ゆりキャンパーは斉藤さんが好きすぎる 作:くもくも@ハーメルン
もうほとんど春に近づいているのに、夜の河川敷はかなり冷え込んでいた。
静かな夜の闇の中では、川の流れる音が大きく聞こえる。
マフラーを巻いた首だけは寒くないけれど、何も考えず薄着で家を飛び出してきたことを後悔していた。
しばらく何も食べていなかった分の栄養は、自販機で買ったココアで少しずつ補給していたが、ゆっくり飲んでいるうちに、すでにだいぶ冷めてしまった。
恵那ちゃんは、こんな風に寒さで苦しんではいないだろうか。お腹を空かせてはいないだろうか。
繰り返し電話をかけても繋がらない。既読の着かないメッセージを、何通も送り続けた。
思えば、この河川敷でたまたま恵那ちゃんに出会ったおかげで、千明ちゃんたちにも出会えたし、恵那ちゃんとも親しくなれた。
あのとき確か恵那ちゃんは、今回亡くなったというペットを散歩させていたはずだ。
私はペットを飼ったこともないし、今の恵那ちゃんの気持ちをわかってあげることは難しいと思う。
だけどそれどころか私には今までに、恵那ちゃんの気持ちをきちんと理解できたことなんて、一度だってあっただろうか。
会えたところで、何を言えばいいかなんてわからないし、どうせいつも恵那ちゃんの前じゃ思い通りにはいかないから、深く考えるだけ無駄だな。
恵那ちゃんはあの動画に気づいてくれるだろうか?
普通こんなときにYouTubeなんて見ないような気がするけど、新着のメッセージに気づいてくれさえすれば可能性はある。
いや、そもそも自分へのメッセージだと気づけるほうがおかしいかも。
むしろ普通に考えたらそうだろう。
……でも、信じて待とう。
正直、体はかなりふらふらしていて、車であちこち探し回るのはもう無理だ。
その代わり、私はもうテコでもここから動かない。
ずっと、恵那ちゃんに会えるか、私が倒れてしまうまで、ここで彼女を待っていよう。
それなりに長い時間が過ぎたと思う。
足音が、聞こえた。
振り返らなくても、わかる。
「薄々わかってたけど、やっぱり、つばめちゃんだったんだね。……あの動画、もしかしてだけど、わたしのために作ってくれたの?」
「ふふ、気づいてくれた? はじめて顔出しして撮影したんだ。あれが、私からのラブレターだよ。めちゃくちゃ頑張って編集したんだから。……コンポタ買っといたけど、飲む? もう冷えちゃったけどさ」
「……ごめんね、心配かけて。つばめちゃんまでこんなにやつれちゃってるなんて、びっくりしたよ」
「心配っていうかさ。急にバイト辞めたって聞いて。連絡もつかないし。……私、フラれちゃったんだなって思ったから。だから、もうなんでもいいよ。とにかくまた会えたから、それで私は幸せだよ」
「わたしと会えなくて、そんなに寂しかった?」
「そりゃそうだよ。寂しすぎて、千明ちゃんたちが家に来てくれてなかったら、このままミイラになって死んでたよ、これ本当だからね」
「……みんな怒ってた?」
「志摩さんは怒ってたよ。恵那ちゃんじゃなくて私にね。……こんなときに何も知らないで、一人で部屋にこもってうじうじしてたんだもん。ごめんね、もっと早く、何かしてあげられなくて」
「謝らなきゃいけないのは、わたしの方だよ……」
「みんなには後できちんと謝りなよ。ご両親と、あと鳥羽先生にもね。今もめちゃくちゃ探してるみたいだから。……私は、いいよ。ほら、今日はバイトでもないのに恵那ちゃんに会えたんだし。むしろラッキーな1日だったよ」
「ねえつばめちゃん。ちくわが、死んじゃったんだよ。……わたし、なんかもう、頭が真っ白になっちゃって」
「そっか。……ねえ、馬鹿なこと聞くけどさ。私が死んだら、おんなじように悲しんでくれる?」
「もう、つばめちゃんはほんと、なに言ってるのかなあ」
「ねえ恵那ちゃん。私、バイト先ではじめて会った日から、ずっと、毎日、いっぱい、恵那ちゃんのことが好きだよ」
「……それも気づいてたけどさあ。普通、こんなときにそんな大切なこと言わないよ?」
「ふふ、まあいいじゃん。だってさあ、色々考えて準備してたのに、全部めちゃくちゃになっちゃったんだよ。もう、早く言わないと弾けとんじゃいそうでさ。恵那ちゃんが悪いよ。謝ってよほら。かわいすぎてごめんなさいって、謝ってよ」
「……つばめちゃんのばーか」
「好き」
「ばーかばーか」
「好き。大好き」
「つばめちゃん、寒かったでしょ。手がすごく冷たいね。ごめんね、こんなところで待たせて」
「恵那ちゃんもやっぱり寒かったみたいだね。どこに隠れてたのさ。ほっぺためちゃくちゃ冷たいじゃん。おうちに帰ったら、すぐお風呂入って暖まりなよ」
「あれ? つばめちゃんのおうちに連れて行ってくれるんじゃないの?」
「それはさすがにヤバイでしょ。客観的に見たら、私が恵那ちゃんを監禁してたと思われちゃうよ」
「あはは、じゃあそれはまた今度ね。……もう少し、自分の気持ちが落ち着いたら、絶対つばめちゃんのおうちにも遊びに行くから」
「まじか。そのときは私、たぶん狼さんになるから、覚悟してから来てよね。……あ、しまったな、本当は先にもう一個、言うことがあったんだよ。志摩さんと犬山さんにも言われてたんだ」
「あ、わたしも一つ言い忘れてた。……あのね、つばめちゃん。わたしもつばめちゃんが好きです。大好きです」
「……ごめん、録音してなかったから、もう一回お願いできるかな?」
「ばーか」
「好き」
「わたしも」
「あ、ねえやばい。私、今たぶん臭いでしょ? ちょっと離れよう? 全然お風呂入ってなかったんだよ」
「いいじゃん。つばめちゃんの匂いなら、いっぱい嗅いであげるよ」
「やだよさすがに……じゃなくて。また忘れるとこだった。……あのさ、恵那ちゃん。私と二人でキャンプに行こう。とりあえず次は、今度こそ二人きりでさ」
「うん。絶対行くよ。この前もらった焚火台の使い方も、ちゃんと教えてね」
「私のお父さんもさ、5年くらい前に病気で死んじゃったんだけど。……そのあとしばらくして、焚き火を見てたらさ、なんか、少し自分の気持ちに整理がついたような気がしたんだ」
「わたしも、いつかちくわのこと、きちんと受け止められるようになるかな?」
「わかんないけどね。でも、私でよかったら、いくらでも話は聞くよ。なんだってするよ。恵那ちゃんが満足するまで、なんでも、何回でも」
「……つばめちゃん、大好きだよ」
「私も大好きだよ、恵那ちゃん」
それから私は、冷えた体の恵那ちゃんをしばらく抱きしめ続けて、そして車でそのおうちまで連れて帰った。
ご両親もすっかり憔悴しきっていたようで、私にあれこれ細かく問い詰めることもなく、恵那ちゃんを優しく迎え入れてくれたようだった。
私は自分のアパートに向かってしばらく車を走らせたけれど、赤信号で停車したとき、とたんに体が限界を迎え、なんとか道端に停めた車のなかで、そのまま倒れるように眠りについた。
朝、路上の車の中、周りを歩いて学校に向かう小学校たちの声で目が覚め、少し恥ずかしい思いをした。
千明ちゃんたちからそれぞれ、私にお礼のメッセージが届いていた。
特に何をしたわけでもなく、むしろみんなには迷惑をかけてしまったくらいだったけど、まあ結果的には多少はお役に立てたのかもしれない。
また、みんなにもそれぞれ、きちんと自分の悪かったところを謝って、年は離れているけれど、これから改めて友達になれたらいいな、と思っている。
ちなみに、恵那ちゃん捜索のために勢いで投稿してしまったあの動画は、びっくりするくらい再生数が伸び、私の作品の中での最高記録を、わずか2日で塗り替えた。
ずっとあと少しで届かなかった、夢の100万回再生が、いとも簡単にクリアされてしまい、まだ現実味がない感じだ。
コメント欄は、意味不明な動画のタイトルへの詮索で溢れかえっていたが、もうタイトルを変え直すのはやめにして、これもいい思い出だと思うことにしている。
なお、動画内での初の顔出しは、けっこう評判がよかったみたいだ。見た目でちやほやされるというのは、まあ正直かなり気分がいい。
まだまだ私もかわいさを武器に戦えるということ……かも、しれないね。