Return to race 作:はるりん
「ゼッセイの時は世話になったな。あの時はまるで勝てる気がしなかったよ」
「それはもちろん、トレーナーさんの指導があってこそですから」
「……本心か?」
「驕りを加えるなら、殆ど私の思うように走らせてくれましたので。人間とウマ娘の種族差は沖野さんが1番知るところでしょう?」
「まあ、そうだな。トレーナー業においてもっとも悩ましい部分さ」
「慎重になりすぎてもダメ。任せきりにしてもダメ。私たちの脚というのは本当に面倒なものですから。人間と同じ形をしているのが悪いと……私のウマソウルが囁く時もありますが。それはさておき」
「今もゼッセイさんとは関わりがあるそうで。そうでしょう?」
「少なからず関わりはあるさ。どう足掻いたってお前ともコーチとも切れない縁はあるみたいだ」
「随分含みのある言い方で。となれば、タキオンさん宛の小包。あれが一番のヒント……どころか、当たりでしょうね。その表情は」
「あのなあ、読心術をここで使うな! 話にならねぇだろう!?」
「ふふ、失礼しました。表情から読み解けるものは色々ありますから」
「……お前がコーチに味わわせたトラウマはまだ許したわけじゃないからな。まだ純粋だったアイツの涙を……俺は1日足りとも忘れたことはねぇ。アイツのサポートをするとかいう話は聞いたが……生半可な気持ちでお前の夢の続きをテイオーに託そうってんなら、俺はマックイーンと共に叩き潰す。テイオーにまで、アイツの心を打ち砕いて欲しくはないからな」
「話はそれだけだ。じゃあな」
「忠告、ありがとうございます。では、私からも一つ……足元を、掬われないように」
「……慢心してたか。ありがとよ、たづなさん」
キャンディを咥えながら天を仰ぐその仕草。今も変わらずされているのですね。
本当に、トレセン学園から離れなくてよかった。
私の夢は、まだ終わってはいない。
「タイムは最初に比べれば落ちてはいるが、フォームにバラツキがない。流石だな。強いて言えば頭のブレが気になるが、走りやすさを選んだか?」
「ええ。痛めた右足は完治しましたが、まだ筋力は左右不均等なままですから」
「足の負担を考慮してスピードは伸ばさず、あくまで自分の走りを崩さないことに徹したか」
退屈そうに見えていたのは、俺たちだけだったようだ。
やるべき事だけをやっている訳では無い。相手の走りと自分の状態、その2つを照らし合わせてレースに臨んでいるんだ。
周りを見ていない訳では無い。周りを全て見通した上で、なお自分の事に集中していただけだった。
「次のレースも順当に勝てるだろうが、もう一度念を押しておく。常に周囲を見ておけよ」
「……分かりましたわ」
「さて、話はここまでだ。天皇賞、頑張れよ」
帰ってきたトレーナーに坂路のタイムと気になった点をいくつか伝え、たづなさんの所に向かうことにした。
「至って順調だな。クールダウンは済ませたか?」
「これからですわ。野暮用というには案外早かったですわね」
「お互いに忠告を食らわせただけだ。たづなさんからは足元を掬われるな、ってさ」
「コーチからも同じような事を言われましたわ」
「ああ……そうか。いや、それでいいんだ。油断さえしなけりゃ勝てるってこった」
「そう、ですか」
どこか腑に落ちない表情のままクールダウンに向かうマックイーン。
「……今もアイツらが上って事かよ。クソッ」
咥えたキャンディを噛み砕く程、俺は悔しさを滲ませていた。コーチに対するコンプレックスにも似た敵対心がまだ残っていたらしい。
トキノミノルがいたあのターフで、ゼッセイを勝たせる事が出来なかった。
彼女が引退してからは、明らかに観客が減った。ゼッセイに期待する声も同じく減った。彼女がいないレースなど、まるで意味が無いかのように。
ふざけるな……ふざけるな!!
ゼッセイがどれだけトキノミノルとのレースに賭けてきたか、あいつらは知らないんだ!
次は、次こそは、アイツに……!
「トレーナー……何を、隠していますの?」
◼️
「ただいま、タキオン。テイオーの調子はどうだ?」
「テイオー君には休息を取ってもらっているよ。コンディションは至って順調だが」
「思ったよりも持久力が伸びていないようだ。先を見据えるなら来年の天皇賞・春、そこでマックイーン君の走りを実感しておくべきだが……レースに勝つことを期待するより、己の走り方をキープし続けられるかどうかを期待した方がいいね」
「タキオンが言うなら間違いないか……分かった。ローテーションの内容は明日にでも話す。ありがとうな」
「構わないとも、私の計画に必要な事さ。しかし何も貰わない訳にはいかない。そこでだ」
「俺とたづなさんのことだろ? いずれ伝えるつもりだったんだ。紅茶を入れてくるよ」
満足気なタキオンを背に、紅茶を茶菓子を用意する。沖野に話すことも考えておかないとな。
「ぼんやりとは知っていたが、やはり実在していたとは! ますます君の事が気に入ったよ!」
「全戦全勝で引退出来るようなウマ娘なんてそうそういないからな。噂にはなっても誰がトキノミノルだなんて分かるはずもない。それこそ、現役時代からウマ娘に関わってきたベテランくらいしか分からないさ」
「しかし……よくトレーナー業に復帰しようと思ったものだ。私が言うのも変だが、怖くないのかい?」
「当然、怖いに決まっているだろう。ただ、時間が経ちすぎただけだ。実験に失敗は付き物だが、取り返しがつかない訳では無いだろ? 致命的なミスは絶対に繰り返さないだけだ。それだけなんだ」
「取り返し……か。私の脚も、そうなれば良かったのだがね」
「ふむ、少し感傷に浸りすぎたようだ。そろそろお開きにしよう。私はこの後も実験が控えているからね」
「……おう、気をつけろよ。タキオンの力はずっと必要なんだからな」
「当然さ。明日もよろしく頼むよ」
タキオンが尻尾と袖をブンブン振り回して部屋を出た。
そのタイミングで狸寝入りをかましていたテイオーがわざとらしく声をかけてきた。
「ふーん、そういう事だったんだ」
「起きていることを分かってて聞かせてやったんだ。これで満足か?」
「うん! より一層マックイーンに勝たないといけないなって!」
「それは何より。さあ、今日はゆっくりしておけ。明日からはしっかりとプランを練っていくぞ」
「よろしくね! トレーナー!」
テイオーも上機嫌のまま部屋に戻っていく。今は……18時か。そろそろ行くか。
◼️
「もう飲んでたか、それにおハナさんも。俺は邪魔だったか?」
「気にしないでいいわ。さ、どうぞ」
「おうコーチ! こっち来な!」
さては結構飲んだなこいつ。
言われるがままに隣に座ると、早速肩を組んできた。
「次こそはお前を叩きのめしてやるからな!!」
「うるっさ!」
「最近ずっと貴方に闘争心を燃やしているのよ。何があったのか知らないけど、早いところ終わらせてくれないかしら。うるさくて仕方ないのよ……」
こいつ意外とちゃっかりしてるな?
「……とりあえず。マスター、ジンライム濃いめで」
「今すぐに。まさか貴方もこちらにいらしてくれるとは思いませんでした。ここも有名になったものですな」
ほっほ、と蓄えた髭を揺らしながら慣れた手つきでグラスに酒を注いでいく。貴方も、ということは結構なウマ娘ファンなのだろうか?
「ここだけの話……にしなくてもいいな。今のテイオーは長距離じゃマックイーンに勝てない。コンディションがいくら良くてもな」
「その言い分じゃ、テイオーの調子はいいようだな。スタミナに関してはマックイーンは誰にも負けんよ。スピードもいずれは誰にも負けないようになるさ」
「だが中距離ではテイオーが勝てる要素はいくつもある。覚悟しておけよ」
「ちょっと、リギルも忘れてもらっちゃ困るわよ」
「悪いがリギルには2人のお膳立てとなってもらおうか。今はあいつとマックイーンが主役なんでな」
「血気が盛んなことで。さて、御三方。ちょうどいいおつまみが出来ましたよ」
キッチンの奥からチキンやパスタなどが次々と運ばれてくる。誰か頼んだのか……?
「今日は店じまいとしましょう。私も昨今のレース事情には興味があるのです」
「とか言いながら、食材の期限が迫ってたんだろ?」
「ほっほ、口に出すものではありませんよ」
マスターは沖野からの指摘を軽く受け流し、ウイスキーを口に含む。
「さて、ここからはオフレコでいきましょう。御三方、それぞれの陣営についてどうお思いで?」
「私はマックイーンのローテに疑問だわ。本人の申し出とは言え止めるべきだと思うわ」
「これだから現実主義者は。ロマンってのが必要だろう?」
「マックイーンからも聞いたが、よくそんなローテを通したな。余程自信があるのか?」
「自信……は半々だな。少しでも異常が見つかれば即座に回避するし、勝てる確証もない。けどな、先を見据えて常勝の道を歩むなら、色んな相手と追い込まれた状況で戦いたい。それがマックイーンの考えだ。俺はそれに従うのみさ」
「その3レースには担当は出走しないけど、参考にはさせてもらうわ。ねえ、コーチ?」
「ああ。テイオーもお前の担当だが、今は俺が面倒を見てる。必ずマックイーンに勝てるようにするさ」
「貴方も不気味な存在なのよね。どんな心境で復帰したかは分からないけど、これだけは言えるわ」
「気負い過ぎないように。テイオーやその他大勢に影響をもたらすわよ」
「今は素直に受け取るよ、ありがとう。いずれ戦う時があれば、その時は全力で行かせてもらうよ。リギルさん」
「ええ、こちらこそ……ええと、チーム名は?」
「そういや決めてあるのか?」
「……チーム名、決めてなかったな」
そうか、チーム名。星の名前をそのまま使う事が殆どのようだが……ふむ。
「それは明日以降に考えよう。マスターが満足するまで話そうぜ」
育成の理論やローテの重要性をお互いに教え合いながら、いつの間にか終電の時間となった。
マスターも満足したのか、笑顔を絶やさないまま見送ってくれた。沖野はおハナさんに半ば無理やり引っ張られながら帰っていった。飲み過ぎなんだよ、アイツは……。
帰り道、ふと空を見上げる。チーム名は既に決まっていた。
『レグルス』
一等星の中では一番暗く輝く星であり、『小さな王様』の意味を持つ。
テイオーもタキオンも、トキノミノルも。確かに勝ち取った冠は持っているんだ。例え走れなくなったとしても、その時代の頂点に立つべき存在だったんだ。
今度こそは……今度、こそは。
必ずテイオーを頂点にのしあげてやる。