ゆりキャンパーは斉藤さんが好きすぎる   作:くもくも@ハーメルン

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14話

 すっかりこの山梨も春めいて、私の家の近所にも桜の花が薄いピンク色に咲いている。

 去年まではこの季節、虫も増えてくるし別に好きでも何でもなかったのだが、今年は違う。

 

 ああ、かわいい恋人がいるって、本当に素晴らしい。

 

 

「あ、恵那ちゃんもうちょい左に寄って。よし、そうそう」

 

 波高島駅の満開の桜を背景に、スマホで我が大天使様をカメラに納めていると、ラインの新着メッセージが画面に表示された。

 

 恵那ちゃんのお友達、そして私にとっても年下のお知り合い? くらいには馴染んできた、なでしこ氏からの写真のようだ。

 

 なんでもなでしこ氏にはくっそ美人なお姉様がいらっしゃるらしく、今日は姉妹でお花見らしい。

 実際なでしこ氏も相当美形だし。遺伝子ってすごいね。

 

 

 美人姉妹でデートなんて羨ましい。羨ましいとは思うけれども。

 だが今日の私がその程度でひがんだりなんてするわけがない。

 なにせ、今日はこの私たちも。

 

「なでしこちゃんもお花見かあ。それじゃつばめちゃん、わたしたちも早く行こうよ」

 

 恵那ちゃんからのお誘いで、富士川公園という巨大な敷地の公園へお花見デートに行くのだ。

 たまには電車で、なんてかわいらしいお誘いにもちろんオッケーしたが、最寄り駅からは少し距離もあり、正直ちょっと不安である。

 

 私はキャンプを愛している。

 だけど、別にアウトドア全般が好きというわけではない。

 いや運動全般はむしろ嫌いなくらいだ。

 

 以前まで犬のお散歩で鍛えられてきた恵那ちゃんの体力に、私がついていけるかどうか。

 チワワ以下の身体能力と思われてしまうのも少々恥ずかしいし。

 

 

 

「ひぃ、ひぃ……着いたぁ……」

 

 当然チワワ以下の足腰の弱さを誇るこの私は、公園に入ったときにはすでに体力の限界を迎えていた。

 だって恵那ちゃん、歩くの早いんだもの。

 

 帰り道はなんとかタクシーに乗らせてもらえないか交渉したい。

 

「ふふ、情けないなぁつばめちゃん。ほら、行くよ?」

 

 そうふわりと微笑んだ恵那ちゃんが、汗ばんだ私の手を、なんでもないことみたいにさっと掴んで引っ張ってくれる。

 

 

 う、うぉおおお!

 恵那ちゃんのお手々、すべすべでやわらけぇ!

 

 

 年下のくせに積極的な恵那ちゃんとそのまま仲良く手を繋ぎ、広すぎるくらいに広い公園の整備された歩道を歩いていく。

 さりげなく恵那ちゃんの細く長い指に自分のちょっと太めな指を絡めると、彼女も何も言わずそのままにぎにぎと繰り返し握りかえしてくれた。

 

 あたりの綺麗な桜の色が視界から消えて、ゆるっとしたスウェット姿で横に並んだ恵那ちゃんだけが、私の視線を釘付けにする。

 

「もぅ、そんなにじろじろ見ないでよ。わたしまで恥ずかしくなるじゃん」

 

 私の遠慮のない視線に少し頬を赤らめた恵那ちゃん。

 世界一かわいいよ。

 

 

 公園もすっかり春もよう。

 桜の桃色に、芝生の鮮やかな緑。

 

 綺麗に生えたその芝生の方を歩きたくて、私は恵那ちゃんのお手々を軽く引いた。

 

「こら、芝生の方は入っちゃだめだよ」

 

 そう恵那ちゃんに言われてドキッとしたが、見る限り特に禁止されているわけでもない。

 普通に芝生の方を歩いている人もいるようだが。

 

「あ、いやごめん、芝生入っても大丈夫だね……。ほら、これがさ……」

 

 恵那ちゃんがそうモゴモゴ言いながら指差した先には、『ペットは芝生に入れません』と書かれた立て札があった。

 

 そうか、恵那ちゃんにとってお散歩は、ちくわちゃんと歩くのが前提だったんだもんね。

 まだその癖みたいなものが抜けていないんだろうな。

 

 ちょっとしんみりした雰囲気になりそうになって、でも私はそんな空気を読むタイプではなかった。

 

「はーん? 私はペットじゃありませんけどぉ?」

 

 私はなるべく場が暗くならないように、努めて明るく無神経に、また恵那ちゃんの手を引いて笑ってみせるのだった。

 

 

 

 恵那ちゃんはなんとこのデートで、私のためにお弁当まで用意してきてくれていた。

 かつてお散歩のとき使っていたという、チワワを入れて運ぶこともできるバッグに、今日は手作りのサンドイッチを入れてきてくれていたらしい。

 

 この、私のために。うひひ。

 

 逆に私ときたらなーんにも準備もせず、財布とスマホだけポケットに入れてやってきたというのに。

 まじで恵那ちゃんは気遣い上手な天使である。

 

 

 今日はすこぶる天気も良く体もぽかぽかして、お腹が満たされるとつい眠くなってしまう。

 春の陽気に欠伸を噛み殺すと、ベンチに並んで座った恵那ちゃんが小さく笑った。

 

「つばめちゃん眠そうだねぇ。最近動画も頑張ってるみたいだし、ちょっと疲れてるんじゃない?」

 

 そう言いながら恵那ちゃんは、自分の細い太もものあたりをぽんぽんと叩く。

 

 

 一瞬、自分の思考が遅れた。そのぽんぽんの意味を理解するのに、二秒ほどかかった。

 

 これはつまり、膝枕のお誘い。

 

 そして理解した瞬間には、私は思いっきり彼女の太ももにダイブし、ぐりぐりと自分の頭をこすりつけていった。

 

 

 ふああ! ふぁああああ!!

 

 やわらけぇ! しゅごい良い匂いするぅ!

 

 

「ふふ、お疲れ様。……つばめちゃん、少し髪も伸びてきたねぇ」

 

 幸せに震えていた私の髪をゆるゆると撫でながら、恵那ちゃんが柔らかく笑う。

 

「うへへ、最近結構頑張ってたからさ。今日のデートは最高のご褒美だよ」

 

 最近ノリノリの私は、週に三本も動画投稿を行ってきた。

 ただのキャンプ動画だけでなく、自宅でキャンプ道具だけを使って料理をする動画だとか。企業案件で、キャンプ道具の展示会に参加した動画だとか。

 

 例の顔出し動画以来、全体的に私の動画の再生回数は高まっており、注目を集めている今がチャンスなのだ。

 特に今のような学生さんの春休みみたいな時期は、なんとなく再生回数も伸びやすい。

 

 そうやって頑張ってきたのだから、今日は少しくらい甘えても許されるはずだ。

 ちょうど記念すべき成果も得られたところだし。

 

「実は昨日さ、私のチャンネルの登録者数がさ」

 

「知ってます。90万人突破おめでとう、つばめちゃん。金の盾まであと少しだね」

 

 重ねるように言いながら私の髪を優しく撫で続ける恵那ちゃんの手のひらの感触に、私は今この世界で一番幸せな人間は自分であると確信しながら、ゆっくりと目を閉じたのだった。

 

 

 

「……っていくらくらいするの?」

 

 頭の上で、大好きな恵那ちゃんの透き通った声がする。

 ふと意識が戻り、私はがばっと体を起こした。

 

「じゅびっ! うわ、よだれが……恵那ちゃんごめん! 私、寝ちゃってた!」

 

 そう慌てた私に一度目をやり、恵那ちゃんはクスクスと笑ったが、なぜかその視線は私だけでなく私の後ろにも向けられている。

 

「あ、す、すいません! 私もう行きますね! お邪魔しました!」

 

 後ろから急に知らない女の子の声がして、寝起きだというのにドキリとした私は、思わずベンチから崩れるように落ちてしまう。

 

 恵那ちゃんが優しい表情で手を振ったその相手は、全く見覚えはなかった。

 誰?

 

 

 そのパーカーを着た背の低い女の子は、何かタブレット的なものを小脇に抱えながら、焦ったように小走りで去っていく。

 

「……どうしたの? お友達?」

 

 まだ寝起きのぼんやりした頭でその知らない女の子の後ろ姿を眺めながら、私はゆっくりと立ち上がった。

 

「ううん。わたしもちょっとうとうとしてたんだけど。あの子、寝てたわたしたちの絵を描いてたみたい。すごく上手だったよ」

 

 ほう、では彼女もまた百合の尊さを理解した者の一人というわけか。

 知らんけども。

 

「それじゃ、そろそろ行こうか。道の駅の方にも行ってみようよ」

 

 しかし勝手に自分を絵に描かれていたと思うとちょっと気持ち悪いな、なんて一瞬感じてしまったが。

 私に続いて立ち上がった恵那ちゃんが自然にまた手を繋いでくれたから、そんな些末なことなど全てがどうでも良くなった。

 

「んふふ。もちろんどこへでもお供させていただきますよ」

 

 広い園内をまた二人でゆっくりと歩きだす。

 お日さまはまだ頭の上を超えたばかりで、幸せなデートの時間はもうちょっと続きそうだ。

 

 

 そういうわけで、私の幸せなお散歩デートについて報告は以上。

 

 

 ちなみに、併設されていた道の駅へ向かう途中、かわいらしいリボンをつけた女の子とすれ違った。なぜかその子が妙にぎょっとした顔でこちらを見てくるから、少し印象に残ったのだ。

 

 女同士で手を繋いでいるのは、別に珍しいというほどでもないだろうけど。そういうの見たくもないくらい嫌いな人もそりゃいるよね、なんて考えていたが実は違った。

 

 公園の中でも、駅へ帰る途中でも、すれ違う人たちが妙に私を見てくる。私を。

 もしかしたら私がチャンネル登録者数90万人を超えて有名になりすぎてしまったのかと調子に乗りかけたが、もちろんそうでもなかった。

 

 私の横にはこんなにかわいらしい大天使、黒髪の乙女が歩いているというのに、皆さん妙に私のほうばかり見てくるのだ。

 意味がわからずモヤモヤしていたが、その視線の理由に気づいたのは、帰り道の電車の窓を見た時だった。

 

 

 私の髪が、ハニワみたいな形に結われてしまっている。

 

 まさかこやつ、私が寝ている間にやりやがったな。

 

 

 ようやくそれに気づいて恵那ちゃんを睨むと、彼女はとても可笑しそうに笑って、その私の頭のハニワ型の髪をほどいてくれた。

 器用なところはすごいけども、大人に恥をかかせやがって……。

 

 でもそのいたずらっ子みたいな表情があまりにも愛おしすぎて、私はちょっぴり拗ねたふりをしながら、また恵那ちゃんに身体を寄せて甘えてみせるのだった。

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