ゆりキャンパーは斉藤さんが好きすぎる 作:くもくも@ハーメルン
「んんー? 恵那ちゃんが何かぁ?」
だんだん平常心が抑えられなくなってきた。
こいつ、かわいい顔して、私の天使を汚しやがったクセに! クソックソクソッ!
「あの、三条さんにあいつ、すごく憧れてるみたいで。さ、斉藤はちょっと変なやつだけど、すごくいいやつなんです。……でも、三条さんは大人の人で、その、失礼ですけど不安に思う部分もあって。……三条さんは、あいつのこと、その、どう思ってるのかなって」
……なにそれ。
「恵那ちゃんがいい子で大天使なのは、キミに言われなくても知ってるよ。……ていうかキミ、恵那ちゃんとはもう別れたんでしょ? なんでわざわざ首突っ込んでくるのかなー?」
私の抑えきれないトゲのある言葉に、なでしこ氏がビクりとして、志摩さんの袖を引っ張った。
「り、リンちゃん。もうやめようよ……」
志摩さんも私の剣幕に少し怯みながらも、でも立ち去ろうとはしない。
雰囲気、最悪だ。
これはちょっと良くなかったかな。だけど。
「……ごめんね、嫌な言い方になって。なでしこちゃんも、怖がらせてごめん。……みんなの中で、私がどんなふうに思われてるかは知らないけどさ……あのね、私はさ、恵那ちゃんが好きなの。恵那ちゃんには言えてないけど、私も、レズビアンだから」
そもそも、元カノさんなんかに言うつもりはなかったけどさ。
「キミがたぶん想像もつかないくらい、私はあの子が大好きなの。恵那ちゃんがラインで1回メッセージくれたら、それだけで一週間は元気いっぱいだよ。バイトで一緒のシフトになれたら、その日はいつも人生で最高の1日になるんだから」
志摩さんの袖を掴んだまま、なでしこ氏も固まっている。
「元カノさんだって聞いてるからさ、キミのこと。……だから、初対面なのに、めちゃくちゃに嫉妬してるの」
なんでわざわざ来たんだよ。こんな嫌なこと、言いたくないよ私だって。
「キミはキャンプが好きな子で、こんなにかわいらしくて、普通なら、むしろお近づきになりたかったよ。……でもね、今私が世界で一番憎らしい相手がキミなの。キミは恵那ちゃんとキスしたんでしょ? それ以上のことだって」
なんで帰らないんだよ。
こんな嫌なやつの話なんて聞かなくていいから、早く向こうに行ってよ。
「……私にはそれができない。好きって伝える勇気すらないの。……どんなに仲良くなったって、私は大人で、恵那ちゃんは未成年だし」
言ってるだけで、感情が高ぶって、涙が溢れてくる。
「こんなに好きなんだよ。毎日24時間ずっと、恵那ちゃんが大好きなんだよ。……本当は、通報されたっていいよ。だけど、だけど勇気がなくてさ。本当は好きって伝えたいし、もっとたくさん、もっと一緒にいたい。……だけどフラれるのが怖くて、あいまいなアプローチしかできなくて。だから今、どうしたらいいか考えてるとこなんだ」
二人の顔が見れない。
初対面の年下の子を相手に、私はダメな大人だ。
「大人になったって、私は弱いんだ。よわよわなんだよ。でも今、いっぱいいっぱい考えてるところだから、だから、キミはまだ、私のそばに来ないで? ……私がキミだったら、恵那ちゃんと別れたりなんかしなかったよ。私は、キミがうらやましくて、うらやましくて。……大っ嫌いだ」
ほとんど号泣するみたいに、私はうめくように続ける。
「恵那ちゃんが好きで好きでたまらないの。死んじゃいそうなくらい、好きなんだから。……だからさ、ごめんなさい。どう思ってるか、なんてキミが聞かないで。キミにだけは、言いたくないんだ」
なでしこ氏と志摩さんは、私の言葉にうつむいたままだった。
後味、最悪だよこれは……。
「あの、すいませんでした。嫌な気分にさせて。……でも、ありがとうございます」
志摩さんは、それで私から離れていくわけでもなく、私の方にまた目をあわせて、ぎこちなく笑った。
「私は、今の三条さんみたいに真剣には、斉藤に向き合ってませんでした。私は、三条さんのこと、素敵だと思います。……あの、また私が言うなって話なんですけど、あいつをキャンプに誘ってみてくれませんか? きっと、喜ぶと思うんです」
志摩さんは私よりずっと大人だ。
いや、私が誰より子どもなだけか。
遠くから、二人を呼ぶ優しい声がして、志摩さんはそちらを振り向いた。
「ごめんなさい。嫌なことばっかり言って、本当に、ごめんなさい」
小さな声で、その志摩さんの背中に呟く。
まだ私を見つめていたなでしこ氏は、困ったように、でも優しくふんわりと笑っている。
翌朝。
手早く撮影を済ませ、逃げるようにキャンプ場を離れた私は、どこにも寄らず、まっすぐ自分の部屋に帰り、シャワーも浴びずにパソコンを起動した。
志摩さんの表情が、頭の中から消えていかない。ひどい罪悪感だ。
動画を撮影してきたカメラを順にパソコンに接続し、ハードディスクに保存していく。
今度、志摩さんにはきちんと謝りたい。もちろんなでしこ氏にも。
だけど、それならその前に、きちんとやらなきゃならないことがある。
編集ソフトを開き、いつもよりずっと集中して、ずっと時間をかけて、一つの動画を作り込んでいく。
志摩さんに顔向けできないような、情けないままの私でいちゃあだめなんだ。
ときどき水道水をがぶ飲みしたり、トイレに立つ以外、他に何も余計なことをしなかった。
余計な映像をカットして、うまくとれたシーンを繋いで、音楽を流すタイミングを調整して、何度も繰り返し見直しては、ほんのわずかな部分の手直しを続ける。
恵那ちゃん。私は、ずっと、出会った日から、ずっとあなたのことが、好きです。
通しで頭から動画を見直す。もう、修正すべきところは見当たらなかった。
時計を見ると、いつの間にか日が変わっていた。こんなにぶっ続けで作業を進めたのは初めてのことだ。
終わってみると、すごい疲労感で、そのまま床に突っ伏してしまう。
キャンプで着ていたままの肌着からは、意識すると焚き火の匂いが感じられた。
今の自分の、ありのままの全部を、まずはこの動画に刻みこむように。
完成作品を上書き保存し、仮のタイトルを入力しておく。
配信するときには変えるべきかもしれないけれど、この仮のタイトルは最初から決まっていた。
『大好きなあなたへのラブレター』
恵那ちゃんへ、きちんと自分の気持ちを伝えてみせる。
犬山さんにも志摩さんにも言われたように、まずは彼女をキャンプに誘おう。
そこで私は、恵那ちゃんにこの動画を見せるつもりだ。
見せたら、そこで告白する。
フラれたら、この山梨を出よう。いや、フラれたときのことなんて考えるな。
結果はどうなったっていいんだ。こんなに好きなんだから。
数日後、恵那ちゃんとバイトのシフトが重なる日があった。
不思議とそれまでの間、恵那ちゃんからのラインのメッセージはなかったけれど、自分の気持ちを落ち着かせるにはちょうどよかった、と思っていた。
動画が完成した日の夜中、私は犬山さんにも長電話で相談して、勇気付けてもらった。彼女もキャンプ帰りで疲れていただろうに。
当日は念入りにシャワーを浴びて、ばっちりメイクも決めて、戦場へ向かう気分でバイト先へ向かった。
だけど、結果から言うと、その日恵那ちゃんがバイトに来ることはなかった。
二日前、急な連絡があり、恵那ちゃんはバイトを辞めたらしい。
私から電話をかけても、電源が切られているようだった。
メッセージにも既読はつかないまま。
世界が終わったような感覚だった。
いや、本当にそこで、私の世界は終わったのだと思う。
涙すら、出ない。
何も考えられないけれど、ただ、恵那ちゃんの声が、笑顔が、私の頭をぐるぐると周り続けている。
こうして、私の恋は急すぎる終わりを迎えたのだった。