ペルソナ5 Dark Revengers   作:海色ベリル

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第11話 The child of criminal

行き止まりの先で待ち構えていた

雪之丞綾子のシャドウは、

ニヤニヤと僕達を見据えている。

沙城の時とは訳が違う。

「あらあ? よく見たらあなた達知ってる人ね?

わざわざ私の奴隷になりに来たの?」

「はっ! 誰がなるもんかよ!

お前の悪事を暴くために来たんだよ!」

「悪事? 誰がそう決めたの?

私の欲求を満たすのは悪いことでして?」

「欲求?」

「そうよ。私より目立つ人間は蹴り落とし、

私に歯向かう人間は殴り殺し、

私より上の人間にはふさわしい場所を与える。

そして弱い人間の絶望した顔は蜜の味!

これは私に限らず皆さんやることではなくて?」

「そんな過激なことするか!

お前のやってるのはれっきとしたいじめだ!」

「まあひどい! いじめだなんて!

私をあの沙城のボンボンと

一緒にしないでもらえる?

私は沙城と違ってちゃんと人を見ていますし、

認めてる人には慈悲を与えていますわ。

あんな自分勝手で自分しか認めない奴なんかと

違いましてよ?」

言いたいことはなんとなくわかる。

あの人が沙城と同じだったら、

学園は今以上に恐怖に疲弊しているはずだ。

とはいえ、虐げているのは同じだ。

「あのっ! あなたの取り巻きさん達は、

一ノ瀬花子さんにミミズを

食わせようとしてました!

あなたの話がそれ通りならば、

花子さんは認めていないということですか?」

「当然よ!!」

怒りのこもった叫びが響いた。

「あんなゲジゲジ以上の醜女なんて

見るだけで吐き気がするわ!!

私の引き立てどころか

霞んでしまうくらいのあの醜さ!!

あああっ、おぞましい!!

だから根暗君の身代わりになってくれた時は

本当ラッキーだったわ!!

私のサンドバッグになってくれたもの!!

不幸に歪む醜女の顔だけは快感だわ!!

ストレスが晴れる!! たまらない!!」

ゾクゾクと震えている彼女の姿から、

僕は恐怖と怒りを感じた。

「顔が醜いからそんなことを!?

まるっきり差別してるじゃない!!」

「だってそうでしょう!? あいつ醜いじゃない!!

顔はクレーターで一重で唇でかい!!

おまけに顎までしゃくれてる!!

綺麗の要素なんてどこにあるの!?」

確かに花子さんの顔は他の人に比べれば

醜いかもしれない。

お世辞にも綺麗とは呼べない。

でも、霧矢と話していた時の彼女は、

優しく謙虚な感じがした。

中身が綺麗なのがわかった。

「でも彼女は…」

「一ノ瀬さんは良い人なんだよ!!」

僕よりも先に茜が怒った。

「いつも学校の花瓶の水を替えてくれるし、

先生からの頼みも聞いてくれるし、

生徒会じゃないけど自分から手伝ってくれた!!

顔なんて関係ない!!

どんなに醜いって言われても、

私は一ノ瀬さんは良い人だって信じる!!」

さすがは生徒会長といったところか。

堂々とした茜の気迫に、

僕は心の中でよく言った! と呟いた。

「篠崎……」

「そうだそうだ! よく言ったぞ茜!」

「ふうん、さすがは新生徒会長。

お世辞だけは一人前なのね」

「なっ……お世辞じゃないです!!」

「とにかく、私は好き勝手やらせてもらいますわ!

邪魔するのであれば容赦なくってよ!」

付き添いのシャドウ達がモンスターに変わる。

「来るでちゅ! みんな構えるでちゅよ!」

僕達はそれぞれの武器を構える。

「……!?」

「あらあ? ああ、そうか。そうでしたわね」

すると突然、いきなり雪之丞のシャドウが

霧矢に近づいた。本当に一瞬だ。

「あっ!?」

しかもいつの間にか、

茜が持っていたレイピアを奪っていた。

雪之丞はレイピアを霧矢に突き出す。

「っ!!」

霧矢の顔が青ざめている。しかし様子がおかしい。

切られるという恐怖の割には明らかに異常だ。

「ふふふ……」

すると今度は、懐からハサミを取り出した。

雪之丞はゆっくりとハサミを動かす。

「ほらほら、いかが?

最高級のプラチナ品ですのよ」

「あ、あっあっ……!!」

霧矢の体が震えている。顔も真っ青だ。

「……ん、ゔっ!?」

「霧矢っ!? どうしたのっ!?」

「ゔおおおおおええええ!!」

突然霧矢は激しく嘔吐し、膝から崩れ落ちた。

「のわああっ!? な、何だあっ!?」

「古城君っ!?」

「あっはははは!! その顔、たまらないわあっ!!

あなた好きだものねえ、刃物!!

吐いちゃうくらい好きなんでしょう!?

サディスト気質だものねえ!?」

シャキシャキと雪之丞はハサミを動かす。

「あ、あ……やべ……りぇ……」

ガタガタと霧矢は震えている。

「ほらほらあ!! 今日は剣もあるのよ!!

たまらないでしょう!! たまらないでしょうっ!!

あっははははははははは!!」

苦しくのたうち回る霧矢を、

嬉しそうに見惚れる雪之丞。

その光景は、“あの時”によく似ていた。

 

〈やめてっ、やめてください!!

痛い痛い痛い痛い痛いっ!!〉

〈やめろ!! やめるんだ剛っ!!

母さんが死んでしまうっ!!〉

〈うるせえ止めんな!!

糞ババアが……あの木偶の坊だけ優しくして……

傷心したオレには関心ねえってか、ああっ!?〉

〈ごめんなさいごめんなさい!!

だから許して!! 許してくださいっ!!〉

 

「あっはははははは!!

さあ、もっと!! もっとその顔を見せて頂戴!!」

惚悦に浸る雪之丞から危機感を感じる。

「霧矢!!」

宗馬と茜が助けに入るが、シャドウに邪魔される。

「あ、ああっ……」

霧矢の恐る表情が目に焼き付く。

「……め、ろ」

「いいっ!! いいわそれ!!

もっと私を滾らせてえっ!!」

「やめろおおっ!!」

怒りに身を任せ、僕はレスターを呼び出す。

「きゃあっ!?」

レスターが起こした風に雪之丞は吹っ飛ばされた。

咄嗟に僕は霧矢を庇う。

「おま、え……」

僕は雪之丞を激しく睨む。

「わ、私に楯突くなんて不躾な!!

お前達!! やっておしまいなさい!!」

モンスター達が僕達に牙を向ける。

「行き止まりは乗り越えたでちゅ!

ここは一旦引くでちゅよ!」

「だな! 霧矢があんな状態だし!」

僕は霧矢の肩を貸す。

「大丈夫? 歩ける?」

霧矢の体は震えている。顔も白い。

宗馬の言う通り、こんな状態ではやりにくい。

ひとまず撤退が最善策だ。

「茜! 手伝って!」

「うん!」

茜に協力してもらい、僕達はなんとか脱出した。

 

現実世界に戻った僕達は、

とりあえず霧矢を落ち着かせるため、

ホームズに立ち寄ることにした。

もう閉店時間だったため、笹野さんはいない。

僕はキッチンを借り、レンジで温めた緑茶を

霧矢に差し出した。

「もう落ち着いた?」

「……ああ。とりあえずはな」

「お茶飲みなよ。あったまるよ」

「悪ぃな……」

霧矢はマグカップの緑茶を一口飲んだ。

「で、急にどうしたんだよ?

突然吐くもんだからびっくりしたぜ」

「……」

霧矢は顔をしかめている。何か言いたげだ。

「……ひょっとして古城君、刃物が怖いの?」

茜の言葉に霧矢の肩が震えた。

「刃物?」

確かにあの時、霧矢の前には

茜のレイピアとハサミがあった。

「刃物が怖いってどういうことだよ?」

「思い出したんだ。私が古城君を助けた時、

カツアゲしている生徒がナイフを持ってたの。

その時も古城君の様子がおかしかったし、

もしかしてって思って……」

何かに観念したのか、霧矢が深くため息を吐いた。

「あんだけド派手にやっちまったからな。

今更隠しきれないか……

そうだよ。俺はナイフやハサミの様な

刃物や切れるものを見ると、

さっきみたいに吐き気がしたり

パニックを起こしちまうんだよ」

「マジか!?」

「……ぶっちゃけ言うと、

五十嵐と篠崎が剣持ってた時点で

ちょっと危なかったんだよ。

まあその時は心臓がバクバク鳴るだけで

なんとか保ってたんだがな」

「それが雪之丞の煽りで爆発しちまった、か?」

「……PTSD」

「へ?」

「聞いたことあるの。トラウマになるくらい

強いショックを経験すると、

激しくパニックを起こす病気になることがあるって」

「そうそれ。まさにそれだ」

霧矢はマグカップの縁を指でなぞり始める。

「刃物を見ると条件反射でああなっちまう。

最悪意識が飛んで一日気絶だってある」

「そこまでのことかよっ?

なんかあるのか? 刃物に関するトラウマとか」

「……てめえらが秘密話したし、俺も話すよ。

ちょっとばかし長くなるがいいか?」

「いいよ。全然」

僕はキッチンの休憩用の椅子に座り、

霧矢の話を静かに聞くことにした。

 

俺にはかつて、両親と妹がいた。

が、父親は妹が生まれてすぐに事故で死んだ。

妹自身も車椅子無しでは外に出ることができない、

重い障害を患って生まれてきた。

それでもお袋は女手一つで俺達兄妹を育て、

深い愛情を注いでくれた。

俺が九つの頃、お袋が再婚した。

相手はお袋の友人の兄らしい。

名前は二階堂玄也。

初めて見た時は、良い人だと感じた。

俺や妹にも優しくしてくれたし、

妻であるお袋のことも愛してくれていた。

しかし、それは結婚したばかりの頃だけだった。

その男が本性を表したのは割とすぐだ。

結婚してからというものの、

男は全く働かず毎日怠惰的に過ごしていた。

当初男は外資系の企業に勤めるサラリーマンだと

お袋に伝えていたが、真っ赤な嘘だった。

男は高校を中退してから全く働いたことのない、

ニートでプー太郎だったのだ。

男がお袋と結婚した本当の理由はただ一つ。

自分を養ってくれる家政婦を得るためだ。

お袋はその男のため、

前から働いていたパートに加え、

夜の水商売も請け負うことになった。

その上家事全般もやらないといけないため、

当然お袋の疲労は計り知れない。

しかもちょっと手を抜けば男はお袋を殴るため、

非常に始末が悪いのだ。

さらにそいつは障害者を理解しておらず、

車椅子である妹に無理難題を仕掛けては

サンドバッグのように殴ってくる。

ここまですれば男の家族も気づかないはずがない。

だがしかしそれはなかった。

男の両親はすでにそいつのことを諦めていた。

婚活を勧めたのも男を追い出すためだった。

唯一男の妹であるお袋の友人は理解してくれたが、

男の外面が良いせいで

なかなか上手くいかなかった。

その上その人も兄から暴力を受けているため、

従う他手段があまりなかった。

結婚を決意したのも、

押しかけてきたからと言った方が正しい。

俺はなんとかお袋と妹を助けるため、

警察やら学校の教師やらとにかく色んな大人に

家庭の事情を相談し、協力を頼んだ。

だがほとんどの人は奴の外面に騙され、

あまり聞き入れてくれなかった。

俺は正直悔しかった。

お袋と妹は誰から見ても明らかに

様子がおかしいのに誰も助けようとはしない。

後になって思えば多分、

みんな面倒事はごめんだから

関わりたくはなかったのかもしれない。

それに相手はかなりの策略家だ。

嘘が巧みだったから、疑われなかったのだろう。

当時の俺は怒りを感じた。

大人は印象だけで中身を見ようとしない。

一度決めつけたら変えられない。

幼いながらそう感じてしまった。

そして、再婚してから一年が経った頃だ。

とうとうお袋の我慢が限界に来た。

俺からの押しもあり、俺と妹と共に

DV被害者向けのシェルターに避難した。

幸いにも相談員の人はみんな優しく、

俺達と同じ被害者の人も慰めてくれた。

しばらくすると、奴が土下座で謝罪してくれた。

俺は思った。絶対変わらない人はいない。

行動一つで変わることだってある、と。

だがそれは愚かだった。

奴はそんな人間じゃなかったのだ。

俺達がシェルターに避難した直後、

近所中にDVの噂が流れたため、

奴は孤立状態になった。

それに激怒した奴は俺達を家に閉じ込め、

激しい暴力を振るい始めた。

壁に頭を何度も打ちつけ、リモコンで顔を殴られ、

その顔をナイフで切りつけたり、

四十度はあるだろう熱湯をかけられたりと、

いつも以上にそれは苛烈だった。

お袋は俺と妹を庇い、やがて息絶えた。

そうしたら次は俺達だ。

妹だけは、妹だけでも守らねばと、

俺はなんとか守る手段を考える。

俺自身も顔半分をナイフで切りつけられ、

正直危ない状態だった。

そしてとどめを刺すようなことを奴はやった。

切りつけられた顔半分を、

奴は熱したアイロンで押さえつけやがった。

あまりの熱さと痛みで俺は気絶した。

その直前、俺を見て泣きだした妹が

奴に背後からハンマーの様な鈍器で

激しく殴られたように見えた。

次に意識が戻った時、それから三日が経っていた。

俺は病院に運ばれ、辛くも一命を取り留めた。

妹は助からなかった。

奴はそのまま警察に捕まったらしい。

警察を通しての奴の話を聞く限りでは、

自分は決して悪くないと言い張っているそうだ。

裁判でも自分がやったのは正当防衛、

言うことを聞かない相手に非があると、

明らかに反省するつもりはないようだ。

結果、奴のやったことは残虐かつ非道と見做し、

死刑が確定された。

そのまま俺は母親側の祖父母に養子として

引き取られることになった。

 

「あれ以来、俺は

“犯罪者の子供”というレッテルを貼られ、

一人で過ごしてきた。

雪之丞の奴はどこからかその過去を調べ上げ、

それをネタに俺をいじめてるってわけだ。

……てめえらには見せてもいいかもな」

そう言うと霧矢は両手を後頭部に回し、

何かいじりだした。

すると、パチンと音が鳴り、

霧矢の顔右部分から何かが落ちた。

黒い眼帯だった。

「いつ見られてもいいように眼帯してたけど、

この下を自分から人に見せるのは

親族以外じゃてめえらが初めてだ」

そう言って霧矢は長く伸びた片方の前髪を上げ、

見えなかった右部分が露わになった。

「え……!?」

見えた途端、僕は言葉を失った。

いや、僕だけじゃない。

宗馬も茜も同じだろう。

「これがその時に受けた傷だ」

霧矢の顔半分は、肌が茶色に焼けており、

血管が痛々しく浮き彫りになっていた。

右目も黒目のある部分が灰色に変わっている。

「ナイフで顔を傷つけられた上に

高温で熱したアイロンを押し付けられた結果だ。

視力もほとんど見えてねえ」

「酷い……」

茜は泣きそうな顔で息を飲む。

「ああ……酷いことするもんだな……」

宗馬も苦し紛れに顔を歪ませている。

「……刃物を見るとこの傷が疼くんだよ。

一緒に記憶もフラッシュバックするから、

パニックにもなるし吐き気もする。

本当余計なことしてくれたもんだ」

不機嫌そうに霧矢は眼帯を付け直す。

「雪之丞さんは知ってるの……?」

「無理矢理見せられたことがある。

以来俺をネタにする時に見せびらかすんだよ。

一ノ瀬が身代わりになってからは

ほとんどすることはなくなったが」

いじめのネタにするなんて悪質だ。

僕だったらトラウマになる。

「……あの女のいじめのターゲットは、

顔や容姿に訳ありの連中が多いんだ。

すきっ歯、ニキビ顔、肥満体型、

挙句の果てにはホクロの位置で差別する。

俺もこの傷を理由に狙われていた」

「一ノ瀬も度々顔をネタにされていたからな。

いじめの基準はそういうことか……」

「でもどうして? 何のために?」

理由なんてないだろう。あっても個人的なもの。

そういう類いのいじめはそんなものだ。

僕は拳をぎゅっと握りしめた。

「これはもう確定だろ!

改心は全会一致ってホップと約束したけど、

異議はねえよな!?」

「うん、異議なし!

どうせほっといたらいつか大変なことになるし!」

「だね。早いうちに改心させよう」

「……で、お前はどうすんだ? 霧矢」

「……どうって?」

「だってよ、元々は鍵として

連れて来ただけだしな。

その、お前さんの病気? みたいなもんもあるし、

無理に連れて行く気はねえんだけど……」

宗馬の言う通りだ。

霧矢は鍵として連れて来ただけ。

ここから先は危険が増す可能性がある。

何より相手は霧矢の弱点を知っている。

これ以上僕らの立ち回りで

彼を危険に晒すわけにはいかない。

ペルソナに目覚めてくれたら助かるけど、

それはそれだ。

「……いや、俺も手伝う」

返答は意外とあっさりだった。

「えっ!? いいのっ?」

「雪之丞の奴には色々あるしな。

それに、この目で確かめてやりたいんだ。

てめえらの怪盗団ってのがどうなるのか」

さっきまで青ざめていた霧矢の顔は、

しっかりと前を見据えている。

霧矢には霧矢なりの何かがある。

雪之丞に対して反抗できるのも

きっとそこからだろう。

ただ、それが何なのかはまだ僕達は知らない。

結局僕達は解散することになった。

その夜、あの新聞部部長から

こんなメッセージが来た。

〈嫌がらせ事件加害者の、

夏目奈津子って覚えてる?〉

「夏目奈津子……!」

僕とホップは顔を見合わせ、

メッセージの続きを見る。

〈怪盗団に話したいことがあるから

コンタクト取ってくれって言われてさ〜。

君達代理人として会ってくれないかなあって。

どう? お時間よろし?〉

代理人とはつまり、怪盗団の代わりに

夏目さんに会うということだろうか。

〈どうして僕達にですか?〉

僕はすかさず返事を送る。

〈だよねだよね! 君達関係ないしね!

まあとにかく請け負ってくれると助かるよ!

住所送るから! 頼むね〜♪〉

 

ということで翌日、僕は宗馬と一緒に

夏目さんが住んでいるという場所へ向かった。

茜は生徒会の仕事があるため僕達二人だけだ。

「とりあえず来てみたはいいんだが……」

指定された場所にあったのは、

良く言えば年季の入った、

悪く言えばオンボロの二階建てアパートだった。

周囲の草木がカラカラに枯れているせいもあるか、

いかにも出そうな雰囲気だ。

「ここ……人住んでんだよな?」

「多分……」

とりあえず僕達はアパートの管理人さんを見つけ、

夏目さんとの面談許可を得ることにした。

「あ、あの〜……」

管理人さんは目つきが悪い白髪のお婆さんで、

新聞を見ながら不機嫌そうにこちらを見ている。

「な、夏目奈津子さんの

部屋を探してるんですが……」

「……二〇一号室」

「あっ、ありがとうございます」

僕は頭を下げてお礼を言ったが、

ふんと鼻息荒らして新聞に向き直る。

「愛想のねえ婆さんだな……」

「聞こえてるよ!」

僕達は二〇一号室に向かい、ドアをノックした。

「あ、あの! 夏目奈津子さんですか?

怪盗団の代理で来ました!」

すると、ゆっくりと扉が開き、

隙間から女性が出てきた。

「……どうぞ」

扉が開き切ると、そこにいたのは

顔中シミとシワだらけの小太りの女性だった。

もしや彼女が夏目奈津子だろうか。

だとしたら別人すぎて言葉を失う。

中に入った僕達はちゃぶ台の近くに座った。

部屋の広さは1LDKっぽいが、

畳は湿っぽく変色しており、

天井にはクモの巣が張ってある。

そして床にはネズミやらゴキブリやらが

ちらほら見えていたので、

僕はなるべく見ないふりをした。

「ひでえ環境だな……これで家賃付きとかなら

俺は払いたくねえぜ……」

「……よければどうぞ」

そう言って夏目さんが出してくれたのは、

小さな茶碗に入った得体の知れない液体だった。

お茶のようだが色が異常に薄い。

「ど、どうも……」

夏目さんが僕達の前に座った。

やはり同一人物とは思えない。

メメントスで見た時の彼女は

煌びやかで派手な感じだった。

シャドウは本人の本質から生まれるって

ホップが言っていたから、

現実と姿が違うのもあり得るだろう。

とはいえちょっとこれは差がありすぎだ。

「ええっと、怪盗団に話したいことがあるって

聞いたんですけど?」

「はい……改心させてほしい人がいるんです」

この人が改心させてほしい人。

見当はなんとなく察している。

「誰を改心してほしいんだ?」

「……雪之丞家の令嬢、雪之丞綾子」

やっぱりと僕は納得した。

すると、鞄からホップが顔を覗かせた。

「いい機会でちゅ! 雪之丞にまつわる情報は

多いに越したことはないでちゅからね!」

僕は小声で返事を返す。

「うん。カツアゲのこと、まだよく知らないし」

「私、元々は普通の

キャリアウーマンでした。

実家暮らしで、割と裕福でした。

でもある時父が倒れて、自分のことは

自分でやるしかなくなったのです。

カードも父名義だったので、

お金もなくなって……

そんな時、あの女が近寄ってきたんです。

あの女は少額で始められる

融資の話があると言いました」

「融資?」

「金を払ってくれれば倍以上にして返すと

彼女は自信あり気に言いました。

よく聞けばそんな上手い話なんてないのに、

必死だった私は乗ってしまいました。

証明のための書面にサインしてほしいと頼まれ、

私は雪之丞綾子の名前と共にサインしました。

これでお金がもらえると思ってました。

でも直後、私は脅迫の容疑をかけられたんです」

「脅迫、ですか?」

「雪之丞家の長女に金をよこせとたかり、

無理矢理書面にサインを書かせたと

警察の人は言ってました。

私はただ金がもらえると

言われたからやっただけで脅迫はしていない

と言いましたが、

あの女は無実を主張したんです……!!」

夏目さんの拳が強く握られる。

「自分は脅されただけだ。

家族の負担をかけたくなかった。

彼女はその一点張りでした。

世間は彼女に味方しました。

私は多額の慰謝料を請求され、

会社もクビにされて、

家族からも勘当されました。

後から聞けば、あの女は同じような手で

他人から慰謝料を巻き上げているらしいのです」

つまり彼女は、自分が被害に遭ったと見せかけ、

慰謝料で儲かろうとしている。

自分の家の名と名声を使って。

これは最早詐欺だ。

「お願いします……あの女を

地獄に落としてください……!!

でないといつまでも惨めな気持ちで

死ぬのを待つだけ……!!

あの女が地獄に落ちるまで死ねない……!!」

夏目さんは頬をガリガリと掻き始める。

雪之丞への憎悪が体で感じる。

彼女の悪意がここまで悪質なのを知ったのは、

それから間も無くのことだった。

 

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