僕のクラスに突然彼がやって来た。
「失礼しやああーすっ!!」
彼、日下部さんが勢いよくドアを開ける。
教室にいた生徒がびっくりして日下部さんを見る。
日下部さんは一直線に僕の元へ駆け寄る。
「田嶋勇気氏っ!!」
「は、はいいっ!?」
「……ちょっと大事な話があるから
新聞部まで来てくれる?」
緊迫した表情なので何かあったのかと思った僕は、
とりあえず新聞部の部室に向かった。
部室は僕と日下部さん以外誰もいない。
「あの……大事な話とは?」
「これだよこれえっ!!」
そう言って日下部さんはテーブルに何かを
激しく叩きつけてきた。
よく見るとそれは、
有名人のゴシップが掲載された週刊誌だ。
「ライバルってどゆこと!?
そんなの聞いてないんだけどおっ!?」
「な、何の事ですかっ?」
「その雑誌の六十七ページを見てちょ!!」
「ええと、六十七、六十七……」
雑誌をめくって六十七ページを探す。
そのページの一面を読んでみた。
「もう一つの心の怪盗団?
ブーセン大統領暗殺疑惑で話題。
怪盗団のライバル組織登場か……って、
何これ!?」
記事によれば、ここ最近
謎の突然死が多発しており、
その被害者は皆それなりの地位を持ちながら
悪の限りを尽くす、言うなれば
悪逆と呼ばれている人ばかりらしい。
そんな彼らが最近、次々と突然死し、
その背後には謎の組織が
関わっていると書いてある。
しかもその手法は、死ぬ前日に
脅迫状が送られてくるらしく、
まるっきり僕達と同じやり方だ。
「何勝手に盛り上がるようなこと
しちゃってんの!?
我々新聞部は常に最新のゴシップを
誰よりも早くキャッチするのがモットー!!
なのにこれ昨日発売されたやつよ!?
これ見るまで俺達知らなかったのよ!?
怪盗団んん〜!!
我々を愚弄した罪は重いぞお〜!!」
日下部さんは怒ってるのか
喜んでいるのかよくわからない。
気になった僕はとりあえず雑誌を貸してもらい、
みんなに見せることにした。
「怪盗団のライバル!?」
「うん。記事にはそう書いてあるんだ」
「あれか? 俺達も徐々に人気が出たから、
それにあやかろうと張り合ってるとか?」
「いや……そうでもねえぞ。
一通り記事読んでみたけど、
この謎の組織とやらは俺達と違って
人を殺していやがる。
人気にあやかるつもりなら
そんなことしないはずだぞ。
しかもこいつらの手法、
完全に俺達のやり方と酷似している。
ターゲットの基準、犯行前の行動、
そして出てこないはっきりとした証拠。
ひょっとしてこいつら、
認知世界に出入りしてるんじゃねえか?」
「あ……!」
よくよく考えたらそうだ。
普通殺人を犯せば完全犯罪じゃない限り
証拠は出るはず。
何より犯行前に手紙を出している。
「もしかして……この人達もペルソナ使いっ?」
「ねえホップ。何か知ってるかなっ?」
「まさか俺達に隠して裏で手ぇ回してたとか
言うんじゃねえよな?」
「そ、そんなことしないでちゅよ!!
あたちには覚えがないでちゅ!!」
ホップの態度から嘘をついているとは思えない。
何よりこの風貌から悪さしてるとは思えないしな。
「なあ、こいつらって俺達と違って
人を殺しているんだよな?
こいつらが俺達と同じように
認知世界に出入りしているとしたら、
認知の中で人殺ししてるってことじゃねえかっ?」
「まさか……欲望そのものを奪っている?」
以前ホップが言ったことを思い出す。
歪んだ欲望だけでなく、
欲望自体を奪えば廃人化も同然。
最悪の場合、死もあり得ると。
「欲がなくなっちゃったら、
それもう人間じゃないよ!
欲あってこその人間だもん!」
「使い方次第ではあるがな。
でも殺された連中ってみんな
救いようのないクズばっかりなんだろ?
そいつら倒してるってことは
良いことじゃないのか?」
「馬鹿か。殺しちまったら
本人しかわからない事情も聞けなくなるし、
何より後味悪いだろ」
「生きてこそ償いになる事だってあるしね」
「そうか……なら悪い奴か!」
すると、僕のスマホにメールが届いた。
見覚えのないアドレスだ。
「ん? 誰からだろう?」
僕はとりあえずメールを開いた。
〈心の怪盗団、ザ・ファントムのリーダーに告ぐ。
お前達の正義がどれほどのものか確かめるため、
我々から勝負を申し込む。
お前達が勝てば実力を認め、
負ければ人殺しとして終わらせてもらう〉
「え……何、これ……!?」
「どうしたの?」
僕はみんなにメールを見せた。
「な、何だあ、これはっ!?」
「これって、挑戦状ってやつっ?」
「待て。まだ続きがある。
……勝負の内容は簡単だ。
ある男をどちらが先に改心させるかだ。
次に我々が狙うのは、
作曲家、
こいつの罪は救いようがない。
よって我々は命を持ってその罪を
償わせようと思う所存だ。
お前達の正義が正しいと主張するのであれば、
我々を全力で止めてみせろ。
“キングスジュエル”より……」
メールの内容からして僕は察知した。
もしや、件の謎の組織からだろうか。
「キングスジュエル……王の宝石?」
「それが組織名ってとこか……」
「こ、これは間違いなくあたち達
怪盗団への挑戦状でちゅ!」
「……こいつらが例の組織だと言うなら、
この挑戦はかなり危険だぞ」
「危険って?」
「奴らは欲望そのものを奪って
人殺しをしてるんだろ?
仮に勝負に乗って俺達が負ければ、
こいつらはこのターゲットの欲望を奪って
殺す推算のはず」
「……あっ!?」
僕は気づいてしまった。
「もし僕達が負けたら、
人殺しの罪をなすりつけるってこと……!?」
「はああっ!? 何だよそれ!?
俺達人殺しにされるのかよ!?」
「それにこの文から察するに、
この挑戦を放棄したとしても
奴らはターゲットから欲望を奪うだろうな。
勝負に乗って勝つしか
ターゲットを生かす道はない。
これは明らかにリスキーな挑戦だな」
ただでさえ今の怪盗団は、
世間からの反応が曖昧な時期だ。
ここで悪目立ちしてしまえば、一巻の終わりだ。
信頼を確かなものにするには
勝負に乗って勝つしかない。
でも負ければ人殺しのレッテルが貼られる。
かと言って放棄すれば犠牲が出てしまう。
「……田嶋。判断するのはリーダーのてめえだ。
怪盗団の信頼を確かなものにしたいのなら、
この挑戦を受けても良い。
だが正直言ってリスクは高いぞ。どうする?」
「まだ……わかんないや。
けど、誰かが僕達のせいで
犠牲になるのは看過できない。
とりあえずまずは、
このターゲットについて調べてからでも
遅くはないと思う」
「……賢明な判断だな。てめえらはどうする?」
「俺も賛成」
「私も異議なし」
「全会一致でちゅね!」
「で……次のターゲットは、
天出高雄って書いてあるね。
なんか、どっかで聞いたことあるような……?」
「天出高雄……天出高雄?
ええーっと……あ! 思い出した!」
そう言って茜はスマホの音楽アプリを立ち上げる。
「これこれ!」
流れてきたのは、ギターがメインの
カッコいいロック調の楽曲だ。
よくよく聴くとこの曲を歌う声に
聞き覚えがあった。
「これって、歌ってるのシオンちゃんっ?」
「そうなの! シオンちゃん四枚目のシングル、
“Glorias Night”って曲なんだけど、
この曲を提供したのが
その天出高雄さんって人なの!
ほら、アプリにも情報が出てる!」
茜のスマホを見ると、
確かに楽曲情報に名前が載っている。
作曲・編曲:天出高雄、と。
「こっちも調べてみた。
どうやらこの天出高雄って奴は
相当有名な作曲家らしいな。
例えば、この曲とか」
そう言って霧矢がスマホを見せてくれた。
高校野球の甲子園のサイトらしく、
歌詞らしい文が出ている。
タイトルは、“誉れ高き栄光”。
「誉れ高き栄光! これもそうなのかっ?」
霧矢は音楽を流し始めた。
ブラスバンドの軽快な音楽が流れる。
「あー、これこれ!
夏の甲子園と言ったらこの曲だよなー!」
「他にも色々あるぞ?
朝食用シリアルのCMソング、
ゴシックブランドのテーマソング、
最近じゃあ子供向けアニメの楽曲提供も
してるみたいだ。
で、こいつがその天出高雄だ」
映っていたのは、眼鏡をかけた初老の男性だ。
「一見すると悪い人には見えなさそうだね?
でも改心って言うくらいだから、
この人にもパレスがあるってことなのかな?」
「見かけに騙されちゃダメでちゅよ!
雪之丞の時のようなパターンもあるでちゅから!」
「とりあえず悪い噂とかないか調べてみるな」
宗馬は怪盗お願いチャンネルを開き、
天出高雄について調べてみた。
「……ん? これか?」
「何か見つかった?」
「天出高雄、ゴーストライター説!?」
「ゴーストライター?」
ゴーストライターって確か、
自分の名前を伏せて作品を作り、
他人の作品として売り出すあれのことだろうか。
「天出高雄は天才作曲家として名を馳せているが、
実は当の本人は全く作曲のセンスがなく、
三枚目の楽曲である“Lilly”以来、
楽曲ごとに別の作曲家に依頼をし始め、
印税を含めた収入は全て天出の手に渡る。
しかも、ゴーストライターになった
作曲家への待遇や扱いも酷く、
中には楽曲発表後に自殺する者も多数。
それだけでなく、裏では悪徳金融と手を組み、
財源を工面していると噂あり……」
「……とんでもねえ噂だな?」
「でもこれが事実ならほっとけないよ!」
「とりあえず、後でパレスが
あるかどうかだけでも調べてみよう」
というわけで放課後、僕達は渋谷に集まった。
「……あったぞ。天出高雄と言う人物の
パレス自体はあるようだ」
「じゃあ次は、どこをどんな風に
勘違いしてるかだね」
「沙城は学校を城と、雪之丞は
劇場と勘違いしていたんだよな?」
「相手は作曲家だから……
音楽を披露する場所が関係ありそうだね。
コンサートホール、ライブハウス、
あっ、コンサートって意味なら
野球場もあり得るな……」
「あとは……ああ、あれは?
ほら、オーストラリアだっけ?
なんか屋根が何重にもある建物があるよな?
そこも音楽関係の所じゃね?
えっと、何だったっけ〜……」
「……ひょっとして、“オペラハウス”か?」
〈ヒットしました〉
どうやらビンゴのようだ。
「やった! あとはどこを
パレスと勘違いしているかだね!」
「一番パッと思いつくのは
天出さんの家だと思うけど……」
「住所は非公開されてるみてえだな。
しかもこの作曲家、仕事が毎回変わるらしいから
これといって決められた所がないそうだ」
「つまり、家以外行きがけの場所がないって事?」
「じゃあ家しか考えられないな……探すか?」
「探すってどうやって?
天出さんが東京にいるとは断定できないよ?」
「じゃあ……バスとか新幹線とかで
遠征してでも探す!」
すると、霧矢が宗馬の腹を殴った。
「おっふう!?」
「費用がかかるだろうが。
北海道とか沖縄とかだったらどうすんだ」
「た、確かに……」
「せめてこの“渋谷”にいたら
苦労しないんだけど…」
〈ヒットしました〉
「えっ!? 私何か言った!?」
「渋谷……まさかこの街ごとをか!?」
風景が変わり始めた。
やがて渋谷の街は、緑がかった暗い街に変わった。
「マジか……渋谷全体がパレスになってる……」
「つーことは、天出のテリトリーは
この渋谷そのものってわけか……」
「あっ!? みんな見て!」
茜が指差す方向を見ると、僕は自分の目を疑った。
万年筆に手足が生えた生き物が、
てくてくと歩いているではないか。
「ま、万年筆が歩いてる!?」
「うおー……手足生えてる……気持ち悪っ!」
すると、後ろから何かが霧矢にぶつかった。
「おい、どこ見て…」
「ひいいっ!! ご、ごめんなさい、
ごめんなさいっ!! わざとじゃないんですっ!!」
見ると、今度は手足の生えたATMが
霧矢に向かって土下座している。
「金は払いますっ!! だから命、命だけは!!」
「ああ? 別にカツアゲするつもりは…」
「おい、あれ!」
宗馬の視線の先には、
壊れて動かなくなったATMや、
錆びてぼろぼろになった万年筆が
たくさん倒れていた。
「まさか、これ全部天出さんの被害者っ?」
「ゴーストライター……なるほどな。
その説が確かなら納得だ。
奴は人間をこんな風に認知しているってことか」
「代筆させる……だから万年筆なのか」
「でちゅ。少なくともこれだけの人間を
壊してきたってわけでちゅ!」
「でも、ATMは? ATMの奴らは
どういう認知になるんだ?」
「悪徳金融と手を組んでいるらしいって
あったしな。もしかしたらそれ関係の
認知かもしれん」
「ねえ、ところでパレスは?
さっきからそれっぽい建物が
見当たらないんだけど……」
言われてみればそうだ。
周りを見回しても新宿の街だ。
パレスらしい建物が見えない。
オペラハウスと出たので、
それと似た建物があるはずだ。
「とりあえず調べてみよう」
僕達は手分けして万年筆やATMの人に
話を聞くことにした。
しばらくして再び合流し、
互いの情報を交換した。
「話にならなかった……みんなして俺達のことを
カツアゲする奴か脅迫する奴と思い込んでやがる」
「パレスの場所に繋がるような
情報も聞き出せなかったよ……そっちは?」
「うん。万年筆の人から聞いたんだけど、
あの人に逆らえば底深くまで
落とされたって言ってた」
「あの人……天出か」
「底深くまで落とされたって?」
「そこまでは聞けなくて……」
すると、僕はふと思い出した。
「あのさ、本物のオペラハウスって
海に浮かんでいるんだよね?」
「うん。そのはずだよ?」
「もしかして……この認知世界のどこかに
海があるとしたら?」
『!』
急いで僕達は周囲を走り回る。
「……あった! あそこだ!」
南の方角に、開けた場所があった。
潮の香りがする。間違いなく海だ。
「おい、あれって……!?」
僕達の目の前に広がったのは、
金ピカに輝く巨大なオペラハウスだった。
「あれが……天出のパレスなのかよっ?」
「本物のオペラハウスに
禍々しさが増したような外装だな……」
「海……そうか。だから底深くまで
落とされたって言ってたのか」
「天出さんに逆らえば海に
突き落とされるって事かな……?」
「……こうは考えられねえか?
天出に逆らえば絶望の底に叩き落とされる。
奴もそれを知った上でのこの認知じゃねえのか?」
ゴーストライター説が確かなら、
霧矢の見解には納得できる。
「そういえば、あのパレスどうやって入るの?
橋とか見当たらないんだけど……」
確かにパレスは海に浮かんでいるだけで、
出入りする手段が見つからない。
「泳ぐか潜るか、どっちかだろうな……」
「ねえ、ホップ。
お得意の変身でなんとかならない?
潜水艦とか水上バスとかにならないかな?」
「ダメでちゅ……車にしか変身できないでちゅ……」
「……こんな時に限って役に立たねえな」
「聞こえてるよ!」
「泳ぐにしてもよ……この海、ヤバくねっ?」
「ヤバい?」
宗馬が海の水を覗いているため、
僕達も覗いてみた。
見ると、海の中にはピラニアみたいな魚が
たくさん縦横無尽していた。
明らかに敵意剥き出しだ。
「た、確かにヤバいね……」
「絶対食べる気満々だ……」
泳ぐのは愚か、潜ったら即蜂の巣だ。
「じゃあ五十嵐、てめえが行け」
「何でだよ!?」
「てめえ図太いんだろ?
あれくらいなら気合で乗り越えれるんじゃね?」
「だからって何で俺なんだよ!?」
「……消去法?」
絶対嘘だ。明らかに宗馬を狙ってた。
「とにかく、ここで立ち止まっても
何も解決しないでちゅ。一旦戻るでちゅよ」
ホップの勧めもあり、僕達は一回戻った。
「で……これからどうするよ?」
すっかり溜まり場となったカラオケボックスで、
僕達はこれからの事を考えることにした。
「どうするもなにも、あんな世界を見たら
放ってはおけないよ!」
「人を万年筆かATMにしか見ていない、か……
確かにそれが事実なら看過はできねえな」
「けど、パレスに侵入できないんじゃ、
改心以前の問題だな……」
「せめて、現実世界の方で本物の
天出さんに会えれば良いんだけど……」
「相手は超が付くほど有名人だよ?
そう簡単に会えるのかな?」
僕達一同うーんと考える。
「……まあとりあえず、奴にパレスがある事は
ちゃんと確認できたんだ。
件のライバル組織からの報告を待つしかねえな。
挑むか挑まないかもその時に決めればいい」
「そうだね。それまでは学生業に精を出そうか」
「じゃあそれなら……」
そう言いながら茜は鞄から
教科書やらノートやらを取り出した。
「今ここで今度の中間テストに向けての
勉強会と洒落込みましょうか!」
「げっ!? ここでやんのかよ!?」
「だってホップが言ってたじゃない。
学生は勉強が本業だって」
「そうでちゅ! 茜ちゃん偉いでちゅね〜」
「テストの結果次第じゃ怪盗団の仕事が
出来なくなるかもだし、
できる内はやっておかないと!」
さすがは生徒会長だと僕は感心した。
「よろしくお願いします、茜先生!」
「乗り気にはならねえけど、まあ仕方ねえな」
「うへえ……このまま歌って
帰るつもりだったのにな〜……」
勉強会を終え、僕はホームズに戻った。
「ただいま戻りました…」
「なるほどねえ〜。100均ファンデに
リキッドタイプの乳液っと……」
見ると、笹野さんが客席に座りながら
テレビを熱心に見ている。
何か重要な事らしく、メモを取っている。
「……あの、笹野さん?」
「あっ、ご、ごめんなさい! お帰りなさい!」
「何か見てたんですか?」
「あれあれ! 柚っきーよ!」
テレビを見てみると、
バラエティー番組が放送されていた。
「おお〜! 高級ファンデにも劣らない
ツヤツヤな仕上がりですね〜!」
「でしょう? これだけで
九百円はダウンできますよ!
皆さんもぜひぜひ試してみてくださいね〜!」
映っているのは、紫がかった長い黒髪をし、
ばっちりメイクを決めた
長身痩躯の女性……いや、男性だ。
声から男だとわかる。
「私あの人の大ファンなのよ〜!
あの人のメイクって参考になるの〜!」
笹野さんはうっとりとテレビを見ている。
なんだかシオンちゃん見ている時の茜みたいだ。
すると、玄関の鈴が鳴った。誰か来たようだ。
笹野さんは慌てて席を立つ。
「ああっ、い、いらっしゃいませ!
何名様でしょうか……っ!?」
店内に入ってきたのは、
黒のハンチング帽とロングコートを着た
サングラスの長身の人だ。
「……この辺りに、コーヒーとカレーが
美味しい喫茶店があるって聞いたんだけど、
ここで合っているかしら?」
そう言いながらその人は
サングラスと帽子を外した。
帽子から長い黒髪がバサッと落ちた。
「あっ……!?」
僕はびっくりした。何故なら目の前にいたのは、
さっきまでテレビに出ていた彼、
柚っきー本人だったからだ。
とりあえず僕は彼を席に案内した。
「お冷をどうぞ」
「ありがと」
厨房で笹野さんがあたふたと準備している。
「ああああどうしましょうどうしましょう!?
まさかまさか柚っきーが来るなんて!!
コ、コーヒー……
最っ高のコーヒーを淹れなきゃ……!!」
「すみません。なんか大ファンらしくて」
「あらそう。嬉しいわ」
「さっきまでテレビで見てたから
びっくりしちゃって。あの、あの番組って……」
「収録よ。今日は午後からオフなの」
「ああ、なるほど。
えっと……柚っきーさん、でしたっけ?」
「ええ。みんなからそう呼ばれてるわ。
本当は有栖川柚樹って名前なんだけど」
おお、綺麗な名前だと僕は不覚にもきゅんとした。
「ど、どうぞ……コーヒーですっ……!!」
笹野さんが震えながらコーヒーを出した。
有栖川さんは早速一口飲んだ。
「……うん、なるほど」
「どう、ですかっ?」
「美味しいわ!」
有栖川さんは親指を立てて満足そうだ。
「この苦過ぎずまろやか過ぎない味と、
心を落ち着けてくれる優しい香り……
間違いなくアタシ好み!」
「ああああ〜っ!!
ありがとうございます、
ありがとうございますうっ!!
恐悦至極ですっ!!」
喜んでもらって良かったと僕も安心した。
「カレー……カレーもいかがですかっ……!?」
「そうね。いただこうかしら」
「勇気君っ!! カレーの準備をっ!!」
「はっ、はいいっ!!」
笹野さんの勢いに流されるがまま、
僕は仕込んでおいたカレーの準備に取り掛かった。
「……面白そうな子ね」