「果林さん…」
「本当は、行きたいんじゃないの?」
「え…」
「あなた今、私の方を見た…………私を気遣って断った…そうじゃない?」
「そ、そうですよ。俺は果林さんの彼氏なんですから。ずっと近くにいなきゃ………それに彼方さんの問題はきっと俺じゃなく」
「あなたはどうしたいの?」
食い気味に果林が訪ねた。前日に侑に言われたような言葉を二度も言われ、瑠和は明らかな動揺を見せた。
「え?」
「朝香果林の彼氏じゃなくて、天王寺瑠和はどうしたいのって聞いたの」
「………」
「本当は、自分の気持ちに気づいているんじゃない?」
「…………違う」
果林に指摘され、瑠和は顔を逸らして否定した。いや、否定するしかできなかった。肯定してしまったら果林を裏切る結果になることを心のどこかで理解していた。顔を逸らしたのは果林に対して後ろめたい思ったからだ。
「ずっと、あなたの言葉を気にしてた。あなたの言う「色」を乱しているのは、あなたが自分に嘘をついているからじゃない?」
「違う……違います」
「彼方に聞いたわ。夜に話してるとき急にあなたが立ち去ったって。侑にも聞いた。彼方と作業してるときにも同じように立ち去ったって。彼方のライブのときのあなたを見たわ。あなたはきっと…」
「違う!!!!!!!」
「いい加減にして!!!!!!」
果林を黙らせようと威圧的に叫んだ瑠和だったがそれ以上の怒号で返されて瑠和は逆に怖気づいてしまう。
「うんざりなのよ!!!そんなナヨナヨなあなたも!!!彼方の…………」
果林は一瞬悲しそうな顔をして言葉を止めた。だが、胸の前で拳を握って決意を固めた。
「彼方の代わりの女だって思われることも!!!!!!」
今にも泣きそうな顔で果林は叫んだ。その言葉を言うのにどれだけ覚悟が必要だったかなんてその瞳に溜まった涙を見ればすぐにわかる。一度は手に入らないかもしれないと思い諦めていた相手が自分を必要としてくれた。それがうれしかった。それを言わなければきっとずっと瑠和は果林のところにいてくれただろう。
「………ち……違……俺は」
「違うのよ………今のあなたは、私が好きになったあなたじゃない……………」
何事にもまっすぐに、馬鹿正直に突っ込んでいく。それが果林が好きになった天王寺瑠和だった。だが今は違う。何かを諦めたような、全然真っ直ぐじゃない瑠和なのだ。
「……」
「私は、あのダイバーフェスの日に全力を出した。これ以上ないほどの全力。ライブが終わってあなたを見たわ………その時にわかっちゃったのよ。あなたは私に振り向いてくれなかったって………だからもう、いいの」
果林のすべてを悟った表情を見て、瑠和は自分の行いを後悔した。瑠和は果林が自分を拒まなかったことに甘えていた。自分の心を、果林の心を見て見ぬふりをしていた。それが果林にとってどれだけ残酷な行為か、今ようやく理解したのだ。
「………………ごめんなさい………果林さん…俺は……バカだ……………最低な人間だ…。あなたが俺に好意を持ってることを知っていた…………それを利用して……」
瑠和は肩を震わして涙を流す。そしてその場に跪きながら果林に謝罪する。
「違うわよ。あなたって、人のことばっかりだから、きっと最初は自分の気持ちに気づかなかったのよ。そして、私にも気を使った結果が今。あの日の夜、彼方と何を話していたか知らないけど、自分の心に嘘をついたんじゃないの?」
瑠和はハッとした。なぜ自分の言葉に嘘を感じたのか、自分の色が乱れた原因が分かった気がした。
「ほら、いつまでも泣いてないで、涙を拭いて……もう行きなさい」
果林は跪く瑠和の前にしゃがみ、取り上げたスマホとハンカチを渡した。果林の色が見えた。果林の気持ちはわかっている。それでも瑠和ために、このライブのために、彼方のためにこの選択をした果林のやさしさに再び涙があふれた。瑠和は果林を思いっきり抱きしめた。
「ごめんなさい………ごめんなさい……………でも、あなたを愛した日々と、その気持ちに嘘はありません!」
果林を愛してるのは嘘じゃない。だけど、それ以上に想う人がいる。
「ええ、ええ。わかってる。全部わかってる。あなたと過ごした今日までの時間。幸せだったわ………ありがとう…………あなたはあなたの心のままに、進みなさい」
子供をなだめるように果林は瑠和の頭を撫でる。そして果林からスマホとハンカチを受け取り、瑠和は走り出した。もう、振り返ることは許されない。
瑠和が走り去り、果林は歩き出した。まだ時間はあるとはいえ次のステージに遅れるわけにはいかない。そう思いながら数歩進んだところで、頬に生温かいものが伝うのが分かった。
「あら?」
それが自分の涙と理解するのに少し時間がかかった。それから再び涙が流れ出る。
いけない。
涙なんて流していたらステージに立てない。
そう思い、涙を拭うがすぐにまた涙が出る。
「………う………うぅ………グスッ……」
我慢しようとしたのに、次から次へと涙が零れ落ちる。このままじゃだめだ、すぐに泣き止まなければと思えば思うほど涙が出てくる。そんな果林を誰かが抱きしめた。
「エマ………」
「大丈夫だよ。まだ次のステージには時間があるから。少しくらい立ち止まっても」
エマは果林を優しく抱きしめる。
「う…う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
とうとう我慢が効かなくなり果林はエマの手の中で思いっきり泣いた。子供のように。普段は気取っていて、皆の理想とする大人な態度の朝香果林を演じているが結局のところ、まだまだただの子供なのだ。
「よしよし、頑張ったねぇ。果林ちゃんはすごいよ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ダイバーシティからレインボーブリッジ展望・遊歩道まで約2キロの道のりを瑠和は全力で駆け抜ける。彼方のステージを待ってる人がいる。立ち止まる暇なんてない。立ち止まってはいけない。果林の決断を無駄にすることになる。
瑠和は切れた通話を再びつなげる。瑠和がいなくなったからか現直も通話に入っている。
「もしもし俺だ!!!」
『瑠和君!急に通話切れたけど大丈夫だった!?』
「ああ!!今どうなってる!?」
『今はとりあえずトークで場を繋いでいます!だけど、そう長く持ちません!』
「俺が彼方さんのところに行く!必ず彼方さんを復帰させる!それまで何とか持ちこたえてくれ!」
『でも…』
「俺たちのライブで誰一人として脱落者なんて出してたまるかってんだ!!!」
やっと叶ったみんなのライブそこで誰かが抜け落ちてはいけないと瑠和は思った。少し諦め気味だった遥もそれを聞いて決意を改める。
『………はい!』
「それから現直!わかってると思うが今回のことで確実に他のステージに多かれ少なかれ影響が出る!スケジュールをお前が組み替えろ!」
『僕がですか?』
「戦況判断の実力見せてみろよ!!!」
『……わかりました』
現直は通話しながらスケジュール表を取り出し、全体を見る。現在行われているステージと各ステージに回した人員とスクールアイドルをどう動かすかを瞬時に考え、PCでスケジュールを書き直す。
『大変です!愛さんのステージが機材トラブル起こしたって……』
「現直!璃奈は今大丈夫か!」
『璃奈さんは今裏方に回っています!次のステージはシンボルプロムナードで現在の愛さんのステージから近いです!移動しても問題ありません!』
「なら璃奈に向かう様に言ってくれ!侑もサポートに向かってくれるか!」
『わかった!』
急に発生したトラブルに対応しつつその間にも瑠和は全力で走る、だが空腹が少し気になった。本当は次のステージであるダイバーシティで食事するつもりだったが今はそれどころではない。
「るなりん!」
愛の声がした。声がした方に顔を向けると同時に愛がもんじゃ棒を思いっきり投げた。瑠和はそれをぎりぎりでキャッチする。
「カナちゃんが大変なんだって!?それ食べて頑張って!」
「ああ!サンキュー!!」
瑠和はもんじゃ棒を一気に頬張り、串を近くのごみ箱に投げた。串は一寸違わずゴミ箱に入った。それをみた愛は少し安心したような顔で微笑む。
「もう、大丈夫そうだね」
もんじゃを飲み込んだタイミングで前方から璃奈が走ってくるのが見えた。先ほど通り過ぎた愛のステージの機材トラブルを解決しに来たのだ。
「璃奈!」
「お兄ちゃん!これ!」
すれ違いざま、璃奈は瑠和に何かを差し出した。受け取ってみるとそれは璃奈のお守りの石だった。走りながら振り返ると璃奈はボードに頼らず軽い笑みを浮かべ、親指を立てていた。
「璃奈………ありがとう」
瑠和はポケットから石の片割れを取り出して璃奈の渡した石を一緒に握りこむ。その直後だった。真横を通る道路にはんぺんが歩いているのが見えた。はんぺんに向かって突っ込んでいく車も。
「はんぺぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」
反射的に体が動き、瑠和ははんぺんを救助した。だが車道を通り過ぎた先で足を挫き、茂みに突っ込んだ。幸い瑠和もはんぺんも車に挽かれることはなかった。
「だ、大丈夫ですか!?」
すぐに車から人がおりてくる。
「無事だよ!あと今日はスクールアイドルフェスティバルやってて人通りも多いから気を付けろよ!」
運転手に説教をした後、瑠和はすぐに元の道へ戻った。
「まったく、気を付けろよはんぺん…いてて」
瑠和は腕を擦りむいてしまい、傷口から血が出ている。それはいい、問題は足をかなり強くひねってしまったことだ。それでも立ち止まるわけにはいかない。瑠和は脱水症状防止のために常備していた水を腕の傷口を洗い、果林に借りたハンカチを巻いて止血をする。
痛む足を引きずりながら先を見る。彼方がライブをやっている場所まではまだ遠い。
「本当の戦いは、ここからだぜ」
瑠和ははんぺんを抱えたまま無理やり足を前へ前へ動かして彼方のステージへ急ぐ。しかし、足の痛みを早々忘れられるわけもなく瑠和はすぐに転びかけてしまう。
(しまっ…)
しかし、瑠和は地面に激突することはなく、その場にとどまった。倒れかけた瑠和を誰かが支えたのだ。
「大丈夫ですか!?瑠和先輩!」
「かすみちゃん…」
「何があったかは聞きました。それより足、大丈夫ですか?」
「ああ………ひどく痛む」
「あぅぅ……見てるこっちが痛くなってきますよぅ……」
かすみが瑠和のズボンを捲り、足を見ると痛々しい色に腫れていた。さすがにこの足でまだ距離のあるレインボーブリッジ展望・遊歩道まではいけないだろうとかすみは思った。
「………そうだ!こんな時はかわいいかすみんにお任せです!」
「……?」
かすみはスマホで軽くどこかに連絡してから瑠和に肩を貸す。
「さぁ急ぎましょう!」
「ああ………」
かすみが肩を貸しているとはいえそこまで速度が上がるわけではない。それでも何とか数十メートルを急ぎながら進んだところで目の前にスクールアイドルフェスティバルを手伝っている虹ヶ咲生徒が数名立ちはだかる。
「……君たちは?」
「ふっふっふ、かすみんのステージの手伝いをしてくれたコッペパン同好会の仲間たちです!さぁ行きますよぉ!フォーメーションどこでもかすみん!!」
「はい!」
「え?え?」
コッペパン同好会のメンバーはかすみの合図と同時に移動し、瑠和の手足を掴んで神輿のように持ち上げた。
「それではしゅっぱーつ!!!!」
「しんこー!!!!」
瑠和はコッペパン同好会に運ばれ、一人で走るよりずっと速い速度で移動を始めた。運ばれている瑠和は驚い気を通り越して乾いた笑いが出てくる。
「はは………こりゃすごい……かすみちゃん、ありがとう」
「ふふん、かすみんの可愛さに感謝してください!」
「もし、聞いてくれるならもう一つ頼みがあるんだけど…」
瑠和は難しいと思っていたものをこれなら用意できると考え、無理は承知でかすみに頼み込む。
「ええ!?」
「やっぱり難しいかな…」
「瑠和先輩の頼みなら、特別に聞いてあげます!瑠和先輩は同好会を復活させてくれた恩人ですから!」
瑠和の頼みを聞いてかすみは神輿から離れて走り出した。
「ありがとうかすみちゃん!!!お世辞抜きにずっと思ってた!最高に可愛いよ!!」
かすみの去り際、普段は伝えることはないような言葉。今だからこそ伝えられた。
コッペパン同好会に運ばれ、瑠和はようやく彼方のステージ裏へ到達する。
「それじゃ私たちはこれで!」
「ありがとう、みんな………」
瑠和はそのまま彼方がいるステージ袖に向かい、軽く入口からステージ袖の様子を見る。そこには普段に比べかなり暗い様子の彼方がいた。ステージでは東雲のスクールアイドルがトークで場を繋いでいる。
「彼方さ…」
いざ部屋に入ろうとしたときに彼方から感じた「色」。それには見覚えがあった。なにか、たとえ後戻りできなくなっても何かを伝えようとしている色。それは、あの日の同好会の練習風景とよく似ていた。まだ同好会が五人しかおらず、かすみとせつ菜が対立したときの色。
「……」
瑠和は後ずさりしてステージ袖から出る。
彼方が誰に何を伝えるのかはわからない。だが、瑠和はこれをどうにかできる自信はなかった。あの日も逃げ出した。
(どうすればいい………俺は、あの色を……どうすれば………)
どう説得すれば彼方を、スクールアイドルフェスティバル救えるか必死に頭を回転させる。
いい案が思い浮かばず焦る瑠和の耳に、誰かの声が聞こえた気がした。
(そんなに硬くならないでいいんじゃない?)
「…」
瑠和は辺りを見回す。だが近くには誰もいない。
「ああ、そうだった」
瑠和は手に握りこんだ石を見る。瑠和は天を仰ぐ。
(どうすれば解決できるかなんてわからない。だけど、やることは決まってる)
「遥ちゃん、俺がステージに出る」
『何か手があるんですか?』
「いいや、だけど、希望はある」
ステージをトークで繋いでいた東雲のスクールアイドルが退き、マイクを持った瑠和がステージに上がる。まさかあんなに苦手だと思っていたステージに上がる日が来るとは思っていなかった。
瑠和がステージに上がって客席を見ると、観客の顔が一気に視界に入る。その瞬間、色が見えた。
冷めた色だ。スクールアイドルのステージを見に来たのに華やかな衣装を来たスクールアイドルは出てこない。長々としたトークが終わったかと思えば裏方の服を来た、それも男が出てきたのだ。当然観客は冷め、そのステージから離れようとする。
(マズイ!)
ここは今回のフェスティバルの中でもかなり端のステージだ。この後ここに客を集めるのは至難の業だろう。復活するかもわからないが彼方のために客は残しておきたいところだった。
去ろうとする客を引き留めるべく瑠和は頭をフル回転させる。
(俺を見て明らかに場が冷めた!どうするどうするどうするどうする!?ただでさえ客が少ないんだ彼方さんに繋ぐんだ!もっと客を!ダメだ!行ってしまう!露骨に引き留める?いやそれだけじゃ…考える暇なんて―――考え)
『ウォォォォォォォーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!』
瑠和はマイクに向かって目一杯叫んだ。
鼓膜を潰さんほどの大声に、その場にいた観客も、去ろうとしていた観客も、会場近くに来ていた多くの人間も、彼方もステージへ視線を向けた。
「瑠和先輩!」
瑠和の叫びが収まると同時にかすみが到着し、ステージ袖から瑠和に頼まれていたものを投げた。頼まれていたものはギターケースだった。
「っ!サンキューかすみん!!」
初めて瑠和がかすみをかすみんと呼んだ。それに気づいたかすみは照れながらも親指を立てた。
『突然大声ですみません!初めまして!虹ヶ咲学園普通科二年!スクールアイドル同好会マネージャー天王寺瑠和です!わかる方も多いかもしれませんが、虹ヶ咲スクールアイドル同好会の天王寺璃奈の兄です!』
瑠和はそこまで叫んだ後に大きく深呼吸をして向き直る。
『スクールアイドルのライブを見に来た皆様には申し訳ありませんが、俺に少しだけ時間をください……』
瑠和がそう伝えると去ろうとしていた観客も瑠和の叫びと言葉に興味を持ち、視線を向けてくれた。
『………少し前に、ヴィーナスフォートで近江彼方さんのライブが行われました。それまで何度かスクールアイドルのライブは見てきましたが、彼方さんのライブを見て…………世界の色が変わったのを感じました。大好きを叫んでいる姿が、素晴らしかった…………それから…もっと、スクールアイドルだけじゃなく、みんなが大好きを叫んでいる素晴らしい景色を見たいって思いました………俺はみんなに伝えたい。大好きを叫ぶのに、遠慮なんていらないんです。例え誰かの大好きを傷つける形になったとしても、信じる仲間が助けてくれるって俺は信じてる』
彼方が誰に何を伝えようとしてるかなんてわからないが、何かあっても必ず助ける。その気持ちを込めて瑠和はしゃべった。
瑠和はちらりとステージ袖を見る。彼方がこちらの様子を見ているのが見えたがまだ色は変わっていない。もしかしたら誰かに遠慮か何かをしていて歌えないのではないかと思ったのだが、そうではないらしい。
(だめなのか………まだ…)
「……」
(でも、いつか心の声が聞こえたら、その想いを貫いてほしいなって私は思う)
(あなたはあなたの心のままに、進みなさい)
「心のままに……」
(これは俺の我が儘だ……あなたに歌ってほしい……立ち上がってほしい………だから)
ギターケースからギターを取り出し、構えた。
『まだ彼方さんは戻れる状況じゃありませんが、せめてもの声援になると信じて……………歌います。皆さんも一緒に彼方さんを応援してください!』
瑠和はかつて父から教わった曲を思い出しながらギターを弾き始める。
『………青空がある限り、風は時を運ぶよ。勇気がある限り夢は必ず叶うよ♪』
その曲は合宿の日の夜、彼方の隣で弾いていた曲だった。
『涙が溢れるまま、Hey!Hey!走り出せ!赤い地平線の彼方明日があるのさ♪』
(そうだ………俺は……誰よりも……何よりも)
『誰よりも何よりも君だけを護りたい!いつまでもそこまでも君だけを護りたい!WowWowWow叫ぼう!世界は終わらない……♪』
瑠和が歌いきるとそこそこの拍手と喝采が飛んできた。
『俺はいままで同好会で起きた問題を解決してきた!それはマネージャーだからといえばそれまでだ!だけど今は、今だけは違う!俺は俺の心のままに!心の声に正直にここにいる!スクールアイドルマネージャーとしてじゃない!一人の人間として、男として近江彼方のライブを見るためにここにいる!スクールアイドルの本懐は大好きを叫ぶことだ!俺はただのマネージャーだが俺も叫ぶ!俺はあの日の彼方さんのライブからスクールアイドルの………』
(そうだ………あの日、俺が彼方さんに伝えようとしたのは…)
『近江彼方の魅力に気づいたんだ!』
瑠和の叫びが響いた瞬間、瑠和自身から見えていた気持ちの悪い色が消えた。自分についていた嘘がなくなったのだ。
『これが俺の大好きだ!!彼方さんのライブは絶対に後悔させない!だからもう少し待ってください!』
瑠和は客席に頭を下げると拍手が起こった。その拍手に見送られ、瑠和はステージ袖に掃けた。そこで彼方と向かい合う。
「彼方さん……」
「…………」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
彼方ちゃんが色々なところにお昼寝してても、気に掛ける人なんていなかった。だけど、瑠和君だけは気にした。
だからか、初めて会った時から不思議な人だなっていう印象があった。
妹のために必死になる姿を見て、彼方ちゃんと似ているなって思った。
そんな彼が同好会を護ってくれた。彼方ちゃんの夢を、みんなの夢を。偶然だったかもしれないけどそれがうれしかった。そして似た者同士なせいか、一緒にいることも多かった。彼の悩みも聞いた。彼方ちゃんの悩みも聞いてもらった。
いつだって遥ちゃんのためにって動いていた彼方ちゃんが悩みを聞いてもらうのなんて………あんな風に胸を貸されるのなんて初めてで……うれしかった。
ライブを終えてみんなを見た時、彼が泣いてくれてるのを見た。
彼方ちゃんの大好きが届いたんだって思った。
だけど彼の手は、彼方ちゃんの手を取ってくれなかった。彼の手は、果林ちゃんの手を取った。なにがあったなんてわからない。ただ、彼に魅力を感じたのは私だけじゃなくて、想いを伝えるのが果林ちゃんの方が早かったってだけ…。
でも、悔しくて、悲しくて。二人で過ごした時間が幸せだったから。失って初めて大切さに気付いて、もう手に入らないんだって思ったら………大好きが叫べなくなった。
それなのに、彼方ちゃんのために瑠和君は来てくれた。それもマネージャーとしてじゃない、私のために。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……本当に、彼方ちゃんのために来てくれたの?」
「そばにいるって……言ったでしょう?」
「でも、果林ちゃんが……」
果林との関係を知られていたかと瑠和は若干目を晒した。小さく息を吸い込んで彼方に向き合う。
「…今ここにいて、大好きを叫んだ俺が………本当の俺です」
「そっか…………ありがとう」
彼方の色がいつもの色に戻ったのを感じた。
「もう、大丈夫ですか」
「うん!」
彼方は大きく頷いた。
「瑠和君!彼方ちゃんの大好きを見てて!いっちばん前で!」
「…はい!」
二人はハイタッチして彼方はステージに、瑠和は観客席に向かった。彼方がステージに立つと会場には多くの観客が集まっていた。瑠和の叫びと歌で近くにいた人々が集まってきていたのだ。
さっきよりも、いままでやってきたどのステージよりも観客が多い。さっきのスランプのトラウマと観客の圧力に負けそうになる。
「ぶちかませ!近江彼方ぁ!」
ステージ袖から出た瑠和が観客席の一番前へ足を引きずりながらも滑り込み、叫んだ。その声に煽られて周りの観客も彼方を応援する。
(ああ、そうだった。瑠和君がいる………観客のみんなだって、敵じゃない)
彼方がステージ袖にいる遥に向かって頷くと同時に曲が流れ始める。もう不安はない。
『Hey…Now listen……』
(あの時は遥ちゃんに向けた大好き………今だけは…君に……)
『初めてで一番の You're my dearest treasure……記憶の中で、溢れる Love with you…♪』
最初の歌詞を瑠和に向けて歌った。それでも美しい歌声が会場中に響く。彼方から放たれる大好きの色が広がっていく。あの日と同じだった。
(そうだ………これが……ずっと見たかった…………輝きだ…)
『駆け足な Day by day……手を繋いで Time goes by………強くなれたんだその温もりで♪』
(彼方ちゃんは強くなれたんだよ………君の温もりで)
『一人きりじゃもう両手いっぱい広げてもまだ……足りないほどに大きな Dreams 今♪』
彼方は手を前に差し出す。振り付けの一つだがその手は明らかに観客席の瑠和の方へ向いていた。
『………一緒に…』
無意識に瑠和は差し出された手に応じるように彼方の方へ手を伸ばす。
『抱きしめよう!』
瑠和の動きを見て彼方の声に大きく抑揚が着いた。
『Butterfly 羽を広げたらハルカカナタ高く飛ぼう!勇気の向こうに美しい空待ってるの!Butterfly 夢へ羽ばたいて、花の季節迎えよう……叶えて行けるきっと………信じてWe can Fly!!!!』
「信じてるさ……いつだって…いつまでだって」
彼方が歌い終わると拍手喝采が鳴り響いた。しかし喜びもつかの間、彼方の頬に冷たいものが当たった。
「…?」
「まさか…」
冷たいものを感じたのは彼方だけではなかった。それは紛れもなく雨で、次々に降り注いでくる。彼方も瑠和も、観客も雨をしのげる場所に移動する。
「かなり強いな…」
「どうしよう…」
このステージで次に歌うのは遥たちだった。せっかく瑠和の行動と彼方の歌声が集めた観客はほとんどいなくなってしまった。
「ごめんね…彼方ちゃんがあんなことにならなければ…」
「ううん、こればっかりはしょうがないよ………それに、前のステージでも歌えてるもん。大丈夫」
雨によりフェスティバルは一時中断を余儀なくされた。雨さえ止めば再開できるが、早々止む雰囲気ではなかった。瑠和は天を見上げて歯ぎしりをする。
「………くそっ!こっからだろ!!!こっから始まるのに!!」
―19時05分―
雨は止んだ。しかし、もうステージを使える時間は過ぎておりすべての予定はつぶれていた。
「…………ぅるあぁぁぁぁぁ!!!!!」
瑠和は声にならない声を上げて途中から潰れていったステージに線が引かれたスケジュール表を机から薙ぎ払った。
果林が、現直が、愛が、璃奈が、かすみが繋いでくれた勇気が彼方をもう一度立ち上がらせた。それなのに、そのあとのステージが全部なくなった。見れたはずの輝きが見れなかった。こんな天の気まぐれで。
「お兄ちゃん!」
瑠和が一人で焦燥感に駆られていると、そのテントに璃奈が来た。
「璃奈…」
「来て!」
璃奈は瑠和の手を取り、走り出す。瑠和は杖を突きながらも璃奈についていく。
「璃奈、どこに…」
「来てないの?連絡?」
「連絡?」
瑠和がスマホを出すとそこにはいつの間にか現直からの連絡通知が3件も入っていた。どうやらステージのことばかり気にしてスマホの音が聞こえてなかったようだ。
「気づいてなかった…」
「とにかく、来て………お兄ちゃんに伝えたいから…」
「伝えたい…?」
瑠和はそのまま虹ヶ咲学園まで連れてこられた。そこには既に今回のイベントに参加したスクールアイドル全員がいた。
「……なんで」
「僕の交渉能力、甘く見てもらっては困ります」
さらに得意げな顔で現直が現れた。
「現直…」
「学校側に虹ヶ咲の副会長さんと交渉に行ってきました。1ステージだけですが、しっかり勝ち取りましたよ!」
「………」
瑠和がその状況に驚いていると、歩夢が前に出た。
「侑ちゃん、現直君、瑠和君。このステージは、客席から見ててほしいの」
「…」
―ラストステージ―
言われた通り、瑠和、現直、侑の三人は観客席側に移動した。
「……璃奈…彼方さん…」
「歩夢…」
「歩夢さん…」
いったい何が起こるのかと見ていると、ステージに明かりが灯る。観客の歓声と共に虹ヶ咲スクールアイドル同好会の九人が並んで現れた。
その中で最初にかすみが前に進み、スポットライトが当たる。
『最後のステージに集まってくれた皆さん、そして、モニター越しに見てくれている皆さん!今日は私たちと楽しんでくれて、本当にありがとうございます!』
次に、愛が前に出る。
『ちょっと、アクシデントもあったけど、みんなのおかげでこのステージに立つことができました!』
次は璃奈だ。
『今日は、いろんなステージを回って、みんなと繋がることができてとっても大切な一日になりました!』
「璃奈…」
引っ込み思案で、友達がいなかった妹が今こんなに立派に、胸を張って大勢の前に立って、たくさんの人を喜ばせている。その事実に、瑠和は改めて心を打たれた。
『スクールアイドルフェスティバルは、みんなの夢をかなえる場所!私たち同好会はグループとしてではなく、一人一人がやりたいことを叶えるスクールアイドルとして歩き始めました!』
『一人で夢を追うことは簡単ではなくて、それぞれが、それぞれの壁にぶつかったけど…』
『そのたびに誰かが誰かを支えて、今日、ついに大きな夢をかなえることができました!』
『私たちは一人だけど、一人じゃない!』
『今までみんなにささえてもらったぶん、次は私たちがみんなの夢を、応援します!』
『これからも、躓きそうになることはあると思うけど、あなたが私を支えてくれたように、あなたには、私がいる!この思いは一つ!だから!全員で歌います!!』
侑にとって聞き覚えのある伴奏が流れる。
『『あなたのための歌を!!!』』
刹那、会場が煌めいた。
あの日から、せつ菜とかすみが衝突した時からずっとバラバラだった虹ヶ咲スクールアイドル同好会が全員で、声をそろえて歌った。それぞれがバラバラで個性的だからこそ、様々な色がまじりあうのではなく強く主張し並びあっていた。
歌い始めた時、瑠和にはステージから観客席側にかけて九色の虹がかかったように見えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ステージが終わった。曲は終了したのに会場の熱気は収まらず、同好会もファンサービスやトークなどを続け、東雲や藤黄がステージも行った。
そんな中、瑠和は涙と鼻水でぐっしゃぐしゃになっているの顔を苦笑いの現直と侑にハンカチを借りながら必死に取り繕っている。そこに果林がやってきた。
「果林さん…」
「伝えたの?あなたの心…」
「………半分ほど」
「ちゃんと伝えてきなさい。エールなら、今送ったはずよ」
果林は虹ヶ咲と東雲がステージを変わったタイミングで休憩しに正門から離れたことを伝えた。さっきのレインボーブリッジでのステージが終わってから気持ちは伝えようとした。しかし、その直後に雨が降ってしまったために面と向かって話すことができなかった。
「…………はい」
瑠和は杖を突いて彼方が休憩しているであろう場所に向かった。ステージから影になる場所にベンチがいくつか置いてある。そこに彼方がいた。
「彼方さん」
「瑠和君………」
そこは、瑠和と彼方が初めて出会った場所だった。彼方が昼寝をしてて偶然瑠和が出くわした場所。
二人は互いに向き合い、二人だけの世界に入った。ステージの喧噪はまだ続いている。しかし二人の世界にはステージの音も、観客の声援も全く届いていなかった。瑠和は彼方を見つめていると特別な空間に引き込まれるように感じた。
あの日と同じだ。
そのせいか周りの気配にも気づいていない。物陰から同好会メンバーが見守っていることに二人は気づかなかった。
「初めて会ったのも、ここでしたね」
「そうだね………」
「でも、ちょうどいい。ちょっと、昔話を聞いてもらえますか?」
「…うん」
瑠和はベンチに座り込む。
「俺は、人を見ると色が見えます…………昔はそれが当たり前だって思ってましたけど、中学くらいのときの俺だけの感覚なんだってわかって……だけど、もうそのころには遅かった…。保育園の先生、学校の先生、クラスメイト、いろんな人の色を見て、例え自分に嘘をついてでも相手の機嫌を損ねない選択ばかりしてきたから………自分の心に嘘をついても、何も感じなくなってた」
「………都合のいい神様」
彼方は瑠和と大江戸温泉物語に行った時に「都合のいい神様になってしまってはいけない」と伝えた。しかし、もう瑠和はなっていたのだ。都合のいい神様に。
「一年のときに授業の制作仲間と衝突したことがありましたが、それだって、より合理的な意見に味方しただけ………俺にとって友達なんてものは色が見やすくて、相手しやすい存在以上のものじゃなかった。俺が先輩や後輩は名前で呼んでるの気づきました?」
「え………あー……言われてみれば」
彼方は意識したことはなかったらしく初めて気づいたようだ。
「それだって、先輩や後輩っていうのは友達とは違う関係だから、より好印象を持たれるためです。同い年は下手に知り合い以上の関係になりたくないから名字で呼んでました」
「でも、せつ菜ちゃんは名前で呼んでるよね」
彼方が自分以外の呼び名を思い出しているとせつ菜だけ名前呼び名ことを思い出した。ゲス軍団が瑠和がせつ菜を好きだと勘違いしたきっかけだ。
「せつ菜とは……本気でぶつかりたかったから。同好会を復活させるために………その名残です。だからクラスには高咲や上原含めて友達って呼べる人間はいませんでした。わざわざ他愛もない話なんてしたくもなかったし……暇を持て余して適当に校内ぶらついてた時に…………彼方さん、あなたに出会ったんです」
「…」
「あなたを初めてみた時は、変な人だなって思いました。こんなところじゃなくても、自分の机以外で昼寝してる生徒なんて見たことありませんでしたから」
「そうかなぁ、彼方ちゃん的には普通だよ?」
「だから、衝撃だったんです。俺みたいに色が見えなくても、人って自然と人の目とかを気にするのが自然なのに…………誰の目も気にせず、普通に自由に行動できてるのが」
「それって彼方ちゃんのことバカにしてない?」
彼方は少し不服そうな表情をする。
「違いますよ。人の顔色ばっかり見て生きる俺と正反対だなって………そう思ったって話です」
「そっか………」
「そんなあなたに惹かれて、スクールアイドル同好会に行きました。璃奈のためって言いましたけど、半分くらい、彼方さんに会いに行ってたんです…」
「…」
「同好会を救って、みんなの悩みを聞いて、みんなの荷物を一緒に持って、自分の心のままに自分の大好きを叫ぶみんなと一緒に活動しても………俺は変わらず俺のままでした。だけど、そんな俺が自分の嘘に敏感になったことが一つだけあります……」
瑠和は急に真面目な顔になって彼方を見た。
「あなたを愛する気持ち………この気持ちにだけは、嘘をついてもつききれなかった」
ずっと誰かの顔色ばかり見て行動していた瑠和はもう、心に嘘をついても何も感じないほどにボロボロだった。ボロボロの身体でただ進み続ける瑠和は彼方という自分に嘘をついたことに気づけるほど大切な存在を見つけた。
「俺の心からの言葉を、聞いてくれますか」
「うん……」
瑠和は深呼吸をしてから彼方の手を取る。
「あなたのそばにいたい………部活のときも、あなたが寝ているときも、ライブで歌ってるときも、休日も、バイトのときも…………いや違う、これじゃない……」
少しでもロマンチックにしたかったのか回りくどい言葉を使おうとしたがそんなものは瑠和の気分を害するものだった。瑠和は覚悟を決めて彼方の手を取り、目を見た。
「…」
「あなたを愛してます、彼方さん。初めて会った時から。俺と、付き合ってください」
「…………はい」
瑠和は彼方のそばにいることを約束した。絡まりに絡まり、巡り巡った運命はようやくここへたどり着いた。
―数日後―
「やっぱりここでしたね!」
スクールアイドルフェスティバルが終わってから数日経ったこの日、中川菜々の怒号が響いていた。
「早くしないと同好会始まっちゃいますよ!瑠和さん、彼方さん!」
二人は初めて会った場所で二人は肩を寄せ合って眠っていた。間もなく部活の時間なのに姿が見えないということで菜々が探しに来ていたのだ。
「まぁまぁ、せつ菜ちゃんも一緒にすやぴしようぜい」
「しません!全く、瑠和さんもマネージャーなんですからちゃんと彼方さんを連れてきてください!」
「いやぁ、やっぱこんなに気持ちよさそうに寝てると起こすのが忍びなくて」
「お母さんですか!とにかく起きたなら早く来てくださいね!」
菜々は怒りながら部室に行こうとする。
「あんまり同好会の話なんかすると正体ばれるぞ。菜々」
「…私のことを気にしていただけるのはありがたいですが、そう思うなら呼ばれる前に来てください!」
菜々はそのまま歩を進めるが、今の瑠和の言葉に若干の違和感を感じた。
(瑠和さん、私のこと名前で呼んだことってありましたっけ?…………まぁ、いいでしょう)
あまり深く考えず菜々は行ってしまった。
瑠和は軽く伸びをしてベンチから立ち上がる。隣にいるのは本当に大切で自分の愛する人。この人の、同好会の輝きをもっと見ていきたいと思った時。瑠和の目の前に白い鳥の羽が舞い降りてきた。瑠和はそれを何となく掴む。なんの変哲もないただの羽だが、何となく誰か意思を受け取った気がした。瑠和はその羽を胸ポケットに差し込み、一歩前へ出る。
「さて、行きますか彼方さん。今日も彼方さんの美しい色を見せてください」
「うん………じゃあ、連れて行ってくれる?」
彼方は手を差し出す。瑠和は微笑んでその手を取った。
「もちろん」
二人は走り出す。新しい輝きを求めて。
END………?
はいっ!いかがでしたでしょうか?彼方の近衛、彼方さんとの恋愛を書きたいという想いから見切り発車始めた物語でしたが、思ったより楽しくなりました。ちなみに最初決めていた設定は「璃奈ちゃんを励ましたい」「最終回のラストステージ後に告白したい」の二点のみでしたのでもっと短くなるはずでした。しかし設定と彼方さんのステージ回である7話から最終回まで間があり過ぎる等々の問題からこのような展開へなっていきました。果林さん、大好きです。このような役回りをさせてしまって申し訳ありませんでした!!
一緒に楽しみましょう!