ゆりキャンパーは斉藤さんが好きすぎる 作:くもくも@ハーメルン
玄関から、ドアを激しく叩く音がして、目が覚めた。
いつ眠ったのかも、今がいつなのかも、わからない。
聞き覚えのある声がする気がしたけれど、私はそのまままた、目をつむった。
恵那ちゃんに会いたい。
また会えるなら、もう死んでしまってもいい。
もう会えないなら、もう死んでしまってもいい。
ドアを叩く音はずっと鳴りやまなかった。
うるさい、と叫ぼうとしたけど、声が全然出ない。
しばらく、たぶん私は水すら飲んでいなかったから。
立ち上がろうとして、よろめいたし、体は重かったけど、身動きできないほどではなかった。
自分の体のしぶとさが、忌々しい。
体を引きずるようにして玄関に向かった。
「三条さん! 開けて下さい! いるんでしょ!?」
千明ちゃんの声だ。
他のみんながいる気配もする。でも恵那ちゃんがそこにいないことだけは、見なくてもわかる。
扉を開けるのが、あまりにもつらかった。
私はドアに頭を付けて、振り絞るように声を出す。
「……帰って。……私を、一人に、して」
ドアを叩く音は急に止まり、玄関はしんと静まりかえった。
幻聴だったのかな、と思い始めたとき、今度は別の声が聞こえた。泣いているような声だった。
「お願いします。開けて下さい。お願いします。斉藤を助けて下さい。私たちじゃだめなんです。お願いします。お願いします……」
志摩さん?
私は、反射的に扉のカギを開けてしまった。
間髪入れずに、向こうから扉が開かれ、なぜか、なでしこ氏のものと思われる悲鳴が聞こえた。
「ほら、ゆっくり飲むんやで? ゆっくり、ゆっくりなあ?」
私を抱き抱えるようにして、犬山さんが水を飲ませてくれる。
私はどうやら、かなりひどい見た目になっていたみたいだ。
手に力が入らなくて、コップすら自分では握ることができなかった。
私が赤ん坊みたいに犬山さんに甘えた姿になっていると、コップの水が急に強く弾き飛ばされた。
「お、おいリン! なにしてんだよ!」
千明ちゃんが叫ぶ。
私の肩が掴まれて、すごい形相の志摩さんがこちらを睨み付けていた。
「なんでっ! なんで三条さんがこうなってるんですか! あんなに、あれだけ好きだって言ってたくせに! ……なんで、なんであなたが何もしないでこんなになってるんだよ!」
強く肩を揺らされて、私はそのまま床に倒れこんでしまった。
「リン、落ち着け。……たぶん、三条さんは何も知らないんだ」
千明ちゃんが私をかばうように間に入ってくれて、犬山さんに支えられ、私はまたゆっくりと体を起こした。
「恵那が、昨日の夜中から行方不明になったんです。あたしたちも鳥羽先生から今朝聞きました。その前から連絡が付かなくて、学校も休んでるし、ひどい風邪か何かかって、心配してたんすよ」
千明ちゃんは、床に散らばった水をタオルで拭き取ってくれながら、辛そうに言った。
甲斐甲斐しくまた水を運んできてくれた犬山さんは、泣きはらしたような目をしている。
「それで、うちとあきで、学校さぼって恵那ちゃんのおうちに行ってみたんですけど。お父さんはずっと外を探し回ってて、お母さんが家に残っとるけど、まだ見つからない、警察にもお願いしてあるけど、まだ何も連絡はないんやって」
なでしこ氏が、私に濡らしたタオルを渡してくれた。
顔を拭うと、少し頭が働きはじめた気がする。
恵那ちゃんに、何かあったのか?
「恵那ちゃん、大事にしてたペットのちくわが、急に死んじゃったらしいんです。たぶん、それでおうちにいるのがつらくなっちゃったんじゃないかな……」
続けるなでしこ氏も、辛そうだ。
ペットロス?
ていうか、恵那ちゃんは無事なの?
「私となでしこは、このあたりで思いあたるところを手当たり次第回ってみたんです。だけど、やっぱり全然見つからなくて。……実は、二時間くらい前に私に、連絡がありました。……探さないで、みんなにも伝えて、ごめんなさいって。……どこにいるのかは、教えてくれませんでした」
志摩さんは、悔しそうな表情で言う。
「三条さんにだけは、何も伝えないでって、言ってました。……だから、あなただけが、やっぱりあいつにとって特別なんだと思うから、千明から無理やり場所を聞き出して、ここに来たんです」
志摩さんは、私をじっと見つめて、そして私なんかに、深々と頭を下げた。
「……お願いします。あいつを見つけて下さい。私じゃだめだ。……あなたなら、あなたなら何か、できることがあるんじゃないですか?」
ふと時計を見ると、針はちょうど11時を指していた。
外の暗さを見るに、たぶん夜中の。
「……みんなは、早くおうちに帰りなさい。タクシーを呼んであげる。もちろんお金は私が出す。こんな遅くに、みんなにまで何かあったらもっと大変だから」
掠れた声は、自分のものではないみたいに感じた。
私はふらふらと立ち上がり、冷蔵庫に張っていたメモの番号から、タクシー会社へ連絡をとる。
みんなは、その間何も言わなかった。
私は近くにいたなでしこ氏に一万円札を押し付けて、無理やり笑った。
「みんな、来てくれて本当にありがとう。あとは私たち大人に任せなさい。こんな情けないやつじゃ、不安だろうけどね。……志摩さんは、恵那ちゃんのお母さんに、一度連絡があったことを伝えておきなさい。警察が何か辿ってくれるかもしれないし」
言い終わると私は、キッチンに置かれていた、いつ買ったかわからない食パンを掴み、口に押し込んだ。
むせたけど、強引に噛んで、少しずつ飲み込む。
また少し、体の感覚がはっきりしてくる。
恵那ちゃんの番号に電話をかけても、やっぱり不通のままだった。
みんなも、何も言わない。
キッチンの水道から、直接頭に冷たい水をかけた。
体には、不思議といくらか力が戻ってきている。
恵那ちゃん。かわいそうな恵那ちゃん。
ペットロスくらいで行方不明って、いっつもいっつも、優しすぎるんだよ。
恵那ちゃんはいっつも幸せでいてくれないとダメだよ。
ペットの犬のなんとかちゃんも、恵那ちゃんを苦しめやがって。なに簡単に死んでんだよ。
……私は、こんなときに何やってんだよ。
何もしてないで、一人で勝手に傷ついて、こんなときに、馬鹿か私は。
好きな人がつらいときくらい、少しはかっこいいところ見せろよ。
私は、役立たずで、弱虫で、グズな自分が、大嫌いだ。
「ぁあああああああ!!」
近所迷惑なんて考えず、振り絞るように叫んだ。
私にできることが、何かあるんじゃないかと志摩さんは言っていたが、そんなの、自分でもわからない。
だけど、また恵那ちゃんに会える可能性があるのなら、私はなんだってする。
ほとんど本能的に、着けたままになっていたパソコンの前に行き、とにかく急いでYouTubeを立ちあげる。
「え、三条さん、急に何を……」
「ええから。あき、三条さんを信じよ?」
二人の声を無視したまま、私は急いで一本の動画を投稿した。
つけ直した動画のタイトルはこうだ。
『お散歩中のあなたに出会った河川敷で、あなたを待ちます』
私は、床に汚く落ちていた衣服を身につけると、ソファーに散らかっていたマフラーを目の下までぐるぐるに巻き付け、大きめのピンで固定した。
それまで自分がほとんど裸だったことも、そのときにやっと気づいた。
タクシーが到着した連絡があり、私は自分の車の鍵を掴み、みんなにはそのタクシーで帰るよう促した。
車の鍵には前に恵那ちゃんからもらった、お土産のキーホルダーが揺れている。
まだ頭がしっかりは働いていないけれど、要は私はまだ、フラれたわけじゃないってことなんだろう?
だったら、私にもできることが、きっとあるはずなんだ。