「瑠和!」
「瑠和君!調子はどう?」
学校につき、璃奈に教えられていたクラスへ向かう。教室の入り口に付き、本当に自分の教室かと悩んでいると、教室の中から嵐珠と歩夢が駆けてきた。
「あ、えと、上原と……昨日の…」
「鐘嵐珠よ。やっぱり、覚えてないのね…」
「ごめん…」
嵐珠は自分が覚えられてないことにショックを受けていたが、歩夢はそれ以上のことに驚いていた。
それは瑠和の呼び方だ。以前の瑠和は相手の立場によって呼び方を変えていた。上級生はさん付け、下級生はちゃん付け、同級生は苗字呼び。それは瑠和が自分の意思を前に出せなかったゆえにいい子を演じていたからだ。
彼方と付き合ってからはそれもなくなったのだが、今はまた戻っている。本当に記憶がなくなっているのだと実感する。
「俺の席は……」
「こっち。あと、先生がさっき探していたわ。来たら職員室まで来るように言ってたから、瑠和は行ってきなさい。荷物は嵐珠が置いてきてあげる」
「ああ……ありがとう」
「職員室はわかる?」
「ああ、大丈夫………あ、でも担任わからないかも…」
「そっか、じゃあ案内するね」
「サンキュな、上原」
瑠和は歩夢に連れられて職員室に向かう。一年生の時から見ている校舎のはずなのにまるで別の学校に転校してきたように感じた。
「気分はどう?」
「………不思議な気分だよ………まるで、浦島太郎みたいだ」
「そっか……」
「そういえば高咲と中川は?進級の時にクラス変わったのか?」
「ああ、せつ菜……菜々ちゃんはクラスが変わって、侑ちゃんは途中まで一緒だったんだけど、音楽科に転科したの」
「音楽科!?あいつが!?」
瑠和の目に侑がどう映っていたかはわからないが相当驚くようなことだったらしい。歩夢は苦笑いをしながらも案内を続け、職員室に到着した。
―ライフデザイン学科三年生教室―
「おはよう」
「果林ちゃん………」
朝、学校に来ると彼方の教室の前には果林が立っていた。果林は彼方を見ると小さくため息をついた。見るからにやつれ、クマのある顔を見て昨晩がどういう夜だったかを察したのだ。
「どうかしたの?果林ちゃん」
「カバン、貸しなさい」
「え?」
「いいから早く」
「う、うん」
果林は彼方からカバンを受け取ると、それを近くの彼方のクラスメイトに渡した。
「これ、彼方の机に置いておいて」
「え?うん」
「果林ちゃん?」
「愛」
「あいよ~!愛だけに!」
「え?愛ちゃん?」
果林が指を鳴らすと、彼方の背後に愛が現れた。愛はそのまま彼方を一気に担ぎ上げ、そのまま走りだす。
「え、えぇぇぇぇぇ!!」
愛に担がれ、彼方は保健室に連れ込まれ、ベッドに投げ入れられ、一瞬にして完全にすやぴの状態にさせられた。困惑しながらも彼方は愛と遅れてきた果林に尋ねる。
「えっと、どういう状況?」
「あなた、今日鏡で自分の顔見た?」
「…………」
「カナちゃん、すごい顔してるよ?一回休んだ方が……何なら早退したほうがいいよ……」
「ごめんね………家にいても……ずっともやもやしてて」
「……重傷ね。とりあえず寝なさい。寝られるまで傍にいてあげるから」
「ごめんね………ありがとう」
―昼休み―
4限終了を知らせるチャイムが鳴り、昼休みになった。朝はまだ混乱が勝っていたため、お弁当の準備などできなかった。瑠和は売店で何か買ってこようと席を立つ。
「瑠和、お昼ご飯はどうするの!?」
目の前に嵐珠が来た。
「鐘………ん、なんか呼びにくいな。嵐珠でいいか?」
「きゃあ!名前覚えててくれたのね!いいわ!ところでお昼ご飯はどうするの?」
「なんも用意してないから、売店で何か買ってこようかと……思ったんだけど」
「我是這麼想的!実は、瑠和の分もお弁当作ってきたの!よかったら食べない!?」
「…」
瑠和は嵐珠に連れられ、西棟の屋上に来た。冬場とはいえ、昼間は日が射して暖かかった。暖かな日差しは、記憶をなくした不安な気持ちを和らげてくれるような気がした。
「ほら、全部嵐珠が作ったんだから!遠慮せずに食べなさい!」
「ありがとう………なぁ、なんでこんな俺に尽くしてくれるんだ?」
「………好きだからよ?あなたのことが」
瑠和は驚いた顔をする。
「好きだからって……俺は彼方さんと付き合ってるんじゃないのか?」
「ええ。そうよ?だけどアタシはあなたが好きなの」
「…………そう……なのか」
「……」
嵐珠の言葉に瑠和は少し驚きながらもどこか納得している様子だった。そして、瑠和が思ったよりも自分の言葉をすんなり受け入れてくれたことに少し照れていた。
「ほら、どんどん食べなさい!まだまだたくさんあるんだから!」
「………ありがとう」
ー放課後ー
「記憶喪失…ですか?」
今日も意気揚々と部室に来たアイラは、とても親切にしてくれていたマネージャーが記憶喪失になったことを聞かされ、驚いていた。
「ああ、だからまた、君のこと聞かせて欲しいんだ。…いいかな」
「は、はい…」
アイラと瑠和、その他数名が話している間に、果林はエマとかすみに訪ねる。
「昨日はどうだった?」
「うん…正直、今もとっても不安…。あんなに不安定な彼方ちゃん、初めて見たよ…」
「具体的には?」
「とりあえず落ち着かせるために寝かせたんですけど…すぐにうなされはじめて、飛び起きるっていうのが何回か。後からはる子(遥)にも聞いたんですけど、夜中にも何度かあったらしいです」
「…なるほどね」
アイラの再度となる自己紹介を終えると、エマ、しずく、せつ菜、彼方、嵐珠、瑠和はアイラに日本を案内するために出掛けていく。
一同が出ていったあと、果林は残ったメンバーを集めて会議を開いた。
「どうしたんだい果林」
「どうしたもなにも、瑠和のことよ。思ったよりも事態が深刻」
「というと?」
「彼方が壊れてかけてる。いいえ、最悪もう壊れてるかも」
かすみとミアから聞いた話、そして今朝からの彼方の言動と表情から見て果林は確信していた。
「そんな…」
「当然でしょ?思い出してみなさい?第一回スクールアイドルフェスティバルのこと」
「あ…」
彼方にとって瑠和はかけがえのない存在になっていた。それは、第一回スクールアイドルフェスティバルの時のことで明白だった。
事態として知っていた筈の瑠和と果林の交際。それを見た瞬間、彼方は声が出なくなるほどに動揺していた。
「このままだと本当に彼方が壊れる。彼方が壊れたら…たぶん次は璃奈ちゃん。」
彼方が壊れて、次に壊れるのはきっと彼方に最も関りの深い璃奈だと果林は考えた。
「璃奈ちゃんが壊れれば、愛やミア、ミアや愛が壊れればたぶん…私や嵐珠、そんな風に崩壊は連鎖していくわ。内面的でも、外面的でもどちらでも」
「………でも、そんなこと言ったってどうにもならないだろ!?僕らは医者じゃないんだし……原因だって…」
「ええ、だからともかく彼方をこれ以上壊さないことが大事。原因は、瑠和本人に思い出してもらうしかないけど………」
―屋形船―
嵐珠とエマ、彼方は先に船に乗り、料理の準備を始める本来であればエマではなく、瑠和が屋形船に乗って料理の手伝いをする予定だったがそうもいかなくなった。そして瑠和にはアイラと一緒に街を探索してもらい、少しでも記憶を取り戻すきっかけになればという流れだ。
「しっかしすごいね~。こんな船貸しきりなんて」
「そう?大した値段じゃなかったから!」
「とりあえず、料理の準備、始めちゃうね。」
「うんっ!」
彼方に元気はないのは見ての通りだったが、いつも通りの表情で料理の準備を始めた。しかし、たいして時間もたたないうちに彼方の不調は見え始めた。
「痛っ……」
「彼方ちゃん!大丈夫!?」
「う、うん、ちょっと怪我しちゃったぜ」
包丁の扱いを間違え、指を切る。皿を落として割る。
「彼方、怪我はない?」
「ご、ごめんね!お皿……弁償」
「いいわ。それくらい。いまは集中しなさい」
そんなミスを繰り返しながらもなんとか料理は完成した。明らかな彼方の不調を見て嵐珠は内心少しうれしく感じているのを感じた。
嵐珠も人でなしではない。だが、あの日、瑠和が視力を失い、再び取り戻した日のことを思い出すと、悔しさで胸が張り裂けそうになる。
だから、少しだけ気分がいい。だが、そんなことばかり言ってられない。早いうちにけじめをつけるべきだと嵐珠は考えていた。
―お台場ゲーマーズ―
「おぉぉぉぉ!!すごいです!あっちじゃみたことないグッズがこんなに!」
お台場のゲーマーズには同好会のメンバーのグッズがたくさん置かれていた。スクールアイドルのグッズは日本が中心となるので海外の展開はほぼない。
アイラの興奮も理解できるものだ。
瑠和はグッズを適当に手を取る。
「…」
「な、なにか思い出せましたか?」
「ああ、ありがとう。えっと…ごめん、名前、なんだっけ」
しずくに声をかけられた。瑠和は初対面の人間に声をかけられたような反応をする。そのことに少しショックを受けながらもしずくは自己紹介をする。
「しずく、です。桜坂しずく」
「ごめん…しずくちゃん」
「瑠和先輩はしずくって呼んでくれてたんですよ」
「そうか…じゃあ、しずく」
しずくは早速勝負に出ていた。しずくを呼び捨てにするのは二人きりの時だけと約束していたが、いつ記憶が戻るかわからない瑠和に遠慮はしてられなかった。
「昨日、璃奈から色々聞いたけど、いろんなことしてきたんだな…」
瑠和は視界に広がるグッズの多さから同好会の功績を実感していた。
「瑠和先輩もたくさんのことを私たちにしてくれました」
「ははっ。璃奈と和解したことが一番驚いてるよ…」
「…………彼方さんと恋人ってことは…?」
「正直、実感沸かないな。あんな素敵な人が俺なんかと付き合ってくれてること事態驚きだ」
瑠和が言うとしずくは一歩、瑠和に近づきながら訪ねる。
「……瑠和先輩の好みってどんな人なんですか?」
「え?ああ…うーん…。何だろう………」
栞子は、恋人ではあった。しかし、どちらかといえば同じ感性を持った者同士が肩を寄せ合っていた、というのが正しい関係だったように思える。
「………そうだな……よく、わからないや」
「………わからない?」
「未来の……過去の俺がどうして彼方さんを好きになったのかは知らない。けど、少なくとも今の俺は、同好会の中でだれが一番好きとかもないし、理想の女性の姿とかも………想像できないなって」
「そうですか………じゃあ、私はどう見えますか?」
さらに一歩踏み込む。
「……………素敵…だと思うよ」
しずくは、嵐珠に煽られ、啖呵を切ったものの正直迷っていた。
あの場で啖呵を切らなければ嵐珠がすべてをかっさらっていく気がしたから勢いでああいってしまった。だが、しずくは誰かと衝突することははっきり言って嫌いな質だ。
だからあの発言が正しかったのかわからないままここまで来たが、今それが報われた気がした。
お世辞でも何でもない誉め言葉、それを引き出すのに以前の瑠和ならどれだけ苦労したことか。
「え、えへへ、うれしいです!あ、もう次の店に行くみたいですし、行きましょう!先輩!!」
しずくは、遠慮なんて忘れ自然と瑠和の腕を掴んで走り出す。瑠和はそれに疑問も感じずなされるがまま、走り出す。
以前は、この手を取ってくれた人が違っていた気がしながらも。
―ふ頭―
しばらくするとお台場の案内をしていたしずく、瑠和、せつ菜、アイラは屋形船で準備をしていたエマ、嵐珠、彼方と合流した。
そして、船に乗り込むと、瑠和はすぐに彼方がいる厨房に向かった。
「彼方さん!」
「瑠和君………お台場はどうだった?記憶、戻りそうかな?」
疲れた笑みだった。だが、それ以上に瑠和は彼方の手を見て眼を見開く。
「その手………」
「あ、あはは。ちょっと失敗しちゃった」
「……………」
瑠和は黙ったまま彼方に近づき、その手を取って慈しむように優しく撫でる。
「ごめん、俺のせいですよね」
「そ、そんなことないよ!彼方ちゃんが失敗しちゃっただけで…」
「…………昨日、璃奈から色々聞きました。俺、あなたにたくさん迷惑かけてたんですよね」
自分の色に気付けず、果林と付き合ったこと。嵐珠が来た時に嵐珠のことを心配し、彼方を一人にしたこと。事故に遭い、自己中心的な考え方で光を捨てようとしたこと。
「ち、違うよ!それは瑠和君が悪いだけじゃない!そうなっても仕方ない状況だったからで……」
「でも……っ!」
彼方は瑠和を抱きしめた。
「いいんだよ今は焦らなくて………彼方ちゃんは大丈夫だから」
正直、いま瑠和が心配してくれたことで彼方は胸がいっぱいだった。記憶がなくなり、一番不安なのは瑠和のはずなのに、自分のことを考えてくれただけでうれしかったのだ。
それから二人で食事を運び、全員で食べ始めた。
「本当においしいです!」
「彼方ちゃんも腕を振るったかいがあったぜ~」
アイラがおいしそうに食べる姿を見て彼方も少し元気が出たようだ。そのままちらりと瑠和の方をみる。瑠和もちょうど料理を口に運んでいる最中だった。
「…………うん、おいしい。彼方さん、メッチャうまいです」
「……うん、よかったぁ」
記憶がなくなっても、瑠和は瑠和のままである。それを実感した彼方はようやく安堵の笑みを浮かべられた。
「………瑠和!これ!とっても美味しいわ!嵐珠が食べさせてあげる!」
嵐珠は瑠和の口元に、さっきまで自分が使っていた箸で食べ物を差し出す。そして瑠和は、それを何の躊躇もなく口に入れた。
「確かに。おいしい」
「それ嵐珠が作ったのよ!ほら、もっと食べなさい!」
「………」
ホッとしたのもつかの間。彼方の表情は再び曇り始める。嵐珠が瑠和に対してアプローチをし始めた。それを感じ取ったからだ。どう考えてもただ瑠和に優しくしてるわけではない。
完全にものにしようとしてるのが分かったのだ。
「先輩!これもおいしいですよ!」
そこに、しずくまで割り込んできた。
「!?」
「じ、自分で食べれるって」
「いいじゃないですか!」
「……」
◆◆
食事を終え、六人は楽しく談笑したり、これまで同好会で何をしてきたかを話したりしていた。しかし、彼方だけは席を立った。
「彼方ちゃんどうしたの?」
「…………ごめん。少し船に酔ったみたい。みんなは楽しんでて。外の空気吸ってくるね」
彼方はそう言って席を立った。無論酔ったわけではない。しかし、少し一人になりたかったのだ。
まさか、このタイミングで嵐珠が攻めてくるとは思ってなかった。ほぼノーマークだったしずくまで来るのは完全に想定外だった。
ある意味二人の真剣さを感じた。
瑠和が記憶をなくしたことをいとわず、落としにかかった。それはこれまでの積み重ねなどなくても、二人は瑠和を愛せるということだ。
自分はどうだろう。
瑠和のことを愛せたのは、スクールアイドルフェスティバルの時までの積み重ねがあったからだ。
無論今も瑠和のことは愛している。だが、今回のことで思い知ったのだ。
「自分を見てくれない相手を愛するのは難しい?」
「!」
ハッとして振り返る。
振り返った先には嵐珠がいた。
「嵐珠………ちゃん」
「わかるわ。その気持ち。嵐珠たちが、今まで味わってきたものだもの」
「…………なんで……瑠和君は彼方ちゃんのなのに……」
彼方はたまらなくなってそういった。子供のような理屈を言うとは自分でも情けないと感じながらも。
「……前から言ってるでしょ。私は瑠和を諦めたつもりはない。振り向かせるって」
「だからって!!こんな時に!!!」
「こんな時だからこそ………よ。やっと彼方と同じスタートラインに立てた。そのチャンスを逃す方がどうかしてるって思わない?」
「………」
嵐珠の言っていることもわかる。嵐珠たちにとってこれは千載一遇のチャンスだ。自分だって同じ環境になったとき、同じことをしないと言い切れない。
「…………でも」
「どうする?嵐珠たちが人でなしだって言って同好会から追い出す?それも手かもね」
そうしたい気持ちだって生まれる。嵐珠はそれを的確に言い当ててくる。きっと嵐珠もどんなことを言われるか、どう思われるかシュミレーションをし続けた末に出した答えなのだろう。嵐珠の覚悟が言葉の節々から伝わってくる。
「……ねぇ彼方。さっきまでのはあくまで余興。ランジュも、ようやく見つけたこの居場所をやすやす捨てたいとは思ってない。だから聞きたいの」
「…?」
「嵐珠たちに取られるのが嫌なら、必死に繋ぎ止めなさい。これは競争よ。たぶん最後の、嵐珠たちと彼方の!!」
嵐珠は拳を前に突き出す。これ以上ないほどの宣戦布告だ。
(…………ここで)
ここで、嫌だといえば、嵐珠は引き下がってくれるのだろうか。
どうして嵐珠は一触即発になりそうな空気にしてまで、瑠和を求めているのだろう。
様々な考えが脳裏によぎる。マイナスな考えばかりが出てくる。その場で勝負を受けるという選択肢すら出てこないくらいに。
「……………………………決められないよ」
様々な気持ちの中、振り絞って出た言葉は、自分でも情けなく感じてしまうほどの何とも弱弱しい言葉だった。その言葉を聞いた嵐珠はなぜか残念そうな顔をして彼方から目を逸らした。
「そう」
「…………」
それから、夕方まで屋形船で過ごし、お台場に船が着いて解散となった。不思議なことにそれ以降嵐珠やしずくが瑠和にちょっかいかけることはなく、平和に終わった。
何故だろうと疑問に思うがそんなこと聞けるわけもなく、彼方は帰り支度を整え、船を降りる。
さっき、嵐珠に応えるべき言葉はなんだったのだろう。そんなことを悩みながら。
続く
ストーリー中に出す次元系の設定(ナタや不思議な石等)って必要だと思いますか?
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これまで通りでいい
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減らしてほしい