それから、少し経って瑠和は何回かスクールアイドル同好会の活動を見学した。全部の活動に参加したわけではなく、基本的に見ているだけだった。たまにサポートというか手伝いくらいはしたがそれだけだった。そして十分同好会の雰囲気を理解した上で璃奈に打ち明けることにした。
「璃奈」
瑠和は璃奈の部屋を訪ねる。
「ちょっと話さないか」
「…」
二人は居間に移った。瑠和は虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のホームページを開いて璃奈に見せた。
「………これは?」
「スクールアイドル……っていうんだが、興味はないか?」
「…どうして?」
どうしてと聞かれると困るところだった。「コミュニケーション下手なのはまずいから人と関わりなさい」なんて説教ができる立場でない。
「璃奈は可愛いから、きっと、人気になれる。璃奈が歌ってるところ、スクールアイドルやってるところを見てみたいんだ」
半分本音で半分建前の理由を言う。面と向かって可愛いといわれ、璃奈は少し照れている様子だった。
「……スクール…アイドル」
「どうかな…」
「ちょっと……考えてみる」
いやだと言わないところを見ると、どうやら前向きに考えてくれるみたいだった。
「そうか、ありがとう」
同好会全体だけでなく個人にも関わってみたが悪い人間はいなさそうだった。少しだけ気になるところはあるが、あそこだったら璃奈もきっとすぐに慣れてくれるだろう。そう瑠和は考えていた。その思いが間もなく裏切られることも知らずに。
◆◆◆◆◆
「熱いとかじゃなくて!かすみんはもっとかわいいのがいいんです!!!」
璃奈から前向きな返事をもらったことを、同好会に伝えようと瑠和は練習中の同好会に向かった。そして練習場所の西棟屋上に顔を出した瞬間にその叫びが聞こえた。
「…」
気づけば瑠和は家の玄関にいた。息が切れている。走ったようだ。あの時のことからはよく覚えていない。だが、ただ一つの思いが胸の中に渦巻いている。
スマホを確認すると、そこには優木せつ菜からの連絡が来ていた。内容を見た瞬間、瑠和はスマホを地面に叩きつける。
「ーーーーっ!」
声にならない声を上げる。
中学に上がった頃あたりから、瑠和は他人の表情や言葉から内心を読み取る能力に長けていた。顔色を伺うのが得意だったといっていいだろう。例えばそれが、仲違いが起きてでも伝えたい言葉だったり、自分の行動の副作用を理解して後悔する表情だったり、色々わかった。
だから瑠和はあの場から逃げてしまった。「あれ」は自分が介入してどうこうできる問題ではないとわかったからだ。
地面に踞った瑠和はしばらくしてからスマホを拾い、家に帰った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
家に帰るなり璃奈が駆け寄ってきた。その事に瑠和はビクリと跳ねて驚く。
「お兄ちゃん、あのね…昨日言ってたスクールアイドルのことなんだけど…」
「…………………」
冷汗が止まらない。震えた口から言葉が出てこない。璃奈を裏切る結果になることを恐れたからだ。だが、言わなければならない。
「ごめん、璃奈。その話は…多分もう…」
「え?」
「…ごめん!」
理由は言わずに瑠和は部屋に向かう。いつもと様子の違う兄の姿に璃奈も何も言えなかった。
「…」
部屋の中で瑠和は思いっきり机を叩く。そして頭を抱えた。
(俺のせいだ…っ!)
きっと第三者視点で見ていたからこそ、瑠和はそれに気づいていた。どこか混じり切っていないあの空気に。そしてそれを言える立場にあった。だが言わなかった。言えばきっとややこしいことになり、場合によっては対立が生まれる可能性を考えたからだ。これから璃奈を送る場所をいやな空気にしたくなかった。
それでも言うべきだった。いつか問題になるのは目に見えていた。だったらさっさと言って問題を解消に手を貸すべきだった。後悔の念が瑠和の中で渦巻く。勝手な責任感ではあったが、責任はないのかと言われたらゼロではない。何よりその力を求めたのは瑠和だったのでその問題を無視すべきではなかったのだ。
「…こんなもんか」
慣れないことをしようとするからこうなる。瑠和はそう感じた。
(結局のところ俺が璃奈を今頃気に掛けること自体、きっと間違いだったんだ)
「ごめん、璃奈」
翌日、自然と足は校舎裏のベンチに向かう。そこには予想通り彼方が寝ていた。よく寝る人だと思いながら瑠和は持ってきていた缶ジュースを彼方の頬に押し付ける。
「ぴぁぁぁぁぁ!?」
急に冷たいものを押し付けられ、彼方は可愛らしい悲鳴を上げて飛び起きた。そして、瑠和の姿に気づく。
「あ、君かぁ…もぉ~びっくりさせないでよ~」
「いつもここで寝てるんですね」
「うん。彼方ちゃんの秘密のお昼寝スペース~ほかにも何か所かあるけどここが今一番お気に入り~」
「そうですか……あ、これどうぞ」
瑠和は押し付けたジュースを渡した。
「ありがと~」
「……同好会は…どうですか?」
「うんそれがね~………いま、活動休止になっちゃって」
昨日のせつ菜からの連絡が何かの間違いであることを願って彼方に訪ねたがやはり同じだった。
「そうですか」
「ごめんね…妹さんのこともあったのに…」
「いい……です。よく考えたら俺、璃奈が歌ってるとことか見たことありませんでしたし、もし音痴だったら恥さらしもいいところでしたから」
「……お披露目ライブももうすぐだったのに…」
ダイバーシティで予定されていた同好会のお披露目ライブの話だった。
「それは、残念でしたね」
少しの沈黙。これ以上話すことはないと感じ、瑠和は立ち上がる。
「じゃあ、俺はこれで」
「うん……」
この後彼女たちがどうなるかはわからない。だが、きっと生まれた溝は大きく、深いものだろう。故に同好会の復活は難しい。瑠和はそう思っていた。
(璃奈と俺で新しく同好会を開くっていうのもアリだ。だけど、彼女がいないのなら…)
後ろ髪をひかれるような思いでベンチの方を見る。スクールアイドルに拘った理由のひとつがそこにある。別に璃奈を利用しようとかそういうつもりはなかった。璃奈にスクールアイドルを進めたのは100%善意だった。
しかし、瑠和がスクールアイドルに拘る理由はもうひとつあった。
「……」
家に帰った瑠和は璃奈の部屋をもう一度訪れる。
「璃奈、ちょっといいか」
「…お兄ちゃん」
「この間はごめんな。俺から言ったのに……実は同好会が活動休止になっちゃって」
「お兄ちゃんは悪くない」
璃奈は首を横に振った。瑠和の態度から大体察していたんだろう。璃奈は特に何も言わなかった。それを理解して瑠和はもっと申し訳なくなる。
「お詫びってわけじゃないんだけど…これ」
瑠和は東京ジョイポリスの割引券を渡した。
「璃奈、こういうの好きだろ?だれか誘って行くといい」
流石に友達の一人や二人いるだろうという考えで渡した。そうでなくても、友達を作るきっかけくらいにはなるだろうと思ったのだ。
「ありがと…」
―翌日―
璃奈は瑠和からもらった割引券をクラスメイトに渡して一緒にジョイポリスに行こうと考えていたが、結局うまくいかなかった。そして、どうしたものかと校舎裏にいた。そんな璃奈のことを、瑠和は遠くから見守っていた。
「やっぱり急には難しいか…」
この前はそれくらいしか思い浮かばなくて割引券を渡したが、お詫びにすらなっていないんじゃないかと瑠和は思いながら頭を抱える。むしろ残酷なことをしてしまったのではという思いが生まれたのはついさっきだった。
「璃奈…」
「何してるの~?」
「!?」
突如背後から彼方が現れた。慌てて口を押えて声を出すのを防ぐ。
「?」
「な、なんですか…」
「たまたま見かけただけなんだけど、明らかに挙動がおかしかったから…」
璃奈をつける行動に違和感を感じたらしく、彼方は瑠和を追いかけてここまで来たらしい。
「妹を………見てただけです」
「妹……って、どっち?」
「え?」
再び璃奈の方を見ると、そこには見慣れない女生徒が璃奈の隣にいた。金髪の背の高い少女。リボンの色から見て二年生だが瑠和は見かけた記憶はない。おそらく学科が違うのだろうと瑠和は思った。
「だ、誰だ金髪の子………いや、顔に見覚えが…」
「ん~?ああ、なんか、部活棟のヒーローって呼ばれてる子だねぇ。何度か見たことあるよ」
「部活棟のヒーロー…」
瑠和は確かに運動神経のよさそうな身体だと思った。足が長く、スタイルもいい。そしてそのヒーローが急に璃奈の手を取って走って行ってしまった。
「璃奈!?」
「あっちょっと…」
瑠和も走り出し、彼方も瑠和のあとを追いかける。
―東京ジョイポリス―
そのまま璃奈と一緒に金髪の子はジョイポリスに入っていった。瑠和が渡した割引券を使って。
「璃奈…」
「入って行っちゃったねぇ…」
「すいません!高校生一枚!」
瑠和もジョイポリスに突撃していった。そしてジョイポリス内で追いかける途中、璃奈が後ろを一瞬見たために瑠和は慌てて物陰に隠れる。
「ムム…そこまで距離が取れないから近くで見れないし…だからって明らか不良な感じのを璃奈に任せておくわけにも…」
「使う?」
そこに、サングラスとマスクが差し出された。
「え?」
それを差し出したのは彼方だった。
「なんで彼方さんまで…」
「なんか面白そうだったし、君の妹ってどんなのかな~って気になっちゃって」
「…ありがとうございます」
瑠和はサングラスとマスクを受け取り、装着した。そして髪でバレない様にタオルを頭に巻いて瑠和は完全な不審者となった。
「ぷっ…」
「今笑いました?」
「わ……笑ってないよ…」
明らかに笑いをこらえて震えている。
「………とにかく行きます!」
背に腹は変えられないと璃奈と金髪少女が行くアトラクションをできる限り一緒に参加し、瑠和は璃奈を見守った。そして、結局特に問題はなく、二人は解散した。
「………っ!」
二人が別れた後、瑠和は金髪少女を追いかけた。
「あのっ!」
「?」
「君…どうしてさっきの子と遊んでくれたんだ?」
「…あなたは?」
金髪少女は訝しんだ目で瑠和を見た。そりゃサングラスにマスクの男が急に話しかけてきたら怪しむだろう。瑠和はサングラスとマスクとタオルを外し、素顔を見せた。
「俺は、虹ヶ咲学園普通科二年生の天王寺瑠和。璃奈の兄だ」
「りなりーの……ああ!確かに似てる似てる!なんだ、来てたなら一緒に遊べばよかったのに~」
「実は璃奈が心配で…君は前から友達なのか?」
「ううん。違うよ。私は情報処理学科二年の宮下愛。りなりーとはさっき友達になったばっかり。でもなんだか元気なさそうだったから声かけてみたんだ」
「…」
目の前の少女は見たことはないしよく知らない。しかし、少なくともその言葉や表情から嘘や悪意は感じられなかった。瑠和はこの子であればと考える。
「璃奈は……昔から表情を出すことが苦手で、友達がいなかったんだ………たまにでもいい!一緒にいてくれないか…」
「…」
少し驚いた顔で愛は瑠和を見る。まずかったか?そう思ったがそれは杞憂だったことをすぐに気づく。
「もっちろん!だって愛さんとりなりーはもう友達だもん!」
「…………ありがとう」
瑠和は頭を下げた。愛はにこにこ笑ってその場を去った。
「この間うちに来た時もそうだったけど………本当に妹想いだねぇ」
彼方がそう言った瞬間、瑠和は少し言葉に詰まる。妹想いなんて本当に最近からだ。いまさら褒められたものじゃない。何度もそう自分に言い聞かせていたから瑠和はその言葉を素直に受け取ることができなかった。
「……………ていうか、なんでこんなの持ってたんです?」
話を逸らした。
「ああ、これはかすみちゃんが「スクールアイドルやるんだったらこれは必須です!」ってなんかいろいろ力説されちゃってねぇ~。まぁ結局必要なくなっちゃったけど」
おそらく正体を隠すための定番アイテムだろうと瑠和は思った。そこでふと彼方の置かれている現状を思い出す。
「彼方さんは、まだスクールアイドルを続けたいですか」
「え?」
「はっきりいってバラバラになってる同好会をもう一度元に戻して再出発するなんて難しいと思います。それでも、続けたいと思いますか?」
「……確かに難しいかもね~。でも、だからってもういやだっていうのとか、あきらめたりするのは、きっと違うって彼方ちゃんそう思うな」
「…」
「だから、まだ足掻こうとは思ってるよ。せっかく見つけた夢だもん。もう少し頑張りたいなぁ」
それから、二週間が経った。瑠和は璃奈を誘ってダイバーシティに訪れた。軽い息抜きついでに近況を聞こうと思ったのだ。
コッペパンを片手にアミューズメント施設に向かおうとした。その時、辺りに歓声が響き渡る。
「…?」
「なんだ?」
疑問に思った瑠和は璃奈にコッペパンを預けて向かってみた。そこには、彩られた階段と侵入を防ぐためのバリケードが置いてある。間違いなくステージだ。そしてそのステージに、優木せつ菜が現れた。
「せつ菜!?」
「走りだした!思いは強くするよ」
そしてせつ菜は歌いだした。その姿を見て瑠和は確信した。同好会が復活したんだと。あれからたったの二週間、それだけでバラバラだった同好会をまとめ上げ、復活し、予定していたお披露目ライブに間に合ったのだと思った。
「…ん?」
疑問に気づく。仮に復活したのなら、なぜ、せつ菜しかいないのか?というもっともな疑問だった。これからみんな出てくるのか?それとも個人個人なのか?そんな疑問が巡っている間にせつ菜は歌い終えた。そしてそのまま去っていき、それ以上何かが起こる気配はなかった。
「…っ!」
瑠和はバリケードを乗り越えて走り出す。制止しようとするスタッフの腕を振り払い、控室まで走っていった。曲がり角を曲がると、そこにはちょうど虹ヶ咲の制服を着た女学生がいた。
「せつ…」
「なんですか?」
曲がり角の先にいたのは三つ編みに眼鏡をかけた少女だった。瑠和はその生徒に見覚えがあった。全校集会のときなどに見かけたことがある。
「あなたは確か……生徒会長?」
「はい。生徒会長の中川菜々です」
「人違いでした…失礼!」
菜々を無視して控室まで向かおうとした。
「せつ菜さんならもういませんよ」
後ろから菜々が言う。瑠和は急ブレーキをかけて振り返った。
「!?」
「彼女はもうスクールアイドルをやめるそうです。私に、廃部届を渡してもう帰られました」
「…」
最悪の予想が当たったことを瑠和は衝撃を受ける。言葉すら出ず、その場に立ち尽くすだけだ。胸の奥底から湧き上がるのは優木せつ菜に対する、怒りを通り越した呆れの感情。
「なんで…」
「いたぞ!」
瑠和を取り押さえに来たスタッフが瑠和の腕をつかんで裏方から引きずり出そうとする。
「それでは…」
「どうしてなんだよ!!!」
去ろうとする菜々に向かって叫んだがそれは菜々に対しての言葉ではない。瑠和の叫びは誰の耳に届くわけではなく控室前の通路に虚しく響くだけだった。
続く