Return to race   作:はるりん

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トウカイテイオー⑩

「聞いたよコーチ! ボクの臨時トレーナーが認められたって!」

「ああ、これで堂々とトレセン学園にいられるな」

 

 たづなさんとのやり取りである程度結果は分かっていたが、正式に発表されるまでは少し不安だった。

 テイオーは勿論そんな事も知らずにはしゃいでいた。

 

「ああ、その様子だとまだ知らされてないんだな」

「え、まだ何かあるの?」

「たづなさんが俺たちをサポートしてくれる事になった」

「……ほんと?」

「本当だって。さっきたづなさん本人から連絡が来たんだ」

「理事長の秘書をしてるってことは知ってるけど……ボク達のサポートなんて出来るのかなあ?」

「そこは心配しなくてもいいぞ。理事長が止めなかったことが何よりも信頼出来る要素だ」

 

 本当の理由は別にあるが……説明しなくてもいいだろう。

 

「今日は早めに練習を切り上げるぞ。早速たづなさんの力を借りよう」

「借りるって、具体的には?」

「具体的には……いや、実際に体験した方が早いな」

「えー! トレーナーのケチー!」

 

 尻尾でバシバシと抗議してから、テイオーは颯爽と芝に駆けていった。

 ケチと言われてもなあ……説明しようがないというか、していいものではないというか。

 

 たづなさんに頼んだことは2つ。現在の練習スケジュールとテイオーのランニングフォームの確認だ。

 スケジュールを作るにあたってタキオンの協力はあったものの、トレーナーとしての経験の浅さがやはり不安にさせてくる。トレーナーと直接的な関わりは無いにせよ、多くのチームを見てきた彼女なら、より細かく正確にスケジュールを修正してくれるはずだ。

 

 練習後、少し険しい表情でたづなさんが話し始めた。

 

「今日の練習を見る限りでは、予想よりもハイペースで復帰に向かっていると言えますね。ですが、少しオーバーワーク気味だとも思ってしまいます。テイオーさん、少し焦ってはいませんか?」

「えっ、そんなこと、ないと思うけど……」

「……しまった、そうとも捉えられるのか」

 

 ターフで走れるようになってからは、確かに順調だった。怪我の予兆も無く、新フォームの飲み込みも早かった分、大事なことを見落としていた。

 

 怪我は自覚も無く、不意に現れるもの。浮かれていたな、と唇を噛んだ。

 

「無理もありません。練習内容は身体状況を考慮して作られたものですから、過度の負担を感じることは決してないでしょう。ですが、万が一のこともあります。ほんの少し、ペースを落としてみるのも一つの手ですよ?」

「……うん。マックイーンのレースを見てから、少し焦ってたのかも。ありがとう、たづなさん」

 

 先日の京都大賞典で、マックイーンはメイショウブレイヴに3馬身半差で勝利した。

 ただ勝利したのではない。メジロパーマーの逃げにペースを乱されること無く、自分のレースをしたまで。それだけで勝ってしまった。

 誰が見ても分かる、圧倒的な実力。テイオーもそれにあてられていたようだ。

 

「些細なきっかけ1つでペースは崩されてしまうものです。自分自身で指標を作ることも大事ですが、練習内容の強弱に関してはトレーナーさんのさじ加減で変わりますからね?」

「……おう」

「テイオーさんも。レースのための練習で怪我をしてしまっては元も子もありません。サポート役に選ばれたからには、厳しく見ていきますね?」

「……はい」

「これじゃあ、どちらがトレーナーか分からないな」

「そうだよー! もっとシャキッとしないとボクのトレーナー失格だよ!」

 

 また尻尾でバシバシ叩いてきた。普通に痛い。

 やんわりと激励を止めて、練習を切り上げる準備を始めた。

 

「今日はたづなさんの歓迎会を開こう。鍋でも食うか?」

「食べる!」

 

 鍋というにはまだ少し早い気もするが、バランス良く栄養が取れるし、何よりのんびりと話せる。

 明日はオフにするつもりだし、遅くなっても大丈夫だろう。

 

 

 

 乾杯を済ませ、買ってきた食材を鍋に放り込んでいく。

 タキオンも誘ったから結構な量になったが、今日中には無くなるだろう。

 

「いやはや、まさか理事長の秘書がチーム入りなんてねえ」

「タキオンさん、ちょっと」

「全力で走るスペシャルウィークに追いつくその脚! 是非触って見たかったん、だ……」

「それは、またの機会に……ね?」

 

 ミノル(・・・)がタキオンの手に触れた瞬間、空気がほんの一瞬凍りついた。とてつもなく重苦しい圧が、タキオンの動きをピタリと止めた。

 しかし、テイオーは気づかない。このプレッシャーはミノルとタキオンの間にある、ごく僅かな空間に出来たもの。これ程までに正確かつ強烈なプレッシャーをかけられるのは、皇帝(ルドルフ)以外に見たことがない。

 

 ……その事実が、狂気(タキオン)の好奇心に再び火をつけた。

 

「ふぅン、やはり『幻』は伊達じゃないねえ。全く錆び付いていないじゃないか」

「貴女、一体どこまで」

「ほら、野菜が煮詰まったよ。食感が少し残るくらいが私は好きなんだ。ああもちろん、クタクタになったのも嫌いじゃないがね」

 

 彼女ははぐらかすように鍋を突っつき、満足そうに口を動かした。たづなさんもこれ以上踏み込むのはテイオーに知られると思ったのか、不服そうに鍋を突っつき始めた。

 

 タキオンは元々、好奇心にならば殺されてもいいという性格である。そんな彼女に異次元のプレッシャーを見せることは、まさしく逆効果でしかない。

 どこまでミノルの事を知っているのか気になるが、とりあえず飯……ん? 

 

「もう無くなったのかよ」

「ボーッとしてるとボク達が食べちゃうもんね〜」

「元々みんなに食べてもらう気でいたんだ。体力を付けるにはまず食事からだ。ほら、肉もまだまだあるぞ」

 

 値の張る食材だから俺も食べたかったが……仕方ない。最悪どこかで飯は済ませればいいか。

 トレーに乗せた野菜を運んでくると、食べたかった野菜やら肉がお椀に入っていた。流石たづなさん。

 

「ありがとう。助かるよ」

「トレーナーさんも体力は必要ですからね」

 

 ふと視線を移すと、タキオンがニヤニヤしていた。

 

「……明日の昼飯は作らんからな」

「えーっ!」

 

 さっきの分も含めてお仕置きすることにした。

 

「やだよー! 作ってくれよー!」

「なら先にたづなさんに謝っておけ。怒ったら本気で怖いぞ」

「むぅ。先程は済まなかった。私の悪い癖が出てしまったようだ」

「構いませんよ。同じ夢を持った方には協力してあげたいですから、研究にお付き合いさせて頂きますね」

「お、おおぉ……」

 

 余程たづなさんが気になっていたのか、タキオンは歓喜に震えていた。

 以前よりは感情の起伏が見られるようになったとはいえ、ここまで顕にするのも珍しいな、と感心していた横で。

 

 

 テイオーの確信めいた視線に気づく事が出来なかった。

 

 

 

 

「さて、そろそろお開きにするか。俺が片付けておくから、ゆっくりしていてくれ」

「じゃあお言葉に甘えて。どうぞ、テイオーさん、タキオンさん」

「紅茶とは。ふふ、分かってるねぇ」

「なんでだろ、懐かしい香りがする……」

 

 紅茶を啜りながら一息つく彼女らを横目に、俺は部屋を出た。

 

「ふぅ……ねえ、たづなさん」

「……はい。なんでしょう、テイオーさん」

「コーチは、どんな人だったのかな」

 

 既に色んなことを察しているのでしょう。

 それらを全部すっ飛ばして、敢えてトレーナーさんの事だけを聞いてきました。

 

「いつも真っ直ぐで、誰にでも優しくて、自分に厳しくて」

 

「いつも誰かのために動く、憧れの人ですよ」

「……そっか。どんな我儘も聞いてくれそうで安心したよ」

「ええ。あの人ならどんな困難も何とかしてくれますから」

「おーい、私もいるんだぞー?」

 

 参ったな。

 これからも、気を抜けそうにない。

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