ゆりキャンパーは斉藤さんが好きすぎる   作:くもくも@ハーメルン

11 / 14
11話

 玄関から、ドアを激しく叩く音がして、目が覚めた。

 いつ眠ったのかも、今がいつなのかも、わからない。

 

 聞き覚えのある声がする気がしたけれど、私はそのまままた、目をつむった。

 

 恵那ちゃんに会いたい。

 また会えるなら、もう死んでしまってもいい。

 もう会えないなら、もう死んでしまってもいい。

 

 

 ドアを叩く音はずっと鳴りやまなかった。

 うるさい、と叫ぼうとしたけど、声が全然出ない。

 しばらく、たぶん私は水すら飲んでいなかったから。

 

 立ち上がろうとして、よろめいたし、体は重かったけど、身動きできないほどではなかった。

 自分の体のしぶとさが、忌々しい。

 

 体を引きずるようにして玄関に向かった。

 

「三条さん! 開けて下さい! いるんでしょ!?」

 

 千明ちゃんの声だ。

 他のみんながいる気配もする。でも恵那ちゃんがそこにいないことだけは、見なくてもわかる。

 

 扉を開けるのが、あまりにもつらかった。

 私はドアに頭を付けて、振り絞るように声を出す。

 

「……帰って。……私を、一人に、して」

 

 ドアを叩く音は急に止まり、玄関はしんと静まりかえった。

 

 

 幻聴だったのかな、と思い始めたとき、今度は別の声が聞こえた。泣いているような声だった。

 

「お願いします。開けて下さい。お願いします。斉藤を助けて下さい。私たちじゃだめなんです。お願いします。お願いします……」

 

 志摩さん?

 

 私は、反射的に扉のカギを開けてしまった。

 間髪入れずに、向こうから扉が開かれ、なぜか、なでしこ氏のものと思われる悲鳴が聞こえた。

 

 

「ほら、ゆっくり飲むんやで? ゆっくり、ゆっくりなあ?」

 

 私を抱き抱えるようにして、犬山さんが水を飲ませてくれる。

 私はどうやら、かなりひどい見た目になっていたみたいだ。

 手に力が入らなくて、コップすら自分では握ることができなかった。

 

 私が赤ん坊みたいに犬山さんに甘えた姿になっていると、コップの水が急に強く弾き飛ばされた。

 

「お、おいリン! なにしてんだよ!」

 

 千明ちゃんが叫ぶ。

 

 私の肩が掴まれて、すごい形相の志摩さんがこちらを睨み付けていた。

 

「なんでっ! なんで三条さんがこうなってるんですか! あんなに、あれだけ好きだって言ってたくせに! ……なんで、なんであなたが何もしないでこんなになってるんだよ!」

 

 強く肩を揺らされて、私はそのまま床に倒れこんでしまった。

 

「リン、落ち着け。……たぶん、三条さんは何も知らないんだ」

 

 千明ちゃんが私をかばうように間に入ってくれて、犬山さんに支えられ、私はまたゆっくりと体を起こした。

 

 

「恵那が、昨日の夜中から行方不明になったんです。あたしたちも鳥羽先生から今朝聞きました。その前から連絡が付かなくて、学校も休んでるし、ひどい風邪か何かかって、心配してたんすよ」

 

 千明ちゃんは、床に散らばった水をタオルで拭き取ってくれながら、辛そうに言った。

 

 甲斐甲斐しくまた水を運んできてくれた犬山さんは、泣きはらしたような目をしている。

 

「それで、うちとあきで、学校さぼって恵那ちゃんのおうちに行ってみたんですけど。お父さんはずっと外を探し回ってて、お母さんが家に残っとるけど、まだ見つからない、警察にもお願いしてあるけど、まだ何も連絡はないんやって」

 

 なでしこ氏が、私に濡らしたタオルを渡してくれた。

 顔を拭うと、少し頭が働きはじめた気がする。

 恵那ちゃんに、何かあったのか?

 

「恵那ちゃん、大事にしてたペットのちくわが、急に死んじゃったらしいんです。たぶん、それでおうちにいるのがつらくなっちゃったんじゃないかな……」

 

 続けるなでしこ氏も、辛そうだ。

 ペットロス?

 ていうか、恵那ちゃんは無事なの?

 

「私となでしこは、このあたりで思いあたるところを手当たり次第回ってみたんです。だけど、やっぱり全然見つからなくて。……実は、二時間くらい前に私に、連絡がありました。……探さないで、みんなにも伝えて、ごめんなさいって。……どこにいるのかは、教えてくれませんでした」

 

 志摩さんは、悔しそうな表情で言う。

 

「三条さんにだけは、何も伝えないでって、言ってました。……だから、あなただけが、やっぱりあいつにとって特別なんだと思うから、千明から無理やり場所を聞き出して、ここに来たんです」

 

 志摩さんは、私をじっと見つめて、そして私なんかに、深々と頭を下げた。

 

「……お願いします。あいつを見つけて下さい。私じゃだめだ。……あなたなら、あなたなら何か、できることがあるんじゃないですか?」

 

 

 ふと時計を見ると、針はちょうど11時を指していた。

 外の暗さを見るに、たぶん夜中の。

 

「……みんなは、早くおうちに帰りなさい。タクシーを呼んであげる。もちろんお金は私が出す。こんな遅くに、みんなにまで何かあったらもっと大変だから」

 

 掠れた声は、自分のものではないみたいに感じた。

 私はふらふらと立ち上がり、冷蔵庫に張っていたメモの番号から、タクシー会社へ連絡をとる。

 みんなは、その間何も言わなかった。

 私は近くにいたなでしこ氏に一万円札を押し付けて、無理やり笑った。

 

「みんな、来てくれて本当にありがとう。あとは私たち大人に任せなさい。こんな情けないやつじゃ、不安だろうけどね。……志摩さんは、恵那ちゃんのお母さんに、一度連絡があったことを伝えておきなさい。警察が何か辿ってくれるかもしれないし」

 

 言い終わると私は、キッチンに置かれていた、いつ買ったかわからない食パンを掴み、口に押し込んだ。

 むせたけど、強引に噛んで、少しずつ飲み込む。

 また少し、体の感覚がはっきりしてくる。

 

 

 恵那ちゃんの番号に電話をかけても、やっぱり不通のままだった。

 みんなも、何も言わない。

 

 キッチンの水道から、直接頭に冷たい水をかけた。

 体には、不思議といくらか力が戻ってきている。

 

 

 恵那ちゃん。かわいそうな恵那ちゃん。

 ペットロスくらいで行方不明って、いっつもいっつも、優しすぎるんだよ。

 

 恵那ちゃんはいっつも幸せでいてくれないとダメだよ。

 ペットの犬のなんとかちゃんも、恵那ちゃんを苦しめやがって。なに簡単に死んでんだよ。

 

 

 ……私は、こんなときに何やってんだよ。

 

 何もしてないで、一人で勝手に傷ついて、こんなときに、馬鹿か私は。

 

 好きな人がつらいときくらい、少しはかっこいいところ見せろよ。

 

 私は、役立たずで、弱虫で、グズな自分が、大嫌いだ。

 

 

「ぁあああああああ!!」

 

 近所迷惑なんて考えず、振り絞るように叫んだ。

 私にできることが、何かあるんじゃないかと志摩さんは言っていたが、そんなの、自分でもわからない。

 だけど、また恵那ちゃんに会える可能性があるのなら、私はなんだってする。

 

 ほとんど本能的に、着けたままになっていたパソコンの前に行き、とにかく急いでYouTubeを立ちあげる。

 

「え、三条さん、急に何を……」

 

「ええから。あき、三条さんを信じよ?」

 

 二人の声を無視したまま、私は急いで一本の動画を投稿した。

 

 つけ直した動画のタイトルはこうだ。

 

 

『お散歩中のあなたに出会った河川敷で、あなたを待ちます』

 

 

 私は、床に汚く落ちていた衣服を身につけると、ソファーに散らかっていたマフラーを目の下までぐるぐるに巻き付け、大きめのピンで固定した。

 それまで自分がほとんど裸だったことも、そのときにやっと気づいた。

 

 

 タクシーが到着した連絡があり、私は自分の車の鍵を掴み、みんなにはそのタクシーで帰るよう促した。

 車の鍵には前に恵那ちゃんからもらった、お土産のキーホルダーが揺れている。

 

 まだ頭がしっかりは働いていないけれど、要は私はまだ、フラれたわけじゃないってことなんだろう?

 だったら、私にもできることが、きっとあるはずなんだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。