公式が作り上げたかなしずという扱いきれてない存在を俺はここまで有効活用してやったぞ。
私が神だ!
―沖縄―
澄んだ空気のおかげで、沖縄の空は青く、美しい海はより美しさを増しているように見える。そんな景色を、瑠和は工事用の黄色いヘルメットを被りながら眺めていた。少し冷たい海風が瑠和の長く伸びた襟足を揺らす。
それと同時に嵐珠母が瑠和の後ろから歩いてきた。
「アナタとかすみちゃんが考えてくれたステージとってもいいじゃない」
「ありがとうございます。色々ミアと一緒に観たステージをもとに、俺が見たいと思ったステージをかすみちゃんと考えました」
「そう………はいこれ」
「…?」
嵐珠母が差し出したのはこのホテルのものと思われるカードキーだ。瑠和の部屋はグランプリ開催中は借りられると聞いていたし、なんの鍵なのかわからず瑠和は頸をかしげる。
「あら、聞いてない?グランプリが始まってから、今作っているあのステージ、それまででアナタの心を動かした子があなたと二人っきりになれる権利を手に入れるって」
「………そんな約束………まぁ、俺もそろそろ決めないとな」
もうグランプリが始まって四日が経つ。それなのにまだ瑠和は具体的に好きな相手が決まっていない。瑠和に好意を寄せるメンバーのことを思い出していると、ふと気になることがあった。
(そういえば、璃奈と果林さん………特に動きがないな……ライブもやってないみたいだし………)
瑠和はアプリを起動し、果林と璃奈のページを見る。昨日は同好会メンバーと一緒に大阪を色々散策していたようだが、それ以降特に動きはない。
「………何枚か、俺に向けたであろうアピールショットがあるが、ライブもやってない………いったいどうしたんだ?」
―ライブ設営 別箇所―
別の場所では、かすみが設営を手伝っていた。かすみが手伝っているのはその能力を嵐珠母に変われたからだ。そんな設営の最中、かすみが施工計画書を眺めながら演出装置をどう置こうか考えていた。
「うーん、ここら辺どうしましょうかねぇ」
その施工計画書に美しい指が置かれる。
「ここに、ライトを追加するのはどうですか?毬型のきれいなやつ」
「ああ!それいいです…………………………………………………誰?」
顔を上げると知らない少女が笑っていた。かすみにとってはしらない少女だが、その少女は一日目に瑠和の前に現れた少女、「ランカ」だった。
「色々お悩みのように見えたから………いけなかったかしら?」
「いえ、少しかすみんも詰まっていたので。助かります~。スクールアイドルの方ですか?」
かすみに聞かれると、ランカは小さく笑った。
「まぁ、そんなところです」
―夕方―
日が暮れる頃、ステージは完成した。トップバッターは彼方が行うということは決まっており、衣装も、楽曲も準備できていた。瑠和は最終調整のためにステージで細かな調整をしていた。
「瑠和君」
「ん」
声をかけられ、振り返ると彼方がいた。
「彼方さん。ステージはいい感じですよ」
「ありがとう。瑠和君が作ってくれたステージなら、彼方ちゃん、きっと最っ高に輝けるよぉ」
「はい。頑張ってください」
彼方は瑠和に近づき、懐から出した何かを瑠和にかけた。
「これは………」
首にかけられたのはサンゴ礁に紅いストーンがついたネックレスだった。
「作ったんだぁ。みんなにね。競いあっても、仲間っていう証拠」
先日嵐珠が言った、恋人としての争いだけじゃなく、スクールアイドルとしての勝負。仲間でライバルである彼女たちの絆の証といったところだろう。
「…………ありがとうございます。ライブ頑張ってください」
瑠和の言葉に彼方は小さく微笑んで、瑠和を軽く抱きしめる。彼方は瑠和の胸の中で心臓の鼓動を聞きながらその口を開いた
「彼方ちゃん頑張るよ…………だから、一番前で見ていて」
「もちろんです」
瑠和は彼方にエールを送り、ステージから離れた。そして、サイリウムを持ち、約束通り一番前でステージを見つめる。辺りに人も集まり、いよいよライブが始まるという空気があたりを包む。
(彼方さんのライブ、生で見るのは、初めてだな…)
そんなことを考えていると、彼方がステージに現れた。
E N T R Y
KONOE KANATA
「彼方ちゃんの愛のステージ!みんなぁ!目を離さないでね!」
エントリーが完了し、瑠和がセッティングした深海を模したステージがライトアップされた。
「Oh we can get there 追いかけて!Floating in my dreams!♪」
静かな雰囲気から一転、テンポのいい歌いだしで、場の空気は一気に盛り上がる。間奏のダンスも切れのある動きで観客の、瑠和の眼を確かにくぎ付けにする。
しずくがくれたインスピレーションと、瑠和に伝えたい思い、そして、自分のスクールアイドルとしての想い。
全てを込めた歌。
それを彼方は歌い切った。
「はぁ………はぁ………みんn」
全てを出して歌い切った彼方が観客に手を振ろうとしたその時、彼方のステージの背後で、ライトが照射される音が響いた。
「!?」
「あれは……」
「嵐珠さん!?」
ライトが照射されたのは、彼方のステージの後方にさらに準備されていたステージ。幾重の鳥居の先に作られたステージに嵐珠は立っていた。ウェディングドレスを模したような、普段の嵐珠とは正反対の衣装を身に纏って。
E N T R Y
ZHONG LANZHU
「どれだけの時間………どんな道のりだって、全て賭けても構わない♪」
「あれは………まさか……」
そして、そのまま歌い始める。この時、瑠和を除いて同好会メンバーの脳裏には、ある瞬間がフラッシュバックされていた。
そう、それは瑠和が視力を失った時のライブ。嵐珠が瑠和のために全力を出して行ったライブは、瑠和の心を動かせなかった。しかし、直後に彼方が行ったライブで瑠和は再び目を開ける決意をした。
その時の状況によく似ている。
「あの時の…………意趣返し……っ!?」
「……ただ高く、飛べる!♪」
その曲は、歌詞は、鐘嵐珠という少女をすべて詰め込んだ、集大成と呼べる曲だった。鐘嵐珠という少女をよく知らずとも、その胸を打たれるような曲。
誰もが見とれるような歌とダンス、そして齢17という幼さを補って余りあるカリスマ性。
彼方は予感がした。
私は、勝てない
その直感に、理屈なんかない。
あるのはただ、体中の細胞が、産毛に至るまで感じ取っているオーラ。その予感に、会場の盛り上がりとは裏腹に身体は硬直し、瞳は瞬きを忘れ眼球が乾燥していく。
いま、視線を観客側に向けるのが怖い。だが、彼方はゆっくりと、首と目を観客側に向ける。
視界に、少しずつ観客席が映っていく。冷や汗が流れていくのを感じた。
やめて
見ないで
きっと後悔する
このまま彼を見なければまだ希望が持てる
心はそう叫んでいる。だが、身体が言うことを聞かない。
そうして
視界に映った瑠和は
涙を流していた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ライブが終わり、歓声が巻き上がる中、彼方、嵐珠、瑠和はステージ横の橋の上に集まっていた。瑠和が今夜、嵐珠母が用意した部屋に行く相手を選ぶ時だ。
嵐珠の圧倒的なパフォーマンスがあったせいか、しずくは姿を見せていない。だが、しずくがいないからと言って進まない話ではなかった。
今宵の勝負は、嵐珠と彼方の一騎打ちだったのは誰の眼にも明らかだったからだ。
「………」
瑠和は黙って少し俯いていた。彼方もほぼ同様だ。その二人の様子を見て嵐珠は小さく深呼吸をする。
「瑠和、彼方。嵐珠は着替えてホテルの正面入り口に行くわ。ママが準備した部屋には正面入り口からじゃなくても行ける。瑠和が私を迎えに来なかったら、アタシはそれを受け入れる」
返事はない。
嵐珠はそのまま橋から去って行った。
嵐珠の姿が見えなくなってから、瑠和も彼方も口を開けなかった。だが、始めなければならない。考えて、考えて考えて考えて、ようやく瑠和が重い口を開く。
「彼方…さん」
その目を見れば、瑠和の言いたいことなどよくわかる。
考えていることなどすぐにわかる。
だって、恋人だったのだ。ほんの少し前まで。
瑠和は嵐珠のライブで、涙を流し、曲の終わりにはその場に座り込んでしまった。それは、かつて瑠和が彼方のライブを見たときに起きたことと同じ状態だ。
記憶がないのにそれが起きたということは、あの時と同じだけの衝撃を受けたということだ。であればもう、結果は明白だった。
それなのに、瑠和が素直に嵐珠を選べないのは、間違いなく彼方と恋人だった過去が決断を邪魔しているのだ。であればそれを後押しできるのは、たった一人だ。
彼方は一瞬、唇をかみしめて顔を上げた。瑠和に心の奥を読み取られないように笑顔で。
「いってあげて、瑠和君」
「…でも」
「これは勝負だから。それに、いつまでも私に縛られてちゃダメだよ。いってあげて。嵐珠ちゃん、待ってるよ」
「………………………」
(この人は、いつもこうだ)
アイラと一緒に乗った屋形船。その後に伝えられた言葉を思い出す。
(だから、無理に彼方ちゃんの恋人じゃなくてもいいんだよ。君は君の生活を楽しんで)
必死に自分の言いたい言葉を、本音を隠して相手のためを思って言葉を出す。それがどれだけ自分を傷つけようとも。
でも、こういうときのために、彼女たちは勝負という体裁をとったはずだ。ここで、同情すれば彼方の顔に泥を塗ることになる。これが正解かはわからない。それでも、誰かが泣くのがこの勝負だ。
「ありがとうございます」
瑠和はそれだけ伝えて、その場を去った。
残された彼方は肩を落として更衣室へ向かう。道中、栞子、かすみ、しずくの三人の横を通り過ぎたが、誰一人声などかけられるわけもない。
しずくはその様子を見て、ミズハが「出ない方がいい」といった言葉を理解する。嵐珠は最初から彼方の後に出ることを決めていたのだ。徹底的に彼方を叩き潰す作戦として。あんな演出に勝てるわけがない。
下手に出演していたら彼方と同じように叩き潰されていただろうと感じた。
「………っ!」
かすみは少し考えてから急に更衣室に向けて走り出した。
「かすみさん!?」
かすみは彼方が入っていった更衣室の扉を勢いよく開ける。
「彼方先輩!」
「かすみちゃん…」
「ごめんなさい!!かすみん、嵐珠先輩を贔屓しました!!知らない子に頼まれて、ステージ作ったんですけど、今考えたら嵐珠先輩のステージを完璧にするやり方で……ごめんなさい!!!」
かすみは被っていた帽子を取り、思いっきり頭を下げて謝った。まさかここまでのことになるとは思ってなかったのだ。彼方少しかすみを見つめた後に背を向けて衣装を着替え始める。
「…………いいよ。これは因果応報なんだ」
「え?」
「私も嵐珠ちゃんに同じことをした。やり返されて当たり前だったんだ」
今回のやり方に彼方は文句を言うことができなかった。あの日のライブも、彼方は嵐珠の後に出てきて嵐珠を踏み台にした。
嵐珠の本気が伝わってくるようだと彼方は感じていた。
それに彼方も自分を贔屓したことは感じていた。自分のステージを瑠和に作ってもらったことは、少し後ろめたさを感じていたからだ。
「……でも!」
「ごめんね。着替えるから、一人にして」
「…」
いつものように彼方は笑ってその言葉を言った。だが、その裏腹にある重たい感情を察したかすみは、言葉を飲み込んで更衣室から出た。正確にはそれしかできないというのが正しい。
かすみは更衣室を出て空を見る。己の身勝手さに嫌気がさした。
彼方に謝った理由がわからなくなった。同情?それとも許しを請うため?どっちにせよ己の保身がどこかに会ったことには違いないからだ。
ーステージ付近ー
「…嵐珠さん…」
しずくは嵐珠のステージを終えてからその衝撃を、全身で感じていた。彼方が全身の細胞で敗北を悟ったように、しずくもまた、同じような感覚に陥っていたのだ。
(彼方さんがああなるのもわかる。私でも、絶対に勝てなかった…………ミズハちゃんの言う通りだった…)
ふらふらと歩きながら部屋に戻ろうとすると、ホテルのフロントにミズハがいるのが見えた。ミズハはしずくの視線に気づいたのかそちらを見て小さく笑う。
「茫然自失………といった顔です、ね」
「………ねぇ、ミズハさん、あなた一体……」
昨日、しずくがミズハに言われた最後の一言を思い出す。
(言ってるでしょ?ただのファン。まぁ、私の言うことを、信じるも信じないもあなた次第。だけどこれだけは知っておいてください。もしこの戦いに参加すれば、確実にあなたは打ち負かされる…………………鐘嵐珠をなめない方がいい)
ミズハはそう言った。その言葉は、裏を返せば嵐珠が勝つことの証明、もしくは彼方の敗北の予言ともとれる。
「ふふっ、気になる?」
ミズハは妖しく笑う。その時、その笑い方にしずくは見覚えがあった。数か月前、その笑い方を見たことがある。
(アスカさんに、似てる?)
「でも今はまだ秘密です、よ。たぶん、そのうち話せるときは来ますから」
「…………私は、これからどうしたらいいんでしょう………正直、嵐珠さんに勝てる気がしません…」
あのパフォーマンスを超えるパフォーマンスをできる自信がしずくにはなかった。同じ舞台に立っていなかった分彼方よりダメージは少ないとは言え、あれを超えるのは難しいとしずくは思った。
「弱気になるのはダメです、よ。ピンチはチャンス。常に考えないとです」
「…でも、どうしたら」
「よく言うじゃないですか。敵の敵は味方。いまなら天王寺瑠和の心を動かせる一番の武器を、手に入れられます、よ?」
「…それって…」
「言わないと、わからない?」
ー同好会の部屋ー
彼方は着替えを終え、ホテルの部屋に戻ってきた。まだほかのメンバー部屋には戻ってきてない様子だった。
「………」
彼方はベランダに出て夜風に当たる。
今、上階のプレミアムな部屋では、瑠和と嵐珠が一緒に過ごしているのだろうと思うと、胸がきゅうっと苦しくなるのを感じた。
こんなに胸が苦しくなる原因を、心の中で考える。
感情を、整理して言葉にする。
ああ、そうか。
私は負けたんだ。
負けたことが悔しくて、悔しくて仕方ないんだ。
負けるとはこんなにくやしいものだったのか。
感情を整理すると、自然と頬を暖かいものが伝うのを感じた。18年生きてきて、初めて知る。人間とは、こんなにも自然に涙を流せるものなのかと。
「…ふぐっ………………うぅ………うぁぁ……………うわぁぁぁぁ!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
こんな風に泣くのは、アイラと船に乗った時以来だろうか。普段表に出さない、理性が次々と崩壊していく感じ。彼方は立っているのも辛くなり、ベランダの手すりを掴んだまま地面に座り込んでしまう。
いくら叫ぼうと、いくら涙を流そうと、次から次へと溢れ出てくる。感情が、抑えられない。
顔は涙やら鼻水やら涎でグシャグシャになっている。とても人に見せられる顔ではない。スクールアイドルらしい顔などではない。
悔しい、悲しい、羨ましい、寂しい。
どれだけ言葉を並べても、彼方の心を表現することはできなかった。
「彼方さん?」
涙で床濡らしていると、背後から声がした。振り返ると、いつの間にかしずくがそこにいた。
「じずぐちゃん…」
ぐっしゃぐしゃになった顔を何とか整えようとしている彼方を見てしずくは小さく笑う。
「…今は、遥さんも、瑠和さんもいらっしゃいませんよ」
「…うあぁぁぁぁ!」
彼方はしずくの胸に飛び込む。
「どうしよう!勝てなかった!勝てなかったぁぁぁぁ!!瑠和君が取られちゃう!取られちゃうよぉぉぉぉ!」
彼方は泣き叫ぶ。幼い少女のように。しかし、こんな様子の彼方を見て、しずくは改めて思う。あそこで参加してなくてよかったと。
下手すれば彼方と同じ状況になっていたかもしれないことを。
だが今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
「彼方さん」
胸の中で泣きじゃくる彼方の頭を撫でながら、しずくは話始める。
「……ぐすっ……ぐすっ……なに?」
「提案があるんです」
「提案?」
ごくりと唾を飲む。相手は彼方だ。弱っているときは隙だらけではあるが、かなり周りを見る力や本質を見抜く力に長けている。感づかれたら終わりだ。
慎重に言葉選びながら続ける。
「………私、思うんです。嵐珠さんには、勝てないって」
「……」
彼方は思い返す。先ほどの瞬間を。よく考えればそうなのだ。学校の部活で始めた人間と、幼い頃から英才教育を受けてきた人間。その差は歴然だった筈なのだ。
いったいいつから勘違いしてしまったのだろう。
嵐珠と肩を並べていると。互角な戦いができると。
互角な戦いをできていたと思っていたのは、瑠和が彼方を愛しているからであり、それが実力の差を埋めていただけの話だったのだ。無論彼方も気づいていなかったわけではない。無意識にその事実から目を逸らしていたのだkもしれない。
瑠和は、きっといつか自分の隣に帰ってきてくれる。
そんな淡い期待を捨てたくなくて。
「私でも一人じゃ嵐珠さんには勝てません。そう、一人では」
「え?」
その言葉に、彼方は顔を上げる。
「ですけど、二人なら…」
「二人?」
「そうです。瑠和先輩だって、なにもライブの良し悪しだけで決めてる訳じゃありません。無論今夜はそうだったかもしれませんが。でも、私も彼方さんも、瑠和先輩からそれなりに魅力的に見られてる筈です。であれば私たちで、瑠和先輩の視線を取り戻すことは、少なくとも嵐珠さんから視線をそらさせることくらいはできるはずです」
「二人…なら」
「二人なら嵐珠さんに並べる、二人なら嵐珠さんを越せる!そう思いませんか、彼方さん!」
考えてもいなかった。ライバルと手を組むなんて。これは、個々の戦いだと思っていたから。
「だって私たちは」
「仲間で、ライバル…」
ずっと、みんなで言い続けてきた言葉。エマと天が二人で高め合っていたように、ダイバーディーバの二人が競い合いながらライブをしていたように。
二人ならば、鐘嵐珠という高い壁を越えられるかもしれない。
新たな希望が見つかり、彼方の目に再び光が宿った。
続く