ゆりキャンパーは斉藤さんが好きすぎる   作:くもくも@ハーメルン

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4話

 食後、片付けはほどほどにして、焚き火の前に座りコーヒーを飲む。

 大垣さんが丁寧に淹れてくれたのだが、味覚音痴な私には違いがよくわからないので、それらしく頷いておいた。

 

 ぱちりぱちんと、焚き火がはぜる音がする。

 辺りの他のキャンパーも、だんだんと静かになっていき、それぞれのランタンと焚き火の光だけが残っている。

 

 

「……あのね、あきちゃん。実はちょっとあきちゃんに話しておきたいことがあって」

 

 コーヒーの入ったマグカップに視線を落としたまま、斉藤さんがついに切り出す。

 

 大垣さんは、斉藤さんの雰囲気が変わったのに気づいたのか、ふわふわのファーがついた帽子を脱いだ。

 

「あー、あのときのことだよな。うん、たぶんその件で恵那を困らせちまってるのは、なんとなく気づいてたよ。……あたしも、そろそろきちんと話しておきたかったんだ。イヌ子からも言われてたしな」

 

 大垣さんがちらっとこちらを見る。

 

 おやおや、そろそろ私は退散する時間みたいだね。

 斉藤さん、私はどこか離れたところで応援してるよ!

 

「おっと、二人ともちょっと待って待って。私は今からシャワーでも借りてくるから。少しゆっくりめに浴びてくるから。失礼失礼、ちょっと席はずすからごゆっくりね」

 

 あわてて私はコーヒーをがぶ飲みし、若干舌を火傷した。

 あちい。

 

「はは、大丈夫っすよそんなに気を使わなくて。なんとなくわかってました。たぶん三条さんも恵那から聞いてるんでしょ? ここまでお膳立てしてもらっておいて、今さらどっか行けなんて言わないっすよ」

 

 困ったように笑う大垣さんの横で、斉藤さんもクスクス笑っている。

 

「ていうか三条先輩、演技が超へたっぴじゃないですか。ふふ、ちょっと笑わせないでくださいよー」

 

 斉藤さんは私の服を掴み、席に連れ戻してくれる。

 近づいた彼女からは、例えようのないいい匂いがする。

 

 

 だけど……ごめんなさい、コミュ障だからこんなとき、どうしたらいいか分からないの。

 ていうか本当、これどうしたらいいの? 居てもいいの? やっぱりちょっと離れてた方が正解?

 

「うー、何これ……。もうわからん。二人とも、もう私はいないものとして扱ってよ。反応に困るよ……」

 

 とりあえず席にはついたものの、自分の立ち位置が全くわからず、キョロキョロと二人の顔色をうかがうしかない。

 

 

 戸惑う私をよそに、大垣さんはコーヒーを一口飲んで、斉藤さんをしっかりと見つめ、話を始めた。

 

「恵那、実はあたし、イヌ子と付き合ってるんだ。その、女同士だけど、恋人として」

 

 おお! 大垣さんすごい、きちんとカミングアウトしたなあ!

 斉藤さんの見間違いという可能性も一応あったのだが、やっぱり本当に百合っ子だったんだねえ。

 

 おっと失礼、私のことはお気になさらず。こっちは勝手にウイスキーでも飲んどきますんで。

 

「ほんのこのあいだ、伊豆キャンの少し後にイヌ子から真剣に告白されてな。……あたしは正直、まだそういうのよくわかってないんだけどさ。でも、あいつのことは大切だし、恋人として一緒にいるのも、悪くないって思ってるよ」

 

 言いながらどこか恥ずかしそうに、焚き火に目線を移して話す大垣さん。

 

 へーへー。羨ましい限りですわ。

 こちとらもう一年以上パートナーに恵まれてないんですけど?

 人の恋バナには憎しみが沸いてくる、邪悪なお年頃なんですけど?

 百合じゃあそんなに都合よくパートナーは見つからないしさあ。

 

 

「……恵那たちにも、きちんと話したいとは思ってたんだよ。だけどほら、普通のことじゃないし、みんなに気持ち悪がられたりするのが、怖くてさ。なかなかすぐには言い出せなかったんだよ。……ごめんな、あんなとこ見せて、驚かせちまって」

 

 うつむきがちに、少し不安げな表情の大垣さん。

 まあ、その気持ちはすごくよくわかる。

 

 私の場合は、自分が同性愛者だと自覚したのは中学生くらいのときだったけど、それを友人に受け入れてもらえた経験はない。

 聞いたときは愛想笑いしてくれた子も、いつの間にか逃げるように私から離れていくのが常だった。

 別にその友達をいやらしい目で見てるわけでもないのに。

 

 優しい子でも、気を使われすぎて、かえってなんとなく疎遠になってしまうこともあった。

 普通ではない、という考え方が、自然と相手にプレッシャーみたいなものを与えてしまうのかもしれない。

 

 そういうのが重なって、人付き合い自体が嫌になって、学生時代から今まで友人関係が続いている相手はもう一人もいない。

 

 だからこそ、期待してしまう。

 マイエンジェル恵那たんなら、きっと、大垣さんたちの関係をきちんと受け入れてくれるんじゃないかって。

 そしていつか、私の同性愛のことも、理解してくれるんじゃないかって。

 

 私はぐびりと濃いままのウイスキーを煽る。

 濃すぎる。でも、薄める水を取りに動ける雰囲気でもない。

 

 

 斉藤さんは、ゆっくり立ち上がった。

 また、瞳がきれいな涙で濡れていた。

 

「あきちゃん……あきちゃんは謝らないで。何にも悪くないんだから」

 

 斉藤さんはそのまま、チェアに座ったままの大垣さんを押し倒さんばかりの勢いで、彼女に抱きついた。

 

「ごめんねあきちゃん。わたし、あの日に二人がキスしてるのを見て、びっくりして逃げちゃったんだ。それからも、たぶん二人に、いつも通りには接してなかったと思う。すごくひどい対応だったよね。ごめん。本当にごめんね」

 

 ほら、私のエンジェルはやっぱり大天使じゃん。

 こんな理解のある優しい友達が私も欲しかったなあ。

 

 大天使様はなぜか一度、じーっとこちらを見て、そしてまた大垣さんをしっかりと見つめた。

 いや、なぜ私を見る……。今はいいから、私のことは木か何かだと思って無視しといて下さいよ。

 

「二人のことを気持ち悪いなんて、絶対に思わないよ。わたしがもっと早くに、二人にちゃんと話しとくべきだったんだよ。……あのねあきちゃん。わたし、実はわたしも、女の子が好きなの」

 

 さすがだよマイエンジェル。優しさが……え?

 

 

 ……今、何て言いました?

 

 

「男の子とも試しに付き合ってみたことはあったんだけど、ちょっと違う感じで。……中学三年の頃は、リンと付き合ってたこともあるの。……すぐに別れちゃったけどね」

 

 んん? んんん?

 

 わからん。ウイスキー一口くらいで、私はもう酔っぱらってしまったのかな?

 ていうか誰だよそのリンってやつ……。

 

「あきちゃん、隠しててごめん。わたしのほうが、ずっと長い間、みんなにこのことを隠してました。わたしは、根っからの同性愛者なの。だから二人のことはよく理解できるし、全然おかしいと思わないよ」

 

 んー? んんー!?

 

 ねえさっきから何言っているの恵那たん。お姉さんわからない。わからないよ。

 リンって誰? 百合なの? なんなの?

 

 あと、チラチラこっちを見てくるのは何? どうしたらいいの? 今さらだけど私は席を離れた方がいい?

 

 

「たぶんわたし、寂しかったんだと思う。大切な友達が二人でくっついて、自分が一人ぼっちになったみたいで。ごめんねあきちゃん。あのときすぐに、きちんと二人のこと、祝ってあげなくてごめん。自分の同性愛のことも、ずっと黙っててごめん」

 

 私と同じように固まっている大垣さんを見て、私はもう何がなんだか分からず、この空気にも耐えられず、とりあえず立ち上がった。

 

「あ、あのさ二人とも。とりあえずプリンでも食べない? さっき作ったのをすっかり忘れてて……あ、いや何でもないです……」

 

 私の言葉は聞こえないふりか、こちらを見向きもしない二人を見て、私はただその場に立ち尽くすしかなかった。


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