ゆりキャンパーは斉藤さんが好きすぎる 作:くもくも@ハーメルン
私は今、静岡の長島ダムのほとりでキャンプをしている。
移動はもちろん車で済ませたが、ザック一つに全ての荷物を詰め込んで、シンプルでコンパクトなキャンプを行っている。
犬山さんに言われた、恵那ちゃんをキャンプに誘うという話は、未だに実現させることはできていない。
勇気もなければタイミングもないし、誘ったところで勝算も薄い。
だけど今回私は、恵那ちゃんに対してどうしても抑えきれない自分の気持ちをきちんと表現するため、並々ならぬ決意で、一本の動画を撮影しにきたのだった。
キャンプ場から見える電車やダムの水面のきらめきをカメラにおさめ、前半の撮影を完了とする。
目の下まで巻いていたストールを外し、マットの上にだらしなく座りこんだ。
『今日は瑞がき山キャンプ場に行くよ! これから温泉だあ!』
いつの間にか恵那ちゃんからラインのメッセージが届いていた。
千明ちゃんが腕組みをしてバスに揺られる写真もついている。
毎度毎度、ほんと元気な子たちだなあ。
でもね、私、恵那ちゃんの写真のほうが正直欲しかったなあ……。
私もさっき撮影したばかりの、ダムの写真を送っておく。
『私はこんなとこでキャンプしてるよ。まだ今日の夜は寒そうだし、風邪ひかないようにねー』
恵那ちゃんとは、実は最近、毎日軽いラインのやりとりをしている。
おやすみなさいのやりとりを誰かとできるなんて、もう何年ぶりのことだろう。
スマホの画面越しであっても、幸せが止まらない。
私はむしろ遠慮してしまって、自分からはなかなか連絡を取れないでいるけれど、恵那ちゃんのほうからいつもたわいないことで連絡をしてきてくれるので、ちょっと、というかかなり、恵那ちゃんからの好意も感じているところなのだ。
それはもちろん、恋人だとかそういうところまで意識した話ではないだろうとは思うけど、今は少なくともちゃんと私を、年上の友達として大切に思ってくれているように感じる。
こんなに幸せなことはないけれど、そういう時間が続くにつれ、恵那ちゃんを想う自分の気持ちもどんどん膨れ上がってしまった。
休憩を兼ね、ダム沿いを散歩がてらにうろついてみた。今日は本気の撮影の最中だから、あまりだらだらはできなかったけれど。
薪を買い、重さに耐えながらなんとか自分のサイトを目指して足を進める。
今日は週末なのにまあまあキャンプ場は空いていたが、ちょうど一つのサイトから、コンコンと薪を割る気持ちのいい音が響いた。
あれ? あの子、すごく見覚えがあるな……。
「ああ、やっぱりなでしこちゃんか。覚えてるよね? この前学校までお邪魔した、三条です。こんなところで奇遇だねえ、そっちもソロキャンプ?」
私の声に、その女の子は一瞬びっくりしていたが、すぐに満面の笑顔で立ち上がった。
「わあ! こんにちは、つばめちゃんさん! すごい偶然ですね! 今日はもうすぐ友達が二人合流する予定なんです。今回は半分ソロキャン、半分グルキャンなんですよ!」
今日も元気たっぷりの笑顔を見せてくれるなでしこ氏。
本当に完全な偶然ではあるけれど、ちょっと私みたいな不審なやつに対して警戒心が足りないのでは。
「そっかあ。……今日は恵那ちゃんたちも急にキャンプ行くことにしたみたいだけど、一緒じゃなかったんだね?」
なでしこ氏、もしかしたらハブられてる?
ちょっとかわいそうな感じが……。あ、言わないほうが良かったかな?
「へ? それは知らなかったです……後で連絡してみよっと。私は、今日はリンちゃんと地元の友達とキャンプなんです。二人はまだ、バイクでどこかで遊んでるみたいなんですけど」
ハブは違うか。
この子の交遊関係が広いってことだね。
ていうか、出たかついに、リンちゃんとかいう悪魔が。
恵那ちゃんと以前にお付き合いしていたという、つまり元カノ。
考えると、激しい嫉妬の炎で身体中が燃え尽きてしまいそうだ。
とてもではないが、顔を合わせるのは無理だ。動画撮影を般若のような形相で行うわけにもいかないし。
「今日はどうやってこんなとこまできたの? 良かったら帰り、送って帰ってあげるけど……」
なにせここは静岡県。結構な旅だったはずだが、なでしこ氏に車はないだろうし。
「ふふ、大丈夫です。でもありがとうございます。今回は電車の旅なんですけど、それもすごく楽しくて。途中の駅でいろいろ食べたりして、一人旅するのも新鮮な気分なんです」
なでしこ氏の表情には遠慮しているような感じもない。
まあ私と二人で車に乗るというのも、気詰まりだろうし、危機意識的にもそれで正解だろう。
本当に一人でも楽しそうな姿を好ましく感じつつ、なでしこ氏と別れ、自分のサイトに戻る。
私はまた撮影機材をセットして、薪を細く割る作業を始めた。
うち数本の細い薪は、先端をナイフで薄く削り、フェザースティックという火の付きやすい、花のような形状に作り込んだ。
軽量コンパクトな焚き火台の下には、耐火素材のシートを敷いており、火の粉や落ちた薪のかけらなどから芝生を保護できる形だ。
マッチを擦り、小さく細い薪から順番に火を移し、少しずつ炎が大きくなっていく。
大きな薪をくべると、少し煙がくすぶったあと、安定した炎が上がるようになってきた。
夜の闇が広がる前に、ランタンに明かりを灯す。
夕飯の材料をナイフで切り、鍋に適当に放り込む。
少しずつあたりが暗くなって、気温が下がって、周りの風景が霞んでいくようにキャンプの夜が始まる。
焚き火の薪がはぜ、火の粉が少し舞い上がる姿を、固定したカメラで撮影し続ける。
もう一つのカメラでは、空をずっと映しておく。
今日の天気は今一つで、星はあまり見えそうにないが、たいていそういうものだし、それで全然かまわない。そういうのも含めて全部が、私の愛するキャンプだから。
顔を隠して巻いたストールを緩め、適当に作った夕食を、お気に入りの赤いフォークで食べていく。
今日はお酒は持ってきていない。焚き火で直接カップを暖め、インスタントコーヒーを淹れる。
キャンプでこの目に映る全てのことが、私は大好きだ。
自分が美しいと思うものを動画におさめて、したいことだけをして。
この今回のキャンプの中で感じたものを、全部大好きな恵那ちゃんに見て欲しい。
理解してほしいだとか、そういうことではなくて、大好きな人に、私の大好きなことを、綺麗だと思った世界を、ただ見て欲しいのだ。
焚き火の炎をおさめて、私は今日の撮影を終えた。
緩めて下げたままにしていたまきまきストールを外すと、首の周りに冷たい夜の空気が触れた。
後は明日の朝、朝露の輝きや、それで湿ったテントや、朝食の支度なんかを、きちんと動画におさめて今回の撮影は終わりだ。
機材を一旦テントの中に片付け、焚き火の燃え残りの始末をする。
少し早いけれど今日は眠って、また明日早く起きたい。
というより、実は明日はちょっと早くこのキャンプ場を出たい。
夜になってから、近くの炊事場に、あれの気配がするのだ。
……スピリチュアル的な話じゃなくて、もっと具体的に言えば、リンちゃんとやらの気配が。
マナーがいい子たちのようで、騒いでいる感じではないにせよ、なでしこ氏たちのような若い女の子のグループは他にいないので、なんとなく近くに、リンちゃんとやらがいるのを察してしまうのだ。
ちょうど焚き火の片付けが済んだあたりで、こちらに近づいてくる足音と、2つのランタンの光が見えた。
嫌な予感。
一人はさっきも会ったなでしこ氏。もう一人の背が低い子は、まさか……。
「あ、あの、こんばんわ。す、すいません急に。……今、お邪魔して大丈夫ですか?」
その子の言葉からは、私と同じコミュ障の香りがした。
ちょっとかわいらしい感じの子だけど、やっぱりこれが……。
「……どうぞ。……リンちゃんだよね? はじめまして、恵那ちゃんのバイト仲間の、三条つばめです」
「あ、志摩、リンです。斉藤たちからいつも聞いてます。はじめまして」
その子はペコリと慌てて頭を下げた。小動物的でかわいい……けど、油断してはいけない。
こいつは悪魔。たぶん恵那ちゃんとあんなことやこんなことまでやっている、悪いやつだ。
心の底から、憎らしくて仕方ない。私の心の狭さをなめてはいけない。
「あの、急にすいません。……お会いできたら、ぜひ聞いておきたいと思っていたことがあって」
なぜ貴様の質問に答えなければならんのだ! と言いたいところだけど、なでしこ氏の前であまり殺伐とした対応はできないな。
「うん? 何かな?」
ここは大人の余裕、と言ったそぶりで対応するが、内心は全面対決を辞さない徹底抗戦の構えだ。
こいつ、恵那ちゃんといろいろあれこれやってたんだろう!? 許せん……許せん!
顔とか、見た目は実は好みだけど、でもこいつは悪魔みたいなやつだ、きっと!
「あの、斉藤のことなんですけど……」
名字呼び。
また、これがなんとも、なんか、こう、腹立つなあ!