第16話 Throat reading after the first whisper
目の前に広がる光景を、
僕は多分一生忘れないだろう。
見上げる首が折れそうなくらいのでかさ。
広い受付。多くの機材。そして人の多さ。
「こ……これが……テレビ局……!!」
僕達二年生は今、社会科見学に行っている。
そして僕達のクラスは、地元のテレビ局を
見学することになった。
実を言うと僕、生のテレビ局は生まれて初めてだ。
「田嶋君、テレビ局は初めて?」
「こんなにでかかったんだ……テレビ局って」
「えっ!? 田嶋ってテレビ局来たことないの!?」
同じ班の男子の問いに僕は大袈裟に頷く。
「社会科見学、ずっと博物館か工場しか
行ったことがなかったから……」
「小学生かよ……まあでも
驚くのも無理はないよな。
ここのテレビ局は一番でかいとこだし」
「だね。何より今日の番組収録が楽しみだよ〜!」
同じ班で班長になった茜も、
いつになくわくわくしている。
「そう言えば、霧矢のクラスって
どこを見学しに行ってるんだっけ?」
「あっちもすごいみたい!
芸能人を育てる養成学校だって!」
「へえ〜、進路の参考になりそうだね」
「古城君とこの班はその中でも、
子役を育てるジュニアクラスを見学してるって!
ただ、さっき古城君から連絡が来て……
子役に異常に懐かれて困ってる、だって」
霧矢って子供に好かれるタイプなのか。
あの性格からは想像もつかないが。
「あ、写真が来た!」
茜が携帯を僕に見せた。
「こ、これは……!?」
写真に映っていたのは、三歳四歳ぐらいの子供に
なされるがままの霧矢の姿だった。
霧矢はなんだか困惑している。
「レッスン終わりに遊んでいた時の写真みたい」
「あはは……霧矢も大変だね」
「まもなく収録が始まりまーす!
見学生の皆さんは観客席に移動してくださーい!」
今回僕達が観覧する番組は、
平日夕方に生放送される情報番組だ。
「はう〜! 楽しみだよ〜!
だって今日の収録、
ゲストは美月シオンちゃんだし!」
「えっ? 美月シオンって、あの?」
「誰でちゅか?」
鞄からホップが顔を出す。
いつの間について来たのか。
「超有名な国民的アイドルだよ!
ある時突然彗星の如く芸能界に現れた、
千年に一人の逸材……
歌手、女優、タレント、
現役として今も大学に通っている、
まさに超超スーパーアイドルなんだよ!」
茜の目がこれ以上ないくらいに輝いている。
僕もそんなには詳しくはないが、
名前は知っている。
「実は私……シオンちゃんの
ファンクラブ会員でもあるのですっ!」
そう言って茜が自慢げに見せてくれたのは、
顔写真付きのカードだった。
「美月シオンファンクラブ
ゴールド会員、篠崎茜……って、
茜ってゴールド会員なの!?」
「そう! シオンちゃんがデビューしたての頃から
ずーっと応援してた古参ファンなんです!」
「はあ……?」
「めっちゃ有名だからファンイベント以外は
なかなか会える機会ないんだけど、
今日は本当にラッキーだよ!
まさか見る予定の番組にシオンちゃんが
ゲストで出演するなんて!
この収録は絶対に録画しなきゃ!」
もしや、茜って見かけによらずミーハーなのか。
そうこうしている内に、テレビの収録が始まった。
「続いては、ゲストと共に
話題の情報を掘り下げる、
ネクストポイントのコーナーです!
本日のゲストはこの方!
今大注目の現役女子大生アイドル、
美月シオンちゃんです!」
MCに呼ばれて出てきたのは、
黒いショートボブに卵型の顔をした、
華奢な体型の女性だった。
彼女の姿を見た観客席から歓声が漏れた。
「きゃあ〜……!! シオンちゃんだあ〜……!!」
「うわ……顔小さい……!」
初めて見る生の美月シオン。
テレビを見ているよりも美人に見える。
いや本当に。
「皆さん、こんにちは〜!」
シオンちゃんは笑顔で挨拶した。
「今日はよろしくね、シオンちゃん!」
「はい!」
「ではここで改めまして、
シオンちゃんのプロフィールをご紹介します!
美月シオンちゃんは一昨年四月に
ミニアルバム、恋してマイラヴでデビューし、
アルバムは八百万枚、
ダウンロード数は二千万を突破。
ソロアイドル歌手としての
活動の傍ら、現在は
聖ミロワール学園大学院に在籍。
クイズ番組でもその実力を発揮し、
天才的頭脳も注目されています。
さらにここ最近は女優としても活躍。
去年はドラマ四本、CM六本を持ち、
さらに今年は映画にも主演を果たすなど、
今大注目のアイドルです!」
改めて聞くとすごい経歴だ。
まさに薔薇色の人生なんだろう。
「いや〜、最近ますます
大活躍してますね、シオンちゃん!」
「いえいえ、とんでもない!」
「では、そんなシオンちゃんを交えて、
本日はこちらのテーマ!
ズバリ! 心の怪盗団とは何者か!?」
「!?」
「え、えっ……!? 嘘っ?
こんな時に限って……!?」
茜も困惑している。
「最近ニュースにも取り上げられている、
名家出身の子供が連続で逮捕される事件。
この事件の共通点として上がっているのが、
心の怪盗団と呼ばれる謎の集団です。
ターゲットにされた容疑者はいずれも
警察に自ら自首する前日、
彼らによる予告状なる
手紙が送られてきたそうです。
この事から警察は、彼らが
なんらかの手段で容疑者に手を出し、
自首させたと推察しているようですが、
その手段とは何なのでしょうね?」
「怪盗団が介入しなければ
埋もれていたかもしれなかった
事案が多いんですよね?
それこそ先日の事件も悪質なイジメに加えて
連続詐欺とかも容疑者はしていた。
自白でもしないとわからない事案だねえ。
シオンちゃんはどう思う?」
「え〜? それってつまり、
その……心の怪盗団ですか?
その人達がいなかったら
被害はもっと大きくなっていたかもですよね?
だったら怪盗団は、良い人って事ですよね?」
「!」
これは意外だった。
シオンちゃんがそんな風に感じていたとは。
「ほお〜? じゃあ怪盗団は正義と?」
「それはさすがに言い過ぎかと。
だって、その人達は法を使わずに
罪人さんを裁いたんですよね?
それってただのリンチじゃあ?」
「!?」
「確かに、世の中には救いようのない人は
少なからずいると私は思います。
法によっては諦めるしかない事だってあります。
私だってそんなの理不尽だって
言ってやりたいです。
でも、だからって正しくないやり方で
救いようのない人を裁くなんて、
それは復讐にしては度が過ぎてます。
えっと、質問なんですけど、
怪盗団さん達は改心させる目的で
ターゲットを狙ってるんですよね?」
「はい。予告状には
そういう風に書かれていました」
「……これはあくまで私の推測なんですけど、
あの人達なんらかの手段で
無理矢理心を捻じ曲げて
自白させているんじゃないですか?」
観客席にどよめきが走る。
どうしよう、冷や汗が止まらない。
あの人どこまで知ってるんだ。
というか見透かされているのか。
「つまり、脅迫して改心させているとっ?」
「だってそうとしか考えられないですよ。
そのターゲットにされた容疑者の人達って、
今まで何の悪気もなく悪いことしてたんですよね?
そういう人って自分からは到底
罪を告白するとは思えないですし。
でも実際、その人達は自白した。
そうするくらいの何かがあるのでしょう。
考えられるのは、弱みを握られたとか?」
許されるのなら違うと言ってやりたい。
でも言えない。墓穴を掘ってしまう。
「だったらその人達がかわいそうです!
その人達、脅迫されて逮捕されたんですよ!
やったことは悪いことだけど、
私には不憫にしか考えられないです!」
なんだか体温がじわじわと上がる感じがした。
バレてしまうのかという不安と、
間違ってないという憤りが混ざって
複雑な気持ちになる。
「……なーんて、私らしくないコメントでしたね!
困惑させちゃってごめんなさーい!」
ピリピリしだした空気をぶち壊すかのように、
シオンちゃんは舌を出して反省した。
「いやいやいやいや!
なかなかのコメントでしたよ!
さすが現役女子大生!
コメンテーター顔負けです!」
「そんなとんでもないですよ〜!」
「ではシオンちゃん、次のテーマですが……」
番組収録が終わり、僕達のクラスは
現地解散となった。
同じ班の二人と別れ、僕と茜は
もうしばらくテレビ局にいた。
「ど、どうしよう……まさかシオンちゃんの口から
怪盗団について語られるなんて……」
茜はしどろもどろになっていた。
正直気持ちは痛いくらいわかる。
あの後何喋ってたのか記憶にないくらい
僕達には衝撃的だったのだから。
「うん……バレるんじゃないかって
すっごくヒヤヒヤしたね……」
「あの子、性格によらず鋭いようでちゅね……
ああいう人ほど気をつけた方がいいでちゅ!」
確かに、いつ誰かから
僕達の素性がバレるかわからない。
やはりここは慎重にならないといけないようだ。
「……えっと、なんかごめんね? 茜。
シオンちゃんのファンなんでしょ?
ちょっと怖くなった?」
「う、ううん! 大丈夫だよ!
怪盗団のことはちょっと怖かったけど、
それと好感度は別だし!
これからもずーっとシオンちゃんのファンとして
応援は続けるつもりだよ!」
「それはありがとう!」
聞き覚えのある声に僕達は振り返った。
そこにいたのはなんと、美月シオン本人だった。
「うえええっ!? み、みみみ
美月シオンちゃん!?」
「君、観客席にいた子だよね?
今日は来てくれてありがとう!」
間近で見る彼女はますます美人だ。
病気かと見間違うくらいの白い肌に、
スラッと細い体型。
美人以外の言葉が見つからない。
「ひ、ひ……ひおんひゃんっ!?」
隣にいた茜が顔を真っ赤にして叫んだ。
「えっえっ、えっとお……
い、いいいいいつもっ、応援っ、してましゅ!!
ファン、ファンクラブ、
ゴールド会員でっしゅ!!」
あまりにも興奮しているのか
言葉の呂律が若干狂っている。
「あ、茜! 落ち着いて落ち着いて!」
「ゴールド会員……?
あっ、ひょっとして君、
ゴールドで珍しい女の子会員っ?」
「珍しいっ?」
「そう! うちのファンクラブって男の人が多くて、
女の子でファンクラブに入っている人少ないの。
ゴールド会員は昔っから
応援している人ぐらいしか見ていなくて、
しかも男の人ばっかりなの。
でも最近、マネージャーから
ゴールド会員の中に女の子がいるって聞いて
気になってはいたけど、君だったんだね!」
するとシオンちゃんは、茜の手を優しく握った。
「ひゃう!?」
「デビューの頃から応援してくれてるなんて、
すっごく嬉しいよ! ありがとうね!」
茜の顔が茹で上がりのタコの様に
真っ赤っかに火照っている。
このままじゃ爆発しそうな勢いだ。
「あ、そうだ!」
何か閃いたシオンちゃんは、
ポケットからメモ帳とペンを取り出し、
なにやら書き始めた。
「はいこれ! 出会えた記念に!」
そう言って茜に渡してくれたのは、
彼女直筆のサインだった。
「じっ、直筆サインっ!!」
「ちゃんとした色紙とかじゃなくてごめんね?
はい、君もどうぞ!」
なんと僕にもサインをくれた。
「あ、ありがとうございますっ」
「一生大事にしますっ!!」
「それと、これもあげる!」
渡されたのは、二枚のチケットだ。
「これは?」
「今度新曲発売記念の握手会やるの!
特別に二人を招待するね!」
「ええっ!? いいんですかっ!?」
「こんな機会滅多にないんだから、
遠慮せずに受け取って」
「は、はいっ。ありがとうございます!」
「絶対行きますっ!! 絶対にっ!!」
「シオン!」
そこに、真面目そうなスーツの女性が走ってきた。
「あっ、東雲さん!」
「何してるの? そろそろ次の仕事よ」
「はーい、今行きまーす!
じゃ、また会おうね! えーっと……」
「田嶋勇気です! こっちは…」
「篠崎茜ですっ!!」
「オッケー! インプットしたから!
また会おうね! 勇気君、茜ちゃん!」
シオンちゃんは笑顔で帰っていった。
「……本当に美人だったなあ、シオンちゃん」
「こらー! 気をつけろって言った矢先に
惚れ込んでどうするんでちゅか!?」
「ご、ごめんっ! つい、巻き込まれちゃって……」
彼女が多くの人から愛されている理由が、
なんとなくわかった気がした。
現に今近くで、茜がもらったサインと
チケットを握りしめて
感動に浸っているのが証拠だ。
テレビ局を後にした僕と茜は、
駅で宗馬と霧矢と合流し、
カラオケボックスに立ち寄ることにした。
「へえ〜、そんなことあったんだな。
有名人に会えるなんてすげえじゃねえか!
だからああなってるわけ?」
僕達男子を他所に、茜は一人で
美月シオンの曲を熱唱している。
「突然カラオケ行きたいって言うから
何かあったのかと思えば、なるほど納得だな」
「ごめんね。なんか巻き込まれる形になって」
「良いってことよ。まあ、
茜が大ファンだってのは知ってたし、
あいつにとっちゃ幸せもんだな」
「宗馬はシオンちゃんのファンじゃないの?」
「お生憎様、アイドルには興味がなくてね。
音楽はロックしか聞かないし」
「へえ。男子のファンが
結構いるって聞いてたから、
宗馬もそうなのかなって思ってたよ。霧矢は?」
「はあ? 誰があんな猫かぶりを好きになるか」
霧矢は鋭くこちらを睨んでいる。
「ね、猫かぶりっ?」
「だってそうだろ。真面目な話したかと思えば
急にふざけた話をするし、
リアクションもわざとらしい。
俺はああいうタイプは心底反吐が出る」
今日も霧矢の毒舌は冴えてるなあと、
僕は心の中で思った。
まあ、なんとなく霧矢とシオンちゃんって
相性は合わなさそうとは感じてたけど。
「お、おい! 声が大きいって!
茜に聞こえたらさすがにまずいって!」
しかし、茜は歌っているのに夢中だ。
「大丈夫、みたいだよ? 聞こえてないみたい」
「ふい〜。助かった……」
「つーか、マジで気をつけた方がいいぞ。
その美月シオンって奴。
見てたぞ、二人が見たっつー番組。
あいつのコメント、
かなり核心を突いていたな」
「うん。聞いててヒヤヒヤしたよ……」
「これ見てみろ。放送後の怪チャンの書き込みだ」
霧矢がスマホを見せてくれた。
書き込みには、怪盗団は善か悪かの論争が
ちらほら出ている。
善と主張している方は、
隠れた悪事を暴いたヒーロー、
なんかわかんないけどすごいと書かれ、
悪と主張している方は、
非合法で裁くアンチヒーロー、
圧政を正義と宣言する勘違いと書かれていた。
中には番組でシオンちゃんが言っていたコメントに
賛同する書き込みもあった。
「心をねじ伏せることで改心させるっつーのが
想像以上に反響を呼んだらしいな。
まあ、心を利用するって意味では
あながち間違ってはないがな」
「ねじ伏せるだと!?
俺達はそんなことしてねえし!」
「けど実際、俺達がやっている手口は
普通の人からすれば信じがたい手法だ。
心の中に入って根本から改心させるとか、
そんなもん誰も信じてはくれないだろうしな。
だからみんな、無理矢理ねじ伏せるって事実を
信じ込みやすいんだろう」
「そんな……僕達はただ、
困っている人の助けになりたいだけなのに……」
「ああ! なのに世間は器が小さいな!」
「世の中そんなもんだ。
でも、雪之丞の件で俺達も少し
知名度が上がってしまったからな。
今このタイミングで悪目立ちしちまえば、
世間から叩かれるのは明白だ。
で、だ。リーダーである田嶋に提案があるんだが」
「何?」
「ちょっとの間でいい。
しばらくは怪盗団の仕事は控えた方がいいと思う。
今のタイミングで目立つより、
少し間を空けてから活動した方が
安全だと俺は思っている。
判断はてめえに委ねるが、どうする?」
「うん。僕もそう思ってた。
怪盗団としての活動は、
もう少し落ち着いてからの方が良いって思ってた。
だって最悪僕達警察に捕まるかもだし」
「でちゅ! それに君達は学生!
学生は勉強が本業!
疎かにしたらダメでちゅ!」
ホップの正論に僕はうんうんと頷く。
「俺も異議なーし。
まあ聞くまでもないけど茜は…」
「次っ!! シオンちゃんのデビューアルバムより
“Kiss me,Kiss me”!!」
「まだ歌うのかよ!?
てかその曲もう三回は歌ってね!?」
「何度だって歌う!! もう今日は歌いまくる!!
なんならカラオケ登録してあるやつ全部歌う!!」
「おい……全部っていくつあるっ?」
「ええと……」
僕は選曲する端末を操作する。
「……ええっ!? シングル曲だけで
二十は登録されてる!?」
「喉やられても知らねえぞ」
「いいのっ!! もう覚悟してるからっ!!」
結局、僕達男子はほとんど歌えず、
茜の独占でカラオケは終わった。
「撮影は以上でーす! お疲れ様でしたー!」
雑誌のグラビア撮影を終え、
シオンはふうと一息ついた。
「お疲れ様、シオン」
マネージャーの東雲がタオルを持ってきてくれた。
「今日も良かったわよ」
「ありがとうございます!
次のスケジュールはどんなです?」
「この後は雑誌の取材が三件よ。
二件はモデル、一件は音楽雑誌で新曲の宣伝。
その後はラジオのゲストで…」
すると突然、近くで女性の悲鳴が聞こえた。
スタジオの外から誰かが走ってきた。
走ってきたのは少女で、ナイフを持っている。
「美月シオンッ!!
あんただけは……あんただけはあああっ!!」
少女は憎悪の表情でシオンに向かって
ナイフを突き出そうとした。
「きゃああっ!?」
シオンはしゃがんで身を守ろうとした。
その時、突然少女は立ち止まった。
「……?」
恐る恐るシオンは様子を伺う。
「あ……ああ、ああああっ?」
少女はナイフを落とし、首を押さえて呻いている。
目から黒い液体みたいなのが流れ、
そのまま彼女は白目を剥いて倒れた。
「……お、おい!! 何してる!?
早く捕まえるんだっ!!」
我に返ったスタッフが慌てて少女を押さえた。
「ちょっ!? この子息してない!?」
「とりあえず警察に!!」
「シオン! 危ないからこっちに!」
東雲はシオンを安全な場所に移動させた。
「どう?」
「……ダメだ。質が悪い」
「もう。だからアタシは反対だったのよ。
盗るなら救いようのない人にしないとって。
あの子、辛抱強く説得すれば
考え直してくれそうだったのに」
「それでも、美月シオンへの
憎しみは消えなかった。
あのまま放置していれば厄介にはなっていた。
それに、こういう小さな欲望を集めた方が、
大物を狙って待つよりは効率が良いしな」
「まあ、そうなんだけど……」
「小さくても盗るに越した事はないわ。
もっとも、私達にはあまり時間がない。
心の怪盗団とかいう連中も動き出したみたいだし、
そんなにゆっくり待つ余裕はないと思う」
「それもそうね。塵も積もれば
山となるって言うし、
ここはリーダーに任せるわ」
「……そう焦ることはないさ。
次の大物はすでに決めている」
「あら、早いわね」
「次のターゲットは、こいつだ。
こいつにはパレスがある事が判明している」
「……えっ? 嘘、彼がっ?」
「信じられないわね……
この人にパレスがあるなんて
にわかに信じがたいけど……」
「だが事実だ。こいつを調べてみれば、
証拠になりそうな噂が恐ろしい程出てきた。
いい機会だ。次はこいつを利用させてもらおう」
「利用?」
「……俺達と怪盗団、どちらが世間に必要なのか、
ここで確かめてもらう」