彼方の近衛   作:瑠和

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ああ……二月、か。遠いようで、早いな。最終章迎えても異世界やらその後の話やらでまだまだストーリーつむげたらいいな。

ちょっと遅れてすいません。


第九楽章 照らす

「ん………」

 

瑠和は目を覚ました。目の前には嵐珠の顔がある。これまで見たことがないくらい、幸せそうな顔で寝ている。瑠和はそんな嵐珠の顔に微笑みながら起き上がると、璃奈とトウカがまだ作業しているのが見えた。

 

「…………璃奈…夜通し作業してたのか?」

 

「時々仮眠は取ってたから、大丈夫」

 

画面から視線を外さずに璃奈は答える。

 

「…………お腹、すいてないか」

 

「それなりに食べてるから大丈夫」

 

璃奈のまわりには栄養バーの包み紙が落ちている。ちゃんとしたものを食べないとだめだと伝えたかった。しかし、今の瑠和にそんなことを伝えられる勇気はない。

 

「………」

 

瑠和は嵐珠に布団をかけなおしてやり、部屋から出た。朝食には早いし、二度寝する気にも、そのまま部屋に居座る気にもなれなかった。

 

ふとホテルの案内図を見ると、屋上に行けることが書いてあった。気分転換に外の風にあたるにはちょうどいいと思い、瑠和は屋上へ向かうことにした。

 

 

 

―屋上―

 

 

 

瑠和は屋上にあがる。大阪の空は昨日とは打って変わって曇り空。おまけに朝霧がすごくて景色もまともに見えない。

 

朝ゆえの少し冷たい海風が瑠和の長く伸びた襟足を揺らす。

 

(恋人を選ぶことも、大阪に来たことも、全部、よかれと思ってやったことなのに…。正しいと思ってやったことが全部裏目に出てるみたいだ…)

 

ここまで来たのに、何もできなかった。ホテルを用意したのは嵐珠だし、いま協力してるのはトウカ。ここまで来てできたことといえば、璃奈を泣かせただけだ。

 

「なんで………どうしてこうなった………なんで俺は…なんのために俺は…」

 

(記憶をなくす前の瑠和君と違うのは……少なくとも信じているものが一つだけあった。スクールアイドルの、ううん、歌の力)

 

侑はそう言ってた。だが、それを信じたからと言って、どうなるのだと瑠和は疑問に感じていた。

 

「人間なんて、みんな嘘つきだ。みんな口から出す言葉と見える顔色が違う。そんな誰かを信じるなんて………」

 

他人を信じられない。だがもはや、自分にできることはなにもなくなってしまった。何もできない悔しさに、涙がこぼれそうになった時、スマホにメッセージが届いた。

 

「…?」

 

見ると、しずくからのメッセージが来ていた。開くと[起きていますか?]と書いてあった。正直今はあまり返事する気にもなれなかった。しかし、初日からしずくには世話になりっぱなしだし、既読も着けてしまった。返事をしないわけにもいかない。

 

[起きてるよ]

 

 

 

 

ー沖縄 ヒルトン ホテル前ステージー

 

 

 

まだ人の気配がない早朝、昨晩の喧騒とはうってかわって静寂に包まれたステージに、しずくと彼方は立っていた。

 

二人は並び立ちながら瞳を閉じていた。しずくが送ったメッセージの返事を静寂の中待っている。

 

「しずくちゃん、緊張してる?」

 

「………すこしだけ。でも大丈夫です」

 

「どうして?」

 

「だって私は、先輩に魅力的だって言われてる女ですから」

 

「……そっか」

 

短い会話を終わらせたとき、返事が来た。

 

「…先輩、もう起きてるみたいです」

 

「…わかった、じゃあ、始めよう」

 

 

 

―大阪―

 

 

 

 

E N T R Y

 

KONOE KANATA

OSAKA SHIZUKU

 

 

『『おっはよ~!!!♪』』

 

「………っ!」

 

瑠和がアプリを開いたと同時に、しずくと彼方の元気な声が、あふれ出してきた。その輝きに、元気さに、瑠和は圧倒される。

 

『騒ぐぜ太陽凛凛凛 Hi!!♪』

 

『咲かせたら色とりどりに Hi!!♪』

 

「これは………」

 

瑠和は記憶を失ってから彼方の曲は全部聞いた。その曲は、全部幻想的で、神秘的な曲で、その世界に入り浸ってしまうような不可思議な曲ばかりだった。

 

だがそれらの曲とは打って変わって、元気で、楽しくて、明るい曲。

 

その歌を歌う二人は、笑顔だった。

 

昨日まで争い合っていた二人が、手と手を取り合い、大切な人を元気づけるために協力する。

 

そんな不思議な関係の二人は正しく

 

 

 

「ワンダーメイツ……」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

曲が終わり、瑠和はその場に跪いていた。瑠和はその衝撃に魂を揺さぶられたからだ。

 

「そうか、これが、歌の力…。言葉だけじゃ足りない…言葉ですら足りない気持ちを……」

 

瑠和は胸を抑える。胸の奥底から、温かい気持ちが湧き上がってくる。

 

「心を補うための……………これが、スクールアイドルの………魅力…か。曲や本人のカリスマ性じゃない。元気付けてくれる歌。誰かに寄り添おうという気持ち。それは相手を信じているからだ。それをダンスで、歌で、表情で伝えている………受け取ってくれる相手がそれを正しく受け止めると信じて」

 

瑠和は昨日の璃奈の言葉を思い出す。

 

(………ミアちゃんの、背中を押してあげたいの)

 

「………璃奈も一緒か………でも、それなら………だけど……絶対にそうなるとは限らないじゃないか……何より、それは璃奈の本心じゃ……」

 

「受け止めてくれる相手の気持ちも考えたか」

 

「え」

 

声が聞こえた。よく見るとあたりをを包む朝霧の中に人影が見えた。それが誰かなんてどうでもよかった。でも瑠和は助けを求めたかった。

 

「……………俺は、ずっと他人の顔の色を感じながら生きてきた。表面上は笑顔でも、腹黒いコト考えてるやつ、その逆なやつ………みんな表に出す顔なんて、嘘偽りばっかりだ…………だから俺は、人を信用できない………お前は信用できるのか?」

 

「………さぁな。信じられなくても、託すことはできる」

 

それを言われた瑠和は、目から鱗が落ちたような気がした。

 

「………そうか。なら、お前に託すよ」

 

霧が晴れていく。霧の先にいた人物は、瑠和本人。

 

瑠和が話していたのは、記憶をなくす前の瑠和の幻影だった。

 

 

 

―沖縄―

 

 

 

「……はぁ………はぁ……」

 

「はぁ………はぁ……」

 

早朝から全力で歌った二人は歌い切ると同時に息を切らしながらその場に座りこんだ

 

「伝わったかなぁ………」

 

「…………どうでしょう………」

 

その時、しずくのスマホに通知がくる。

 

[二人ともありがとう。おかげで今やるべきことが分かった]

 

それをみたしずくと彼方は顔を見合わせて笑った。

 

 

 

―瑠和たちの部屋―

 

 

 

部屋では、ようやく改造した新しいボードが完成し、それを試着している璃奈がいた。外装のデザインはトウカが着けているヘルメットと酷似したデザインになった。

 

「付け心地はどう?」

 

「うん。いい感じ。トウカちゃんがつけてくれたハッキングシステムも良好。これなら、いける」

 

「………ところで、どうして私のやつをモチーフにしたの?」

 

「なんだか、トウカちゃんには、私に近いものを感じたから………っていう理由だけじゃダメ?」

 

「………ううん。さ、じゃあ最終調整して始めよう」

 

「うん」

 

最終調整を行うため、璃奈はボードを一旦解除して外す。

 

「いた、いたたたた」

 

だが、その際に髪の毛が何本か引っ掛かってしまう。

 

「あ、大丈夫?髪の毛はねてるから、引っかかりやすいみたいね」

 

「何か、縛るもの……」

 

何かヘアゴムのようなものがないか探そうとしたとき、璃奈の髪の毛に触れる人物がいた。

 

「え」

 

その優しい手つき、璃奈が振り返ると、そこには瑠和がいた。普段解かない襟足の髪を解いた状態で。その姿の珍しさに璃奈は一瞬驚いた。

 

「お兄ちゃん?」

 

「よかったら、これ使ってくれ」

 

瑠和はヘアゴムを差し出す。瑠和の髪を止めていたやつだ。璃奈は瑠和のその行動にさらに驚く。髪を解かないこともそうだが、急に協力的な態度になったことに疑念を抱いたのだ。

 

「…………なんで」

 

瑠和は微笑んで璃奈の髪の毛をまとめ始める。

 

「俺は俺の想いを仲間に託す。俺ができるのは、それくらいだからさ」

 

瑠和の言葉を、声を聞いた瞬間、璃奈は目を見開く。それは家族で、ずっとすぐそばにいた璃奈だからこそ、そのほんのわずかな変化に気付けたのだ。

 

声の質といえばいいのか。同好会の出会いで少しずつ性格が丸くなっていくと同時に、瑠和の声もどこか丸くなっていく感覚があった。しかし、記憶を失ってから瑠和の声の質はもとに戻ってしまった。

 

だが、今の瑠和の声は、まるで、いや、正しく。

 

「お兄………ちゃん?」

 

「………よし、結べた。行ってこい、璃奈」

 

「…………う、うん」

 

瑠和は璃奈の髪を結び終わると、そのままベッドに戻る。まだ眠っている嵐珠の髪を撫でながら、璃奈を見た。

 

「俺は、ここにいなきゃいけないから………お前はお前の目的を果たせ」

 

「………うん」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

それから璃奈、いやA.L.A.Nによるハッキングライブが行われた。トウカが作った並列分散リンクシステムにより、町にあるあらゆる画面をハッキングし、必ずミアが見れるように

 

璃奈は同好会メンバーがいるホテルに帰らず、おまけに連絡も取れない状況になる。

 

「………もしもしるなりん!?」

 

『…もしもし?』

 

眠そうな声で瑠和が電話に出た。

 

「ライブ、見た!?でもりなりーが連絡が取れなくて」

 

『そうか』

 

「そうかって………心配じゃないの!?」

 

妙に落ち着いた瑠和の対応に、愛は違和感を覚える。訴えかけるが何か妙に流されているような態度。昨日璃奈を心配して大慌てで大阪に来た時とはまるで違う。心配していないというより、無関心になったような。

 

『俺が送り出した。璃奈の近くに知り合いもいる。あんま心配するな』

 

「………でも」

 

『大丈夫だよ。愛』

 

「え?」

 

愛は一瞬、大きな違和感を感じた。正確には違和感というよりというか懐かしさだ。だが、その正体がわからないうちに電話は切れていた。

 

「るなりん………?」

 

 

 

―ホテル―

 

 

 

「………こんな感じで良かったか?」

 

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

 

璃奈は瑠和の隣で寄り添っていた。夜通し作業をして、その直後にライブをやって。さすがに璃奈も疲労困憊だったのだ。そして璃奈は、同好会メンバーに会いたくないと瑠和に言った。瑠和はそれを了解し、かくまったのだった。

 

「疲れたろ。ちょっと寝るといい」

 

「うん……おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ」

 

瑠和の脇で璃奈は寝息を立て始める。瑠和は璃奈の頭を撫でながらその寝顔を眺める。瑠和は小さく微笑んだ。

 

「嵐珠の時よりうれしそうじゃない?」

 

「そんなことはねぇよ」

 

その逆サイドには嵐珠がいた。璃奈が瑠和に密着して眠っていることに不満を持っているようだった。

 

「確かに俺の今の一番はお前だよ。でも、仮にお前と結婚したとしても、俺は璃奈の兄ちゃんなんだ」

 

「じゃあ、天王寺璃奈に恋心は抱かない?」

 

トウカが目の前に現れ、言った。急な言葉で嵐珠は少し驚いたようだったが、瑠和は特に表情を変えない。

 

「………璃奈の気持は嬉しいよ。何年もほったらかしにしたのに、俺を兄として認めてくれた、それどころか男として見てくれた。でも…………きっと、俺が璃奈を愛することは………いや?女として扱うことができないかもしれない。もしも女として見たときは………」

 

瑠和はそこで言葉を詰まらせる。だが、なんとなく言わんとすることを二人は理解した。瑠和が璃奈を女として扱う時、それはきっと理性を犠牲にするときだと。

 

血の繋がった妹を抱くとはそういうことだ。

 

瑠和の言葉を聞いたトウカは、小さくため息をつく。

 

「ねぇ、髪、切ってあげようか」

 

唐突な提案に、瑠和は少し驚いた。しかし、その提案の意味を瑠和はそれとなく理解し、受け入れる。

 

「…………そうだな。できるのか?」

 

「任せて。嵐珠さん、璃奈さん任せていい?」

 

「ええ、それは構わないけど………アナタ、瑠和を狙ってるんじゃないでしょうね」

 

嵐珠がトウカを訝しみながら尋ねる。トウカは肩をすくませる。

 

「…………まさか」

 

 

 

―屋上―

 

 

 

屋上の広場にブルーシートを敷き、その上に椅子を置いて瑠和を座らせる。そして、首だけ出すようにビニール袋をかぶせた。

 

「簡素な感じだけど、許してね」

 

「ああ。じゃあ頼む」

 

「始める前に聞いていい?」

 

「なんだ?」

 

「アナタの襟足の髪、璃奈さんへの贖罪なんでしょう?本当に切っちゃっていいの?」

 

その言葉に、瑠和は一つの確信を得た。そのことは、彼方にしか話していないはずのコトだった。彼方以外に話したこともなければ、彼方が誰かに、少なくともこんな得体のしれない少女に話すことはないと感じていたからだ。

 

「ああ。やってくれ」

 

「………わかった」

 

髪を少しずつ切り落としていく。兄として璃奈を思って伸ばしていた髪。それを切るということは、新たな一歩を踏み出すケジメともいえることだ。

 

「…………なぁ、トウカ」

 

「?」

 

「お前は―――――――――――」

 

瑠和の言葉に、トウカは手を止める。なんと言ったかは、まだ明かされる時ではない。

 

「………………バレちゃったか」

 

瑠和の言動を見ていて、トウカの方もある程度真実にたどり着いているであろうという想像はできていた。だから瑠和の言葉にも驚く気配はない。

 

トウカは同好会メンバーの前で必ずつけていたヘルメットのロックを解除し、外した。

 

 

 

―瑠和たちの部屋―

 

 

 

瑠和が部屋に戻ると、嵐珠はおらず、璃奈はすでに起きていた。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

「璃奈、起きたのか」

 

「うん、嵐珠さんが軽食買いに行ってくれてる……………随分短くなったね」

 

璃奈はかなり短くなった瑠和の髪を見て少し驚く。後姿で見たとき、璃奈と瑠和は遠目では判断できないくらいだった。だが、今の瑠和は耳は出ているし、見間違われることもない。

 

「ああ。この季節だとちと寒いな………ひょっとして似合ってないか?」

 

「ううん、全然いいと思う」

 

そんな時、嵐珠が軽食を買って帰ってきた。

 

「あら、瑠和、髪は切……………」

 

「お、嵐珠、ありがとうな…………嵐珠?」

 

瑠和の姿を見た嵐珠は動きを止めた。持っていた買い物袋を地面に落とし、呆然としながら瑠和を眺めていた。嵐珠らしからぬ行動に、瑠和が首をかしげていると嵐珠が唐突に動き出した。

 

「太棒了!瑠和!!!」

 

目にもとまらぬ速さで瑠和は嵐珠に担がれ、そのままベッドに叩きつけられ、嵐珠に馬乗りになられた。

 

「ら、嵐珠!?」

 

「き、昨日の夜からずっとお預けされて………そんなハンサムな姿で目の前に来られて、我慢できるわけないわ!嵐珠と今すぐ一つに…」

 

嵐珠の目にはハートマークが浮かんでいるように見えた。考えてみればあんなムードのある状況から一転して現在に至ってるわけなんだから欲求不満も当然だ。

 

璃奈とトウカの間の前だというのに嵐珠はお構いなしに服を脱ごうとした。しかし、上着を放り投げた嵐珠の手に何か小さい機械がくっついた。

 

「え!?」

 

嵐珠が何かと思った瞬間、機械から粘着性の高い糸のようなものが壁に向けてに発射され、嵐珠の腕を壁に固定してしまった。

 

「ちょ、ちょっと!何なのこれぇ!」

 

「ごめんなさい嵐珠さん。気持ちはわからないでもないけど、抜け駆けは禁止だよ」

 

装置を飛ばしたのはトウカだ。これは昨日瑠和を落としたときに瑠和に着けたものと同じ装置だった。瑠和は小さくため息をついて嵐珠の頭を撫でる。

 

「………嵐珠。悪いけど、これはトウカの言う通りだ。でも、約束する」

 

「……何を?」

 

「決着は、皆でつける。全部終わって、もしお前が俺の隣にいたら…………その時は、必ず満足させてやるって」

 

「…………約束よ?」

 

「もちろん」

 

瑠和は嵐珠に軽くキスをしてから璃奈の前に行く。

 

「それで、これからどうするんだ?」

 

「……行きたい場所があるの。本当は、皆で行きたかったんだけど…」

 

「………じゃあ、兄ちゃんと一緒に行くか」

 

瑠和は璃奈を軽く撫でてから外に行く準備を始める。それについていこうとした嵐珠は腕の粘着糸を外そうとする。しかし、硬くて全然外れる気配はない。

 

「ね、ねぇこれ全然外れないんだけど!」

 

「ああ、それ素手じゃ多分取れないけど、5分くらいで自然と溶けるから心配しないで」

 

「ええ!?」

 

「おいちょっと待て、なら最悪俺は昨日ビルの間に5分間は宙づりにされてた可能性があるってことか?」

 

使われた機械は瑠和が璃奈の前に投げられた時と同じもの、そこから射出されたものも全く同じだ。あの時偶然服が破れなければ瑠和は粘着糸が消えるまで璃奈に気付かれず宙づりになっていた可能性があることに気付く。

 

「………………」

 

トウカは顔を逸らして黙った。

 

「おい!!」

 

 

 

―梅田スカイビル―

 

 

 

「ここか…………」

 

「うん」

 

璃奈は瑠和を連れて梅田スカイビルの展望エリアまで来ていた。日がかなり傾き、美しい夕日が見ることができた。

 

「……………覚えてる?昔、家族で東京タワー登ったの」

 

璃奈はまだ瑠和と一緒に暮らしていた小学生時代の思い出を尋ねる。瑠和にとっても璃奈にとっても一番楽しかった時代だ。忘れるわけがない。

 

「あったな。そんなこと」

 

「それからね、高いところからの景色を、大切な人と一緒に観るのが………好きになったの」

 

「そうか」

 

璃奈は瑠和の肩に頭を預ける。

 

「ねぇ…………お兄ちゃん。いま、キスしてって言ったら、してくれる?」

 

「…………してやれないことはない。でも、璃奈はそれで満足か?」

 

「………………ごめん」

 

「いいさ」

 

そんな時、瑠和のスマホにミアから電話がかかってきた。瑠和は璃奈の頭を軽く撫でててから少し離れて電話に出る。

 

「もしもし」

 

『Hey!いま何が起こってるかわかってるのか!?』

 

電話に出るなりミアはすごい勢いで叫んできた。

 

「なんだいきなり」

 

『いま、グランプリのアプリが不具合起こして止まっちゃってるんだ!』

 

「………」

 

詳細を聞くと、アプリが朝から妙に重く、A.L.A.N即ち璃奈がライブを行ってからさらに重くなり、先ほど接続が維持できなくなり、急遽メンテナンスになったそうだ。おまけにその原因がA.L.A.Nにあるのではないかという言いがかりまで出てきている。

 

「で、?俺は生憎璃奈と違ってアプリだなんだに詳しくはないんだけどな」

 

『君にそんなこと期待するわけないだろ!…………璃奈と一緒にいるんだろ?』

 

「いたとして、なんだ?」

 

『すぐに声明でもなんでも出して、誤解を解いて………ともかく!なんでこんなことしたのか………みんなに………同好会のみんなに言うべきじゃないのか!?みんな心配してる!』

 

「わからないか?璃奈がどうしてこんななことをしたのか」

 

『………』

 

わからないわけがない。しかし、なぜかミアはその返答に詰まった。理由は本人にもわからない。瑠和は小さくため息をついた。

 

「璃奈は俺の妹だからな。相手の「想い」を察するのが苦手なんだ。合理性ばっか追い求めて…。一人で突っ走る。今の璃奈によく似た俺の姿、ちょっと前に見たやつらがすぐそばにいるからよ。後は託すぜ。ミア」

 

『え?』

 

「どんな結果になっても、俺は気にしない。だから、お前は………………お前の心に従え」

 

それだけ伝えて瑠和は電話を切り、スマホの電源も切って璃奈の横に戻った。

 

 

 

―ホテル―

 

 

 

「るなりん、なんだって?」

 

ミアがスマホを下すと同時に愛が結果を聞いてみるが、ミアは肩をすくめるばかりだった。璃奈がいなくなり瑠和に保護されているという連絡はあったものの、いまや二人とも行方不明といったところだ。

 

さらにA.L.A.Nのせいで通信障害が起きているのではという話も出てきたので璃奈を心配した同好会は一縷の望みをかけて瑠和に連絡を取ってみたのだ。

 

「………なんか意味の分からない事言ってた……璃奈は瑠和に似てるから、相手の気持ちを考えないで一人で突っ走るって………それをよく知ってるやつが近くにいるとか………」

 

「相手の気持ちを考えないで勝手に突っ走る………」

 

愛は、そんな人間を、いつか見たような気がした。脳裏に一瞬よぎったその姿を、愛は鮮明に思いだそうとした。そう、あれはたしか、まだ一学期の頃

 

(違う…っ!違うんだ璃奈!!俺のせいなんだよ…お前がそんな風になったのは全部……全部俺のせいだ!)

 

そう涙を流しながら話す姿を愛は思い出した。

 

「あ…………」

 

「愛ちゃん?」

 

「何か思い出したんですか?」

 

「ほら!りなりーがライブやる前に閉じこもっちゃったときあったじゃん!あの時のるなりんとりなりーを重ねてるんじゃないかな!」

 

「………それって僕がまだいないときの話?」

 

「うん」

 

愛はミアに当時のことを話した。璃奈の気持ち、つまり璃奈自身は兄と一緒にいたかったのに、その気持ちを考えようともせず勝手に決めつけて、一人で突っ走ってしまったこと。自分の気持ちを素直に伝えることはふたりにとってその時難しかったが、勇気を出して一歩踏み出したこと。

 

「そうか…………瑠和は僕に託すって言ってた!それってひょっとして……」

 

「………うん、きっと、ミアち次第ってことだよ」

 

 

 

―瑠和が泊まっているホテル―

 

 

 

「もう手は外れたんだし、追ってくれば?」

 

「…………」

 

トウカの装置から射出された粘着糸はとうに溶け、嵐珠は自由の身となっていた。しかし、嵐珠はホテルから出ようとはしなかった。

 

「今は瑠和と璃奈の大事な時間だから………」

 

「………ひょっとして、自信なくしてない?」

 

トウカの問いに嵐珠はハッとする。反応を見たトウカは(やっぱりね)という顔をした。さっきの妙に先走った行動も、きっと自信のなさの表れだろうと感じた。

 

「そこまで落ち込むことじゃないでしょ」

 

「……………だって、嵐珠、瑠和の助けになりたかった………そのためにここまで来た………なのに…嵐珠の行動で、瑠和を元気にさせてあげられなかった……」

 

「………」

 

トウカは嵐珠の隣に座り飴を差し出す。

 

「…………ありがとう」

 

「何でもかんでも解決してあげるのが愛情じゃないでしょ。アナタはアナタにできることを探してみたら」

 

「嵐珠に……」

 

 

 

―スカイビル―

 

 

 

気付けば日は沈み、夜景が美しくなる時間になっていた。そんな中、瑠和と璃奈は他愛のない話をしながら、二人きりの時間を過ごした。

 

 

どれくらい時間が経っただろう。

 

 

数時間な気がするし、

 

 

数分だった気がする。

 

 

展望エリアに走ってくる音が聞こえてきた。

 

 

「璃奈!瑠和!!」

 

「ミアちゃん………」

 

「………」

 

ミアの姿が見えた瞬間、璃奈は少し不安そうに瑠和を見た。

 

「……大丈夫だ。仲間を信じろ」

 

瑠和はそう伝えるとミアの方へ歩を進める。急に前に出てきた瑠奈にミアは少し怖気づく。

 

「な、なんだよ…」

 

「………俺の伝えたいことはもう伝えた。それだけだ」

 

瑠和はミアの肩を叩いて二人のそばから離れた。瑠和の言葉の意味を考えながら、思い出しながら、ミアは璃奈の前に行く。

 

「…………こんなところで何してるんだよ、なにが起きてるのか、知らないの?」

 

「知ってる」

 

二人の会話を聞きながら、瑠和は展望エリアを後にして下の階へ降りようとする。しかし、そこにちょうど大阪に来ていた同好会組とクロエがやってきた。

 

「瑠和君!?」

 

「ええ!?るなりん!?なんかイメチェンしてない!?」

 

だいぶ様変わりしている瑠和に驚きつつも全員瑠和の前で止まる。

 

「………お前ら」

 

「ミアち来てない!?」

 

「もう来てるよ。話してやったらどうだ。俺はもう…」

 

もう自分にできることは何もない。そう判断して離れようとしたが、果林に腕を掴まれて引っ張られた。

 

「何言ってんの!一緒に行くわよ!」

 

「うぉぉ!?」

 

再び展望エリアにもどされた瑠和は再び話をしている二人を遠くで見つめる。

 

(……ミアのあの様子なら大丈夫だろ)

 

「ああ、そうか、これが僕の、本当の気持ちか」

 

ミアは歌う。ようやく気付いた自分の本心を歌詞に乗せて。それをクロエの前で歌ったと言うことは、ミアは振り切ることが出来たのだ。家族のトラウマを。

 

ミア・テイラーとしての心からの歌を届けた。

 

「……帰るなんて言って、ごめん」

 

「離れたくない気持ちを、必死に隠してたのに、隠しきれてなかったんだね…」

 

璃奈は己の行動を後悔しつつ、ミアが伸ばしてくれた手を取ろうとした。ミアはその手を無理やりつかみ、自分の方へ引き寄せた。

 

「……璃奈のボードは、気持ちを隠すためにあるんじゃないだろ?」

 

そして、ボードの解除ボタンを押して改造されたボードを外した。

 

そのときだった。

 

まるで、役目を終えたかのように、璃奈の髪を縛っていたゴムは自然と千切れ、地面に落ちた。

 

「……ミアちゃん、ごめんね。きっと私も、ミアちゃんに気持ちを歌にして届けるべきなんだと思う…」

 

「いいよ、璃奈。璃奈が歌を届けたい相手がいるのは十分理解してるから」

 

そういってミアは瑠和を見た。

 

「…………ありがとう、ミアちゃん。お帰りなさい」

 

「ああ、お帰り、璃奈」

 

ミアの帰国問題、そして璃奈がいなくなった問題は解決した。瑠和がここまで来た理由ももうなくなった。しかし、急に沖縄に帰ると言うこともできないのでとりあえずもう一泊することとなる。

 

それに、まだ全てが済んだわけでもなかった。

 

 

続く

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