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白糸台高校麻雀部開催闘牌大会。それは、毎年白糸台高校が文化祭の時に行っている小規模な麻雀大会である。
とは言っても人口の多い東京の高校であるからして、参加者はそれなりに存在する。特に今年はインターハイ二連覇を達成したという事もあり、例年に比べてその参加者は多かった。
純粋に白糸台への進学を希望する者、強者との闘牌を望む者、その場のノリで挑む者、親族その他に頼まれデータを取りに来た者。様々な思惑が入り乱れた大会は、混沌として予想がつかない。
しかし、そんな中でも勝ち残るからこそ、白糸台生は白糸台生足り得るのだ。
「おうおう、どないやった自分?まさか一回戦で足切りなっとんちゃうやろな?」
「まさか。そっちこそ、二位通過とかいう無様晒してるんじゃないの?」
一回戦を早々に終局させた裕香と誠子は、まるで示し合わせた様に一所に集まり歓談を始める。
麻雀は運が非常に重要なゲームである。故にどれだけ上手かろうが、時には勢いに乗った素人に負ける事もある。しかし、それでも白糸台部員に敗走は許されない。どれだけ相手がツいていようが、素人に負ける様では話にならない。
それにこれは来年のチーム編成のテストも兼ねているのだ。もし無様に敗北を重ねれば、その時点でチーム選考から外される事は想像に難くない。よって、相手がどの様な素人であろうと気は抜けなかった。
けれども二人はそんな緊張をまるで顔に表さず話し合っていた。負けられない闘牌など、常の事だとでも言う様に。
「抜かせや、ぶっち切りのトップや。余りに可哀想やで、少々手加減したった方が良かった思てた位やに」
「私だって他家を飛ばしちゃって、ちょっとやり過ぎたなって思ってた位だし」
「ええんやにええんやに、そないにうちと張り合わんでも。お前よりうちのが格上なんは明々白々たる事実なんやから」
「この前偶々運良く勝ったからって、そこまで調子に乗れるのは最早才能だな。惚れ惚れするよ」
「なんやと?」
「なにさ」
ぐぬぬぬぬ、と二人は互いを睨み合い、ふっと逸らす。ここでこれ以上の議論に意味はない。次に直に闘う時にその強さを示せばいいのだ。
「まあ、ええに。直接闘う事になるんは準決勝か?そこで白黒付けようやないか」
「いいけど、吠え面かくなよ?」
二人はそう言い合いながら、他の卓へと視線を向ける。流石に二人の卓程早く終わった所は他にないが、それでも他の卓もようやく終局へ近付きつつあった。
その中で二人の興味が向かったのは、やはり大星淡のいる卓である。
あの宮永先輩が欲する者とは果たしてどれ程のものなのか………そう考えるだけで、二人の好奇心が疼いて仕方ない。
僥倖な事に、淡の卓にギャラリーは少なかった。恐らくそこには白糸台部員が存在しなかったからであり、逆に言うと然程レベルの高くない卓だと判断されたのだろう。
けれどもそれは間違いだと二人は知っていた。何故ならその卓には、大星淡がいるのだから。
二人は高鳴る胸を押さえながら、他の人の邪魔にならない様そっと淡の後ろへと回る。さて、どれ程のものかと期待して………そして、余り他人には見せられない様な、女子としてとても残念な顔をした。
南三局0本場 三巡目 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})
淡:{二三八九1358①③③北西}
ツモ:{五}
「ボロボロじゃんか、彼女」
誠子がそう言う様に、今の淡はボロボロだった。南三局の三巡目にしてこの牌姿。そしてこのツモ。誰がどう見ても、この卓の足切りは彼女だった。
「………宮永先輩の見込み違いだったのかな」
半ばあり得ないとは思いつつも、誠子はそう言う。
亦野誠子にとって、宮永照とは既に完成された存在だった。技量、気迫、異能、天運、皆悉くが魔人の域。並ぶ者など考えもつかない、正真正銘の化物。今すぐプロの業界へ入ったとしても、すぐさまトッププロと肩を並べられると信じる彼女の言葉だからこそ、インターハイに出てもいない様な無名の淡を、白糸台に相応しい雀士であると信じた。いや、今も半ば信じている。けれども、この眼前に横たわる動かぬ事実はどうだろうか。
誠子は横のホワイトボードでそれぞれの点を確認する。
東家:14900
南家:48500
西家:27200
北家(淡):9400
三位以下が足切りである以上、淡は二位を蹴落とさねばならない。けれども淡と二位との差は17800。これは跳満直撃か、倍満ツモでないと捲れない点差である。そしてトップとの差に至っては39100。最早三倍満直撃か役満ツモでないと捲れない点差である。そう、端的に言って淡は絶体絶命だった。
「親ももうないから連荘も出来ないし、これは厳しいな」
諦めの気持ちを以って誠子はそう言う。例え自分があの場にいても、親番のない状況で勝ち上がるのはとても難しい。あの宮永先輩であっても余裕綽々とはいかないだろう。いや、宮永先輩ならばそもそもこんな状況に陥る事自体ないか。
そんな風に結論づけた誠子に、それまで静かに淡を見ていた優香が言った。
「何や淡、体調悪そうやな」
その言葉に、誠子は淡の横顔をそっと伺う。その顔は俯いていてよく見えないものの、牌を打つ手に力はなく、逆転するという気迫に欠けていた。
「ん、確かに言われてみればそんな気もするけど………でも、さっきまでは普通にしてたし、そんなに唐突に体調崩すか?普通」
「退院したばっかやし、ありえへんっちゅう事ぁないやろ」
そう言いつつも、優香は恐らくその推論は違っているだろうと確信していた。
入院中であっても、あそこまで酷い淡は見た事がない。何かの病気が再発したと言うには余りにもタイミングが悪過ぎるし、恐らくは精神的な動揺からくるものだろう。
そしてこの場面でその原因となるものと言ったら一つしかない。
―――そう、淡が待ち望んでいた、あの黒い少女に違いなかった。
「え、退院って、そもそもあいつ入院してたの?」
「せやに。うちが肝炎患っとる時に同室やったんや」
「はぁー。成る程そういう知り合いな訳か」
言いながら誠子は思う。成る程、病気であるのなら調子が出なくても仕方ない。病状が直接闘牌に作用する訳では勿論ないが、病で鈍った頭では切り間違いも生まれるだろう。
実際、誠子も一度風邪を引いたまま対局をした時は酷かった。和了していても気付かず、ロン牌は見逃し、他家が立直しているのも分からない有様だった。
それを鑑みれば、淡は頑張っている方なのだろう。点数は低くとも未だ飛んでいない。その事だけでも優秀な証拠と言えなくもないが………しかし、それではダメなのだ。その程度の人間が必要な程、今の白糸台は落ちぶれてはいない。
だからもっと魅せてくれ、と誠子は思う。お前を見込んだ宮永先輩の面子を潰さない為にも、お前の輝きを曝け出してくれ。
南三局0本場 十三巡目 ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})
淡:{一二三八九九九113①②③}
ツモ:{八}
「ようやく聴牌ったか」
安目を引いたとはいえ、打{1}で間{2}待ちの下の三色。{2}はドラであるから、ツモれば満貫である。
「けど、{2}はドラだしトップの南家や二位の西家からは出ないでしょ。それに、あの点差じゃあ満貫和了っても焼け石に水だし、どうするのかな………」
そんな二人を他所に、淡は少し考える様な仕草を見せた。ここは今後の進退に関わる重要な分岐点である。ここで振ればただでさえ細い勝利への糸は更に遠のき、下手をすれば飛んでしまうかもしれない。
そして考えた末に淡が出した結論は―――――打、{八}。ツモ切りである。
聴牌取らず。あくまでも
「淡の目、見てみ」
腑に落ちない顔をしている誠子に、裕香は声をかける。その声につられて、誠子は眼鏡の奥に光る淡の瞳を見た。そこには既に捨てられた子供の様な色はどこにもなく、ただ勝利への道を猛進する一人の雀士がいた。
「あいつ、生き返りよった」
そう言う裕香の言葉には、まるで淡がこの卓で勝ち残る事を確信しているかの様な響きがあった。
しかし、いくら精神的に持ち直したとはいえ、それだけでは勝てないのが麻雀である。淡の和了への道程は余りにも険しかった。まず聴牌に持っていく事が難しい。{1}は河には見えないが、ドラ表示牌で一枚、自分で二枚使っているので後一枚しか存在しないし、{2}は河に一枚見えているだけだが、それでもドラだ。この局面では誰がどれだけ抱えていても不思議ではない。{七}に至っては河に三枚見えている。到底聴牌にまでは持ち込めまい。
それに、淡が和了る前に他家が和了ってしまっては元も子もない。巡目も深いし、誰が聴牌していてもおかしくない。
試しに誠子は淡の後ろから少し移動し、東家の手牌を覗き見た。すると――――
東家:{23488東東東四赤五六⑤⑦}
間{⑥}の愚形だが、ツモり満貫を聴牌済みである。立直をかけないのは終盤であるし、出和了を期待しての事だろう。
既に聴牌っているというのも問題だが、それ以上に{2}が使われているというのが痛い。ただでさえ難しい聴牌への道が、これでまた遠ざかった。
余りにも遠い和了への道に、誠子は眩暈を覚える。無茶無理無謀。こんなものを和了れる者など、それこそ魔物と呼ばれる者しかあり得ない。
けれども。もし本当に淡が宮永先輩の言う様に、白糸台に相応しい人間であれば。宮永先輩と同じ、魔人の域に立つ者ならば。或いは本当に和了ってしまうのではないか。
そんな期待に誠子は胸を震わせ――――そして、次巡。
淡:{一二三八九九九113①②③}
ツモ:{2}
「………何だあのツモ」
まるで必然であるかの様にあっさりと、淡は急所であったドラの{2}をツモってくる。
純全帯三色を聴牌っても顔色一つ変えない淡に、誠子は戦慄を隠せなかった。やはりこの大星淡は只者ではなかった。宮永先輩が淡に目を留めたのは勘違いでもなんでもない。化物は化物同士惹かれあった。二人の出会いは、その結果に過ぎないのだ。
そんな風に戦慄する誠子を他所に、淡はほんの少し思案する様に手牌を眺め、目を閉じた。
何をしているのだろうと、ギャラリーは思う。これが淡が望んだ完成形だろう。
そんな周囲の思惑を裏切る様に、淡はゆっくりと目を開く。
その目は、怪しげな光を伴っていた。
「―――立直」
供託に点棒を置いて、淡は打{八}の{14}待ちで立直を宣言する。
ギャラリーは思った。何を考えているのだこいつは、と。
既に{八}を切っている以上、打{1}の{七八}待ちは振聴である。出和了を目指すのならば、打{八}はなんらおかしい手順ではないだろう。しかし、立直をかけるとなると話は別だ。確かに立直をかければ出和了であっても倍満に届く。けれど現状、淡の河は自らの手牌が
故にどうせツモでしか和了れないのならば、振聴ではあるもののまだ和了れる牌の多い打{1}がセオリーだろう。
結局の所、この立直は出和了り出来るという利点を殺し、万が一の時にオリれなくなったという欠点を作っただけに過ぎない。これは余りにも愚かな所業であり、大き過ぎる点差に正常な判断能力が鈍ったのだろう。
………と、そう言い切れたのなら、どれ程幸福だったのだろう。
しかし、誠子の現実的な判断を押し退ける様に、雀士としての本能が叫んでいた。大星淡が、あの化物が、和了出来ない筈がない、と。
卓上は不穏な空気に包まれていた。
ラス目の、それも親でない立直という時点で、高い点であるのは確定的である。でなくばただ局を進め、自らのチャンスを消してしまうからだ。
けれども現在三位の東家にオリる気はなかった。確かに親である東家は直撃した時その点数は1.5倍になる。振れば四位転落もあり得るし、そうなれば逆転は難しいだろう。けれども、東家はまだ足切り脱却を諦めてはいなかった。
ここでオリれば、十中八九立直を蹴る事が出来るだろう。しかし、それでは親番が流れてしまう。そうなれば今トップ目の南家が親になり、軽い手で和了られてしまう。もしかしたら、二位の西家がわざと差し込むかもしれない。そうなれば、東家に勝ち目はない。
東家には夢があった。白糸台に入り、インターハイで優勝し、良い成績を残し、プロとして活躍するという夢が。そのためには、この様な小規模な大会など余裕で決勝まで行かなければお話にならない。そのための一歩として、まずはこの闘いを制する。その気概を胸に抱き、聴牌を維持して積極的に勝ちに行く気だった。
―――――――{4}を掴むまでは。
………確かに北家の捨て牌は
無論まだ勝ちに行く気ではあるが、わざわざ満貫に振り込む様な馬鹿な真似は御免である。多少悩んだ末、東家は聴牌を崩し、現物の{六}を切った。
他の面子も当然ながら無理をせず現物を切り、淡のツモ番がやってくる。
本当に淡が勝つべき定めにあるのならば、ここで淡は{1}をツモるだろう。立直一発ツモ三色純全帯ドラ1。裏ドラが二つ以上乗れば三倍満である。
緊張のまま見つめる観客を他所に、自然体のまま淡はツモる。
引いてきたのは―――――{九}
「カン」
楽しそうに、淡は{九}を副露する。いや、実際に楽しんでいるのだ。自分がどこまでいけるのか、楽しみで楽しみで仕方ないのだ。
淡は思うがままに嶺上牌に手を伸ばす。勘の鈍い者にも明かな程に、淡の気配はその凄みを大いに増していた。その気配に、誰もが感じざるを得なかった。ここで終わる、と。一発こそつかないが、立直ツモ嶺上三色純全帯ドラ1で倍満和了。それが以外に手はないと、誰もがそう感じていた。
けれども嶺上牌は――――{4}
あぁ、ダメだな。と誠子は思う。
確かに淡の執念は凄まじかった。あくまで高得点を目指し、倍満を
けれども、快進撃もここまでだ。
あそこで安目を引いては仕方がない。麻雀を司る存在が告げているのだ。立直嶺上ツモドラ1。ここはもう、それで我慢するしかない、と。
60符4翻で満貫。これで二位との差は7800にまで縮まり、次巡でもう一度満貫をツモれば逆転二位だ。そう考えれば、この結果もそこまで悪いものではないだろう。ここは和了っておいて、オーラスに望みを繋げるしかない。誠子だけではなく、淡の後ろで見守るギャラリー全員がそう思った。
――――――けれど、淡はそうは思わなかった。
「………え!?」
そう呟いたのは誰だっただろう。
本来後ろにいる者が何かを言ったりするのは重大なマナー違反、御法度である。けれども今、それを咎める者は誰もいなかった。
淡の取った行動はシンプルだ。{4}のツモ切り。言葉にすればただそれだけの事である。
「後一回しかツモが残ってないのに、何考えてんだアイツ………」
呑気に新ドラを捲る淡に、他の面子に聞こえない様小さく小さくそう呟かれたその言葉は、ギャラリー全員の心境を的確に表していた。理解不能。それが、大星淡を表現する唯一の言葉だった。
しかし、見る者が見れば、淡に漂う魔の気配が一層濃くなっている事が分かっただろう。現に他の卓でも敏い者が何人か、対局を止めて淡を見た。噎せ返る程に濃い淡の気迫に、畏怖の気持ちさえ覗かせて。
確かにツモは後一回しかない。けれども、淡にはそれで十分なのだ。そう思わせるだけの迫力が、淡にはあった。
そして、次巡。
淡のツモ番になると共に、ぞわり、と卓上の面子に悪寒が走る。アレを取らせては行けないと、理屈ではなく感覚で理解した。けれども、既に牌は取られている。鳴ける牌もない。出来るのはただ、和了らないでくれと願うだけ。
数多の祈りを背に宿し、淡は静かに牌を手に取った。ごくり、と誰かが唾を飲む音がする。余りの緊張感に、場は静まり返っていた。他の所の自動卓が洗牌を行う音でさえ、耳障りだと思う程に。
ゆったりとした動作で、淡は牌を卓に出す。その牌は………{六}。和了の声は、上がらなかった。
困惑が、皆を包んだ。あり得ない不具合を見た様な、不可思議な感情。けれども実際、淡は和了れなかった事は動かぬ事実である。どれ程不可思議であろうが、もうツモ番がない以上、淡に和了の目はない。
現実は無情だ。どれ程魔物を気取っていようが、負ける時は負ける。逢魔が時は既に去った。魔物はただ幻想の中へと消え行くのみ―――。
誰もがそう思った、その時だった。
「チー」
最後の最後で、しかも一度捨てた牌を、親である東家が仕掛けた。
こいつは何をしているのだと周囲の人間は思った。けれども、東家には東家で仕掛けに走った理由がちゃんとあった。
ここで聴牌に取っておけば、たとえ淡が和了出来ず流局した場合でも親番は続く。そして親番が続けば、例え一位通過は難しくとも二位通過の目は残る。あのおぞましい気迫が虚仮脅しで終わった上、出せなかった{4}が通った以上、東家にとってここで聴牌にとらない理由はなかった。
しかし、東家は重要な事を二つも考慮していなかった。
一つは、これで海底が淡へと回ったという事。
そしてもう一つは、奇跡は二度も起きないという事だ。
ニヤり、と淡が笑う。その笑みは何より不気味で、何より覇気に溢れ、何より凄絶だった。それを見た東家の背筋がぞくりと震える。落ち着け、と東家は自分に言い聞かせる。先程だって、何もなかったじゃないか、と。それでも、そんな冷静な判断を押し退ける様に、自身の勘が叫んでいた。自分は今、とんでもない間違いを犯してしまったのではないのか、と。そんな葛藤を抱きつつ、東家は{4}を切る。
―――――ここに、この卓の趨勢は決した。
一度オリた南家と西家が今更和了れる筈もなく、最後のツモ番が淡の元へとやってくる。淡は気負いなく山に手を伸ばし―――牌に触れる。
その瞬間、その対局を見る者全てが、淡の背中に宇宙を視た。
「ツモ」
静寂を引き裂く流れ星の様に、和了の声は卓に響く。
「立直海底三色純全帯――――」
槓裏を開ける。一つは、{南}。そして淡の槓によって出来た新たな槓裏は………{八}。つまりドラは{九}。つまり暗槓した牌全てにドラが乗り―――
「――――ドラ5。8000・16000」
立直門前清模和海底撈月三色同順純全帯ドラ5。60符13翻で間違う事なき数え役満である。
これで39100点あったトップとの差は一気になくなり、更には三着だった親の東家を飛ばし、堂々の逆転一位。
余りにも常軌を逸した展開に、卓の面子はおろか、ギャラリーでさえ唖然とした表情をするしかなかった。そしてそれは、後ろで見ていた亦野誠子も同じである。
「…………なんて、豪運。牌に愛されてるとしか形容出来ないレベルだ」
空いた口が塞がらないと言う様に、誠子は言う。恐るべき執念。恐るべき天運。どこか一つでも手順を間違えれば成し得なかった数え役満。こんな和了が、一体他の誰に出来ようか。やはり大星淡もまた、魔なる者。宮永照と同じ領域に存在する絶対者。
「………成る程。確かに荒削りで、危うい面もあるけれど、あの娘は強い。しかも、追い込まれれば追い込まれる程強くなる、そんなタイプと見た」
しかし、まだ宮永先輩程ではないと誠子は思う。宮永先輩と同じ場所に立っているのならば、そもそも苦境になど陥りはしないだろうから。
―――――だったらまだ、付け入る隙はある。
「そんな風に、既に見極めた様に言うんはやめた方がええで」
そんなある種傲慢な思い込みを、裕香は諌めた。万分の一でも緩みがあれば、淡は誠子を食い荒らすだろう。
「アレが淡の底だとは、うちには到底思えんのや」
数え役満を和了しておいて、まだ先が存在する。大星淡とはそんな、まだまだ成長過程にある化物であると、裕香はそう告げていた。
「随分と高評価だね」
「まあ、あんな役満見せつけられたらしゃあないやろ」
どこか憂いを秘めた眼差しで、裕香は言う。
しかし次の瞬間その憂いは幻であったかの如く消え去り、いつもの陽気な雰囲気へと戻る。そしてとても気楽な口調で、こう問うた。
「まあ、それはともかくや。次、どっちが淡と当たるんやったっけ?」
「うーん、多分私だったと思うけど」
「さよか。なら、後で直接闘った感想聞かせてや」
「いいよ。多分裕香は淡と闘えないだろうし」
「はぁ?何でや?」
疑問を発する裕香を前に、誠子は悪戯っぽく笑う。
確かに淡は強い。白糸台生として一年間みっちりと仕込まれてきた自分であっても、油断したまま相手に出来る奴じゃない。けれど、こっちにだって自負がある。今まで多くの対局をこなし、勝ってきたという自負が。
だから誠子は臆さない。才能という点では己を遥かに上回っているだろう淡に対し、己が優位を疑わない。
そして誠子は、こう告げた。
「―――だって淡は、次の対局で私に負けるんだから」
裕香「……お前が勝っても、二位通過やったらうちと闘えるで?」
誠子「…………あ」