Return to race   作:はるりん

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トウカイテイオー①

『無敗の二冠ウマ娘、まさかの骨折!』

 

 番組の合間のニュースにウマ娘が映る。トウカイテイオー、だったか。仕事が増えそうだが、担当トレーナーにも連絡しておくか。

 

「おやっさんの作るラーメンはやっぱうめえなあ! おかわり!」

「おう、あんがとよ! 塩もう一丁!」

 

 激務終わりの身体にこのスープが染みるんだよ。

 合間に頼んだサラダを頬張りながらラーメンを待っていると、何の遠慮も無しに男が座り込んできた。

 

「いいところに来たな、沖野さんよお」

「ここにいると思ったよ、コーチさん」

 

 噂をすればテイオーのトレーナー、沖野がやってきた。同期でありながら、癖のあるウマ娘達が揃うチームスピカを牽引する敏腕トレーナーだ。

 

「丁度良かった、テイオーが骨折したって聞いて連絡しようか迷ってたんだ」

「俺も頼もうと思ってたんだよ。おっちゃん! 醤油ラーメンの餃子セット1つ!」

「早速本題に入ろうか。テイオーのリハビリを依頼しに来たんだろう?」

「ああ。マックイーンの主治医からも強い希望があったんだ。アンタに任せたいってな」

「メジロ家の主治医が? 本当かよ」

 

 半信半疑のまま、主治医に電話してみることにした。

 

『主治医です。コーチですか』

「ご無沙汰しております、主治医。沖野トレーナーからお聞きしましたが、テイオーのリハビリを担当しても宜しいのですか?」

『むしろ君の力が必要だ。あの特徴的な足運びが骨折の原因となっている可能性が高い。加えて『無敗の三冠ウマ娘』を目指していた事もある。メンタル面でもケアをお願いしたい』

「承知しました。3日後からリハビリに参加致します」

『では、宜しく』

 

 さて、参ったな。

 

「本当じゃねーか」

「そう言っただろう」

「……テイオーは大丈夫なのか?」

「休暇を与えてはいるが、チームの為にと学園に残っているよ。休めと言っても頑固でな」

「うーん、1人じゃ休み方も分からない状態かもな……となれば」

「待たせたな! ほら、たんと食え!」

「先にメシだな! ああそうだ、そのセット、奢ってやるよ。お前もたまには休むべきだぜ?」

「目のクマは隠したつもりだったが、お前さんにはバレバレだな」

「俺を誰だと思ってんだ。冷める前に食うぞ」

 

『天眼』

 

 それが俺に付けられた二つ名らしい。トレーナーの資格が無いにも関わらず、ウマ娘の走りを一目見るだけで欠点をあぶり出し、最適な練習内容を伝える事からそう名付けられたらしい。ヒトの動作を見て研究してれば誰でもそうなれると思い込んではいたが、そうではないらしい。アグネスタキオンの助けが無ければこう呼ばれる事は無かっただろうが……。

 

「うっま……毎日食べても飽きる気がしないな」

「今日も3杯か?」

「いいや、4杯だ。研究もリハビリも体力は必須だからな」

 

 トレーナーが話しかけてきた頃には、とっくに麺と具材は食べ終わり、スープを飲み干そうとしていた。せっかくだから白飯を頼んで流し込むか。

 

「いやあ、よく食うねえ」

「明日もフル稼働だからな。飯がないとぶっ倒れる。お前も休めよ?」

「ああ、分かってるさ」

 

 顔に『休む訳にはいかない』って書いてるな……。

 もうすぐメジロマックイーンが宝塚記念に出走するんだ、無理もないか。

 

「ぷはっ。あー食った食った。ごちそうさん!」

「おう! 明日も頑張れよ!」

 

 沖野を見送った後、直ぐに秋川理事長に研究室の使用を申し出た。

「無論! トウカイテイオーを頼んだ!」と力強い返答を貰った後、タキオンにチャットを送った。

 

『夜遅くにすまない、タキオン。明日から研究室の一部を借りることになった』

『ああ、いいとも。コーチがいないと進まない研究は山ほどある。たっぷりと手伝ってもらうよ?』

『新薬の実験台は1週間に1回だけ引き受ける。すまないが、今回ばかりは時間が無い』

『ふむ、ならばお弁当で手を打とう。君の朝食の一部を詰めてくれるだけでいい。どうせ沢山食べるのだろう?』

『それならお易い御用だ。明日から頼むよ』

 

 少し間が空いた後、謎のスタンプをずらりと並べてきた。

 ブロックしようか悩んだが、流石に今はマズイ。通知だけ切っておこう。

 

 ◾️

 

「おはよう、タキオン。ほらよ」

「このズッシリとした重み! ふふ、今日も研究が捗るな」

「早速だが、ウマ娘の身体に関する文献が欲しい」

「その本棚にあるはず。好きなだけ漁りたまえ」

 

 タキオンが了承を出すと、瞬く間に文献を漁り出した。

 こうなるともう誰も止められない。コーチ自身よりも、タキオンがそれを理解している。

 

 彼が天眼と呼ばれる理由の1つとして、記憶力がズバ抜けていることが挙げられる。文章だけでなく、レースの映像やランニングフォームを寸分の狂いなく記憶し、過去と現在を比べて変化した部分を的確に分析する。

 トレセン学園のトレーナー達も少なからずこういった過程を経て、トレーニングの内容を考えている。しかし、彼の出す結論が如何せん完璧である。故に、彼の元にはトレーナーになって欲しいというウマ娘達のメッセージが絶えない。だが、彼は全て断っている。

 

『君たちは耐えられない』

 

 その一言だけで、デビュー前のウマ娘達を一蹴してきた。もちろん、批判の声も少なからず出た時はあった。

 しかし、その声も必然的に減少する。他のトレーナー達に育てられて、ようやく分かる、その言葉の真意。

 

 どこまで速くなれるのか。どれくらいまで走れるのだろうか。どうすれば勝てるようになるのか。そんなウマ娘にとっての期待と不安すらも、彼の手のひらの上で管理される。

 それはつまり、レースで走ることの楽しみを全て奪われるということ。未来への期待を全て閉ざされるということ。

 

 それに耐えられるウマ娘などいない。ましてやデビュー前なら尚更のこと。

 その言葉が、未来への憧れを際立たせると、彼自身が誰よりも理解している。

 

「む、もうこんな時間か」

「さっさと片付けておくれ。待ちに待ったお弁当タイムだ」

「そうだな。腹が減っては戦ができぬ」

 

 無数に散らばった文献をファイルに戻し、本棚に収めていく。テイオーのリハビリにはまだいくつか足りない要素があるが、1週間は面倒を見れるはずだ。

 

「私と同じ量の食事も見慣れたものだな」

「頭と身体を動かすんだ。これくらい食べなきゃぶっ倒れる」

 

 コーチは身長が高いだけでなく、身体も見事に鍛えられている。指導者がだらしない身体では、ウマ娘の信頼は得られないと言ってたか。

 

「ブクブク太るか、そもそも食べ切れないかの2択だと思ってたんだがね」

「仕事がない時はこんなに食べねえからな」

 

 仕事がない時はほとんど無いような? とタキオンはぼんやりと思ったが言わなかった。

 ウマ娘のため、というよりもウマ娘に対する底無しの探究心に任せて仕事をしているようなものだ。そりゃあ仕事が尽きない訳だよ。

 

 そういう私も、ウマ娘としての限界を見せつけられた1人だ。

 

『その有り余る才能は、ウマ娘の身体では到底耐えられるものではない』

 

 皐月賞を勝利した後、怪我が発覚した。その時に告げられた彼の言葉は今でも覚えている。

 心の奥底まで突き刺さるような感覚。分かっていても認めたくなかった事実。

 でも、私は受け入れてしまった。走り続けた先にあるのは、絶望だと。彼は全て理解した上で、私にそう伝えたのが分かったからだ。

 

『その才能を、別の方法で世界に知らしめるんだ。タキオンの頭脳があれば、必ずウマ娘の限界を越えられる』

 

 その言葉が、大きく空いた心の穴を丸ごと埋めてくれた。

 実験や研究はレースの次に楽しいものだった。ただ、周囲からは褒められたものではなかった。トレーナーは当然のように巻き込むし、クラスメイトや友人たちを巻き込むことも少なくないからだ。

 

「ご馳走様でした。今日も相変わらず完璧な栄養バランス! 涙が出そうだ」

「それくらいは文字通り朝飯前だ」

 

 煮る、炒める、焼く。カット野菜さえあれば、あとは調味料次第でどうとでもなる。

 自分の管理が出来ないものに、他人の管理など出来るはずもない。

 

「すまん、今日は実験に付き合えそうに……いや、飲み薬だけなら付き合える」

「そんな余裕があると思っているのかい? 私が作る薬物の恐ろしさをまだ知らないなんてねぇ……?」

「……1週間待っててくれ」

 

 精一杯の悪役顔に後ずさるコーチ。

 そうだ、それでいい。本来ならば骨折なんてのはウマ娘の生涯に関わるもの。しかも無敗で二冠を達成した実績もある。元々は会長……シンボリルドルフの隣に立つつもりでいた分、目標の1つである『無配の三冠ウマ娘』を達成出来なくなった心の傷は計り知れないものだ。

 言ってしまえば、あれほどの柔軟性と強靭さを兼ね備えた逸材などそうは居ないんだ。

 

 

 くれぐれも壊れないように……壊さないように頼むよ、コーチ。

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