「あぁわかったよ!俺が悪かったんだろ!?」
瑠和の叫びが放課後の教室に響いた。
これは一年前の話だ。授業の一貫でグループワークを行った瑠和とその仲間はグループ内で衝突したのだ。理由は方向性の違い的なものだった。グループ内で亀裂が生じ、先が見えづらくなったと瑠和は途方にくれ、屋上で黄昏ていた。そんなときに彼女は現れた。
「なにしてるの?」
これが高咲侑と瑠和の出会いだった。事情を聞いた侑は瑠和を心配し、グループメンバーに話を聞いてどちらかの意見を正しいとするわけではなくお互いの意見を尊重しながら問題を解決してグループ間の亀裂を元に戻したのだ。
「すげぇな、高咲は」
「そんな、私は大したことしてないよ。ただみんな感情的になってるところがあったように見えたから、そこを調整しただけ」
「…俺も、お前みたいに誰かの助けになれるかな」
「え?」
「そうやって、誰かのために動けるお前を俺は尊敬するよ」
今瑠和が璃奈や同好会のために動くのは侑に感化されてってところがあった。今の同好会の状況は過去の瑠和たちのグループの状況によく似ている。瑠和のときに侑がやってくれたことを今度は瑠和がやろうとしていた。
◆◆◆
「で、特に何もできずにのこのこ帰ってきたと」
同好会のメンバーを連れ、中川菜々に話を聞きに行った果林は特になんの成果も無しに帰ってきていた。取り付く島もなかったらしい。
「そもそも参加すらしなかったあなたが言う?」
「仕方なかったんですよ。許してください。でも、復活に手助けはした…と思います」
「そう、でも、一応本人は認めたわよ。自分が優木せつ菜だって」
しかし一応、中川菜々は優木せつ菜であること、そして、もうスクールアイドルには戻らないということが判明したようだった。
「…で、どうするの?」
「いま、かすみちゃんが一人で同好会の復興を目指してます。メンバーに自分のクラスメイトが二人…一人はマネージャー的な感じですが。新しく参加しています。なので、とりあえずそっちとも合流して話しましょう」
翌日、かすみたちを呼んでこれまでの経緯を説明した。
「えぇぇぇ!?あの意地悪生徒会長がせつ菜せんぱいぃぃぃぃぃぃぃぃ!?っていうかなんでかすみんを置いてそんな大事な話をしに行ったんですか!?部外者のお姉さんはいたのにぃ!」
衝撃の事実に驚いたかすみは同時に関係者だった自分が呼ばれなかったことと、全く関係がないのに同伴している果林に対して憤りを表す。
「へぇー………面白いこと言うコねぇ」
そんな態度のかすみに対し、果林は怪しい笑みと圧力で返した。その圧迫に負け、かすみはすぐにしずくの背後に回った。
「ひぇぇぇぇ!ごめんなさい!コッペパンあげるから許してください!」
(いまどっから取り出した…?)
どこからか取り出したコッペパンを果林に渡して謝罪する。
「あら、美味しそ♪ありがたくもらっておくわね」
「色々思い悩んでるみたいだったし、俺がかすみちゃん抜きで行かせたんだ。それに二人は今回の問題の中心だったからあまり合わせない方がいいかなって。ごめんな」
瑠和はかすみに事情を話す。
「まぁ、呼ばれていける状況だったかっていわれたらそうでもなかったですけど…」
「ともかく、そんなわけで今後どうするかっていうところだ。同好会…元同好会のメンバーに話されていてもやらないっていうなら…」
「…何か問題あるかしら」
「え?」
「あなたたちの目的はもう、達成しているように見えるけれど。部員は五人以上いるみたいだし、生徒会が認めるっていうなら同好会は今日にでも始められるでしょう?本人はやめると言っているんだし、無理に引き留める必要、ないんじゃない?」
瑠和は果林の言葉を訝しんだ。それは、挑発なのか、中川菜々の身を案じての言葉なのか、瑠和は判断と対応に迷う。そして、そこで少し決意が揺らいだ。(本当に菜々を引き留めるのが正解なのか?)菜々をここに戻したいのははっきり言って瑠和の我が儘であり、菜々とその他メンバーの意思ではない。
「本当に、やめたいのかな…」
瑠和が悩んでいると侑が口を開いた。
「!」
(侑…)
「どうしてそう思うの?」
「…皆さんはどう思いますか?せつ菜ちゃん、やめてもいいと思いますか?」
「「「それは嫌だよ!」」」
エマ、彼方、しずくの声が重なる。
「せつ菜ちゃん、すっごく素敵なスクールアイドルだし活動休止になったのは、私たちの力不足もあるから…」
「彼方ちゃんたち、お姉さんなのにみんなを引っ張ってあげられなかった」
「お披露目ライブは流れてしまいましたけど、みんなでステージに立ちたいって思って練習してきたんですせつ菜さん抜きなんてありえません!」
「かすみんも同じ気持ちです!せつ菜先輩は、絶対必要です。確かに、厳しすぎたところもありましたけど…今は、ちょっとだけ気持ちがわかる気がするんですよ。前の繰り返しになるのは嫌ですけど、きっとそうじゃないやり方もあるはずで…それを見つけるには、かすみんと全然違うせつ菜先輩がいてくれないとダメなんだと思うんです…」
(かすみちゃん…)
瑠和はかすみたちの話を聞いて揺れていた決意を改めて固める。瑠和はカバンの中にあるノートを見た。
「その通りだ……。俺もかすみちゃんたちと同意見だ。せつ菜はいなきゃいけないんだと俺も思う。実力はもちろん、リーダーとしての熱血も素晴らしかった…って同好会のメンバーでもない俺がいうのは違うか?」
「そんなことないと思うよ?私たちも、せつ菜ちゃんに夢をもらったから…私も一緒にやりたい!」
瑠和の言葉に歩夢が答えた。
「上原…ありがとう」
「でも、結局はあの子の気持ち次第よね」
果林はそう言った。もちろん言う通りではあると思うのだが、瑠和としても同好会としても譲れないものがあった。
「気持ち…か。だったら俺に考えがあります。俺に中川…いいえ、優木せつ菜と話させてくれませんか?」
「なにかあるの?」
「はい、俺にしかできないとまでは言いませんが……俺は彼女に直接伝えたいこともありますし…それから、ちょっと皆さんに確かめたいことがあるんです」
◆◆◆◆◆◆
翌日、放送部に協力してもらい放課後に優木せつ菜・中川菜々を屋上に呼びだした。菜々が西棟屋上に到着すると、そこには瑠和が黄昏ていた。菜々はああ、そういうことかと思った。
「天王寺瑠和さん」
「………まさかお前が優木せつ菜だったとはな……見事に騙されたよ…」
瑠和は菜々の姿を見ずに呟いた。瑠和は一応同好会と繋がりを持っている。先日エマたちに正体をばらしたこともあり、そこから伝わったのだろうと菜々は思った。大体瑠和を見た時に予想された事態だったので菜々は冷静に対処する。
「…エマさんたちから聞いたんですね」
「俺はあの日、ここでかすみちゃんの声を聴いて逃げ出した…」
「え?」
言われるのは同好会のことだろうと思っていた菜々は予想外の方向に話が進み、少し驚く。
「俺は、同好会に流れるどこかまとまらない空気に何となく気づいてた…なのに、それを言わなかった………ほんの数回しか参加してないが、俺にとって居心地のいい空間になってたから、それを壊したくなかったんだ」
「…」
「でも居心地がいい空間だったからこそ、伝えなきゃいけなかったんだって、後から気づいたんだ。だから、いまさらになってしまったけれど、俺には同好会を再興させなきゃいけない責任があると思って活動してきた」
「………何が言いたいんですか?」
「同好会をもう一度同じ形に戻すには中川…いや、優木せつ菜、お前が必要だ」
瑠和は手を差し出すが、菜々はそっぽを向いてしまう。そう簡単なことではないのだと菜々は思っていた。
「…前にも伝えましたし、エマさんたちにも伝えましたが、やりたいのでしたら皆さんだけでどうぞ」
「だったら今度こそ聞かせてくれ。どうしてスクールアイドルを辞めた。高々一回衝突があったくらいで辞めるのか?お前の大好きはそんなもんだったのか?」
ずっと瑠和が聞きたかった質問をした。正確には一度伝えてはいるが、本人から返事をもらっていない。しかし、どんな返答があっても瑠和は基本的に自身の主張を曲げる気はなかった。
「そんなわけないじゃないですか!私はスクールアイドルが大好きです!だけど、私は……私の大好きは……誰かの大好きを傷付けてしまいました。ファンどころか仲間にすら届かない大好きを叫んだって…」
「…そんなことねぇよ」
瑠和は鞄から一冊のノートを取り出した。そこには、優木せつ菜が歌ったchaseの歌詞が書かれていた。かつてせつ菜が部室にて保存していた歌詞ノートだ。
「このノートっ!………どこで」
「ゴミ捨て場からな…最初に見つけた時は初めて同好会に行った時だ。この歌詞を見つけた時俺は心底感動したよ。そしてその後お前から大好きを叫びたいって聞いて歌詞の意味に納得した………いま同好会にいる俺のクラスメイトの高咲も上原も、あのお台場のライブに触発されて同好会を始めたんだ。でも…」
瑠和は俯く。
「今のお前を見ていると、この歌詞にも、お前の大好きにも重みを感じなくなってくる……」
菜々は拳を強く握り、歯ぎしりをした。自らの夢も追えていない人間が誰かに夢を追えと言う資格はない。そんなことはわかりきっている。だけどあの時の菜々には、せつ菜にはそれしかできなかった。
「もう……わかっているんでしょう!?私がいると、ラブライブに出られないんですよ!?私だって叫びたい大好きはあるのに!それが誰かの大好きを傷つけていたとわかってそれでも続けるなんて…」
瑠和は歯を食いしばって菜々の胸倉を掴み、壁に押し付けた。
「おまえは何のために歌う!?自分のためか!?ラブライブのためか!?行ってみろ!!」
「…私は………私の………大好きを…でも、それは、仲間に届いてなんか」
うろたえながら菜々は答えた。
「誰かの大好きを傷つけてって理由で逃げてるんじゃない!お前は大好きを叫びたくて始めたんだろ!?だったらそれを貫けよ!ラブライブなんて関係ない!!!!ラブライブに出られないことがお前を苦しめるんなら!それが衝突を生むなら!!ラブライブなんて出なくていい!!!」
「そ、そんな!そんなこと…」
瑠和は少しクールダウンし、菜々の胸倉から手を放す。
「………いきなり掴みかかって悪かった。全員に聞いた。もちろん、かすみちゃんにも、新しく入った上原と高咲にもだ。みんなラブライブに出なくてもいいって言ってくれた。でも、やる気がないわけじゃない。みんな気持ちは一緒だ。自分のなりたいアイドルを目指したい。やりたいことにチャレンジしてみたい…………大好きを叫びたい。そこにラブライブってステージじゃなきゃいけない理由なんて、みんな一緒じゃなきゃいけない理由なんてないんだよ」
菜々の胸にわだかまっていた感情が晴れたような感覚を覚えた。無理にラブライブにこだわる必要はない。一人一人が好きなアイドルを目指せばいい。目から鱗とはこのことだろうと菜々は感じた。
「それに………これは、俺の勝手なわがままだ。俺はお前の歌が大好きだ。あの日、お台場で聞いたお前の歌は素晴らしかった。それをいま、ここで叫んでいる。お前はどうだ?」
瑠和は少し照れくさそうに言った。
「大好きを叫びたい…本当にいいんですか?私の本当の我が儘を、貫いてもいいんですか?」
「………やって見せろよ、優木せつ菜」
「っ!…………何とでもなるはずですね!」
中川菜々は眼鏡を外し、三つ編みを解いた。
「これは、始まりの歌です!!」
優木せつ菜は歌った。自身の想いを、大好きを包み隠さず叫けぶように歌った。その歌声は校舎に響き、多くの生徒の関心を集めた。
「やっぱすげぇよ……せつ菜は」
「虹ヶ咲学園スクールアイドル!優木せつ菜でした!!」
歓声が響き渡った。それを皮切りに、スクールアイドル同好会は完全に復活した。
続く