「どういうことだねこれは!?」
男性教諭の叫び声が教室を通り越して
階段にまで響いた。
それは、放課後に起こった出来事だ。
僕は宗馬と一緒にパレス攻略のための
話し合いをしている最中だった。
何事かと思い僕と宗馬は駆けつける。
隣のクラスに人だかりが出来ている。
「おい、あそこって……」
「霧矢のクラスだ!」
僕達は人だかりから様子を見ようと、
隙間から入り込んで教室を覗く。
そこには、三人の教師と花子さんがいた。
花子さんは顔を真っ青にして震えている。
「花子さん……!?」
「何故君の鞄から
消えた生徒の私物が入っている!?
正直に答えなさい!! 君がやったのだろう!?」
「ちっ、違、います……!!
私じゃないですっ、私はやってません……!!」
皆がその様子を見る中、ひそひそと声が聞こえる。
「え? 何何っ? 盗難っ?」
「そうそう! 二組全員! 犯人一ノ瀬らしいぜ?」
「あー、そう言えばあいつん家貧乏だっけ?
金欠で金目当てかあ?」
花子さんが盗難?
僕には到底信じがたい。
「あ、いた! 霧矢だ!」
宗馬が霧矢を見つけたようだ。
霧矢が遠くから見ているのがわかる。
「……わ、私っ、あの人達に
いじめられてるんです!!
だからやったのは私じゃありません!!
あの人達がやったんです!!」
「あの人達……!?」
まさかと思い僕は周りを見回す。
すると霧矢より遠くの方で、
雪之丞とその取り巻きがニヤニヤしていた。
間違いない。彼女の言う通りだ。
「嘘をつくなっ!!」
すると、男性教諭が花子さんを殴った。
「あっ……!!」
僕は思わず声を上げた。
「他人のせいにしおって恥ずかしくないのか!?
貧乏を理由に盗みに働いた挙句、
その罪を着せようと言うのか!?
お前の心は顔面同様酷く醜い!!
本日をもって退学だ!! 今すぐ出ていけっ!!」
いくらなんでもあんまりだ。
花子さんの心は醜くなんかない。
花子さんは腫れあがった頬を摩り、
泣きながら教室を走り去った。
「花子さっ……」
僕は追いかけようとした。
しかし、いつの間に僕のそばにいた霧矢が
僕の肩を掴んで止める。
「霧矢……!?」
霧矢はあれを見ろと言わんばかりに顔を動かす。
振り向くと、にんまりと笑う雪之丞がいる。
「今ここで庇ったら、味方と見做して
ターゲットにされるだけだ」
「でも、だからって……!」
「改心させるんだろ」
僕ははっとなった。
そう。今ここで紛糾しても解決しないだろう。
それどころか周りに怪しまれる可能性だってある。
相手はそんな人間だからだ。
「おい霧矢、止めんなよ!!
明らかにこれはほっとけないだろ!?
今からでも間に合…」
すると霧矢は宗馬の足を踏んだ。
「痛っ、つー!?」
「ややこしくなるから少し黙ってろ……」
「ごめん、宗馬。悔しいけど、今は……」
僕はなんとか宗馬を宥める。
僕だってほっとけない。
でも今騒ぎを起こしても意味がない。
悔しいけど堪えるしかないのだ。
だが、一人だけ我慢できなかった人がいた。
「一ノ瀬さん待って!!」
人だかりをすり抜けて、見覚えのある人が
花子さんが去った方向へ走る。
「茜……!?」
「待って!! 待ってよ、一ノ瀬さん!!」
無我夢中で茜は花子を追いかける。
やっと見つけた時、彼女は校門前にいた。
「生徒会長さん……」
「待ってて、大丈夫だから!
私の方からもう一度調査するよう
先生達に話すから! だから……」
「いいの、もういいの……!!
みんな何言っても信じてくれないもの……!!」
「そんなことない!! 私は信じているよ!!
だって一ノ瀬さん、よく
生徒会を手伝ってくれたじゃない!
私にはわかる。
あなたが悪いことするはずないって」
「でも私、退学にされたし……」
「大丈夫! きっと聞いてくれる人がいる!
沙城の時とはもう違うもの!
一ノ瀬さんを見てくれている人はきっといるよ!」
茜は花子の肩を掴んで励ます。
「でも、でも……」
「綺麗事を並べても事実は変わらんぞ」
「!?」
振り向くと、そこには一輝がいた。
一輝は仁王立ちでこちらを睨んでいる。
「神城、君……」
「先程学校から正式に決まった。
そいつはじきに窃盗の罪で直訴するそうだ。
まあ、直訴といっても形だけで、
退学さえ受注されればそれでチャラだがな」
「待ってよ、神城君!
まだ一ノ瀬さんが犯人とは決まってないよ!」
「いいや、決まりだ。
これはもう確定事項だ」
「そんなのおかしいよ!
だってクラス全員の貴重品を一人で盗むなんて、
明らかに不自然だよ!」
「不自然?」
一輝は花子をゴミを見るような目で見据える。
「どこが不自然なものか。
こいつは家庭の貧しさに負け、
その弱みから盗みに働いたのだ。
人が犯罪を犯す時、やる過程はどうあれ
自ずと本性が現れ出るものだ。
こいつの場合はそう、外見同様醜く歪んでいる。
人に罪をなすりつけたのが何よりの証拠だ。
なんにせよ、こいつを信じる人間など
お前以外ありもしない。
罪を犯した以上、こいつは学園に必要ない」
カッとなった茜は一輝に詰め寄る。
「今の言葉訂正して!!」
「生徒会長さん……」
「一ノ瀬さんは生徒会を手伝ってくれたし、
頼まれたことはちゃんとしてた!!
どうしてみんな醜いってだけで決めつけるの!?
見た目と中身は連動するって言うの!?」
「当然だ。世の中そういうものだ」
「っ!!」
「……お前も落ちたものだな、篠崎。
沙城の座を幸運で掴み取って浮かれたか。
お前のそういう空回りな正義なんぞ、
何も役には立たないぞ。
どうせ生徒会長になりたい理由も、
そんな偽善めいた正義からだろう?
言っとくが俺はお前を生徒会長などと認めない。
醜いそいつに偽善者の姿を見せているのが証拠だ。
生徒会長とは学園の善を見抜き、悪を断つ存在。
故にそれは正しくあるべきだ。
なのにお前はどうだ?
そいつの様な醜い奴を自分の価値から庇っている。
本来なら切り捨てるべきだ。
世の中全ての人間ががお前のような人間ではない。
正しくある者は讃えられ必要とされ、
歪んだ者は世界を引っ掻き回すんだ。
俺はそんな歪んだ者を断じて許さない……」
そう言って一輝は花子の腫れ上がった頬を
また強く殴った。
「神城君っ!!」
「さっさと消えろ、犯罪者が。
風紀を乱す奴は必要ない。二度と姿を見せるな」
「うっ、ううっ……」
真っ赤に腫れた頬に大粒の涙が溢れる。
「うわああああっ!!」
花子は大声を上げて走り去っていった。
「一ノ瀬さんっ!!」
追いかけようとする茜を一輝が止める。
一輝の目は鋭く、身が引けそうだ。
「ゆめゆめ忘れるな、篠崎。
生徒会長になるとはこういうことだ。
生温い気持ちでやるつもりなら
今すぐ降りるんだな」
顔を歪ませこちらを睨む茜を差し置き、
一輝は颯爽とその場を後にした。
「……落ちたのはあなたもじゃないの?」
通り過ぎた所で一輝に話しかけきたのは、
雪之丞だった。
雪之丞はすまし顔でこちらを見ている。
「……何が言いたい」
「二年生の時は真面目ちゃんって感じで
可愛げがあったはずなのに、
今は怒ってばっかの鬼風紀委員長。
そして今も私のやっていることに対して
口出しは無し。
何考えているかしらね?」
「……」
「まあいいわ。あの醜女に
とどめを刺してくれたことには感謝してあげる。
でもあなたもひどい人ね。
見かけで判断するなんて知れたら
少なからず批判が来るものよ。
なのにあなたは承知の上でやっている。
ダークヒーローにでもなるつもりかしら?」
「ヒーロー? 馬鹿馬鹿しい」
一輝は鼻で笑う。
「ヒーローなんていたら苦労しないさ。
それに俺はヒーローとかは向いてない」
「へえ? 風紀委員長なのに?」
「そうだな……強いて言うなら俺は、
ヒーローというより“鬼”だな」
「言葉通りね! そう言える根拠は
どこにあるのかしらね?
……ああ、そう言えばそうだ。
確か中等部に妹さんがいたわよね?
もしかしてその子とか?」
その時、一瞬のうちに一輝は
雪之丞を壁へと追い込む。
「なっ……!?」
一輝の目は獲物を見据える狼の様に鋭く、
恐怖のあまり目を離せなくなる。
そして雪之丞の首を強く掴んでいる。
「……俺の前でもう一度それを言ってみろ。
貴様をここで殺すぞ……!!」
ギリギリと一輝は雪之丞の首を掴む。
〈こいつ……本気だ……!!〉
さすがに恐怖を感じた雪之丞は身が引けた。
なんとか解放された彼女は一輝を睨み、
その場から走り去った。
〈何なの今の……!?
あんな殺気、感じたことのないやばいやつだわ……
まるでそのワードを聞いただけで
すぐにスイッチが入ったみたいに……
まあいいわ。それよりそろそろ、
最後の仕上げといかないとね……!〉
突然僕の背後に誰かが襲ってきた。
「わっ、と……!?」
振り返ってみると、そこにいたのは茜だった。
「茜……?」
茜は僕の背中に顔を押し付けている。
「う、ううっ……」
ぎゅっと制服を掴んだ途端だった。
「うわああああーんっ!!」
茜は大声を上げて泣きだしたのだ。
「えっ、ええっ!?」
突然のことに僕はもちろん、宗馬と霧矢も戸惑う。
「あ、茜!? どうしたんだよっ!?」
あたふたしながらもなんとか茜を落ち着かせ、
休憩所で話を聞くことにした。
「ん」
霧矢が茜にミネラルウォーターを差し出す。
「ありがとう……」
「……気にすることないよ、茜。
茜が悪いわけじゃないし。
君が君なりに生徒会長を務めているの、
僕は知ってるから」
「……うん、ありがとう田嶋君」
僕は茜の背中をさすった。
一方で一人、頭に来ている人がいる。
「神城の奴、許せねえな!!
茜の頑張りを認めないなんて最低だな!!」
「でも、しょうがないよ。
私の努力不足なのは事実だし、
正直ちょっと浮かれてたのもあったし……」
「そんなわけないよ!」
つい僕は声を上げる。
だって僕にはわかるから。
「君がペルソナに目覚めた時、
みんなのためなら命を賭けるって言ってた。
あの言葉からは嘘偽りはなかった。
浮かれていたら多分そんなこと言わないよ!
茜が確かな覚悟で決めたことなら、
それだけでも十分立派だよ!」
「田嶋君……」
「ああ! あん時の茜はかっこよかったぜ?
本当心の底からあんたが生徒会長になって
よかったって、俺は信じてる」
「五十嵐君……」
僕はふと霧矢に向き直る。
霧矢は腕を組みながらそっぽを向いている。
「霧矢」
「……俺は少なくとも、てめえが
生徒会長なのを認めないとは思っていないから」
「古城君……」
きっとそれは霧矢なりの、
茜は生徒会長に相応しいから自信持てっていう、
励ましのつもりだろう。
「……ごめんね、みんなありがとう。
ちょっとだけ元気出てきた」
「そうそう! 茜に涙は似合わないって! な?」
「うん」
「……絶対やり遂げろよ、改心」
霧矢のその一言に、僕達ははっとした。
「これ以上一ノ瀬みたいな奴増やしたら、
速攻でてめえらのことバラすからな」
そう言って霧矢は去っていった。
その一瞬、僕は見逃さなかった。
彼の左手が、震えるくらいに強く握られていた。
表情からは全く気づかなかったけど、
霧矢も茜と同じぐらいに悔しかったのだろうか。
「霧矢……」
「怖え〜! 何だよ今のっ? 脅しか?」
「そうかな? まあ、言ってることは脅しだけど、
霧矢なりに僕達に激を
飛ばしてくれたんじゃないかな?」
「うん、だと思う。なら絶対に成功させよう!
一ノ瀬さんのためにも!」
茜は涙を拭ってキリッと真面目になった。
そうだ。これ以上雪之丞に好き勝手はさせない。
必ず改心させる。そう改めて決意した。
けど、僕は知らなかった。
歪みは想像以上の速さで
世界を引っ掻き回すことを。
「意外だね! まさか近所だったなんて」
僕は改めてびっくりした。
下校中、僕は帰路についている途中、
偶然ばったりと霧矢に出くわした。
どうやら同じ帰り道みたいで、
話を聞けばホームズがある場所から
十分もかからない所に住んでいるらしい。
「俺も驚いた。まさか爺ちゃん行きがけの喫茶店に
てめえが住み込んでいたとはな」
「爺ちゃんって、養子にしてくれた?」
話通りなら、霧矢は母方の
祖父母の養子になっていて、
今はその二人と暮らしているはずだ。
「ああ。もう歳なのにやんちゃでな。
しょっちゅう外出しては色々やってるんだ。
婆ちゃんも呆れてる」
「元気なのは良いことじゃないか」
「元気過ぎて呆れてるってことだ」
霧矢が完全に悪ぶってない理由が
なんとなくわかった。
素敵なお爺ちゃんお婆ちゃんがいるから、
二人が支えてくれるからだろう。
「あ、俺こっちだから。じゃ」
「うん、また」
別れようとしたその時だ。
何やら救急車や消防車がサイレンを鳴らして
走りだしているのが見えた。
「あれ……割と近いな」
「そう言えば、なんとなくだけど
何か焦げ臭い匂いが……」
わずかだが煙臭い匂いがした。
「おいおい見ろよ! ヤバいヤバいって!」
救急車が向かった方向に向かって、
何人かの人が走っていく。
「火事っ? どこか燃えてんのっ?」
「畑いっぱいあるとこ!」
この近くで畑といえば、確か自分で畑を持ち、
農作をやっている人が
ちらほら住んでいる場所がある。
家も見た感じ古ぼけていて、
防災できるとは思えないような家だ。
気になった僕達は車の向かった方向へ走る。
しばらくして、住宅街を抜け、
畑が目立つ場所に辿り着く。
だんだん焦げ臭い匂いが強く感じる。
「ここって……!?」
何かを感じ取った霧矢が、
突然早く走りだした。
「き、霧矢っ!? 待ってよ!」
意外と速い。あっという間に
見えなくなってしまった。
すると、遠くで赤い光が見えてきた。
黒い煙が上がっている。
「あ……!」
僕の目の前に広がったのは、
赤い業火に焼かれる一軒家だ。
炎が激しくて一軒家であること以外
ほとんど見えなくなっている。
「火の不注意か?」
「さあ?」
人混みの中、霧矢を見つけた。
「いたいた! 霧矢ー!」
僕は呼びかけるが、
霧矢は立ったまま振り向いてくれない。
なんとか人混みをかき分け、
霧矢の元に辿り着いた。
「どうしたんだよ急に?
何か心当たりがあるの?」
僕が話しかけても霧矢は答えない。
「霧矢っ? 霧矢ってば!」
僕は霧矢の顔を覗く。
彼の表情は、顔面蒼白になっていた。
「霧矢……?」
あの家に何かあるのかと思い、
僕はもう一度燃える家に向き直る。
そして改めて、家の近くに
表札があることに気づいた。
その表札を見て僕は息を飲んだ。
“一ノ瀬”。
翌日、テレビのニュースで例の火事が報道された。
焼け跡から三人の遺体が発見され、
その遺体は、花子さんと彼女のお母さんと
弟であることがわかった。
ニュースでは何者かが放火したのが
原因かと報道されているが、
その犯人は未だ捕まってないらしい。
この件はすぐに学校に広まった。
「ねえ聞いたっ? 一ノ瀬さん亡くなったって!」
「知ってる知ってる! テレビで見た!」
「まあ、因果応報じゃね? 罰が当たったんだよ」
周りのみんなは花子さんが
窃盗犯だと思っているため、
今回の件は自業自得だと納得している。
納得していないのは、目撃した僕と霧矢、
そして宗馬と茜だけだった。
証拠はないけど犯人には目星がついていたからだ。
「雪之丞の野郎……!!」
宗馬は悔しそうに歯を食いしばっている。
茜は膝を抱えて何も喋らない。
「茜……」
僕は茜の背中をさする。
「悔しい……悔しいよ……!!」
茜の涙声に僕も泣きそうになる。
「もう時間があまりないでちゅ」
鞄からホップが出てそう言った。
そうだ。これ以上彼女を野放しにはできない。
ホップの言うことには、
改心させれば自分から罪を告白するはず。
仮に放火の犯人じゃなかったとしても、
雪之丞による悪事は止められるはずだ。
「ホップ、やるよ!
次のターゲットは、雪之丞綾子だ!」