第五話です。結構気合の入った話です。栞子をこちら側にしたいい展開が作れたと思います。楽しんでいただければ。
ーSIGPX3日目 沖縄ー
「ふぁ……」
「昨日はよく眠れなかった?」
「…………そうですね」
三日目の朝。瑠和、彼方、栞子、かすみ、しずくで朝食をとっていた。瑠和はそんな中で眠たそうに朝食をとっていた。昨日出会ったトウカという少女に言われた言葉のせいでよく眠れなかったのだ。
(記憶喪失、複数の恋人候補、SIGPX、いろいろ起きててつい忘れちまってるけど、璃奈と俺が恋人になるってことは………簡単な話じゃねぇんだよな…)
「ところで今日はどうしますか?」
「エマちゃんと嵐珠ちゃんはどうするのかなぁ」
そのタイミングを見計らっていたかのようにエマからメッセージが届く。
「エマさんからだ」
メッセージを見てみると、『嵐珠ちゃんまだお疲れみたいだから、今日の街の散策はみんなで先に行ってていいよ』と書かれていた。
「えーっと………要約すると、嵐珠がよく寝てるらしいので私たちで動いてていいってことですかね」
「まぁその解釈でいいんじゃない?嵐珠先輩が後で瑠和先輩と行動できなかったって駄々こねなければいいんですけど」
「その時は私がなだめます。瑠和さん、今日はどうしますか?」
「そうだな…そういえば今日みんなはどこに行くんだ?」
瑠和はグランプリに参加していないので行きたい場所などは特にない。誰かの行きたい場所についていくのが一番無難だと思い尋ねてみる。
「私はガンガラーの谷に行こうと思っています」
「あ、私もです」
「彼方ちゃんも~」
三人は顔を見合わせる。
「じゃあ瑠和先輩は三人についていいんじゃないですか?」
「そうだなじゃあ栞子たちに…」
偶然三人の予定が被ったため、瑠和はそれについていく形にしようとした。だがその時、瑠和は栞子こら昨日言われた言葉を思い出す。
(できることを、やってみてはいかがでしょう)
「…………………ごめん、ちょっと予定ができた」
「え?」
「いまですか!?」
完全に瑠和と一緒に行動できる気でいたしずくは瑠和の思わぬ宣言に驚く。
「…終わったら合流するよ。さき行っててくれ」
「…」
瑠和の表情は真剣だった。なにか、必要なことをしに行くのだろう。長いこと瑠和と一緒にいるメンバーにはその事がすぐにわかった。
「じゃあ、彼方ちゃん待ってるよ。行ってらっしゃい」
彼方は少し考えて、瑠和を笑顔で送り出した。
「わ、私もです!」
「…ありがとう」
ーホテル入口ー
「さて、じゃあ出してくれる?」
「かしこまりました」
ホテルの地下駐車場には嵐珠母を乗せたリムジンが発進しようとしていた。しかし、出口付近まで来たところで、その前に誰か現れる。
車を運転していた嵐珠母の秘書は急ブレーキを踏んで急停車した。
「ちょ、ちょっとどうしたの!?」
「それが…」
嵐珠母は窓を開けて車の前を見る。車の前には、瑠和が仁王立っていた。
「アナタ…」
「話がある」
ー嵐珠母の部屋ー
「何の用?」
これから出掛けようとしていたところを止められた嵐珠母は、すこし不機嫌な様子で瑠和に訪ねた。だが、そんな嵐珠母の威圧に負けず前に出る。
「アンタ、なにを考えてる」
「なにって?」
とぼけるつもりであれば瑠和も変に腹の探り合いをする必要はない。ストレートにぶつかるだけだ。
「嵐珠を贔屓するつもりか?俺と、嵐珠をくっつけるために」
「……どういう意味?」
思い切ってストレートに言った。しかし、それでも嵐珠母は困惑した表情で瑠和を見た。その反応に、瑠和も話の行き違いに僅かに気付く。
「どういうって…嵐珠を贔屓しようとしたことだ!嵐珠にスイートルームを渡そうとしたり、あんた言ったよな、ランキングが大事になるって!ランキングを不正に操作したり…」
瑠和が嵐珠から聞いた話と、先日あった時のことから嵐珠母がやっていることに関して問い詰めて見た。しかし、嵐珠母の顔はますます困惑するだけだ。
「してないわよ?そんなこと」
「………なに?」
「ほら、あなた部屋が別のほうがいいって言ってたじゃない。でもそれだと嵐珠が寂しがると思ってニジカクのみんなと、あなたの寝室が別になってる部屋を渡そうとしただけよ?それなのにあの子なんで怒って出ていっちゃったのかしら」
「…」
言葉を失う。今回の騒ぎ、なんとなく既に結論は見えたからだ。
「ランキングも特に弄ってないわ。確かにランキングが大事になるとは言ったけど、それは今のあなたが信用できないからってだけの話よ。これは前にも伝えたでしょ?私としてはランキングなんかに頼らないでほしいところだから、あえてああ言ったの」
「………あぁ」
瑠和は頭を抱えた。
嵐珠の母の言い方が悪い部分も無論あった。だが、必要以上のことを聞かなかった嵐珠の勘違い、一人相撲だったのだ。
「それで話が終わりならもういいかしら?ステージが足りないって話だったから、ステージ探しに行かなきゃいけないのよ」
嵐珠母が部屋を出ていこうとした。だが、瑠和は頭を抱えていた手を放し、嵐珠母を見た。
「待ってください。それならいい場所を知っています」
「え?」
「無礼な態度をとってしまったお詫びです。俺にも、手伝わせてください」
―ホテル 屋外プール―
瑠和は嵐珠母を連れてホテルの外のプールに来ていた。
「ここで?」
「いい広さだし、スクールアイドルの参加者の大体はここにきているんですよね?であれば都合もいいじゃないですか」
「なるほど………悪くないわね。中々いい目の付け所じゃない!嵐珠の恋人として悪くないわね」
嵐珠母は笑いながら瑠和の背中を押す。一昨日、瑠和はしずくが屋内プールでライブやった姿を見て思った。外のプールだったら解放感もあっていいんじゃないかと。そこでここを提案したのだ。
「そうね………機材の搬入は大丈夫そう?」
「はい。ホテルであればむしろ都合がいいかと。こちら、リストになります」
「なるほどね………じゃあ、ステージ設営手伝ってもらえる?天王寺君?」
「え?俺がですか?」
先ほど言った「手伝い」とは、場所の提案程度にしか瑠和は考えていなかった。そこでいきなり設営にまで手を回せと言われれば動揺の一つもする。
「立案者だし、その目の付け所、悪くないと思うわ。少し協力してくれるかしら」
「………少し考えさせてください」
「…わかったわ」
瑠和は少し離れ、考えた。確かに提案した身として、そこでのライブを見てみたいと思った身として手伝うのはやぶさかではない。だが、今はそんなことをしている場合ではない。彼方と、皆との約束がある。
少し未練は残るが、やはり断ろう。瑠和はそう思い、再び嵐珠母のもとへ行く。
「特設ステージの証明はピンクゴールドも選べるといいわね」
嵐珠母が秘書とステージの相談をしているとき、背後の草むらからかすみが飛び出してきた。
「聞きましたよ!不正の現行犯で逮捕しまぁぁぁぁぁ!!」
「あの、嵐珠のお母さんやっぱ俺…え?」
「え゛」
飛び出してきたかすみと瑠和はタイミング悪く衝突する。プールサイドであったため、瑠和はそのままかすみと一緒にプールに落ちていった。
「ええ……」
―ふたたび嵐珠母の部屋―
「ひどい目に遭った……」
瑠和とかすみは嵐珠母の部屋でシャワーを借りることになった。かすみが先に入り、瑠和はその後にシャワーを浴びさせてもらった。
「てか、かすみちゃん、絶対勘違いしてるよな」
そんなことを思いながらシャワーを上がると、予想通りかすみが嵐珠母に噛みついていた。
「色々ズルしてたの知ってるんですよ!さっきだって!嵐珠先輩の色だけ用意しようとして!」
「ああ、それは嵐珠の色だけなかったから。他の参加者の色は完璧に用意してるわ」
「そ、それだけじゃないですよ、嵐珠先輩にだけいい部屋用意しようとしたって!」
さっき瑠和が尋ねたことだ。瑠和はため息をつきながらかすみの肩を叩く。
「………かすみちゃん。俺から話すよ」
「先輩?」
瑠和はついさっき嵐珠母から聞いた話をかすみに話す。
「ええ………じゃあ、嵐珠先輩の誤解だったってことですか?」
「そういうこと」
「誤解?ああ、だから、あの子、怒って帰っちゃったのね………誤解されやすい性格なのは自覚してる。いつも仕事ばかりで、あの子と一緒にいられた時間も短かったから」
「………」
かすみはその言葉を聞いた瞬間、表情を変えて出されたステーキを一気にかきこむ。
「かすみちゃん?」
ステーキを食べ終わったかすみはエプロンを机に叩き、立ち上がった。
「行きますよ!」
「…………」
瑠和と嵐珠母は互いに顔を見合わせる。
「「どこに?」」
「決まってます!嵐珠先輩のところにですよ!早く行って、誤解を解かないと!」
かすみの言葉で瑠和と嵐珠母はリムジンに乗り込み、嵐珠がいる「はいさい」に向かうこととなる。そんな中、かすみにエマから連絡が来た。
天と一緒にライブを行うため、嵐珠をはじめとして他のメンバーにも連絡をしているとのことだ。
「わかりましたエマ先輩。そっちで合流しましょう!」
(………まぁ、これで彼方さんたちと一緒に合流できるかな)
そんなことを考えながら窓の外から見える沖縄の海を眺めていると、瑠和のスマホに連絡がかかってきた。
(彼方さんから…)
「もしもし?」
『あ、瑠和君?さっきエマちゃんから連絡があって。これからライブがあるって事、聞いてなければ伝えようと思って』
「ああ、聞いてます」
『そっかぁ、用事は終わったの?』
「まぁ、とりあえず。なんか運営の手伝いさせられそうになったりしたんですが」
『…?どういうこと?』
瑠和の言葉に彼方が疑問を感じ、聞き返した。瑠和は嵐珠関係のことは飛ばし、世間話くらいのノリで先ほどあったことを伝える。
『……そうだったんだ。お疲れ様』
「はい、じゃあまた」
「どうかしたの?」
「彼方さんからの確認の連絡です」
「そう。ところで、ステージのことはやっぱりダメ?」
「…ええ。俺は、みんなのそばにいてあげることが、大事だと思うので…」
その言葉に、嵐珠母は不可思議そうな顔で瑠和を見ていた。
「ふーん…」
ーはいさいー
到着と同時に、瑠和は彼方たちと合流した。そして、エマがライブをすると告知した場所までやってくる。情報が流れていたからか、会場には既に人だかりが出来ている。
エマの活躍を目の前で見るために人だかりを抜け、一番前まで出ようとした時、急に腕を抱かれた。
「!?」
腕に押し付けられる柔らかな感触に驚き、振り返るときれいな茶髪が翻るのが見えた。
「せ~んぱい♪」
「しずく!ガンダラー谷に行ってたんじゃ……」
「えへへ、さっき彼方さんが瑠和さんに連絡してたのを聞いて、私たちで話し合ったんです。じゃんけんをして勝った人が先輩のところに行くって」
しずくの言い方的にしずくがじゃんけんに勝ってここまで来たのだろう。瑠和は小さく笑ってしずくの手を取る。
「はは、じゃあ一緒に観ようか」
「はい!」
瑠和としずくは人混みをかき分け、ステージがよく見える位置まで移動した。ステージにはエマと、先日から世話になっている赤嶺天の姿があった。
「天ちゃん……」
瑠和は天に見える色が以前に比べて随分と明るく見えた。その色は自信と勇気に満ち溢れる色だった。
「この間に比べて随分自信と自尊心を取り戻したみたいだ………エマさんの、おかげかな」
「一緒に歌うんでしょうか…?」
「天ちゃんは楽器をやってた……ひょっとして楽器担当か?」
E N T R Y
EMA VERDE
AKAMIME TEN
「赤嶺天とエマ・ヴェルデのコラボステージ!始まるよ!」
しずくが予想した通り、天は演奏に回っている。しかし、その存在がエマの歌声にかき消されることはなく、確かにそこに「赤嶺天」がいた。そしてその曲の中で二人は争い合っているわけではない。
互いに高め合っているのだ。
「………エマさん…」
曲が終わり、拍手が巻き起こる。ふとしずくの顔を見るとしずくはキラキラした目でエマと天を眺めていた。
「エマさんに教えてもらった気がします!」
「しずく?」
「どんな競い合いの場でも、私たちらしくいればいいんだって!」
先日瑠和の部屋を訪れていた時にしずくが漏らしていた不安。それに対する答えをエマから教わったようだった。そこに同じくエマのライブを見ていた嵐珠がやってきた
「瑠和!しずく!あなたたちも来てたのね!」
瑠和は嵐珠の顔を見た。瑠和を見て元気になっているが、その顔にはどこか憂いがあることは色から見て取れた。そんな嵐珠の憂いを腫らす手段は一つだけだ。
「嵐珠………お前のお母さんが来てる。会ってやってくれないか」
「え?」
―フクギの里宣言記念碑前―
「いいライブだったわね」
嵐珠を連れて記念碑前で待っていると、嵐珠母がかすみと一緒に歩いてきた。
「何の用?」
母の顔を見るなり、嵐珠は嵐珠母に喧嘩腰で話しかける。嵐珠には誤解のことを何も言っていないので当然の反応だ。
「グランプリをやめる必要はないわ」
「それを決めるのは私よ」
「私はアナタの母親よ」
「だからって!何をしてもいいってわけじゃないでしょ!大体…」
再び険悪な感じになったとき、瑠和は慌てて仲裁に入ろうとした。しかし、しずくが瑠和の手を掴んでそれを止めた。
「しずく…?」
「すっとぷすとーっぷ!なんでこの親子は勝手に険悪な感じになるんですか!」
瑠和が入ろうとした二人の間に、かすみが入っていく。
「かすみちゃん…」
「かすみには関係ないわ!そもそもなんでかすみがママと一緒にいるわけ!?お肉で買収でもされたの!?」
「そうなんです~、お肉おいしかったです~じゃなくってぇ!二人ともちゃんと話し合ってください!!嵐珠先輩は思い込みが強すぎです!ママさんは言葉が足りなすぎです!まずはママさんから!しっかり説明してください!」
自分よりずっと年齢も人生経験も浅いであろう少女に確信を突かれ、嵐珠母は一瞬たじろぐ。
「ほら!」
かすみに促され、嵐珠母は真意を嵐珠に伝え始める。
「アナタをひいきするつもりはなかったのよ?大体、不正なんてしなくたってあなたが一位を取れることくらい、よく知ってる。私の娘だもの。余計なことをして誤解させちゃったみたいね」
「誤解……?」
「そうなんです!嵐珠先輩が思ってるようなことは、一つもなかったんです!」
「アタシの………はやとちり?」
「そういうことです。ほら、嵐珠先輩」
かすみに背中を押され、嵐珠は嵐珠母の前に出る。嵐珠母の本当の気持ちを初めて聞かされ、こんなに母と正面から向き合うのは初めてだった。
「ごめんなさい、ママ…」
「わたしこそ……悪かったわ」
ちゃんと和解した親子の姿を見てかすみも笑顔で親指を立てた。
「合格です♪」
その様子を、瑠和は驚いた顔で見ていた。
「驚いたな………かすみちゃんにこんな適性があったなんて…」
「大切な仲間とぶつかってしまったことがあるかすみさんだからこそ、きっと、二人の間を取り持てたんだと思います」
「………信じているんだな。かすみちゃんのこと」
「はい。大切な親友ですから」
「……」
―国際通り―
それから、瑠和は嵐珠としずくに挟まれ、国際通りを散策していた。とりあえず直近で考えなければならないことは終わり、嵐珠もしがらみがなくなったことでようやく純粋に楽しみ始められたのだ。
「先輩、はいあ~ん♪」
「あ……あのさ、さすがに人目が」
「気にしないでいいのよ!ほら、嵐珠のも食べなさい!!」
瑠和の両腕はしずくと嵐珠に抱かれているせいで完全に動きが制限されている。そんなとき、背後からものすごいオーラを感じた。
「!」
「瑠~和~く~ん?」
恐る恐る振り返ってみると、そこには笑顔だが完全にブチギレているであろう彼方がいた。
「あ……彼方さん」
「両手に花で随分いい思いしてるんじゃない?嵐珠ちゃんも随分機嫌よさそうだねぇ~降りるんじゃなかったの?」
「ええ、もう大丈夫よ…………彼方、ちょっといい?」
嵐珠は急に真面目な顔になり、瑠和の手も放して言った。その態度に彼方も真剣な表情になる。
―愛のシーサー公園―
嵐珠たちはそのまま国際通りを抜けた先にある。愛のシーサー公園へ来た。そしてその噴水の前に彼方と嵐珠は立つ。二人は噴水を眺めたまま話し始める。
「ずっと、伝えたかったことがあるの」
「なぁに?嵐珠ちゃん」
一呼吸おいてから、嵐珠は話し始める。
「彼方。アナタには負けないわ」
「……彼方ちゃんに…?」
彼方は嵐珠の伝え方に疑問を持った。他のメンバーにでも、彼方「たち」でもなく、彼方に負けないと嵐珠は言ったのだ。
「彼方、わたしはあなたを尊敬している。あたしは小さい頃から一流の教育を受けてきたわ。だから、日本に来る前、あなたに……いいえ、同好会の誰にだって負ける気なんてなかった。でもあなたはあたしに勝った。スクールアイドルとしても、女としても」
「…」
「最初は納得いかなかったわ。どうしてあたしが?って。でも、瑠和があなたを愛したのは、そんな目に移ることだけじゃない。私はそれを知った。そんな強さを持ったアナタと、仲間なだけじゃアタシは物足りない。アナタのことをもっと知って、戦って、高め合いたい!エマと天みたいに!」
「どうして………今なの?」
ずっと競い合うタイミングはあったはずだ。それなのに、嵐珠はこれまでに瑠和が視力を失ったときくらいしかまともに勝負らしい勝負はしてこなかった。
なぜいま勝負を求めてきたのか気になったのだ。
「恥ずかしい話、積み重ねてきた時間も含め、あなたに勝てなかった部分があった。はっきり言って、勝負をするまでもなく嵐珠の負けだった」
嵐珠ほど負けず嫌いの人間が負けをあっさり認めた。それほど近江彼方という少女が持っていたアドバンテージは大きいとわかっていたのだろう。
瑠和を審判にしたとき、きっとどんなに頑張っても勝てないってことをわかっていたのだろう。
「でも、今はそれがなくなった…………今度こそ、正々堂々あなたと戦えるから。あの日、私の宣戦布告に、あなたは返事がなかった。その後五人の前で返事はくれたけど………でも、今改めて思ったの。私はやっぱり、あなたと戦いたい!あなたにだけは、負けたくないって!だから、もう一度聞くわ!」
嵐珠は拳を彼方に突き出す。
「嵐珠たちに取られるのが嫌なら、必死に繋ぎ止めなさい。これは競争よ。最後の、嵐珠たちと彼方の!」
シーサー像をライトアップする光が、夕日ように嵐珠を照らす。その姿はあの日の嵐珠の姿と全く同じだった。果林から聞いた通りだ。
(嵐珠の性格だもの。ただあなたや瑠和が傷心しているところに付け入って瑠和を奪っていく………なんて結末、望んでないでしょう。だからあなたに、ライバルとして……女として………スクールアイドルとして、戦ってほしかったんじゃないかしら)
嵐珠は戦いたかったのだ。瑠和を愛する心も無論本物だ。しかし、互いに意識しあい、ライバルとして彼方と戦いたい気持ちも本物だった。
彼方は小さく微笑む。
そして、彼方は嵐珠に向けて拳を突き出す。彼方の拳と嵐珠の拳がこつんとぶつかる。
「受けて立つよ、嵐珠ちゃん」
―パレットスカイガーデン―
「いい景色ですねぇ」
「そうだな」
瑠和としずくは嵐珠と彼方が話している間付近の商業施設、パレットくもじの屋上ガーデンでデートをしていた。
「瑠和く~ん!!」
そこに話を終えた彼方と嵐珠がやってきた。
「彼方さん、嵐珠。話は終わったんですか?」
「うん♪さ~て、しずくちゃん?散々瑠和君とデートしてるから、そろそろ彼方ちゃんと交代でいいよねぇ?」
「何をおっしゃっているんですか?そもそもじゃんけんで買ったのは私なんですから、今日一日は…」
瑠和の腕を抱きながらしずくが彼方とバチバチ始めようとしたとき、彼方の後方でミズハがこちらに手招きしているのが見えた。ミズハの誘いを断って、このまま彼方と戦う選択肢もあった。しかしミズハは、いつも的確なアドバイスをくれることを思い出す。
「…………わかりました。いまだけは譲ってあげます」
「およ?珍しいねぇ」
「まぁ、たまには彼方さんにもいい思いさせてあげないと。どのみちグランプリが終わった後じゃ、隣に入れませんし」
挑発するように捨て台詞を残し、しずくは瑠和から離れ、ミズハのもとに向かった。
「言ってくれるねぇ…………瑠和君」
彼方はしずくの姿が見えなくなってから瑠和の前に来た。夕日に照らされる彼方の顔は、少しだけ赤くなっている。
「……どうしました?」
「これ、覚えてる?」
胸にかけられていたペンダントを瑠和に見せる。
「………いえ」
「君が彼方ちゃんの誕生日にくれたペンダントだよぉ。服飾同好会の子に教わって、この世に一つだけのネックレスを作ってくれた………彼方ちゃんの宝物なんだぁ」
いつも大人な感じのする彼方が珍しく幼い少女のような表情でにやけながらペンダントを優しく握る。
「………彼方さん」
「これもらった時、彼方ちゃんすっごくうれしかったんだぁ。これだけじゃない。アナタが作ってくれた料理も、思い出も、時間も、アナタがくれたものは彼方ちゃんにとって全部が特別」
「…」
「彼方ちゃんは、同好会に来てからわがままさんになっちゃったんだ。だから、瑠和君に一つだけわがまま言っていい?」
彼方の視線に、瑠和は目をそらした。
ミアの手も、嵐珠の手もつかみ損ねた。それどころか、親子喧嘩一つ止めることができなかった。そんな自分に、彼方の期待に応えられる自信がなかったのだ。
「……………今の俺に……できることなんて…」
「ステージ、作ってほしいんだ。ほら、言ってたでしょ?誘われたって」
「…………」
(今の俺にできるのだろうか。ステージ作り、前の俺は何度かやったことあるみたいだけど、今の俺にできることなんて……でも)
瑠和は彼方の顔を見る。笑顔だ。だが、その裏に隠された不安の色もしっかりと今の瑠和には見えていた。きっと瑠和に断られる可能性も十分に考えているのだろう。
そんな顔をする彼方を、瑠和は放っておけなかった。瑠和自身がお人好しだからか、それともその不安に満ちた表情をいつか見たことがあるからか。
「…………俺………は」
それでも、返事ができない。瑠和自身、何が判断を鈍らせているのか、全くわからなかった。だから必死に言葉を繋げようとする。だが、言い訳も、決断の言葉も、出てこない。
「怖いんですか?」
「え」
背後から声がした。振り返るとそこには栞子がいた。
「栞子ちゃん…」
「怖い……?」
「今のアナタの顔からは、恐怖の色が見えます」
「…………………恐怖…」
瑠和は栞子にそう言われて、ようやく決断を鈍らせている原因を理解した。
怖いのだ。自身が歩を進めることが。
自ら新しい道を作り出し、歩いていくこと。それはすなわち、記憶を失う前の自分の人生、そして同好会と歩んできた時間を無下にしかねない行動だ。
「そうだ、怖いんだ。俺が歩む未来が……見えなくて進んだ結果、どうなるかわからなくて」
「…瑠和君」
瑠和の顔を見て、栞子は決意を新たにする。もともと、そのつもりで来ていた。
「瑠和さん。見ていてください」
E N T R Y
MIFUNE SHIORIKO
「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会一年、三船栞子の舞い、とくとご覧ください!」
「栞子…」
栞子がエントリーし、曲が始まった。
「いとしき夢よいざないて…………」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
曲が終わった。
息を切らした栞子は深呼吸をして呼吸を整えながら瑠和に近づく。
「私も、自分に適性のないことを始めるのは、怖かったんです。そんな時、背中を押してくれたのは、アナタなんですよ」
「栞子……」
「瑠和さん、今のアナタの目指す景色は、夢は何ですか?」
「俺の………」
少し、考える。目指すべき景色なんてわからない。ずっと、周りに振り回されていたせいか、いつの間にか瑠和自身がやりたいことがなくなってしまった。
自分がやることは、不平不満が出ないように選ぶこと。
そんな考えになってしまっていた。自分がいま、やるべき事。いいや、やりたいこと。
瑠和は彼方の顔を見る。彼方の顔からはまだ不安の色は消えていない。記憶を失ってから彼方の笑顔なんてほとんど見たことはないのに、なぜか瑠和は彼方に笑っていてほしかった。
(自信なんてない。それでも、俺は)
その時、瑠和は頭に電撃が走ったように感じた。
刹那、一瞬だが瑠和の脳裏に彼方の笑顔が蘇る。ありえない。見たことのない景色だ。だが、はっきりと、明確にその笑顔は、瑠和の頭に刻みついた。
(………この人の笑顔を守りたい)
「彼方さん。特別なものを作る自信なんてありません。才能があるかなんてわかりません。それでも、構いませんか?」
「瑠和君…………うん、もちろんだよ!」
「わかりました………自信はありませんが、最高のステージを作れるように頑張ります!」
記憶を失ってから初めての瑠和の決断、決意の瞬間だった。その言葉を聞いた瞬間、彼方は満面の笑みになって、その表情を曇らせていた色を弾き飛ばした。
「うんっ!」
―区役所前―
しずくはミズハに連れられ、パレットくもじから一旦離れ、近場の区役所前に来ていた。この間もらったアドバイスのこともあり、ミズハと話せば何かいいアドバイスがもらえるんじゃないか、そんな気持ちでこちらに来ていた。
「どうしたの?ミズハさん」
「いい、落ち着いて聞いてくださいね?嵐珠さんと彼方さんは、この後、ライブをやるんです。それを聞いたらきっとあなたなら、「自分も」と言いかねない状況だったので」
刹那、ミズハのもとに来たことを後悔する。そんな話があるならあの場に残るべきだったと。
「そ、そんなの決まってるじゃない!ていうかそんな話してたならすぐに私も出るって伝えに…」
「待って。ここは二人にやらせてあげましょう?果報は寝て待てと言いますし、ね?」
言っている意味が分からなかった。嵐珠と彼方が正面からぶつかるなんてそれはもう頂上決戦だ。同好会内で唯一全員が認知している二人の対決に乗り遅れれば、自分等簡単に吹き飛ばされてしまうとしずくは考えていた。
「なんで………あの二人がライブをやるってことはきっと本気をぶつけてくるはず……ここで何もしなかったら!」
「安心してください。必ずチャンスはやってきます。ここであなたが戦わないことが一番いい思いをできるかも、ね」
じんわりと、汗が出てくるのを感じた。これは、暑さから来るものではない。ミズハの不気味さからくるものだった。初めて会った日から、どこか不思議な雰囲気だったが、まるで自分たちの実情と内心を、見透かしてくるような言動。それは今は不気味さに変わってきている。
「…………どういうこと…?あなた、いったい何なの…?」
「言ってるでしょ?ただのファン。まぁ、私の言うことを、信じるも信じないもあなた次第。だけどこれだけは知っておいてください。もしこの戦いに参加すれば、確実にあなたは打ち負かされる」
「……」
さらに続けて、ミズハは一言言った。
その言葉に、しずくは驚愕した。
続く
虹乃アスカ(天王寺明日和)
24年後の未来から来た天王寺瑠和と天王寺彼方(旧姓近江彼方)の娘。虹ヶ咲のファーストライブ後に未来に帰ったはずだが何故か再びこの時代に来ている。ミアを助けるために関西へ向かったが、あまり助けようとしている素振りが見えない。何かしら目的があるようだ。
錦ミズハ
同好会のファンを名乗る少女。悩むしずくの前に現れ、しずくの背中を押すようなアドバイスをした。何故か瑠和にキスをするなど、口調に似合わない過激な行動を行う。
トウカ
璃奈の前に現れたフルフェイスを被った少女。璃奈と同等かそれ以上の技術力を有している。璃奈の内心を読み取り、今回の競い合いに参加させた。瑠和の前に現れ、璃奈を愛することの重要性を説いた。
ランカ
沖縄で瑠和の前に現れたいかにもお嬢様な少女。嵐珠を推している?
L.U.K.A(ルカ)
SIGPXで一位を牛耳る謎のスクールアイドル。ルカが本名ではないらしい。