「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
放課後、瑠和は部活棟を駆け抜ける。目指したのはスクールアイドル同好会の部室だ。しかし、部室のドアにはもうスクールアイドル同好会のプレートはなくなっていた。
「…っ!」
「あ…」
後ろから声が聞こえる。振り返るとそこには中須かすみがいた。
「かすみちゃん…」
「瑠和先輩…」
「……話し合って決めた結果がこれなのか…君たちの「大好き」はそんなもんだったのか!?」
やり場のない怒りをぶつけるかのように瑠和はかすみに掴みかかる。
「待、待ってください!かすみんだって廃部のことをさっき知ってぇ!」
「何?」
それから瑠和はかすみから事情を聴いた。あれから何度か話し合おうとしたが、肝心の部長である優木せつ菜に連絡が取れないこと。それは同じ二年生がいない故に部活以外で会うメンバーがいなかったことが原因だった。
せつ菜と話し合いができないまま二週間が経ち、先日のダイバーシティでのライブが行われ、一方的に廃部が決まったとのことだった。
「そうか……」
瑠和はかすみからもらったコッペパンを食べながら話を聞いた。
「瑠和先輩はせつ菜先輩とあったことないんですか?」
「ああ。見たことはないな。学科が違うのかもしれない」
「え?でも、せつ菜先輩普通科って言ってましたよ」
その言葉に瑠和は驚く。確かにこの学校は広いが同じ学年で同じ学科なのに見たことがないというのは難しいと思ったのだ。
「そう…………か。なぁ、かすみちゃん。かすみちゃんはまだ、アイドルをやりたいか?」
「当たり前です!かすみんはまだかわいいかすみんワンダーランドを作れてませんから!こんなことくらいであきらめたくないんです!」
「………」
(同好会のみんなは……空気が違う。でも、繋がってる。変な感覚だ。また集まったところで同じ結果になるかもしれない。だけど必要なんだ彼女たちには、あの場所が…………………いや、俺にとっては、かもな)
瑠和は立ち上がる。
「探してみるよ。優木せつ菜を。それで、話すといい。どうするのか、どうしたいのか。今度は俺も一緒に」
「え?先輩がですか?」
ほぼ部外者と言っていい瑠和の言葉にかすみは驚いた。
「なんでそんなに気にかけてくれるんですか?妹さんのことがあるからですか?」
「それもある。だけどもう、解決できるであろう出来事を目の前で無視したくないんだ」
昼休み、瑠和は生徒会長の中川菜々のいる教室を訪ねる。
「よう、生徒会長」
「あなたは……この間の」
「ちょっと話があるんだ、一緒に昼でもどうだ?」
菜々にとっては急な話だったが、断る理由もない。ほぼ面識のない相手だったが菜々は了承して弁当を持って立ち上がる。
「………わかりました。いいですよ」
二人は西棟の屋上付近で弁当を広げた。
「それで、用事は優木せつ菜さんのことですか?」
話を始めようとしたとき、瑠和より先に菜々の方が話を切り出した。そしてそれは瑠和が聞こうとしていたことだった。
「よくわかったな」
「今朝からあなたが色々なクラスを回ってるのが見えました。大方せつ菜さんを探していて、人探しなら私に頼るといいとでも言われたんでしょう?この間のライブ会場でも血相を変えて探していましたものね」
どうやら瑠和の行動は見られていたようだ。瑠和は遠回しに聞いていこうかと思ったがそれはやめて端的に話を進めることに決めた。
「そこまでわかってるんなら話が早い。優木せつ菜がどのクラスにいるか知らないか?普通科の教室は全部回ってロッカーも確認したが名前がなくてな。もしかしたら別の学科、学年かもしれない」
「……スクールアイドルの話なら、彼女は会わないと思いますよ」
「そうかい?あんなに楽しそうに歌っておいてか」
「…」
「あの場にいたんならあんたも見ただろ?あのライブ。あんなライブができる人間がそう簡単にやめたりはしない。少なくとも俺はそう思う」
「ずいぶん他人の事情にズカズカ入り込む人なんですね」
少し不機嫌そうに菜々はいう。
「そうかもな。けどどんな事情があるにせよ、説明されない限りは誰も納得しないし、あきらめない。俺はともかく、せめて仲間には話すべきだとは思わないか」
「さぁ、私は部外者ですので私からは何とも…………ともかく彼女のプライバシーの面からも、彼女の居場所を私の独断で教えるわけにはいきません。それにもういいじゃないですか」
「?」
「確かにスクールアイドル同好会は相談もなく部長の独断で廃部となりましたが、彼女がこれ以上やらないと言うならあなたたちだけで初めてはいかがですか?聞きましたよ。妹さん………天王寺璃奈さんのためにスクールアイドル同好会を見学に来てたって。そこに優木せつ菜がいないだけで、元のメンバーでまたやり直せばいいんじゃないですか。活動休止中の部活と同じような部が始まるのは少々問題がありますが、廃部になった部をまた立ち上げてはいけない規則はありません」
半ば投げやりな態度で菜々は伝えた。その通りではあるかもしれないが瑠和はそれじゃだめだと思っている理由があった。
「………だとしても、俺はせつ菜を放ってはおけない。璃奈のこともあるが、あの同好会をあれで終わらせていいわけないんだ」
「…」
これ以上は無駄かと瑠和はあきらめ、食べ終わった弁当を片づけ、買っていたパックのお茶を一気に飲み干して立ち上がる。
「悪かったな。こんな話で。せつ菜は自分で見つける。ありがとう」
「どうして!…………どうしてそんなにせつ菜さんを気にかけるんですか?」
去り際、菜々が瑠和に聞いた。瑠和は立ち止まって少し考える。
(昨日も同じようなこと言われたな…。まぁしょうがないか)
「なんでだろうなぁ……同好会のためって言ったらそこまでだけど、たぶん似てるんだ。璃奈に」
「璃奈さんに?」
「自分の気持ちを押し殺してるのがまるわかりだったんだ。璃奈は押し殺してるのとはちょいと違うが、あのライブのとき。歌ってるときは解き放ってる感じだったけど、そのあとは特に…」
せつ菜が歌い終わった後ステージ裏に戻るまではほんのわずかな時間だったはずだ。しかしそれだけでもわかるほど、気持ちを押し殺していたのが瑠和はわかった。
「だからこれで終わるとしてもはっきりさせておきたい。なんでやめるのか……そして手助けをできるならしてやりたい。おせっかいだっていうのはわかってる。踏み込みすぎてるのもわかってる。でも、これだけは譲れない。俺の我が儘だけどな」
軽く笑って答えた。その笑顔はひどく疲弊しているように見えた。
「…」
瑠和は菜々と別れた後すぐに情報処理学科の方まで向かった。瑠和はすぐに見つけられるかわからなかったが、自然と目的の人物が見つかったことに安堵する。
「宮下!」
目的の人物は宮下愛だった。
「ん?あ、りなりーのお兄さん!」
「ああ。この間はありがとうな。ちょっと聞きたい」
「なになに?あ、りなりーだったら元気だよ?」
「それも大事だが、この子を見たことないか?」
瑠和はスクールアイドル同好会のホームページのせつ菜の写真を見せた。愛は様々な部活の手伝いに出ているため顔が広い。何かしら情報を持っていないかと思ったのだ。
「んー、残念ながら知らないなぁ」
「そうか……わかった。ありがとう」
「うん、力になれなくてごめんね。るなりん」
「る、るなりん?」
「あだ名だよ♪あ、だ、名」
「何でもいいが………こそばゆいな」
「あはっ♪照れてるるなりんかわいい♪」
瑠和はその後も休み時間と授業中に仮病を使ったりしてクラスを確認したりしたが結局優木せつ菜は見つからなかった。普通科だというのがフェイクだとしたら学年もフェイクだったのかもしれないという考えも出るほどだった。
「はぁぁぁぁぁぁ………」
深いため息とともに座り込む。さすがに一日動き回ったので疲れたのだ。しかも収穫はほぼゼロときた。さすがに応えたのだ。これからどうするかを考えていると、声をかけられた。
「大丈夫?」
顔を上げるとそこには三つ編みの三年生が立っていた。
「エマさん…」
国際交流学科三年のエマ・ヴェルデだった。親しみやすく、よく同好会でも話した仲だった。泣きつくように事情を話すとエマに誘われ、瑠和は食堂兼カフェテリアにやってきた。そこでエマにこれまでの経緯を話した。
「そっか………やっぱり連絡取れないんだ」
「…まだ完全に探しきったわけじゃないが、こうなるとそもそもいないんじゃないかって思うくらいだ…」
「それはないと思うけど…」
「あら、後輩と一緒なんて珍しいわね、エマ」
そこに見慣れない三年生が現れた。
「ん?あなたは…」
「ライフデザイン学科三年、朝香果林よ。エマとは親友なの」
自己紹介をして瑠和に、にこりと笑いかける。とてもいい身体つきと整った顔、そしていい声をしていた。
「ああ、ご丁寧にどうも。普通科二年天王寺瑠和です。エマさんとは……同好会仲間………みたいなものですかね」
「あなたが?」
「ええ、まぁいろいろあって」
「そう…変わった名前ね」
「よく言われます」
「でしょうね……それでどうするの?同好会のことは…」
エマと瑠和を見て何となく果林は事情を察する。
「うん、今日瑠和君が探してくれたんだけど…せつ菜ちゃんは見つからなかったみたいで…」
「なにか力になれること…あるかしら?」
「え?」
「困ってるんでしょ?いろいろと」
「でも、俺が今日さんざん探し回っても優木せつ菜はいなかったんですよ」
「ま、そこはお姉さんに任せてみなさい?」
自信満々でいう果林に若干の不安を持ちながらもとりあえず任せてみることにした。任せたのはもう疲れていたからという面もあった。
翌日、瑠和は放課後、果林のクラスの前で待機していた。少し待っているとそこに果林が現れる。
「あら?何か用?」
「何するつもりかなと思いまして」
「お手並み拝見ってこと?」
「そんなところです」
「大したことはしないわよ。まぁ見てなさい」
果林はそのまま生徒会室に向かった。瑠和は生徒会室に入っていく果林を見送り、近くで待っていた。しかしそれからすぐに生徒会室の前に誰かが現れたことに気づく。
「ん?」
それはサングラスとマスクをしたこの学校の女生徒だった。
「かすみちゃん?」
それから、かすみと思われる人物は生徒会室前で「きゃー!猫よー!」と騒ぎを起こし、菜々を生徒会室から追い出した。瑠和はそれをただ黙ってみていた。
「何やってんだあいつ…」
しばらくすると生徒会室から果林が出てきた。
「どうでした?」
「まぁ、イレギュラーはあったけど。概ね成功ね」
果林はカバンから何かを取り出して瑠和に見せた。それは、生徒会室で管理されている生徒名簿だった。瑠和はそれを見てさらっととんでもないことをしてくれた、と頭を抱える。
「…………手伝いましょうか」
「ええ、お願い」
もうやってしまった以上仕方ないと瑠和は諦め、手伝うことにした。こうなったらやれるだけやってやろうと決意したのだ。二人は食堂に向かい、二人で生徒名簿とのにらめっこを始める。ただひたすら見落としがないように一つの名前を探す。瑠和の行動もあり、普通科二年生の中にはいないことは判明していたが、それでも相当な量だ。
「……………こっちにはないわ」
「……………こっちもだ」
日が落ちたころ、二人は生徒名簿のチェックは終わった。結局その中に優木せつ菜という名前は存在しなかった。
「今日中に話したかったけど、これじゃ明日になりそうね」
「明日、同好会のメンバーを集めていきますか……しっかし、マジでいないとは…優木せつ菜は偽名……か」
「でしょうね。そして、例のライブのときのあなたの話と擦り合わせると…」
「優木せつ菜は中川菜々となる………少なくともその可能性は高いと」
瑠和がライブ会場であった時、せつ菜がそんなに早くライブ会場をいなくなれるわけがないという理由と見た目が似ているという理由の基、中川菜々が一番怪しいという結論に至った。
「…」
(それにもういいじゃないですか)
菜々の言葉が頭に響く。
「さぁ、今日はもう帰りましょう」
「はい…」
帰り際、歩いていると近くを生徒会らしき人物たちが話してるのを聞いた。
「いやぁ、思ったより遅くなっちゃったねぇ」
「私たちが掃除したスクールアイドル同好会の部室はどうなるんだっけ?」
「新しい部活が入るらしいよ…」
「…」
その話をたまたま聞いてしまった瑠和は駆け足でゴミ捨て場まで走った。ゴミ捨て場にはいろいろと捨てられている。そこには明らかにスクールアイドル同好会を片づけて捨てられたごみ袋があった。
「………」
―翌日―
一日経ったが、菜々のところに話に行くのは放課後だ。瑠和は放課後になるのを待っていたが、教室内で何やら頭を抱える歩夢の姿が見えた。
「…どうした、上原」
「あ、瑠和君…」
「今朝から様子変だぞ」
「うん、実は…」
歩夢からかすみが新しくスクールアイドル同好会を立ち上げたこと、自身のスクールアイドルとしての在り方について悩んでいることを聞いた。
「まぁそんなこんなで可愛いって何かなぁって。うさぴょんにならないとダメかなぁって………」
「上原は十分可愛いと思うけどな。恥じらいさえなくせば案外何とかなるんじゃないか」
「そ、そうかなぁ…」
「話聞く限りそうだろ。かすみちゃんに不合格って言われたのは声が小さいだのファンを思い浮かべてだの、うさぴょん…は関係ないか。ともかく直さなきゃいけないところはあるっちゃあるが上原は上原のままでいいと思う。頑張れよ」
歩夢の肩を軽くたたいて席に戻る。もっといいアドバイスができたとは思うがそれ以上に問題が発生したことに瑠和は頭を抱えていた。かすみが新しくスクールアイドル同好会を作ったことだ。はっきり言って現同好会の問題は大きく分けて優木せつ菜とかすみの二つだった。
こちらで問題を解決しようとしてる間にかすみに動かれてしまったのだ。そしてまた、同じことが起ころうとしていた。
「どうするか…どっちに行くべきか…………いや」
瑠和は机から一つのノートを取り出して考える。
「もし今回がダメでも、引き戻す算段はついてる…」
瑠和は果林に自分抜きで行くように連絡をとった。そして放課後になると早々に一年生の教室の方に向かった。教室の近くでかすみの姿を見かけると瑠和は声をかけた。
「かすみちゃん」
「瑠和先輩」
「ちょっといいかい」
二人は話しやすい場所に移動した。移動してからどう話を切り出そうか瑠和が考えているとかすみの方から瑠和に話しかけた。
「ちょうどよかったです…少し、先輩に相談したくて」
「俺に?」
「言ってましたよね、話そうって」
「あー、まぁ、うん」
それはせつ菜も交えたうえでという話だったが、あちらから話したいというのであれば都合がいいと思ったのでとりあえず話を聞くことにした。話の内容はいつの間にかせつ菜と同じことを歩夢にしてしまったことに罪悪感を感じていることと、今後どうするべきかを悩んでいるとのことだった。
「かすみんは……かすみんだけじゃなくてみんなも大切にしたいことややりたいことはあるとは思います。でも、人にやりたいことを押し付けるのは嫌なんですよ…なのに…」
「なるほど…」
(同好会を復刻させるにあたって一番厄介だったのはせつ菜とかすみの溝を埋めることだったが、片方がこの調子ならもう大丈夫か……あとは…)
一通り話を聞いた瑠和は微笑んでかすみの頭に手をのせた。
「よかった」
「え?」
「それに気づけてんなら俺からいうことは何もない」
「ええ!?」
「きっと方法はあるさ。それを……みんなで………そう、みんなで見つければいい。だから一人で悩むな」
大きな不安の種は消えたと瑠和は安心し、ノートを持って立ち上がる。
「あとは自分で頑張れ」
「え?行っちゃうんですか先輩!可愛いかすみんがこんなに悩んでるんですよ!?それに言ってることよくわかりませんし!」
「高咲もいるんだろ?相談してみろよ。あいつはそういうの向いてるから」
「えぇ~!?」
続く