彼方の近衛   作:瑠和

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10月ですね。もうすぐ完結編最終章がやると思うと寂しいですね。
私の紡いできた瑠和と彼方の物語も終わってしまうと思うとやはり寂しいです。こんなにはまってお金を落としてきたコンテンツ初めてでしたからね。

ここから二章大阪編スタートです


第八楽章 墜ちる

―ヒルトン エグゼクティブルーム―

 

 

 

嵐珠母が用意した部屋は最高級の部屋だった。そしてその部屋のドアを開けたのは嵐珠だった。嵐珠は部屋の奥まで行き、テラスに続く扉を開けた。

 

気圧差で吹いた夜風が嵐珠の髪を揺らす。夜の沖縄の香りを感じながらステージの方を見るとまだステージはその賑わいが収まる様子を見せていなかった。

 

「うん、いい景色ね。ステージの喧騒もよく聞こえるわ」

 

「そうだな」

 

そんな嵐珠の隣に来たのは瑠和だった。瑠和は嵐珠を連れてこの部屋に来た。それは、少なくともいま瑠和の中で嵐珠がトップになったということだ。

 

「……」

 

隣に立つ瑠和の横顔を、嵐珠は愛おしそうな顔で見つめる。

 

この日を、この時を、いったいどれほど渇望しただろう。この時をどれほど待っただろう。数か月前のスクールアイドルフェスティバルのあの日、瑠和のステージを見て嵐珠は瑠和に惚れた。

 

あらゆるコンテストを総なめにしてきた自分なら、いち高校の男子生徒をくぎ付けにすることなど嵐珠にとってたやすいことだと思っていた。

 

だが違った。瑠和の隣にはすでに彼方がおり、瑠和が彼方を、彼方が瑠和を思う気持ちは嵐珠でも動かせなかった。唯一瑠和を手に入れられそうなチャンスも、彼方に負けて終わった。

 

本当にすべて終わったと思った。

 

だから、口ではまだあきらめてないと言いつつ、心の中では半ばあきらめている自分もいた。

 

そして、記憶を失って、勝負を挑んで、初めて勝ったのだ。

 

「泣いてるのか?」

 

瑠和に言われ、嵐珠はハッとする。頬をいつの間にか涙が伝っていたのだ。嵐珠は慌てて涙をぬぐう。

 

「ごめんなさい。ちょっと感傷に浸ってて………そうよね、こんな時は、涙より笑顔よね!瑠和、部屋に戻りましょ」

 

「ああ」

 

嵐珠は部屋に戻り、ベッドの前まで行く。嵐珠は何も言わず瑠和に手招きをした。瑠和もそれに応じるように嵐珠の方へ行った。

 

嵐珠は瑠和の頬に手を置き、その目を見つめる。

 

「ねぇ、さっきのステージ、嵐珠すっごく胸が高鳴ったの。そして、その胸の高鳴りは、身体の火照りは、まだおさまってない………一緒に鎮めてくれない?」

 

「ああ」

 

嵐珠のキスを、瑠和は拒まず受け入れる。ただのキスで終わるはずはない。

 

「ん………んぅ………ふぅ、んんっ!」

 

互いに互いを貪るような濃厚なキス。体格的にやや瑠和の方が有利になり、押されて仰け反る。そんな嵐珠の背中を瑠和が片手で支え、空いた手で嵐珠の手を掴み、指を絡める。

 

キスはどんどん激しさを増し、嵐珠は瑠和に押されるままベッドに倒れこんだ。

 

「ぷはっ……………嵐珠…」

 

「瑠和………」

 

キスを終えた瑠和は上半身を起こして馬乗りになりながら嵐珠を見つめる。空気と勢いでここまで来てしまったが、緊張で少し止まる。

 

彼方と何度も肌を重ねたとは言え、それは記憶を失う前の話。実質これが初体験になるのだ。当然緊張する。

 

「来て………」

 

瑠和は嵐珠が来ていた服を脱がすため、まず嵐珠のズボンのベルトに手をかける。緊張する指でベルトを緩めジーンズのボタンに指をかけたとき、瑠和のスマホが鳴った。

 

「………なんだ一体」

 

瑠和は少し手を止め、スマホを出す。着信画面には宮下愛の名前があった。関西にいる宮下がこのタイミングでなんの用かとは思ったが、瑠和はコールを拒否する。

 

「宮下から…邪魔するなよ」

 

瑠和は少しイラつきながら電話を切り、ベッド脇の机の上にスマホを置いた。

 

「邪魔が入ったな」

 

「ううん、ね、早く」

 

「ああ」

 

再び嵐珠がジーンズに手をかけた時、机に置いたスマホがバイブレーションで暴れ始める。瑠和はため息をつく。

 

「瑠和、一回出てあげたら?何か緊急の用事かもしれないし……」

 

「………悪いな」

 

瑠和は一度嵐珠から下り、スマホを取って電話に出た。

 

「なんだ宮下。今忙し」

 

『るなりん!りなりーからなんか連絡来てない!?』

 

電話に出るなり、瑠和の言葉を遮って愛は言った。その言葉に、瑠和は一気に表情が変わる。

 

「どういう意味だ?」

 

『りなりーさっき行きたいところがあるって言って別行動になったんだけど、まだ戻ってこないの!連絡もつながらなくて……』

 

「俺から連絡してみる。お前らは動くな」

 

さっきまで獣になろうとしていた顔は一変し、一気に同好会のマネージャー、そして璃奈の兄の顔つきになった。瑠和は電話を切ると、すぐに璃奈にかけなおした。

 

しかし、電話はつながらない。

 

顔から血の気が引いていくのが分かった。一瞬で嫌な考えが瑠和の脳内をめぐる。

 

「……………璃奈」

 

「瑠和?」

 

「ごめん嵐珠、俺大阪にいく」

 

瑠和は嵐珠に目もむけず部屋のドアに向かう。嵐珠はあわてて追いかける

 

「ちょ、ちょっと待ってよ瑠和!」

 

「ごめん、璃奈に何かあったかもしれないんだ。別行動になってから連絡がつかないって!俺の電話にも出ないんだ!何かあったに違いない!!!行かないと!!!!」

 

「ま、待ってよ!今からって……………ほら、次の飛行機二時間後よ!?」

 

「そんなこと行かない理由になるか!!!もし何か事件に巻き込まれてたりしたら!」

 

瑠和の気持ちも十分にわかる。だが、それでも嵐珠は引き下がりたくはなかった。

 

「……………っ!そうだったとして、いまあなたが行って何ができるの!?」

 

「見つけて見せる!!!何が何でも!何をしたって!!!!」

 

折れない瑠和に、嵐珠は耐えられなくなってしまった。さっきまでとても幸せだった。その絶頂から引きずり降ろされる感覚。虹ヶ咲に来てから、今日までの努力がすべて水の泡になるような感覚が、耐えられなかった。

 

無論瑠和の気持ちもわからないでもない。だが、あれだけ頑張った結果が、得られたものがこれというのはあんまりだという気持ちが押さえられなくなったのだ。

 

「……………なんで………嵐珠……いっぱい頑張って…」

 

とうとう嵐珠の瞳から、涙がこぼれ始めてしまった。ぽろぽろと大粒の涙をこぼす嵐珠に、瑠和は少し冷静になる。

 

「嵐珠…」

 

「あなたが家族を大事にしてるのは知ってる………でも、そんなあなたに愛されるために嵐珠もいっぱい頑張ったのよ……あなたに見てもらうために……もっと………少しくらい…………嵐珠をみてよ…」

 

「…」

 

さすがに申し訳なくなってしまう。嵐珠の言ってることも正論だ。今瑠和が大阪に行ったからと言って、見つけられる保証も、役に立つ保証もない。

 

だが、だからと言ってここで嵐珠と快楽を貪るほどの心の余裕はない。瑠和は嵐珠を抱きしめた。

 

「ごめん、嵐珠。少し焦ってた。でも、璃奈は家族なんだ……わかってくれ」

 

「……あなたが不安なら、嵐珠がそばにいてあげる。璃奈を見つけられるよう、ママにいうこともできる。だから…嵐珠のそばにいて?」

 

今の瑠和は、一年前の瑠和。それはつまり、瑠和の中の優先順位は璃奈がトップである状態だ。こうなってしまうのも、仕方がない。

 

瑠和が嵐珠を慰めていると、部屋の窓ガラスからノックするような音が聞こえた。

 

「………え?」

 

最初は特に考えもしなかったが、ここは最上階の部屋だ。ノックされる音がするなんておかしい。

 

そう思い、視線を窓に向けると窓の外にトウカが立っているのが見えた。

 

「うおわぁぁぁぁぁぁ!」

 

「!?……っ!きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

嵐珠も窓の外のトウカに気付き、大声を上げる。

 

「な、ななな…」

 

「こ、ここ九階よ!?」

 

「………驚かせて申し訳ないけど、開けてもらえない?」

 

「………なんだよ…」

 

瑠和は小さくため息をついて窓に向かう。

 

「瑠和、知り合いなの?」

 

「一応な……」

 

瑠和が窓を開けるとトウカは部屋に入ってきた。

 

「なんで、お前はこんなとこに?」

 

「………助けてあげようか?」

 

トウカは瑠和の質問には答えず、自身の用件だけ先に伝えた。

 

「え?」

 

「私なら、あなたを関西まで連れていける。飛行機なんかより、ずっと早くね」

 

「どうやって……」

 

「それは秘密。どうする?」

 

急な提案に、瑠和も嵐珠も驚いていた。見ず知らずの仮面の少女は飛行機よりも早く届けられるという。にわかに信じられないが瑠和にとってはこの上ない提案だった。

 

いまいち信用できないが璃奈の安全には変えられなかった。

 

瑠和は一瞬嵐珠を見る。嵐珠の気持ちは痛いほどわかる。自分もかつては家族に同じ思いをもっていたから。だけど、瑠和には家族を見捨てる選択はできなかった。

 

「…………ともかく今は、璃奈の安全が第一だ…頼む!」

 

「瑠和!危険なんじゃ…」

 

「危険でもなんでも、家族を守るためだ!家族一人守れないで、恋人だなんだって浮かれてられるかよ!!」

 

「……………………じゃあ、一つだけ答えてアナタのその天王寺璃奈に対する愛情。それは、家族として愛?それとも異性としての愛?正直に答えて」

 

少し間を置いてから、トウカは尋ねた。まさかの質問に嵐珠も驚き、瑠和を見る。

 

もしも、恋愛感情だとしたらそれは嵐珠にとって残酷すぎる答えだからだ。

 

瑠和は少し考える。璃奈を思う気持ちに、恋愛的感情があるのか。それはない、といいたいが、それは璃奈も同じだったはずだ。瑠和も同じように変わる可能性がゼロとは言い切れない。

 

それでも。

 

「…………わかんねぇ。でも、少なくとも俺は兄ちゃんだ!!兄ちゃんとして璃奈が命より大切な存在なことに変わりはねぇ!」

 

「………………そう」

 

ヘルメットのせいでトウカの表情は見えない。納得してくれたのか、してくれてないのか。それはわからないが、トウカは小さく頷いてテラスに向かう。

 

「なら、来て。天王寺璃奈を探しに行こう」

 

瑠和もテラスに出るがそこに何かあるわけではない。

 

「どうするつもりだ?」

 

「こうするつもり」

 

トウカがスマートウォッチのようなものを操作するとどこからかスーツケースのようなものが飛んできた。トウカはそれをキャッチし、床に落とす。そして、足で踏むとスーツケースは形を変える。

 

「え」

 

「ええ?」

 

「よっと」

 

トウカは形を変えたスーツケースに両腕を突っ込み、それを胸の前で広げる。スーツケースはトウカの身体にまとわりついていき、最終的に全身を包むパワードスーツとなる。

 

「な、なんじゃそりゃ」

 

「さ、行くよ」

 

トウカは瑠和を軽々とお姫様抱っこすると、そのままジャンプする。それと同時に背中についているブースターが点火し、上空へ浮き始める。

 

「ま、マジかよ!」

 

「しっかり捕まっててね。海に落ちたら死ぬかもだから」

 

「ま、待って!」

 

パワードスーツの登場から唖然として見ていた嵐珠だったが、瑠和が去ろうとしているのを見て、慌てて部屋から飛び出す。

 

「嵐珠だって、行くわ!!!」

 

嵐珠は可能な限り高くジャンプし、トウカの足にしがみつく。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「今は嵐珠が瑠和の「一番」なんだかラァ!」

 

「………ああもう!」

 

「きゃっ!」

 

トウカは嵐珠がしがみついている足を蹴り上げ、嵐珠を上空へ放った。そして、瑠和を片手で抱え、開いた手で嵐珠をキャッチする。

 

「余計にしっかり捕まってててね。片手じゃ完全な固定できないか………ら!」

 

二人を抱えたトウカは一気に加速し、関西に向かった。その速度は、二人が想定してるよりも何十倍も速い速度だった。

 

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」」

 

二人の悲鳴が夜空に轟いた。その声は、ライブステージを見つめていたかすみと栞子の耳にも届く。

 

「今、嵐珠の悲鳴が聞こえたような…」

 

「気のせいじゃない?」

 

 

 

―太平洋上空―

 

 

 

「嘘だろ……」

 

「沖縄を出てあんな短時間で…」

 

瑠和、嵐珠、トウカの三人は、2時間経たずして、大阪の上空に来ていた。トウカは大阪の街を眺めながら目メット越しに移る情報を見ていた。

 

しばらく眺めていると、路地でキャリーを運ぶ璃奈の姿を、メットについているカメラが発見した。

 

「見つけた。はい行ってらっしゃい」

 

「え?うおぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

トウカはそのまま瑠和を璃奈の方に放り投げ、それと同時にトウカは腕から何かを射出し、瑠和の背中にくっつけた。

 

「うぉぉぉ!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!!」

 

瑠和は大阪の空を自由落下していき、璃奈がいる路地に突っ込む。その際、トウカが背中につけた器具から粘着性の糸のようなものが四方に射出され、ビルとビルの壁に張り付き、瑠和は路地に宙づりになる。

 

「うお………はぁぁ……マジで死ぬかと」

 

安堵したのもつかの間、瑠和の服が弱っていたのかトウカが着けた器具が着いている部分が破れ、瑠和は結局ビル三階分ほどの高さから落ちた。

 

「うぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「え、え、え、え?お兄ちゃん?」

 

目の間に何かが落ちたことに璃奈は驚いた。しかし、それが今沖縄にいるはずの兄であることに気付くとさらに驚く。

 

「いててて………璃奈!」

 

瑠和は目の前に璃奈がいることに気付くと痛みなど忘れすぐに立ち上がり、璃奈を思いっきり抱きしめた。

 

「よかった………無事でよかった…宮下から連絡があって!行方不明だって言うから心配したんだぞ!!」

 

「……………ごめんなさい…気づいてなかった」

 

「ともかく無事でよかった………つか、なんだ?その大荷物」

 

璃奈に何事もなかったことに安堵し、ふとその全体像を見ると、やたら大きい荷物を運んでいる最中だったことに気付く。

 

「………買い物」

 

「買い物って……」

 

瑠和は璃奈の持っているバッグに刺さっている本を見る。

 

「これ、ドローン関係の本か?」

 

「………うん」

 

「なんでこんなもん………ともかく、みんな心配してる。早く帰ろう」

 

「………実は」

 

 

 

―道頓堀―

 

 

 

明日和は同好会から一旦離れ、一人で行動していた。虹乃アスカとして演じるのに無理がある心情だった。

 

(私はどうしてここに来たのだろう………未来を変えないためだと最初は思った。でも、良かれと思ってやったことは裏目に出て…………どうして)

 

未来を知っているから、先見性をもった行動ができていた。だが過去が変わったことでもうそのアドバンテージも消えてしまった。どう行動すればいいのかもわからない。なにが正解かもわからない。

 

もうずいぶん一人で歩いた。気付けば足は棒のようになり、自然とその場にうずくまる。そして、

 

「助けて………」

 

小さく声を零した。声と共に涙があふれた。

 

そんな時、明日和を誰かが優しく抱きしめた。

 

「…………ルカさん……どうして」

 

「私は大体やりたいこと終わったから…………それでその辺ぶらぶらしてたの。そしたら泣いてる子がいたから、慰めに来てあげたの」

 

明日和を抱きしめたのはルカだった。

 

「…………私はもう、何をしたらいいか…」

 

「あんまり、こうしなきゃいけないなんて考える必要、無いんじゃない?私みたいに好きにすればいいと思うけど……」

 

「でも…」

 

「…………ほら、また好きにしてる子が来たわよ」

 

「え?」

 

ルカは夜空を指差す。明日和も顔をあげる。ルカが指差すそ先には、なにかが飛んでいるのが見えた。飛行機にしては小さい。鳥にしては大きいし直線的な飛びかたをしている。

 

「…………あれは…………まさか!」

 

 

 

―ビル 屋上―

 

 

 

「よいしょっと」

 

トウカは嵐珠を抱えたまま適当なビルの屋上に着地した。嵐珠を下すと、トウカはパワードスーツを外した。しかし、頑なにヘルメットだけは外そうとしなかった。

 

「あなた、いったい何なの?こんな技術…」

 

「気にしないで。いつか、話せる日は来ると思う」

 

「………ともかく、これからどうしようしら」

 

「……………ホテルとっておいた方がいい。大会の主催が用意したホテルじゃないホテルで、広めの部屋」

 

「まぁホテルは取るけど……なんで関係ない広めの部屋?」

 

「後でわかる」

 

「…?」

 

話を聞いた嵐珠は、少しだけ、予感めいたものを感じていた。トウカのこの妙に先を見通した言動に、ただならぬ予感を。

 

だが、そんな予感はともかく、今は瑠和に協力、いや瑠和の隣にいることが大事だと考えた嵐珠はホテルをスマホで探しながらビルを降りていった。

 

一人になったトウカはヘルメットを解除した。そして、小さくため息をつきながら賑わいを見せる大阪の街を眺めた。そんな最中、階段を勢いよく上がってくる音が聞こえてくる。

 

「いた!」

 

ビル屋上の扉を勢いよく開ける。来たのはさっきの飛行を見て慌てて駆けてきたアスカだった。

 

「やっぱり!」

 

「アスカちゃん」

 

「なにしてるんですか!?沖縄にいたんじゃ…」

 

「瑠和が大阪に行きたいって言ってたから連れてきただけ」

 

その発言に、明日和はさらに驚愕する。いま自分が大阪にいるのは瑠和と彼方を二人で過ごさせるためだ。ここまで連れてこられてはそれが叶わなくなる。

 

「はぁ!?なんでそんな…」

 

「伝えたでしょ?私たちは私たちで、望む未来を目指すって。別にアスカちゃんを、邪魔したい訳じゃない。私は瑠和の望みを叶えただけ」

 

「……そう、よね……私だけじゃないからね」

 

「この先どうなるかはわからない。決めるのは、あなただよ」

 

 

 

―道頓堀―

 

 

 

「瑠和!」

 

「嵐珠」

 

「嵐珠さんまで」

 

ビルから下りた嵐珠は瑠和と連絡を取り、合流した。その隣には随分落ち込んでる様子の璃奈もいた。

 

「………ごめんなさい私のために」

 

「何言ってるの?璃奈も大事な仲間よ。心配するのは同然じゃない………いつか家族になるわけだし」

 

嵐珠は最後にボソッとつぶやいた。

 

「とりあえず、見つかったならはやくホテルに戻りましょ?」

 

「それが……」

 

瑠和は先ほど璃奈から話されたことを話した。

 

璃奈はこれからやりたい事、正しくはやらなければならないことがあると瑠和に言った。それは同好会の前でやることはできず、別の作業場が必要だとのこと。

 

(トウカが言った通り、璃奈が別のホテルを所望した………ひょっとして、あの子は本当に……)

 

「私と瑠和が泊まるホテル、さっき予約しておいたわ。少し広めだから、多分大丈夫……」

 

「本当か。ありがとう嵐珠!」

 

「ええ、璃奈も来なさい」

 

「………ありがとう」

 

 

 

―インターコンチネンタルホテル―

 

 

 

「ああ、とりあえず璃奈はこっちにいるから心配すんな」

 

瑠和はホテルについてから愛に連絡を取った。かなり心配していたようで、愛は安堵のため息をついていた。

 

『そっか………じゃあとりあえずお願い』

 

「ああ」

 

『どうでもいいんだけど、るなりん来るの早くない?』

 

言われてみれば電話を受けてからものの数時間でこちらまで来て即璃奈と合流したのだ。スピードを疑われるのは仕方ない。

 

「あ?あーまぁそこは気にすんな。それより、そっちにアスカ来てるだろ。アスカは?」

 

『ああ、一昨日こっちに来てみんなで観光して、ミアちのライブりなりーと一緒にサポートしてって感じだったけど…あーでもなんか……気のせいだと思うんだけど、ミアちとあんま折り合い良い感じじゃない感じに見えたけどなぁ…』

 

「……そうか………まぁ、とりあえず璃奈のことは心配すんな。お前も自分のランキングに集中したほうがいい。じゃあな」

 

電話を切ると、瑠和は部屋に戻る。そして、視界に移った景色に驚愕した。

 

「な、なんじゃこりゃぁ!?」

 

何やら中でガサガサしていたのは聞こえていたが、部屋の中には大量の配線が並び、高級ホテルの一室はまるでアニメの中の研究室のような風貌に変わっていた。

 

「璃奈、お前一体何しようとしてるんだ?一体何があった?」

 

「………ミアちゃんの、背中を押してあげたいの」

 

「ミアの?」

 

「どういうことだ?」

 

璃奈は一度手を止める。

 

「ミアちゃんは、これが、グランプリが終わったら、お姉さんと帰国するって………ミアちゃんは、口では帰った方がいいって言ってるけど、少し悩んでるみたいだった。だから、背中を押してあげたいの」

 

璃奈はカバンを漁り、ノートを取り出す。それを瑠和に差し出した。なんの説明もされず、渡されたノートを疑問をもちながら開いてみるとそこには歌の歌詞が書いてあった。

 

背中を押す歌。

 

歌詞だけ見ればそう見える。だが、その曲に込められた願いは、思いは、瑠和の眼に見えている璃奈の感情の色とは、正反対のものだ。

 

「なんだよこれ………………これ」

 

「………歌詞。これに曲をつけてほしい。部屋まで用意してもらって、なんだけど…協力してほしい……」

 

「…璃奈」

 

瑠和は持っているノートを握る力を強めた。

 

「違うだろ……………お前が思ってることはこんなことじゃねぇだろ!!!」

 

「瑠和!」

 

激昂し、璃奈に詰め寄る瑠和を、嵐珠が押さえた。

 

「なんなんだよこの歌!何が背中を押したいだ!?そんな顔で歌う歌かよ!これがぁ!!」

 

「瑠和!!落ち着いて!!!」

 

璃奈は驚いていた。瑠和がキレた事ではない。瑠和に自身の表情を見抜かれたことにだ。元々、再会してからの璃奈の表情は見えないということを以前から瑠和は言っていた。

 

だからこそ表情を取り戻してもらうために瑠和は色々動いていたのだ。どれが璃奈を喜ばせるかわからないからこそ、手探りで様々なやり方をしていたのだ。

 

そんな瑠和にさえ見透かされるくらい、璃奈の表情は、気持ちはあふれ出ていたことに、璃奈は驚いていた。

 

「……違くないよ」

 

「絶対に違う!お前が思ってることは、こんな……」

 

真正面から否定され、璃奈は小さく歯噛みした。元々表情が読めないと言っていたのに、読めるようになったとたんこれだ。璃奈も思うところがないわけじゃない。

 

そもそも、瑠和の言っていることなど、わかりきっていることだ。

 

「じゃあ………どうすればいいの!?」

 

「!」

 

璃奈の叫びを初めて聞き、瑠和はもちろん嵐珠も驚く。

 

「確かに、ミアちゃんに帰ってほしくないのが本音だけど………それじゃミアちゃんのためにならない………ミアちゃんにしてあげられることは、私たちには何もない!!!!お兄ちゃんなら、何かできるの!?」

 

「それは……テイラー家の前プレッシャーがあっても、歌えるように練習したり…」

 

「そんなの、クロエさんのところでやった方が、早く、うまくいくに決まってる………今はミアちゃんの時間が泊まってるだけなんだ……だから、スクールアイドルに誘ったのは私だから、私が背中を押してあげなきゃいけなんだ!」

 

「…」

 

叫ぶ璃奈の瞳には涙が浮かんでいた。瑠和は完全に怖気づき、言葉を失う。

 

そこに、閉ざしてあるはずの部屋のロックが解除され、誰かが入ってきた。

 

「あーあ、泣かした」

 

入ってきたのはトウカだ。

 

「トウカ…」

 

「トウカちゃん…来てたの…?」

 

「璃奈、知ってるの?」

 

「うん、一応……」

 

トウカは投げ捨てられた歌詞ノートを拾い上げ、璃奈の前まで来た。

 

「かわいそうにねぇ、お友達を大事に大事にして、断腸の想いでここまでやったのに。記憶もない外野が騒いでね。よかったら私が曲を作ろうか?こんな唐変木じゃなくて」

 

「………いいの?」

 

「テメェ……」

 

「私なら、並列的に処理してアナタの望むシステムも作れるし。アナタは少し頭、冷やして来たら?璃奈ちゃんの本当の望み、少しは考えなよ」

 

それを言われ、瑠和は少しうろたえる。確かに、瑠和自身が見ているのはあくまで感情であり。本心とは違う。

 

「………」

 

「瑠和…」

 

瑠和は何も言わずに上着を持って部屋を出た。嵐珠もそれを追いかける。

 

「ひょっとしてあなたがお兄ちゃんたち連れてきたの?」

 

「………さぁね?」

 

 

 

―ラウンジ―

 

 

 

「瑠和!待って!」

 

嵐珠は瑠和を追ってくる。しかし、瑠和はいま嵐珠に構ってる余裕などなかった。いや、正確には嵐珠の前で弱音を吐こうとは思えなかったのだ。

 

ずっと瑠和を思ってくれた相手に、いま一番喜びたい相手に負担をかけたくなかった。

 

「ごめん、嵐珠少し、一人にしてくれ」

 

「でも…」

 

「頼むよ」

 

ようやく振り返った瑠和の眼には、光は宿ってなかった。その眼を見た嵐珠は、何も言えなくなってしまった。

 

「…………わかったわ。今は、追いかけない」

 

「ありがとう」

 

再び前を向き、歩きはじめる。

 

「でも!忘れないで!今、嵐珠はアナタの一番………なんでしょ?」

 

不安そうに尋ねる嵐珠に、瑠和は小さく頷く。

 

「だったら、瑠和の悩みも、悲しみも喜びも、嵐珠ものよ…………だから、ちゃんと帰ってきてね」

 

嵐珠は強く、思いやり深い人間だ。どんな状況でも見捨てる放っておく選択はしない。それが恋慕を抱く相手となれば余計に放っておくことはできない。

 

「………………ああ」

 

その言葉に若干救われながらも瑠和は夜の大阪へ消えていった。

 

瑠和はホテルを出ると、そのまま適当に歩き始めた。目的などない。気持ちを落ち着かせたかった。じっとしてると色々ネガティブな考えが大量に出てきてしまう。

 

歩いていたって何か変わるわけじゃないが、気晴らし程度にはなった。

 

「………璃奈」

 

辛かった。

 

璃奈に感じていた罪悪感、記憶を失う前は和解できていたらしいが、そんなことはあくまでもいまの瑠和のしらない話だ。

 

璃奈にあそこまで強く拒絶されたことがなかったからだ。自分だったら、璃奈のことは何でもわかるし、自分が一番のよりどころになれる。そう思っていた。

 

璃奈が成長して、一人でいろんなことをできるようになった。それは喜ばしいことだ。いつも瑠和の後ろにいた臆病な妹ではなくなった。

 

でも、一番困っているときに助けになれないことが、辛かったのだ。

 

 

 

どれくらい歩いたのだろうか。

 

 

 

いつまでも心の波は収まることを知らないでいた。疲れ果てた足を休めるため、適当な階段に腰を掛ける。思ったより汗をかいている。意識してるよりずっと疲れているようだった。

 

解決策も、気を晴らす方法も、何も見つからない。力なく隣の柱に寄りかかり、横になりかける。そんな瑠和の肩を支える人物がいた。

 

「大丈夫?」

 

「…………高咲…」

 

 

―公園―

 

 

 

瑠和は二人の横を無言で去ろうとしていた。しかし、侑は去ろうとする瑠和の手を掴んだ。どう見たって、今の瑠和がおかしかったからだ。

 

二人は公園まで移動した。

 

「はい、これ」

 

侑は瑠和に飲み物を差し出す。瑠和はそれを受け取り、軽く飲む。心が少しだけ落ち着くのを感じた。

 

「どうかしたの?顔色、悪いよ?」

 

「………………高咲………助けてくれ」

 

すべてを投げ出す気持ちで口にした

 

瑠和にとって、侑は憧れの存在だからだ。ここ一年の記憶はなくとも、一年前クラスメイトと揉めたとき助けてもらった記憶はある。

 

「………何が、あったの?」

 

普段は大げさなリアクションをとりがちな侑でも、この時ばかりは冷静だった。瑠和がこんなことを言ってくるのはよほどのことだと思ったからだ。

 

瑠和はしばらく黙っていたが、助けを求めておいて事情も話さないのは憚られたのか、ようやく口を開く。

 

「……………璃奈に、拒絶された」

 

ようやく開いた重苦しい口から伝えられた言葉は、想定外の物だった。あんなに仲良しの兄弟で、しかも、瑠和がではなく璃奈が瑠和を拒絶したという内容に驚いたのだ。

 

「ええ!?あんな仲良し兄妹なのに!?どうして…」

 

「………理由は、話せない。でも、璃奈に拒絶されたのなんて、初めてなんだ」

 

手に持っているペットボトルを握る力を、瑠和は少し強くする。

 

「…なんで俺なんかが愛されるんだ…………妹一人、笑顔にできないのに……過去の俺なら、記憶をなくす前の俺なら………どうにかできてたのかな」

 

弱気になっている瑠和を見て、侑は少し思い返す。璃奈の兄として、瑠和に出会ってからのことを。

 

「ん~、できてたかどうかなんてわからないけど、私が一つだけ言えることがあるよ」

 

「?」

 

侑は座っていたベンチから立ち上がり、自身が飲んでいたコーヒーの缶をゴミ箱に投げた。缶はきれいにゴミ箱に入る。

 

「記憶をなくす前の瑠和君は「誰かを助けたい、誰かの力になりたい」そんな気持ちで動いてたよ」

 

「………そんなの、俺だって一緒だ」

 

「違うよ…。瑠和君が前の記憶をなくす前のるなりんと違うのは……少なくとも信じているものが一つだけあった」

 

「なんだよ…それ」

 

「スクールアイドルの、ううん、歌の力」

 

「歌の…?」

 

「私が言えるのは、これだけ………」

 

 

 

―ホテル―

 

 

 

侑と話した後、瑠和はホテルまで戻ってきた。ホテルの入り口には嵐珠が待っていた。

 

「嵐珠」

 

「瑠和、おかえりなさい。少しは落ち着いた?」

 

「………ずっと待ってたのか?」

 

「ええ。部屋にはちょっと居づらいし……」

 

「…悪いな。寒かったろ。なんかあったかいもの食べに行こう。ホテルの飯でもいいけど」

 

「今は、二人とも集中してるから、外で食べましょ。さっき美味しそうなところ見つけたの!」

 

二人は食事に夜の大阪に繰り出した。嵐珠が見つけていたのはやはりと言うか、ステーキ店だった。店の装飾は高級店さながらだが、値段はリーズナブルだった。

 

瑠和はステーキを待っている間、嵐珠に先ほど侑から聞いたことを話した。

 

「歌の力……ね。確かに歌には力があると思う。実際、今はあなたを独り占めできてる訳だからね」

 

「…それは俺も思った。でも、高咲が言ってた力って、人を魅了するとかそういうものとも違うように感じたんだ」

 

「…瑠和」

 

嵐珠は、ずっと気を落ち込ませていた。瑠和はいま、心から悩んでいる。それなのに、なんの力にもなれない無力な自分が嫌だった。

 

どうすればいいのだろう。どうすれば、瑠和を笑顔にできるのだろう。そればかりを考えている。思えば彼方は、いつでも瑠和を笑顔にしていた。

 

視力を失ったとき、誕生日のとき、ライブをしたとき、そりゃ恋人同士なんだから、当然かと思う。でも、仮に瑠和が嵐珠の恋人になったとき…

 

 

自分は瑠和を笑顔にできるのか?

 

 

「お待たせいたしました~」

 

そんなことを考えていると、ステーキが運ばれてきた。

 

「………ともかく食べましょ!」

 

「そうだな」

 

二人は食事を始める。幸せそうな仮面を着けて。互いに本心が悟られないように。

 

 

 

ーホテル 瑠和の部屋ー

 

 

 

帰ってくると、璃奈とトウカはまだ作業をしていた。

 

「…璃奈、俺らもう寝るけど…」

 

「うん。私はまだ作業をしてるから。うるさかったらごめんなさい」

 

「いや。俺と嵐珠は二人で寝る。ベッドは開けとくから。無理、するなよ」

 

「ありがとう」

 

璃奈は一度もPCの画面から目を離さないで会話を終えた。瑠和は後ろ髪を引かれる思いで嵐珠と一緒にベッドに入る。

 

そんな瑠和を見かねて、嵐珠は瑠和の頭を自分の胸に押し当てた。

 

「……寝るときくらい。気を楽にして。嵐珠が抱き締めててあげるから」

 

「…悪いな」

 

瑠和は嵐珠に甘え、その胸の中で瞳を閉じる。

 

(…歌の力を信じる…そんなこと……できるのか…できたとして、俺は何をすりゃいいんだ…)

 

 

 

続く

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