改訂した一話を先に見る事を強く推奨いたします。
東三局0本場 七巡目 ドラ:{南}(ドラ表示牌:{東})
「立直!」
先制したのは御影の方だった。
淡の絶対安全圏が消えたとはいえ、御影の
黙聴ではなくわざわざ立直をかけてきたという事は、ツモりやすい両面待ち以上か、それとも出和了りしやすい字牌待ちか、或いは打点を上げるためなのか……。卓上の面子はそう思い、捨て牌を見る。
御影捨て牌:{⑨東5五南二横4}
比較的中張牌が多く、一見
(……とりあえず、危険そうな所以外は全部通す)
分からない時はある程度絞って全ツッパ。元より防御が得意でなく、全て直感に頼り切っていた淡にとって、それは自らの知りえる最低限度の防衛方法だった。捨て牌読みなど凡人のする事と侮蔑していた事を密かに後悔しつつ、淡はツモった牌を手牌に入れる。
{五六③③④⑥⑦4588白白} ツモ{④}
―――打、{5}
取りあえずの塔子から中抜きしての現物打ち。ほんの数分前の淡であれば激昂していてもおかしくはない打ち筋である。格下である相手に対し、安牌を打たされるなど屈辱の極み―――しかし、そんな傲岸不遜さは今の淡には存在しない。自分に伍するかもしれない存在であり、宿敵であると認識した御影である。その位
無論現物なので和了の声が上がる筈もなく、ツモ番は淡の下家に移る。悩む下家が打った牌は{6}。これもまた和了の声はなし。このまま何事もなく回ってくれ……卓上の思いが一つとなる。―――けれども、その祈りは届かない。
御影のツモ番、可視出来る程の力の奔流が御影を中心に吹き荒れる。尋常ならざる気配に、淡の肌が粟立った。これは―――デカいのが、来る。
「―――ツモ、立直一発三色平和。………裏乗らず。3000・6000」
淡の予感に違えず、御影は和了の声を上げた。先制立直からの一発ツモ……文句なしの跳満である。
淡の背筋にぞわりと寒気が走る。一刻一刻その嵩を増していく御影の力は、もはや嵐に荒れ狂う濁流のソレに近い。生半な者であれば激流に浮かぶ藁の如く飲み込まれて溺死するしかないだろう。しかし、そんな御影に勝った時にこそ、大星淡という存在は真に完成する。その想いが、淡の気持ちを昂らせる。
しかし、そこいらの雑魚と違って容易にねじ伏せられない以上、御影を倒すのにはそれ相応の努力を重ねるしかない。その為に、御影はどんな和了をしたのかと手牌を覗き―――淡は、その和了のどこかに違和感を覚えた。
御影が晒した手牌はこうである。
{二二七八九⑦⑧⑨34578}ツモ{9}
そしてその捨て牌がこう。
{⑨東5五南二横4}
一見、何の変哲もない上の三色である。しかし、何かがおかしい。そう思い考える事数瞬、淡は違和感の原因に気が付いた。それは二つ。親である淡の下家の{6}見逃し、そして立直直前の{二}のツモ切りである。
親の{6}で和了していれば、幾ら安目だろうと立直一発平和で30符3翻の3900はあったのだ。それを敢えて見逃しての高目一発{9}ツモ。明らかに通常の打牌ではない。
まだ早い巡目であるし、{9}をツモれば3翻上がる。が、裏ドラのあるこの麻雀で役に拘る理由は殆どないと言っていい。ここで和了らないのは非合理的に過ぎるというものだろう。
そしてそれと同じ位{二}ツモ切りにも違和感が残る。
ここで御影の手牌を立直一巡前に戻してみる。{二}の次に切った牌が{4}。となれば恐らく御影の手牌は―――
{二二七八九⑦⑧⑨44578}ツモ{二}
そしてここから{二}ツモ切りの後、{3}を引いたので{4}を打ったのであろう。でなくばあの和了形で{4}を温存しておく理由がない。しかし、ここにこそ違和感の原因が存在する。そう、この手牌で{二}ツモ切りは
何故ならばこの手牌、{5}切りで聴牌するのだから。
無論、面子の中に暗刻がある以上、平和はつかない。高めを引いても立直三色で40符3翻の手である。しかし、両面である程度{36}を引く確率が高いとはいえ、所詮は平和が追加されるだけの事。点は殆ど変わらず、聴牌を蹴ってまでやる事ではない。
それなのに敢えて聴牌を蹴ったという事は、{3 6}を引く自信があったのか、それとも―――――。
その時、コペルニクスも真っ青な転回が淡の脳裏を駆け巡る。
―――実はこの時、既に御影は聴牌していたのではないか?
つまり、立直一巡前の御影の手牌は
{二二七八九⑦⑧⑨34578 }ツモ{二}
であり、ここから{二}をツモ切り、次巡ツモってきた{4}を二回連続ツモ切りでは聴牌していた事が露見すると思い、何気ない顔で手牌の{4}と入れ替え立直を掛けたのではないか。
淡がそう考えた理由は、立直の掛け時にある。所詮平和を入れた所で、御影の手は立直平和の30符2翻、高目をツモってようやく満貫になる程度の手である。それが跳満にまで飛び上がったのは、一発ツモという役が付いたからに他ならない。
だからこそ淡はこう考えたのだ。外城御影は一発ツモを狙うため
余りにも馬鹿げた思考。平和を付ける為に聴牌から一向聴に戻したという先の思考の方がまだしも現実味がある。けれども何故か、淡はその考えを捨て切る事が出来なかった。いや、むしろ半ばその考えが正しいと確信していた。
過程をすっ飛ばして正しい答えを掴むもの、それが勘である。その存在を淡は信じていたし、自らのソレが他者よりも格別に優れていると知っていた。その勘が囁くのである。
となれば、だ。
先局の和了の仕方も勘案すれば、御影の
「―――ミカゲって、凄いね」
その言葉に、御影は思わずたじろいだ。
淡のその言葉に籠められていた感情は、紛れもない
自らにないものを持った者に対する、敬意の表れであった。
「―――何、を」
始めて受ける理解不能な感情に、ただ戸惑うしかない御影。異能者は須らく醜悪な弱者である、という思いを持つ御影にとって、自分が尊敬されるというのはありえてはいけない事であった。
勝ちへの執念を理由に
だが、そんな御影を真っ向から見据えて、淡は続ける。
「上手く言えないけど、貴女は私にはない物を持ってるんだと思う。それは多分今の私には理解不能で……だからこそ、そんな貴女を凄いと思う」
御影の
もし淡の想像が正しければ、御影の
しかし、淡が御影に対して敬意を抱いたのはその
むしろその逆、その
確かに御影の
けれども彼女はその劣等感を乗り越えここにいる。その原動力が何であるのか、それは淡には分からない。愛、執念、友情、絆。もしくは淡には理解不可能な何がしかの感情であるかもしれない。だがそれらのどれであっても、今まで御影が辿ってきた道程は本物だ。例えそれがどれ程歪で捻じ曲がり、傷付き汚れた物であっても、御影の想いは淡の目を惹きつける。自分でも不思議な位胸の底から湧き上がってくる感情を、淡は自然に受け入れた。艱難辛苦を前にして、挫けずめげず立ち上がる。ああ、どうしてそれを言祝がずにいられようか!
「―――けど、だからこそ。私は、私の凄いと思う人に、私も凄いと思って欲しい!そのために、今の私の全霊を見て欲しい!」
その時、淡の中心に光が宿る。仄かに揺らめくそれはまだ淡く小さいものではあったものの、確かに淡の心中を照らし出す。ああ、そうか、と淡は唐突に悟った。『絶対安全圏』など、元よりただの副産物にすぎなかったのだ。そう、今この胸に灯る燈火こそが、淡に宿る
淡はただその温かさに身を委ね――――――また一歩、麻雀という深淵に近付いた。
「………」
御影の中に
何かよく分からない、けれどどこか懐かしい不可思議な感情。長く荒んでいた胸の端に、それはひっそりと根付いた。何故だかそれは苦痛ではなく……。だが、そんな感情の残滓を、御影は頭を振りかぶって追い払う。雑念を交えて勝てる程、目の前の敵は甘くない。ただ勝つ。そのために自分は自ら望んで
東四局0本場 ドラ:{⑥}(ドラ表示牌:{⑤}) 親番:御影
決意を胸に新たな山から牌を摸打する御影を横目に、淡は晴れやかな顔をしていた。
それは、ある種の境地に到達した者しか成しえない、子供の様に無垢な笑み。私は新たな領域に至る事が出来たのだと、その笑みが如実に語っていた。どうして今までこんな事が出来なかったのか?一度自転車の乗り方を覚えた者が補助輪を付けていた時期を思い出せない様に、今の淡には“この能力”に目覚めていなかった時期を思い出す事が出来ない。これがなくば、まさに手足を縛られた様なものであるのに。
そんな事を考えるともなく牌を取り―――――――新たなる怪物が今、ここに覚醒の咆哮を上げる。
淡の胸に灯った燈火が一瞬にして縮んでいく。強風に煽られた火種の様に、それはあっという間に目に見えない程小さくなり――――次の瞬間、光が世界に広がった。
その様はまさに、人を、街を、星を、世界を覆い尽くさんとする光の奔流。地に在りて天をも照らす超越者、大いなる星々の女王。大星淡とはかくたる存在であると、声に出さずともそう主張している。
東二局での御影の気迫をダイナマイトの爆発に例えるとするならば、これはさながら原爆だ。質量の桁が違いすぎて比較の対象にする事さえおこがましい。場は一瞬にして淡の気配に塗り潰される。闘う術も、隠れる場所も、最早どこにもありはしない。これこそが魔物の所業。人の身では到底なし得ない、天の領域に立つ者の御業である。
感受性が強く気の弱い者であれば気絶しかねない程の気迫。しかし、それ程の気を放射しながらもまだ、淡の顔には余裕があった。これはまだ序章ですらないのだぞと、そう告げるかの如く。
そして淡は、かつてない程に昂る心を躍らせて、自らの新たな力を解放した。
「―――立直ッ!!」
―――
持たざる者の嫉妬が御影を焦がす。追い詰められて、ピンチになって、新しい能力に覚醒する?何という
確かに現実は理不尽だ。人生は不平等で、持たざる者は持てる者より多くの苦難が待っている。この世は何故かくも理不尽きわまりないのかと、そう嘆かずにはいられない。けれども、悟った様な事を言って、起こった事から目を逸らし、現実との戦いから逃げる事だけはしたくない。圧倒的に不利だとしても。勝ち目など万に一つであったとしても。誰にだって、抗う事は出来るのだから。
だから御影は、淡の力を羨みながらも……決して屈する事はない。奇跡の一つも起こして見せろというのなら、ああ、いいさ。起こして見せよう。そして淡に告げるのだ。何が魔物だ、何が超越者だ。この程度の事など奇跡でも何でもない、ありふれた出来事に過ぎないのだと―――。
東四局0本場 四巡目 ドラ:{⑥}(ドラ表示牌:{⑤}) 親番:御影
「―――カン」
立直後三巡目。天上より降り注いだかの様な、軽やかな声が響く。しかしそれは同時に、終局を告げる破滅の福音でもあった。
通常、立直中ツモった牌が当たり牌でない場合は捨てなければならない。しかし、何事にも例外はある。立直中暗刻で揃っていた牌をツモった場合、その牌は槓する事が出来るのだ。そしてその牌は―――。
「…………
ドラの暗槓。つまりこれで淡は最低でも二重立直ドラ4……新ドラである發こそ乗らなかったものの、跳満確定である。現時点でもこの化物は一体どれだけ桁外れの領域にいるのかと仰ぎ見て――――御影は、自らの行いを後悔する。視線の向こうに存在する淡は………ただ、静かに笑っていた。しかし、ただそれだけの事で、御影は痛感した。この力は
超重力による恒星圧縮。そしてそれによる原子崩壊と、それによって引き起こされる途方もないエネルギーの輻射―――人はそれを、
しかし、しかし、しかしだ!
やはりそれは、御影が諦める理由には少し足りない。地を這い、辛酸を嘗め続けてきた御影にとって、相手が自分より格上である事など日常茶飯事。今回は、それが些かというのは余りにも力量がかけ離れているという、ただそれだけの事に過ぎないのだ。だから御影は、決して諦めない。どれだけ彼我に差があろうとも、麻雀に絶対はない。ただその信念だけを胸に秘め、毅然と前を向き、淡を見据える。
「―――ああ、確信出来た。今日は、最高の日」
対面のその様子を見て、
ああ、本当に素晴らしい―――最高だ!歓喜の念が淡を包む。余人には理解し難い想いに、淡は身を震わせた。彼女とならば、私はまだまだ先へ行ける。そんな妄想にも近い考えを、淡はこの時本当に、心の底から信じていた。限度なんて知らない、関係ない。この身が崩れようと構うものか。私は今、この世の絶頂にいるのだ!
「ああ、祝わせて!今、御影とこうして戦う事が出来た、紛れもない奇跡を!そして誇らせて!こうして御影と戦う事の出来た、自分自身を!」
今この一瞬一瞬が楽しくて仕方ない。そんな風に猛る淡は、見る間にその存在感を高めていく。熱に浮かされた様にぼやけていく瞳は、一体何を見つめているのだろうか。この世ならざる物でも見つめているのだろうか。しかし、だとしても最早何の不思議もない。神域を訪れようとしている者に、凡夫の理解など及ぶものか。大星淡は今、条理を越えた存在なのだ。
「好き勝手な事を……」
対する御影も、気概だけなら負けてはいない。
神域?化物?何を馬鹿な。見当違いも甚だしい。成る程確かに淡は強い。そりゃあ大した物だろう。そんじょそこらの者になら、負ける道理がどこにもない。自分が神域に潜む魔物であると、そう驕り高ぶるのも理解出来ない訳じゃない。―――けれども。それでもこの世に魔物はいない。いや、居てはならない。いいや、私がこの世に居させない。幻想の怪物を謳うのであれば、幻想のまま消えるがいい!
「驕り高ぶる愚か者、自らの姿を顧みよ!そしてその醜さを知るがいい!この世に魔物は必要ない!」
今この一瞬一瞬が耐え難いものである。そんな風に憤る御影は、見る間にその存在を高めていく。悪寒に苛まれた様に震えるその手先は、一体何を掴むというのか。或いは何も掴めないのだろうか。しかし、だとしてもそれならそれでいいと御影は思う。勝てばそれでいい。他には何も必要ない。そして自らの信念を証明するのだ。麻雀に絶対はないのだと。この世に魔物は必要ないのだと。
互いに呼応しあう二人の気迫に、誰一人として口を挟む事が出来なかった。今明らかにこの場は二人の独壇場。世界は二人を中心に回っている、そう言われても納得出来る程に場は過熱していた。
そんな中、誰にも気取られぬまま、一つの影が雀荘へと迷い込んだ。その影はきょろきょろと雀荘中を見回し………そして、白熱した二人の闘牌に目が向けられた。影はその瞳を微かに見開き………その闘いを目に焼き付ける。それはまさに偶然に偶然が重なった結果の出来事ではあったものの、後から振り返って見てみれば、運命だったのだろう。
ここに、未だ見知らぬ第三者を交えつつ、運命の輪は巡る。
行き着く涯ては何処になるのか、それは誰も知り得ない。ただこの場に集う三人の誰もが予感していた。この闘いが、自分にとっての大きな転換点になるであろうという事を―――。
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