彼方の近衛   作:瑠和

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前回は彼方と嵐珠の一騎討ちが決まったタイミングで終わりましたが、その裏で大阪で何が起きていたかの話です!

感想お待ちしてます!


第六楽章 択ぶ

―SIGPX大阪三日目 夜―

 

 

 

沖縄で嵐珠と彼方の一騎打ちが約束された裏で、歩夢と現直のすれ違いが大阪では起きていた(完結編第四楽章参照)。歩夢と一緒にいる空気に耐えられなくなった果林は用事もなくコンビニに出かけたのだ。

 

「さて、どうしましょうかしら」

 

特に用事もないのに来たコンビニで果林は何を買っていこうか悩む。何か買ってくるといった手前、手ぶらで帰るわけにもいかない。しかし、果林は普段コンビニでお菓子を買ったりだとかそういうことをしないので、何を買うべきか悩んでいるのだ。

 

「…雑誌でも………いいのがないわねぇ」

 

「じゃあ、こちらでもいかかですか?」

 

急に声をかけられた。聞き覚えのない声に、果林が驚いてそちらを見るとそこにはルカがいた。そしてその手には果林の好きなお菓子がもたれている。

 

しかし、果林はその素顔に会ったことはなかった。

 

「………あなた…誰?」

 

「ああ、素顔でお会いするのは初めてでしたね」

 

そういってルカはライブで使っていた仮面を取り出し、自分の顔につける。

 

「あ………あの時の!」

 

 

 

―公園―

 

 

 

二人は公園に移動した。ルカが話があると言って誘ったのだ。二人は公園のベンチに座って一つのお菓子を分け合う。

 

「で、話って何?」

 

「同好会で男性の取り合いをしてるとか………あなたは参加しないのかなって」

 

「…………へぇ、よく知ってるじゃない」

 

「ちょっとした伝手がありまして」

 

伝手とは言うが、そんな内部事情まで細かく知っているのはどういうことだろうと果林は少し訝しむ。しかし、それをいま考えたところでどうにかなるものではないし、果林は正直どうでもよかった。

 

「…そう。私はね、一撃で決めたいの」

 

「一撃?」

 

「ええ。しずくちゃんや嵐珠のように積極的にアピールしに行くのも悪くはないけど、それは自分への自信のなさの表れじゃない?だから私はここぞというタイミング。一撃ですべて突き崩して見せる…………………………なんてかっこいいコト言えたらよかったんだけど」

 

「どういうことですか…?」

 

「…………正直、あんまり乗り気じゃなかったのよ。でも、一度でいいから、本気でみんなと争い合ってみたかった。私たちって、どこまで行っても。仲間でライバルだから…」

 

果林は本気の競い合いの場を一度でいいから設けてみたかった。だが、それは同好会の中だけではきっと叶わない。なぜなら仲間でライバルという関係は、素敵な関係ではあるが仲間という枷が生まれ、真正面からぶつかり合うことがないのだ。

 

「……なるほど。その二律背反のせいで勝負に出れなかったと…」

 

「正直、瑠和を奪うって宣言したのも、彼方を奮い立たせるためって言ったらそこまで私はもう、負けたから」

 

嵐珠の時とは違い、果林は競い合うまでもなく完全に敗北した。その時から、すでに瑠和を取り返そうという気持ちはほぼ消えていると考えていた。

 

そんな果林を見かねてルカは小さなため息をつく。

 

「それでも、好きなんでしょう?」

 

「…………それは……」

 

ルカは果林のポケットからスマホを抜き取り、電源をつける。

 

「あ、ちょ…」

 

「これは未練?それとも希望?」

 

果林のスマホのロック画面の壁紙。それは、果林と瑠和が付き合っていた短い期間で唯一撮ったツーショットの写真。それを突き付けられ、果林は目を逸らす。

 

完全に失っていると果林は思い込みたかったのかもしれない。また、スクールアイドルフェスティバルの時のような悲しみを背負いたくないから。

 

「………それは」

 

「私は、あなたがとても素敵な女性だと思います。子供らしいところも含めて。だから、一度全力で」

 

「あ、果林さん!」

 

そこにたまたま歩夢がやってきた。歩夢の声が聞こえた瞬間、ルカは言いかけた言葉を飲み込んで黙った。

 

「歩夢」

 

「中々帰ってこないし、連絡も着かなくて心配したんですよ!」

 

「ああ、ごめんなさい…少し話し込んじゃって」

 

そういって果林はルカの方を見た。果林の隣にいる人物がルカであると気付いた歩夢はハッとし、少しルカを敵視する眼差しに変わる。

 

「…………こんばんは歩夢さん。お昼ぶりですね」

 

「ルカさん……」

 

「あら、もう会ってたの?」

 

果林は歩夢と現直の痴話げんかの理由を聞いてはいたが、その場にルカがいたことまでは聞いていなかったので二人が知り合っていたことに驚く。

 

「クスッ、怖い顔。嫌われちゃったかしら」

 

「……………いえ……その」

 

言いたいことがありそうな顔だ。しかし歩夢はそれを口には出さずにいる。顔を見ればそんなことはすぐにわかるくらいにはだ。

 

「………そうやってあなたも、ぶつかり合うことに恐れて、何もしないの?」

 

「っ!」

 

確信を突かれ、歩夢は言葉に詰まる。ルカとしてはかまをかけたつもりだったが、歩夢が言葉を詰まらせた様子を見て、「やっぱりね」というような顔をする。

 

「あなたがあの時、「私に」何も言わなかったのは、誰かとぶつかるのを恐れているから。だから恋人に当たることしかできなかった。そういうことでしょう?」

 

「……………」

 

「そんなことで、仲間でライバルなんて言えるのかしら」

 

「っ!」

 

その言葉は、歩夢を通して果林に言われてる気がした。歩夢は図星を突かれ、それ以上ごまかしきれなくなってしまった。果林やルカ、そして自分の気持ちにも。

 

「…………………同好会のみんなも、グランプリに参加しているみんなも自分らしく競い合って、気持ちを通わせている……侑ちゃんや私だけじゃなくて、みんなも変わっていく」

 

歩夢は胸の内に秘めた思いを吐露した。現直にも言えなかった不安な気持ち、今回のグランプリに前向きになれなかった原因を。

 

「……」

 

「私たち時間が進むたびにいろんなものが変わっていく。元々バラバラだった私たちが、本気で競い合ってお互いの心をぶつけ合ったらその先はどうなるのかわからないの…………もしかしたら本当に」

 

「それでもみんな、進み続けるんだよ」

 

声がした。

 

ハッとして振り返ると、そこには侑がいた。唐突に現れた侑にルカは驚いた。

 

「高咲侑…」

 

「侑ちゃん!どうして!」

 

「ホテルに向かってる途中だったけど。たまたま…………ね。歩夢が様子おかしかったのはそれが理由だったんだ。現直君心配してたよ」

 

「………現直君が…」

 

その言葉で、現直が連絡したから侑がここにいるんだということを歩夢は理解する。

 

「怖いよね。でも、私は思うんだ。私たちにはたどり着く場所なんていらない。ただ進み続けるだけでいい。だって、止まらないかぎり、道は続くんだから」

 

「進み続けるだけでいい…………」

 

侑の言葉に歩夢はなにかヒントを得たようだった。少しだけ誰かと競い合うことに、前向きになったような空気を感じたルカは歩夢に歩み寄る。

 

「私はね、歩夢さん。アナタと戦えるのが、すっごく楽しみだったの」

 

意外なルカの言葉に歩夢は驚く。

 

「………どうして?」

 

「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の原点。そして、スクールアイドルを広めるために海を渡ったのは他のスクールアイドルにはない功績。そんなあなたと競い合えるなんて、スクールアイドル冥利に尽きるじゃない」

 

「………私と」

 

「私のこのドキドキは、変なことかしら?上原歩夢さん?」

 

そうか

 

競い合う。その先に見える景色だってあるのだ。そして今、自分と競い合いたいと言っているのは、グランプリが始まって一位をキープしている実力者。同じ道を進むライバルとして、仲間として、胸を高鳴らせない道理があるだろうか。

 

「…………私も、ドキドキしてる。ルカさんとぶつかり合って、もっともっと先に進んでみたい!」

 

ルカは手を差し出す。歩夢はそれに答え、ルカの手を取った。

 

「…………戦う理由、できましたね。現直さんに「本当の想い」伝えてきたらどうですか?」

 

「………ありがとう!行ってくるね!」

 

歩夢は走る。こんなに健やかな気持ちで走るのは、あの日、せつ菜にエールを送られ、侑やみんなに気持ちを伝えにいったとき以来だ。

 

 

 

ーホテル 現直の部屋ー

 

 

 

現直の部屋のチャイムがなる。現直は依然壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返すだけの機械になっていたので良久が出る。

 

「はい、どちらさ」

 

「現直君!」

 

「うぉあ!歩夢!?」

 

ドアを開けた瞬間、歩夢が部屋に飛び込み、良久は押し倒される。

 

「良久君!現直君に変わって!」

 

「い、いや、アイツいま…」

 

「いいから!」

 

「…わかったよ………………終わった終わ……歩夢さん?」

 

相変わらずネガティブな状態だったが、目の前に歩夢がいることに気付き、さすがに元に戻る。

 

「現直くん、ごめんね………わたし、他の誰かとぶつかることが怖くて、あなたに当たることしか出来なかった………本当に最低だよね」

 

「…………いえ。僕も、少しデリカシーがなかったかもしれません」

 

歩夢の中でなにかが解決したのだと言うのが現直にはわかった。現直倒れたまま歩夢の背中に手を回し、抱き寄せる。

 

「……………ひとつだけ聞かせて?ルカさんに近づいたの、どうして?」

 

紳士的な対応はある意味いつも通りの現直ともとれるが、ルカに対しては妙に親密な挨拶をしていたように見えた。それが歩夢を余計に嫉妬させる要因にもなったのだが、なぜ、そうしたのか、そこがどうしても気になって歩夢は尋ねた。

 

「歩夢さん、少し様子がおかしかったので………もしかしたらパフォーマンスで悩まれてるのかと思いましたので、一位の方から何か学べれば…と」

 

「そっか…じゃあ余計に私が馬鹿なだけだったね」

 

「いえ、アナタの気持ちに気付けなかった僕の未熟さ故です」

 

「ううん私が……」

 

「めんどくせーよ互いに悪かったでいいだろ」

 

二人で譲り合いが始まりそうになった時、良久が間に入って言った。それを聞いた歩夢は悲しそうな表情から一変、頬が緩んだ。

 

「………そうだね。ねぇ、きっと現直君のこと、すっごく傷つけたよね?」

 

「え………………まぁ」

 

そこに関しては遥やクリスティーナに見られてしまったので否定しようがない。濁しながらも現直は肯定する。歩夢は現直の頬に手を置くと、そのままキスをした。

 

「ん………」

 

「歩夢さん…」

 

「本当だったら、恋人としてのやり方であなたに返すべきだって思う。でも、私は……スクールアイドルでもあるから……」

 

そのまま行為が始まろうというくらいの時、歩夢は立ち上がる。まさかここで歩夢が立ち上がると思っていなかった現直は少し驚く。

 

「歩夢さん?」

 

「一緒に、来てくれる?」

 

歩夢は手を差し伸べた。驚いていた現直だったが、歩夢の眼を見て小さく笑った。

 

「………はい。どこまでも一緒に行きますよ」

 

 

 

―駅前ステージ―

 

 

 

「お待たせ!」

 

歩夢は現直を引っ張りながらステージに到着した。すでにだいぶ遅い時間ではあるものの、スポットライトに照らされたステージは煌々と輝いていた。

 

「こんな時間でもステージが開いているのね」

 

「新ステージが開設されるほど、スクールアイドルが押しかけているのだもの。安全上や騒音問題を考慮したホテル付近のステージだけは新ステージが完成するまでの間使用可能になったそうよ………さて歩夢さんが準備している間に」

 

すでに衣装を身に纏っていたルカはマスクを被り、立ち上がる。最初に果林たちの前でライブしたときのように仮面を着けているルカを見て、果林は純粋に疑問を持った。

 

「ところであなたどうしてマスク被っているの?」

 

「………やむにやまれぬ事情ってやつよ。さぁ始めましょう!」

 

 

E N T R Y

L.U.K.A

 

 

「私のステージに、酔いしれなさい!」

 

ルカのステージが先行で始まる。

 

相変わらず圧倒的なパフォーマンスで圧倒し、美しいを超え、芸術的な歌声であたりの空気すら揺らす。その威圧に、以前は圧倒されていた歩夢だが、今は違う。そのステージを見ながらむしろこれまでないほどの闘志を燃やしていた。

 

ルカのステージが終わる。それと同時にステージのライトが消え、真横のステージがピンク色のライトで照らされる。

 

いつもの女の子らしい衣装から一転、高貴な装いでライトに照らされる。

 

「一人でも、一人じゃない。心はいつだって傍にいるよ!信じて、未知なる明日へ……」

 

歩夢は歌う。圧倒的なパフォーマンスしたルカに恐れを抱かず、ただ進み続けるために。進むための歌。現直はそれを聞きながら、胸に手を置く。

 

「……♪」

 

いつの間にか、あたりには観客が押し寄せていた。このグランプリの中で一位の座を譲らないスクールアイドルと、ソロスクールアイドルの中では有名な虹ヶ咲のタイバンだ。人が来ない理由がない。

 

その歓声を聞いたルカと歩夢は共にステージの中央に立ち、手を繋いで空に掲げた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「心はいつだって傍に……か」

 

「どうかしたの?」

 

ここはホテルにある現直の部屋。現直の独り言を、シャワーを浴び終えた歩夢が反応した。今は深夜。ライブを終えた歩夢と現直は二人きりになる選択をした。

 

この後起こることなど、ほとんど決まっているようなものだ。

 

「ふぅ……たくさん汗かいちゃったから、気持ちよかった♪」

 

歩夢はバスタオル一枚で現直の隣に座った。

 

「俺は汗をかいたままでもよかったんだけどな…」

 

「女の子の心がわかってないなぁ、もう」

 

「すいません。デリカシーのない人格で」

 

「いいよ、そんなあなたの全部が、大好きだから」

 

歩夢はそう言いながら顔を近づける。二人はなんの照れも、恐れもなくキスを始める。ら現直と歩夢はキスをしながら互いの身体を弄る。

 

「ん………電気、消す?」

 

「消さないよ。歩夢の身体を、顔を誰より近くで見れるのは、僕の特権なんだから」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

◆―数週間前―◆

 

 

 

ここで話が少し戻り、瑠和が記憶をなくした日に遡る。

 

「………ん…あれ?」

 

少女が目を覚ますとそこは、冷えた夜風の吹きすさぶ屋上だった。少女は起き上がり、辺りを見回すと、そこが虹ヶ咲学園の屋上であることを理解する。

 

「………虹ヶ咲…なんで私がこんなところに……?昨日は家で寝たはず…………!?」

 

少女は夢の大橋方面に視線を向けたとき、あるはずのない光景を目にし、驚愕する。

 

「あれって…観覧車!?私がいた時代には既に取り壊されてる筈なのに……ってことはまさか!?」

 

少女はすぐに校舎の方へ走った。既に閉められた校舎には入れないが、窓から校舎内の掲示物は辛うじて見れる。その掲示物の写真に写っている虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のメンバーを見て、状況を完全に飲み込んだ。

 

「やっぱり………ミニライブの告知にエマさん、果林さん、彼方さんがいて、アイラさんがいるってことは………ここは24年前…またこの時代に来ちゃったってことぉ!?」

 

そう、少女の名は天王寺明日和。24年後に虹ヶ咲へ入学する、彼方と瑠和の娘だ。

 

 

 

◆ー翌朝ー◆

 

 

 

とりあえず明日和は夜を近場のカプセルホテルで凌ぎ、朝に登校していく生徒に紛れ、校舎内に入った。

 

「……私が以前ここに来たのは、私自身の意思。お父さんがどんな人か知りたかったから………でも、今回は何も願っていない…石が光った様子もない…………なんでこの時間に」

 

ぶつぶつと独り言を言いながら歩いていると彼方を担いだ愛が廊下を通りすぎるのを見た。

 

「………あれは」

 

様子が気になり、後を追ってみると到着したのは保健室。外で聞き耳を立ててみる。

 

「カナちゃん、すごい顔してるよ?一回休んだ方が……何なら早退したほうがいいよ……」

 

「ごめんね………家にいても……ずっともやもやしてて」

 

「……重傷ね。とりあえず寝なさい。寝られるまで傍にいてあげるから」

 

「ごめんね………ありがとう」

 

(…お母さんの体調が悪い……?でも、それならなんで愛さんと果林さんが…)

 

しばらく誰かが喋る様子がなく、これ以上何も得られないかと思った明日和が去ろうとしたときに、再び愛と果林の話し声が聞こえた。

 

「やっと寝たみたいね」

 

「それにしても、記憶喪失なんてね~。愛さん、アニメとかドラマの中の話だけだと思ってたよ~」

 

「……問題は、この先どうなるか、よ。瑠和の記憶が戻ればそれでよし。戻らなければ…」

 

(お父さんが記憶喪失!?どういうこと!?)

 

明日和は彼方越しに同好会で起きた出来事は大体聞いているし、記録も読んでいる。だが、瑠和が記憶を失ったと言う話しは一度も聞いたことがない。そんなことがあったら間違いなく彼方から聞かされている。

 

「………」

 

明日和は保健室を後にし、生徒会室に向かった。

 

 

 

◆―生徒会室―◆

 

 

 

今は授業中なので当然生徒会室に誰もいない。明日和はPC生徒会長の机のPCを起動させる。

 

(栞子さんが生徒会長になってから校内で起きたことをせつ菜さん以上に事細かく記録していたはず。朝、こっちに来る時間があったとしたらあるいは……)

 

校内で起きたトラブルなどを記録しているファイルを開くと、今日の朝が最終編集時刻になっているファイルを見つけた。開いてみると、「天王寺瑠和ここ一年の記憶を喪失。原因不明。交際中の近江彼方の言動に注意」と書いてあった。

 

「…………本当に記憶喪失……未来の生徒会室で見た記録にはこんなこと書いてなかった……」

 

明日和は直感する。過去が変わり始めていることを。

 

「…私が、過去に来たせい………?」

 

 

 

◆―放課後―◆

 

 

 

放課後、明日和は合宿所にこっそり入り込み、そこで夜を明かすことにした。暖房などは使ってしまうと色々まずいため、布団を重ね掛けして寒さをしのぐ。

 

「…………」

 

(私が過去に来たことが原因で、過去が変わったのだとして………なぜ私がここにいるのか……)

 

そこの因果が分からない。誰かが願ったのか、それとも別のことが要因しているのか。だが、ここに来たということは何かしら役割があるのだろうと明日和は考える。

 

(………私のせいだとしたら、私は責任を取らなければならない………自分の存在…………私がいた未来を日定位することが……責任の取り方?)

 

わからない。なぜ過去が変わったのか、自分の身に何が起きているのかも。

 

そんな時、合宿所の廊下から足音が聞こえてきた。

 

(えっ!?ひょっとして警備員の人!?どうしようこんなことバレたら………)

 

慌てて片付けようとするが、間に合うはずはない。どうしようかと考えているうちに扉を開けられてしまった。

 

「あ、あの違うんです!私、きょうここに泊まらなきゃいけなかったのに申請を出し忘れてしまっただけで!どうか今日だけは見逃して………え?」

 

慌てて言い訳を並べるが、黙ってこっちを見ていることに違和感を感じた明日和が扉の方を見る。そこにいたのは警備員ではなく、目を光らせる謎の黒い影。考えもしない存在の登場に、明日和は驚いて声を上げた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 

 

◆-翌朝-◆

 

 

 

「………」

 

少し時間が経った。あれから明日和の身に色々あった。その詳細に関してはまだ語る時ではない。そして、明日和は授業中の学校から出てパレットタウン前にいた。

 

「はぁ、はぁ」

 

そこに青海駅から下りてきた瑠和が走ってきた。瑠和はかなり急いでいる様子だったが、明日和を見ると足を止める。

 

「君は…虹乃アスカ……ちゃん?」

 

偽名ではあるが、自分の名前を知っていることに明日和は驚いたが、同好会メンバーからこれまでの話を聞いたのであれば、知っていてもおかしくないと思った。

 

「………そう。知ってるんだ。誰かから聞いたのかな?」

 

明日和は少し悲しそうな顔をした。父親から娘が忘れられたなんて事態、悲しむ以外選択肢はない。

 

「うっ!」

 

刹那、瑠和は頭を押さえてよろめく。

 

「おと………っ!瑠和さん大丈夫!?」

 

よろめいた瑠和を明日和が支える。

 

「だ、大丈夫………信じられないかもしれないけど、俺いま記憶喪失なんだ。そのせいか、頭痛が…」

 

「うん、聞いた。ほら、水飲んで」

 

明日和は持っていた水を瑠和に渡し、近くのベンチに座らせる。

 

「大丈夫?」

 

「ああ………落ち着いた」

 

「…やっぱりそうなんだね」

 

明日和はなんとなく瑠和が記憶を失った原因を理解した。いや、本当は理解していたが、再確認したという言い方が正しいだろう。

 

記憶を失った原因が、自分にあるということを。

 

「……なんか、いなくなったって聞いたけど」

 

「いなくなってないよ。学校にはいる。ちょっと格好変えてるけどね。おとう……瑠和さんが記憶失ったって聞いて心配してまたこの格好でいるだけだよ」

 

「そうか………心配かけてごめんな」

 

「………瑠和さんは、いま、幸せ?」

 

「………なんだよ急に」

 

「私はさ、あなたのコト好きだけど、それは親愛の意味。だから、もう同好会とは関わりのない私なら、好きなだけ相談していいんだよ」

 

「………………俺はどうするのが正解なんだろうな」

 

瑠和が悩んでいる原因を、明日和は遠くから観察し、噂話を聞きながら瑠和の現状を聞いていた。

 

「嵐珠さんや、しずくさんのこと?」

 

「お見通しか……いや、それだけならまだ良かった。問題は、璃奈だ」

 

「そっか…」

 

はっきりとは言わなかったがその言葉が何を意味しているのか、明日和は理解した様だった。

 

「………驚かないんだな」

 

「うん、見ててなんかわかってたから」

 

「女の勘ってやつか」

 

「そんなとこ…」

 

「…………」

 

少し、沈黙が流れる。

 

明日和はここにある決意をしに来ていた。それは、明日和にしかできないことであり、同時にかなりの覚悟が必要なことだ。

 

しかし責任は取らなければならない。記憶を失わせてしまったのは自分であるからだ。そしてそのしわ寄せを食らったのは自分の両親である。

 

両親である瑠和も彼方も、とくに彼方は悩み、考え抜き、苦しい道を選んだ。培った時間が長ければ長いほどそれを失う恐怖はひどいものとなる。

 

その恐怖を解消できる方法は瑠和につかず離れずいる方法だったはずだ。しかし、彼方はそうしなかった。記憶を失ったという事実を受け入れ、時間が経って結果を見守るだけの道を。

 

ならば、自分もその時だ。

 

決意するときだと思った。

 

「瑠和さん」

 

明日和は瑠和を思いっきり抱きしめた。

 

「アスカちゃん………君もやっぱり」

 

「そうじゃないよ。だから言ってるじゃない。私は親愛の意味で好きなだけって………………聞いてほしい言葉があるの」

 

「?」

 

「あなたは、自由に生きていい。自由に好きな人を決めていい。血の繋がりも、元カノだとかそんな関係も全部忘れて。それがきっと今のあなたに必要な事………………私が許すよ」

 

それは、明日和が生まれる未来を捨てることにもつながる言葉だった。つまり明日和は自身の命を賭けて瑠和の自由を許したのだ。

 

当然瑠和はこの言葉の意味を100パーセント理解してはいない。いないのにも関わらず、瑠和の頬に熱いものが伝った。

 

「…………なんで」

 

「もぉ………こんな時まで優しいんだから。全部忘れてるくせに」

 

「…………」

 

何も理解していないのにも関わらず瑠和は重荷が降りた気がした。それは、きっと深層心理に残った責任感と罪悪感が明日和にそれを言われることを望んでいたのだろう。

 

「じゃあね。私が伝えたいことはそれだけ!」

 

明日和は瑠和から離れ、駆けて行ってしまう。瑠和は慌てて追いかけようとした。

 

「明日和!ちょっと待……」

 

明日和の決めた事。

 

それは、せめて彼方と瑠和が何の隔たりもなく愛し合えることををサポートすることだった。

 

だが、他から言い寄られている以上、瑠和はその性格から彼方だけを愛することは難しくなるだろう。だから、いったん瑠和の荷を下ろさせたのだ。

 

そのうえで、自分が知っている通りの過去の流れにし、この後再び二人がくっつくことをサポートすることが今の明日和のやるべきことだと考えた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

―SIGP4日目 朝―

 

 

 

朝食を済ませた同好会は、ミアのライブを行うために京都府立図書館前の広場にあるステージに来た。

 

「……」

 

ミアが準備している様子を、アスカは黙って見つめていた。その視線に気づいたミアは小さくため息をついてアスカの前まで行った。

 

「なぁ、アスカ。君はいいやつだ。口は悪いけど、相手を思いやってのことだってのはよくわかるよ」

 

ミアは昨日アスカの言葉で怒って去っていってしまったが、その言葉は確信をついていた。確信をついているからこそ、正論だからこそ不快にさせる部分はあることはミアもわかっていた。

 

「………それはどうも。ミアさんもライブ、頑張ってください♪」

 

アスカは笑顔で言った。端からみれば声援だが、アスカからすれば外郭だけの、中身のない言葉だ。

 

「好き嫌いは置いておいて、僕も君が大事な同好会の仲間だって意識はある。だからこそ言わせてもらうよ。君もその気持ちで昨日僕に色々言ったんだろうし」

 

想定外の展開にアスカはきょとんとする。ミアは意を決してアスカに向き直し口を開いた。

 

「君のその笑顔、正直気持ち悪いよ」

 

その言葉に、アスカは一瞬驚いた顔をして、すぐに笑みを溢す。

 

「アハ、多感な時期ですからねェ。そういうの感じ取りやすいんですかねェ」

 

さっきまでの他人行儀はどこへやら、怪しい笑みを浮かべたまま、ずいっと顔をミアに寄せる。ミアは少し恐怖を感じながらも怖じ気づかず、言葉を続けた。

 

「君は……なんなんだ?」

 

「クスクス、怖い視線。まるで人を化物か何かみたいに………………私は皆さんのこと大好きです。でも、今だけは本心から応援できないんです」

 

「どうして?」

 

「……今はまだ語るときべきではないって……やつですよ。でも、私は同好会の皆さんが大好きです。困ってれば西へ東へ、それこそ沖縄から大阪まで飛んで手を差し伸べます。ですが、今だけは………優しい言葉や、気を使った言い回しはできません」

 

アスカがいま一番大切にしていることは、自分の知っている通りに時間が進むこと。いまのアスカにとって手助けすることは、位置がずれて詰まってしまったドミノをきれいに並べ直すのと変わらない作業なのだ。だから声援に心はこもらない。

 

「…なんか、初めて君の素顔を見た気がする…………言ってることは何一つ理解できないけど」

 

「ミアちゃん、準備できた」

 

話していると、璃奈が呼びに来た。

 

「まぁ、頑張ってください。応援はしてますから」

 

「ああ………」

 

そして、ミアはステージに向かう。その先で何が起こるかも知らずに。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「………」

 

「体調でも悪かったの?」

 

クロエの質問にミアは頸を横に振る。

 

結局、ミアは歌えなかった。ステージに立ち観客を見たときにいた姉の姿を見た瞬間かつてのトラウマを思い出し、歌えなかったのだ。

 

(ちょっと焚きつけ過ぎたので、気合が入って歌えたらどうしようって不安はありましたが、そんなことはありませんでしたね。とりあえずこれで未来はほぼ同じになったはず…)

 

自分の知っている通りの過去になったことで安堵した明日和は、後は見守ることに徹することにした。

 

(あとは璃奈さん……いいえ?ALANさんがライブをやって、ミアさんが見つけ出して……グランプリが立ちいかなくなって、東京で最終戦………あとは見守ればいいだ……)

 

そう思いながら明日和はふとグランプリのアプリを開く。だが、明日和はアプリの情報を見て驚愕した。

 

いまこの時まで不安だったり忙しかったりしてろくに見れていなかったので気づかなかったが、彼方がライブをしていないことにいま気付いたのだ。

 

(…………どうして…私の知ってる限りでは彼方さんは初日にライブを行ってるはず………それがないってことは…すでに過去が変わって…)

 

明日和は焦る。このままでは過去が大きく変わってしまうと。正確には、瑠和が記憶を失い、明日和が過去に来てる時点で大きく変わっているのだが、少なくとも流れは大体同じだった。だが、彼方がまだライブを行っていない理由が問題だ。

 

(もし…………お母さんが諦めてしまっているって場合が………あったら…………)

 

心臓が高鳴る音が聞こえる。自分のせいで過去が変わり、未来が変わり、自分はともかく両親を不幸にしてしまったら。そんなの最大の親不孝だ。

 

ミアとクロエが何か話しているがそんなのは明日和の耳に届かない。

 

「どうかしたの」

 

「うわぁぁぁ!?」

 

一人悩んでいると、果林が話しかけてきた。

 

「あらびっくりした。眉間にしわ寄ってたから、どうしたのかなって」

 

「あ、いえ………お気になさらず」

 

「……………前にも聞いたけどアナタ、いったい何者?」

 

「前にも言いましたが、それは教えられません。私のことを知る機会はいずれ……」

 

そこでハッとする。もしも、未来が変わり瑠和が他のメンバーと結ばれる未来になったとき、自分は生まれなくなる。そう考えたとき、明日和は言葉を止めた。

 

「あ………」

 

「アスカちゃん?」

 

「………………………………いえ」

 

 

 

続く




虹乃アスカ(天王寺明日和)
24年後の未来から来た天王寺瑠和と天王寺彼方(旧姓近江彼方)の娘。自分がいた未来に影響を与えないために、知っている通りの過去にすることを目的としている。

錦ミズハ
同好会のファンを名乗る少女。悩むしずくの前に現れ、しずくの背中を押すようなアドバイスをした。何故か瑠和にキスをするなど、口調に似合わない過激な行動を行う。

トウカ
璃奈の前に現れたフルフェイスを被った少女。璃奈と同等かそれ以上の技術力を有している。璃奈の内心を読み取り、今回の競い合いに参加させた。瑠和の前に現れ、璃奈を愛することの重要性を説いた。

ランカ
沖縄で瑠和の前に現れたいかにもお嬢様な少女。嵐珠を推している?

L.U.K.A(ルカ)
歩夢との競いあいを目的としていたらしいスクールアイドル。まだ謎はありそうだ。
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