ペルソナ5 Dark Revengers   作:海色ベリル

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第20話 Let's sing a despair song

天出高雄の邸宅には、ある秘密の部屋がある。

その部屋は鍵がかかっており、

天出本人以外開けることはできない。

勇気達が帰った後、

天出は一人その部屋へ向かった。

鍵を解除し、部屋の扉を開けた。

「今でちゅ!」

いつの間にか忍び込んでいたホップは、

天出の跡を追って部屋に入った。

部屋に入ってすぐに階段がある。

どうやら地下に続くようだ。

地下は暗く周りが見えにくい。

すると、階段を降りていくにつれて、

何か音楽が聞こえてきた。

曲は、ヴィヴァルディの四季から“春”のようだ。

階段が終わってすぐに扉があった。

扉の近くには電卓の様な形のモニターがある。

天出は番号を打ち込み、扉を開けた。

ホップも扉が閉じられる前に部屋に入った。

部屋の中の様子にホップは驚愕した。

「こ、これは……!!」

部屋の中で見たのは、到底信じられない光景だ。

部屋には三人の男性がいた。

一人は楽譜に向かってペンを持ち、

もう一人は電子ピアノを弾き、

さらにもう一人はパソコンを操作していた。

しかも三人共明らかに衰弱している。

目にクマがあることから不眠なのがわかる。

そんな彼らを天出は冷ややかな目で見ていた。

「お勤めご苦労。進捗はどうだ?」

「ひっ! ど、どの仕事で!?」

「北桜姫」

「北桜姫の仕事ならメロディが完成しましたっ!

あとは相手に提供して編曲を…」

すると、天出は近くにあったパイプ椅子を

ガンッと蹴飛ばした。

三人は悲鳴を漏らしてびくりと体を震わせる。

「編曲は今すぐにやれ」

「で、ですがまだ

北桜姫さん側からのコンタクトが…」

「必要ない。俺が作る曲に失敗はない。

相手側のリクエストなくとも、成功は間違いない。

それともなんだ? 不服か?」

「いいいいえっ!! 決してそんなことは!!

ただ仕事相手の気持ちも考えてみてはどうかと…」

天出は三人の内の一人を蹴飛ばした。

「俺の仕事に他人の意見なんて必要ないんだよ。

てめえ、俺に口答えしたな?」

蹴飛ばした男の髪を掴んだ天出は、

ずるずると引きずりながら部屋を出ようとした。

「ゆゆゆ許してください天出先生っ!!

もう口答えしませんっ!! お願いですっ!!

“あそこ”だけは、“あそこ”だけはっ!!」

「黙れ。てめえは用済みだ。

そこの二人は仕事を続けろ。

北桜姫の件は後で俺が見る。

それまでましにしとけ」

恐怖にのたうち回る男を他所に、

天出は部屋を出て別の場所に向かう。

どうやらまだ部屋があるようだ。

ホップは慌ててついて行く。

「!?」

たどり着いたところには、鉄製の扉があった。

しかし、肝心の天出本人が見当たらない。

天出はこの扉の先に行ったようだ。

「一体どこに……?」

すると、扉がゆっくり開いた。天出が出てきた。

すぐにホップは扉の中に入ろうとしたが、

扉はすぐに閉まってしまった。

「もしや……」

何かに気づいたホップは

急いで勇気達の元へ向かう。

 

「……あっ、あれ!」

茜が何かに気づいた。

指差す方向を見ると、ホップが全速力で

こちらに向かって走ってきた。

「ホップ! どこに行ってたのっ?

姿が見えないからとはいえ

勝手にいなくなったら…」

「急いでパレスに行くでちゅ!!」

「え?」

「早く、急いで行くでちゅよ!!」

「う、うん。言われなくても

行こうと思ってたし」

「……? 誰と話しているの?」

君島さんがきょとんとしている。

あ、そうだった。ホップが見えていないんだ。

「……そうだ! 君島さんも連れて行かない?

もうどうせバレちゃってるし、

霧矢の時みたくパレスの鍵になってるかも!

ほら、君島さんは天出先生と繋がったし!」

「顧客として連れて行く、か……

そうだな。念の為同行してもらうか」

「ここ渋谷圏内だし、ここから

パレスには入れるよね?」

僕はイセカイナビを開いた。

「あ、あの! 行くってどこにっ?」

「天出先生の、心の中」

風景がパレスの世界に変わった。

「……!?」

しかし前回と違うのは、

スタート地点があの

黄金のオペラハウスの近くだった。

「これ、パレスの中心部っ?

天出先生の家の近くだったんだ……」

「なるほど……見つけにくい場所にあるという、

そういう認知だったんだな」

「えっ、ええっ!? 何、ここ!?」

君島さんも無事に連れて来れたみたいだ。

君島さんはきょろきょろと周りを見回す。

「無事について来れたみたいでちゅね!」

ホップに気づいた君島さんはギョッと驚いた。

「ウサギ型の喋る宇宙人!?」

「がーん!!」

「こいつはホップ。現実世界じゃ

あんたは見えてなかった奴だ。

ここに来れば会話できるようになるのさ」

「その声は、五十嵐宗馬!?

その格好……いや、それよりここは!?」

「言っただろ? ここが認知の世界。

歪んだ心が生み出したもう一つの世界だ」

「歪んだ心……」

ATMと万年筆が君島さんを通り過ぎる。

「ええっ!? 手足の生えたATM!?

万年筆も歩いているし……」

「天出先生の認知から生まれたやつだよ。

まだ確信はないけど、天出先生は人を

あんな風にしか見えていないんだ」

「人をATMや万年筆にしか見えていない……

そうか! 悪徳金融と手を組んでいる、

そしてゴーストライターを雇っているから

あんな風に認知しているのか」

すごい。判断が早い。

「で、問題はあれだ」

宗馬が指差す方向を君島さんが見る。

黄金のオペラハウスだ。

「あそこに侵入したいんだが、

橋がないし海の中には大量のピラニア。

だから天出先生本人に会えば

何か変わると思ってさ」

「ボクが天出先生に直接会えたから、

あそこに入れるかもしれないってこと?」

「うまくいけばな」

すると、海の中から何かが出てきた。

頑丈そうな大きな橋だ。

オペラハウスの入口に繋がっている。

「やった! ビンゴみたい!」

「これで一歩前進、だね」

僕達は橋を渡ってオペラハウスに近づく。

「気をつけるでちゅ!

この先には敵がいるでちゅよ!」

「敵!? それって、

さっきの手足が生えたATM!?」

「あれは多分ただの認知だと思う。

襲いかかる気配もなかったし」

入口の扉が開いた。

どうやらエントランスのようだ。

中身も金ピカで目がちかちかしそうだ。

「うへぇ……中も金ピカかよ……」

「雪之丞のパレスとは

また違った悪趣味な内装だな」

すると、警備の服を纏ったシャドウが出てきた。

「お待ちを。ご用件をどうぞ」

すかさず霧矢がナイフを出す。

「だから早えって!」

なんだか雰囲気が会社っぽいので、

とりあえず僕は用件を述べる。

「えっと……彼女はここの

オーナーと面会しています。

取り次いでもらえますか?」

「失礼ですがアポイントは?」

「構わん。私が許可しよう」

聞き覚えのある声がした。

シャドウの背後にいたのは、

黒い燕尾服を纏った天出先生だった。

しかし、なんか見た目が違った。

「あ、天出先生、のシャドウ?」

「なんか、見た目が……」

現実世界での天出先生は

初老の優しそうな男性だが、

こちらの天出先生らしき人物は、

モーツァルトを彷彿とさせる髪型をし、

顔つきもなんだかいかつい。

声から辛うじて天出先生だとわかるくらいだ。

「雪之丞の時も最終的に姿が違ったんだ。

驚くこともねえだろ」

「あなたが天出先生?」

「ええ、ええ。そういうあなたは

先程の高校生ですね?

いや……こう言った方が正しいのかな?

今は亡きかの大学教授、君島悟の一人娘」

「え……なんでそれを……!?」

「君のお父さんとは一度一緒に仕事をしてね、

歴史関係の仕事で私にインタビューしてたのさ。

君の顔を見た時、彼の面影があってね。

似ていると思ってはいたが、やはりそうか」

天出先生と君島さんのお父さんに

そんな繋がりがあったのか。

思わぬ偶然に僕はちょっと驚いた。

「素晴らしい! これもまた奇跡だ!

記念にとっておきの一曲をプレゼントしよう!」

天出先生が指を鳴らすと、

一人の痩せ細った男性がやって来た。

「はっ! あの人は!」

「ホップ、知ってるの?」

「例の楽譜は?」

「こ、こちらですっ!」

男性は震えながら楽譜を天出先生に渡した。

彼の前にスタンドと指揮棒が出現した。

天出先生はすぐさま楽譜をスタンドに置き、

指揮棒を振りかざした。

すると、突然エントランス中に音楽が響いてきた。

楽器を演奏している人は見当たらないのに、

ピアノ、バイオリン、トランペットなどの

様々な音が聞こえてくる。

流れてきた曲は明るい感じの曲だった。

「おー、お?」

「これは……」

「悪くないけど……良くもない?」

指揮をしている天出先生は不服そうだ。

「ちっ、最悪だな。ここをこうして……」

天出先生は楽譜に何かを書きだした。

書き終えると、再び指揮棒を振りかざした。

しかし、次に響いてきたのは、

音楽というか音楽とは言えないくらいに

酷い音だった。

耳を塞がないと鼓膜が破れそうだ。

「み、耳が痛いでちゅー!!」

「なんだこれはー!?」

「さっきの方が幾分マシだな……」

「ああ、素晴らしい……我ながら最高の曲だ……

さすがは私だ……!!」

天出先生は嬉しそうだ。

「え……今のが最高傑作……!?」

「なんか音楽とは呼べない

滅茶苦茶な感じだったんだけど……!?」

「ああ……頭がくらくらしたな……」

「俺達にとっては最悪な曲でも、

あいつにとっては素晴らしく聞こえている。

これも歪んだ認知か」

「いやあ〜、今回も素晴らしい出来に仕上がった。

それにしても……」

すると突然、天出先生は楽譜をくれた男性の胸を、

指揮棒でぐさりと刺したではないか。

「ええっ!?」

「何だあの駄作は?

聞いていて耳が腐りそうになったぞ?」

いや、耳が腐りそうになったのは

どちらかと言えば、

さっきのアレンジバージョンの方ですが……。

「せっかく作曲家になれるチャンスを

与えてやったのにこの様か?

まあ仕方ないか。相手は天才だしな。

所詮貴様は凡人、いやそれ以下だ。

曲を提供してもらえるだけ感謝してやってるのに、

これだから凡人以下は使えない」

天出先生は刺した指揮棒で男性を切り裂いた。

男性は塵となって消えた。

「そ、そんな……せっかく作ってくれたのに……」

「ゴーストライターに対しての認知があれか……

外にいた万年筆の奴等が怯えるのも納得だ」

「失礼。お見苦しいところを

見せてしまいましたね。

しかしご安心を。これは躾です。

こういった躾を行えばすくすくと育ちます。

私の栄光の礎になるためのね」

「礎……!?」

「そう! 彼らは礎なのです!

私が世間に作品を知らしめるためには、

彼らの存在が必要です!

他力本願こそが私の生きがい!

私の生き抜く術そのものなのですから!」

まるで自分がゴーストライターを雇っていると

認めていると言わんばかりだ。

あのシャドウが天出先生の本音なら、

到底信じがたい。

「聞いている分じゃあ自覚はあるようだな?

自分がゴーストライターを使って

作曲家と偽っていることに」

「これはビジネスなのです!

私が未来の作曲家を育成する代わりに

曲を私に提供する。

まさにウィンウィンの関係!

まあそれも、“役に立てば”の話ですが」

「立たなかったら?」

「……処分です」

さっきのやり取りから見ていてわかってはいた。

現実でもあんなことをしているのか。

「やっぱりそうでちゅか!

さっきのあの男性もそのつもりで!」

「当然です! 私の役に立たない人間など雑魚!

生きている価値なんてないのですから!」

「たったそれだけの理由で

切り捨てるなんて……!」

「最低だな……!」

「どうです? その気があればあなた方も

私のために曲を作っては?

大丈夫。一から丁寧に教えますので!」

「てめえはバカか?」

霧矢がブーイングサインを出す。

「そんな外道じみた話聞いて

はいそうですかと言えるか!

せめて騙されやすい口実を

最初に言ってからにしろ」

「そうだそうだ! 騙されるもんかよ!」

「それは残念。であれば……」

天出先生は指を鳴らした。

すると、警備服のシャドウが姿を変え、

モンスターと化した。

「事情を知られたからには

ただでは帰さないというもの!

口封じとしてあなた方をここで処分いたします!」

「気をつけるでちゅ! 来るでちゅよ!」

「ソレイユ! 君島さんをお願い!」

「うん!」

茜は君島さんを安全な場所に連れて行く。

「しゃあ! 行くぜ!」

残った僕達でシャドウと対峙する。

「レスター!」

「ドレーク!」

「来い! モードレッド!」

ペルソナ達の猛攻がシャドウを襲う。

しかし、相手はかすり傷程度で済んだ。

「エウリュアレ!」

ホップのペルソナから矢が放たれた。

ところが矢は貫通せず跳ね返されてしまう。

「何だこいつら!? 今までのより強えぞ!?」

「それだけあいつの欲望が

歪んでるってことか……!」

「一旦逃げるでちゅよ!」

ホップに言われるがまま、僕達は逃げた。

「逃すな!!」

シャドウ達が追ってきた。

「こっちでちゅ!」

ホップが向かう方向に進む。

「なあ、これ逃げるっつーより

誘導されてねえかっ?」

「どっちにしろ振り切らなきゃ

危険なのは同じだ! 文句言わずに走れ!」

角に隠れ、なんとか僕達はやり過ごした。

「……大丈夫、かな?」

僕は隠れながら様子を伺う。

「どうにか切り抜けたみたいだな」

「今の内に脱出……の前に、

確認したいことがあるでちゅ!」

「確認?」

「ついてくるでちゅよ!」

君島さんを連れている茜のことも心配だが、

とりあえず僕達はホップについていく。

しばらくすると、僕達は鉄製の扉を見つけた。

「やっぱり……あの扉と同じでちゅ」

「あの扉って?」

「天出高雄の邸宅には、地下室があったんでちゅ。

あたちはそこで見たんでちゅ。

おそらくゴーストライターであろう人達が

そこで曲を制作しているところを!」

「天出先生の家の中にいたの!?

あ……まあ、ホップは僕達以外には見えないから

その辺は大丈夫だと思うけど……」

「地下にゴーストライターが

隔離されてるってことか?」

「そうなんでちゅ!

しかもさっき天出に刺された認知は、

今日現実で天出に

連れていかれた人だったんでちゅ!

その人は作曲している部屋とは別の部屋に

連れていかれたんでちゅ!

中は残念ながら見れなかったんでちゅが……」

「その部屋の扉がこれってこと?」

宗馬は扉を引こうとしている。

「……ダメだ。開かないな」

「自分以外は開けることが不可能っつー認知か……

確かに少し怪しいな……」

「ここで悩んでも仕方ねえ。

茜と君島と合流して、一旦逃げるぞ」

なんとか敵の目を掻い潜り、

僕達は一度現実世界に戻った。

「さてと……パレスに侵入はできたが、

また問題ができちまったな」

「やっぱりあの扉を開けないと

先には進めないっぽいしね」

「一番手っ取り早いのは、天出以外の誰かが

現実であの扉を開けるしかねえな。

天出が自分以外開けることができないと言う

認知を変えれば良いが、

ホップの話じゃ天出以外はその地下に

入ることができねえらしい。

なんとか上手く天出を騙して入るしかなさそうだ」

「……誰かが囮になって

天出先生に近づくってことになるね」

しかしその方法は危険だ。

最悪自らゴーストライターに

なってしまう可能性だってある。

しかも悪徳金融と手を組んでいるとすれば、

何をされるかわからない。

「とりあえず天出先生の家はわかったから、

あとは誰かが先生に近づいて時間を稼いで、

もう一人が扉を開けさえすれば

解決ってことかな?」

「扉はホップが適任だろう。

まあまさかとは思うが、

天出が認知世界に出入りしていたら

明らかにまずいがな」

「そっか。ホップの姿が見えるから

それはまずいね」

「けどそんな素振りはなさそうだし、

怪しまれることはまずないだろう。

問題は、誰が天出に近づき、時間を稼ぐかだ」

僕達は頭を悩ませた。

何せとてもリスクの高い役割だ。

慎重にやらないと危険極まりない。

「近づくにしても、何か理由を持って行かないと

絶対に怪しまれるよね……

今日だって君島さんの提案がなかったら

入ることすらできなかったかもだし」

「またインタビュー……するわけにはいかねえか。

何か他に会わせる口実は……」

「……あるかもしれない」

君島さんが呟いた。

「え?」

「あの時、天出先生が言ってたんだ。

天出先生は過去にボクの父さんと

仕事をしていたことがあるって」

「あっ、そういえば言ってた!」

「パレスにいた天出は

現実の天出本人と繋がっているから、

事実ではあるだろうな」

「……それを口実にしていけば

良いんじゃないかな?

ボクが父さんの娘として赴く形で」

「それだ! それでいこうぜ!」

「じゃあ明日、パレス侵入の準備も兼ねて

もう一度調査しようか。それでいい?」

「異議ないでーす!」

今後の方針を決めたので、僕達は一旦解散した。

天出先生への連絡はまた

君島さんがやってくれるそうだ。

でも、その判断が仇となってしまったことを、

この時の僕達はまだ知らなかった。

 

勇気達と別れ、家に帰ることにした翼。

翼は終始ちょっとだけ浮かれていた。

自分が役に立ったおかげで

怪盗団の助けになれたことに感無量だった。

「やっぱり役に立つって、いいな。

こんなボクでも誰かの力になれるんだから」

いつもだったら憂鬱な帰路も、

今日はそんなに落ち込まなかった。

「ただいまー」

「お帰り、翼」

リビングにいたのは叔父だった。

翼は叔父がいることに驚いた。

「叔父さん!? どうしてここにっ?

明日まで出張だったんじゃ?」

「ああ、仕事が思いの外早く終わってね、

昼頃に帰ってこれたんだ。

それより翼、話があるんだ。こっちに来なさい」

「?」

翼は食卓に座っている叔父と向かい合った。

「話って?」

「……これは、何かな?」

叔父はテーブルに何かをばらまいた。

「……!?」

見るとそれは、難関校の過去の入試ドリルだ。

しかもかなり難しい難易度のやつばかりだった。

「妻が掃除中に偶然見つけてね、これで納得したよ。

勉強、してたんだね? 内緒で」

叔父はにこにこと笑っている。

しかしその笑顔に翼は顔を青ざめさせた。

「何……何のことっ……!?

僕こんなの知らないっ……!!」

「ドリルの中身を見たらどうだい?」

翼は慌ててドリルを開いた。

ドリルの回答欄には筆跡がある。

だが、翼には覚えがないし、

明らかに筆跡は自分のものではないとわかる。

「それを見ても同じこと言えるかい?」

「違うっ!! ボクじゃない!!

だってボク、言われた通り勉強してない!!

こんなの買った覚えだってない!!」

「じゃあこれは何なのよっ!?」

背後からヒステリックな叫びが聞こえた。

振り向くとそこには叔母がいた。

叔母の腕の中には大量の本が抱えられていた。

「それは……!!」

翼には見覚えがあった。

それは隠れて買った文庫本だった。

「私に内緒でこんな物買ってたのね!?

道理で頭が良くなる訳だわっ!!

そのドリルも隠れてやってたのね!!」

「そ、その本はそうだけど……

でもドリルは違うっ!!

ボクは買った覚えがないんだ!!」

「嘘おっしゃい!!

現に書き込みがあるじゃない!!

どうしてこの子は目を離した隙にこう

小難しいことするのかしら!?」

「まあまあ、美佐江。落ち着きなさい。

翼が怖がっているじゃないか」

叔父がたしなめると、叔母は黙ってくれた。

「……翼、何度でも言う。

君は勉強しなくていいんだ。

何ものからも表彰されなくても良い。

褒められなくても良い。

ただ楽しいことをしなさい。

馬鹿みたいに友人と遊んで、

馬鹿みたいに青春を謳歌すれば良い。

君の人生に“学び”は必要ないのだから」

言っている意味がわからない。

翼は唇を噛み締めた。

「……何で……っ、何でだよ……っ!!

何で叔父さんも叔母さんもそんなことするのっ!?

ボクが叔父さん達に何をしたって言うの!?」

「まだわかんないの!?

あんたがあいつの娘だからよっ!!」

「あいつ……? まさか、父さんのことっ?」

「あいつはねえ!!

この人のプライドをズタズタにしたのよ!!

周りの人はみんなしてあいつばかり贔屓する!!

あんたがあいつみたいに賢くなったら、

この人は何に憂さ晴らしすれば良いの!?」

「憂さ、晴らし……!?

ボクは叔父さんの、憂さ晴らしなの……!?」

「美佐江」

叔父が静かにたしなめた。

「……ああ、そうだよ。

君がいないと私は壊れてしまう。

でもこれは君のためでもあるんだ。

知らないと思うから今こそ話そう。

君には……ギフテッドの診断が

正式に下されている。

それを知って私は一時期失望したよ。

親が親なら子も子なのかと。

だから私達が君を引き取る時、

ある結論を見出した。

君を“普通以下”に育てようと。

天才は何も良いことなどない。

周りから嫉妬され煙たがるだけだ。君の父の様にね。

普通、欲を言えばそれ以下であれば良い。

波風立たないのが一番の幸せなんだ」

叔父は翼の頭を撫でた。

「もう天才ぶるのはやめなさい。

君は普通でいればそれで良い。

美佐江、あまり君も神経質にならないでくれ。

翼が君を信用しなくなるからね。

そうなったら厄介だ」

穏やかに対応する叔父に、

叔母は悔し紛れに黙って頷いた。

「……今すぐじゃなくていい。

今夜ゆっくり考えなさい」

そう言って叔父と叔母はリビングを出た。

夕焼けが翼を照りつけている。

翼はただ呆然とその場にいるしかできなかった。

 

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