Return to race 作:はるりん
「レグルス……ですか」
「ああ。俺一人で決めてしまったが、他にこれがいいってのはあるか?」
「アンドロメダ!」
「それはチームが全員三冠ウマ娘を狙えるようになってからだ。リギルくらいしか相応しくない」
リギルという名も大概なのはさておき。
「『小さな王様』……案外、悪くないですね」
「もー! ボクが小さいって言いたいのー!?」
「ちげえよ。ここにいるメンバーは全員、もっと冠を掲げて当然だった。怪我をしようと、挫折をしようと、走れなくなっても……諦めようとしなかった。諦めない限り、どこまでも伸び続ける。そしていずれ大きな存在となる。だから『レグルス』と名付けた」
「熱弁して少し恥ずかしいが、これがチーム名の由来だ。納得してくれ」
「ちぇー、いいもんねーだ。褒められて悪い気はしないし〜」
「レグルス、いいじゃないか。可能性の先を求めるには丁度いい由来だよ」
「私からは何も。早速理事長に申請してきますね?」
鼻歌交じりに部屋を出るミノル。気に入って貰えたようで何よりだ。
「さて、テイオー。次のレースについて話がある」
「春の天皇賞だよね。言いたいことは何となく分かるよ」
「ボクじゃ今のマックイーンには勝てない。誰も止められないし、誰かが食いつけるとも思えない。弱気かもしれないけど、距離がボクの限界を超えてる気がするんだ」
「それでも、マックイーンの走りを間近で見ておきたいんだ。この先、どんなことを尽くしても勝てない……そんな時が絶対に来ると思うんだ。マックイーンに勝てるのはマックイーンだけ。誰もがそう思った時こそ勝ちたい。どうしようも無いワガママだけどね」
「テイオー、お前は。何処を目指しているんだ……?」
「会長の後を追うことも出来なくなった。三冠ウマ娘すら手に入らなくなった。だから、今は目の前のライバルに勝つ。最高の舞台で、最後の舞台で、マックイーンに勝つ。それしかボクには残ってないんだ」
その目には黒い濁りすら見えた。どこまでも深い執念が漏れ出ているようにも見えた。
初めから、こうなる運命だったのだろうか。もしくは、捻じ曲がったのだろうか。真っ直ぐに見つめるその瞳に、ただ気圧されるだけだった。
「春の天皇賞については俺も同じ考えだ。だが、あまりマックイーンの後を追わない方がいい。全てにおいて、マックイーンとテイオーは違う。ヒントはあるだろうが、まずは自分の走り方を極めよう」
「うん、そろそろアップしてくるね!」
明るく取り繕うテイオーを見送った後、タキオンは小さく舌打ちをした。
「私自身のプランですら上手くいかないと言うのに、何をのんびりしていたんだ。早く手を打たないと!」
「……力になれるかは分からないが、当事者や経験者から話を聞いてみる。データの善し悪しはタキオンに任せる」
運動におけるパフォーマンス向上の一手段として練習がある。
決まった動きに自身の思考を反映させ、自分なりの動作を見つけ、それを染み込ませる。この流れはウマ娘であろうと変わらない。
しかし、そこにノイズが入ったとしたら? 思い描いた光景に、僅かな歪みを見つけたとしたら?
「頼むから自分を見失うなよ、テイオー」
特効薬などない、アスリートにとっての死の病がすぐ傍に。
2週間後。天皇賞・秋、当日。
レグルスだけでなく、スピカとカノープスのメンバーも交えて液晶テレビに釘付けになっていた。
目当てはもちろん、1番人気のマックイーンだ。
「テレビ越しなのに、身体の仕上がりと気迫がここまで伝わってくる……」
「今日からのローテーション、ネイチャはもう聞いたか?」
「うん……天皇賞・秋、ジャパンカップ、そして有馬記念。1ヶ月おきのレースだけど、全力を出すとすれば有馬記念。なのに、ここまで仕上げてくるなんて」
誰が見ても分かる気迫、そして目つき。人間と同じ姿をしているが、纏うオーラは完全に人外である。
「テイオーにとっては、送ってはいけない塩を送ってしまったかもな」
「えっ、いつの間にそんなことしてたの?」
「タキオンに検査を頼んでた日だ。トレーナーとしては心配な部分があったからつい、な」
「それだけであんなに変わるものかなぁ」
一番の原因はいつだって、自分の存在の強さには気づかない。
夢への原動力を全てぶつけられる事が、どれだけのプレッシャーになっているか。
テイオーはこれから、それを知ることになる。
『生憎の雨となっております、東京レース場。強豪が集う天皇賞・秋、1番人気はやはりメジロマックイーン。パドックは文句無しの仕上がり、闘志は十二分といったところでしょう! 2番人気はモノクロストーン、宝塚記念のリベンジとなるか? 3番人気は……』
『さあ各ウマ娘ゲートイン完了……スタートしました! ドラマヒロイン好スタート、おっと外からメジロマックイーンが出ていきました! ハナを奪おうと一気に外から勢いをつけてきました!』
今回のメンバーだとハナを奪えないと厳しい展開になる。マックイーンはそう結論づけた。
スタミナに絶対的な自信がなければ、スタート直後にハナを奪うことは実行にすら移せない。だが、マックイーンはそれを容易く実現できる。
……しかし。
最内へと潜り込むその足がピタリと止まる。
『メジロマックイーンの足が止まりましたね。前に行き切れないと判断したのでしょうか?』
『バ場の状態も判断しての事でしょうか。ハナはプライマーに譲りましたね』
右足を踏み込んだ瞬間、天眼の言葉が過ぎった。身体の捻りを利用して後方を見た彼女は、即座に進路を切り替えた。
マジェンタシチーがすぐ傍にいたからだ。闘志を燃やす彼女は、敢えてマックイーンの近くで競り合うことで冷静さを取り戻そうとしていたのだ。
天眼はそれを予見していたのだろうか? 彼女は僅かに崩れた体制を立て直しながら眉間に皺を寄せた。
そして、何事も無く1コーナーを彼女達が走り抜けた時。
レース場内、そして中継を見るウマ娘達が一斉に違和感を覚えた。
説明しようのないズレ。
ウマソウルに宿っていたはずの決められた運命が捻じ曲がる感覚、と表現すべきだろうか。
もちろん、レースを走るウマ娘達も例外ではない。だが、その違和感がもたらしたものを、彼女達は誰よりも早く感じていた。
……まさしく、『怪物』が誕生した瞬間だと。
『マジェンタシチーを軽々と躱し、まだ突き放す! 後続は続かない! メジロマックイーンの独壇場だ! 4バ身、5バ身! ……6バ身差だ!! メジロマックイーンだ! 勝ったのはメジロマックイーン!! 文句の付けようもありません! これが! これが怪物の走りだー!!』
マジェンタシチーの後ろにピタリと位置づけプレッシャーを与えつつ、垂れてきた瞬間を逃さず差し切る。
最後の直線でしっかりと先頭を掴む。お手本のような走りだが、彼女が見せたものは次元が違う。
崩れる要素が1つもない。レースにはフロックというものもあるが、彼女の前では起きようもない。
まさしく『怪物』、そして『絶対皇帝』であるシンボリルドルフでさえも目を輝かせるほどのパフォーマンスだった。
「……いくらなんでも強すぎるでしょ」
辛うじてネイチャが絞り出した言葉が、嫌に響き渡る。
圧倒的な勝ちにも関わらず観客へのファンサービスを欠かさないあたり、まだ余裕があるということだ。
仮にもGIレース、参加するウマ娘達はみな強豪ばかりであることは間違いない。そんな彼女らに完勝してなお笑顔を絶やさないその姿に、出走したウマ娘達は表情を曇らせるばかりだった。
ガタン、とイスが揺れた。俺はすぐさま彼女の手を取った。
「今はやめておけ。壊れるぞ」
「っ、だって!」
「今はダメなんだ、今は。分かってくれ」
「やだ、やだよぉ……だってこのままじゃ、ずっとマックイーンに勝てないよ……」
テイオーを掴んだ手に涙がこぼれ落ちる。だが手は離す訳にはいかない。
このレースのイメージを濃く持ったまま練習を続けた場合、そのパターンにしか対応出来なくなる。
まだ手札が足りない。練習を厳しく進めるためにはあらゆる場面を想定して行う必要がある。もう少し、マックイーンを観察しなければならない。直接対決も含めて、テイオー自身にも考える時間を与えなければならない。
「距離の壁はあれど、マックイーンの土俵に立てば誰も勝てないだろう。同年代だけでいえば間違いなく最強だ。ドリームトロフィーリーグに在籍しているウマ娘ですら歯が立たないこともあるはずだ」
「それじゃ、尚更時間が」
「まあ待て。練習だけ続けて強くなれると思うか? 時間さえあれば成長できると思うか?」
「それは、違うけど……」
「そう、答えはもちろん違う。沖野は最低限の時間で最高の成果を上げ続けた。そしてマックイーンはそのプランに応え続けた。だが、それがずっと続くかといえばそうではない。必ずどこかで躓くし、体力だって持たないだろう。俺たちはその隙を突く」
身体の全盛期を迎えていない今でさえ、あのパフォーマンスが出来ているんだ。マックイーンの伸び代に合わせてトレーニングを続けていれば、必ずテイオーの脚が悲鳴をあげてしまう。
「タキオンが話したとおり2年後には必ずマックイーンに勝つ。まずは観察あるのみだ」
「……分かった」
そう呟いて、録画していたレースを黙々と見つめ始めた。
「南坂、すまない。少し様子を見ていてくれないか」
「分かりました。貴方はどちらへ?」
「タキオンの所に行ってくる。プランを練り直す必要が出てきた」
南坂は表情を少し固めて、2回頷いた。
カノープスのメンバーを侮っているわけではないが、こちらの事情を話してもいいくらいにはテイオーの現状を優先すべきだろう。
自然と歩幅が広くなる。いつも歩く校舎すら、何故か遠く感じてしまう。
急いだところで着くのは数秒と変わることは無い。しかし、それほどまでに焦っていたのも事実だろう。
「タキオン、いるか?」
「もちろんさ。ああ、カフェもいるが構わないかね?」
「こんにちは、カフェ。俺が押し入った形だ、コーヒーでも淹れようか?」
「『天眼』さん、こんにちは。丁度淹れたところなので、お気持ちだけ受け取っておきます。今日も愉快に引き連れていますね」
「いつもの事だ」
カフェのトレーナーは本物の霊障に出くわしているらしいが……俺にも何らかの霊が取り憑いているらしい。病んだ精神を好むとも聞いたことがあるが、俺は何も感じないから放ったらかしている。
「さっきのレース、見たか?」
「見たとも。彼女は過程や方法こそは違えど、私の求める限界の先に踏み入れる才能があるとみた」
「……プランを練り直さないか?」
「ふむ、確かに。しかしいくら小手先で路線変更しようと、スタートが同じなら意味が無い」
「だから、私が根本から変えてみせる。プランX、とでも呼ぼうか。カフェ、併走を頼めるかい?」
ごほ、とカフェは小さくむせた。俺ですら声も出ないほど驚いたのだから無理はない。
「……アグネスタキオン。あなたは、どこまで自分自身を犠牲にすれば満足するのですか?」
明らかに語気が強い。耳も限界まで絞られている。
「テイオーくんは私と同じタイプだ。有り余る才能をスピードに乗せ、限界の果てを見出した結果、壊れてしまった。ならば……」
「先駆者である私が見せてやらなければならないだろう? 果てに辿り着いた私が見る景色を!」
「……貴女の怪我は治りつつあります。ですが、ウマ娘の身体を知り尽くした貴女なら分かるでしょう? 完治してもなお取り除けない爆弾の存在を。今後の生活を投げ打つ程の価値が、テイオーさんにあると?」
「ああ、そうとも」
タキオンは躊躇いもなく即答し、カフェは観念したようにため息をついた。
「分かりました。併走に付き合いましょう。その覚悟を無下にするほど薄情ではありませんから」
「ですが、手加減は一切しません。そして、タキオンさんの脚の具合次第では直ぐに中止します。隠しても無駄ですからね」
「『お友達』を憑けたか。まあいいさ、ストッパーがある分、安心して走れる」
脚の包帯を外し、ストレッチを始めた。
競走から長く離れていたにも関わらず、その脚驚く程にしなやかで、力強さも秘めていた。
「光には遠く及ばずとも、その景色の一部でも見せてあげよう」
「クラシックの無念は未だに晴れていません。ここで決着をつけるのも面白いですね」
……2人とも、併走って事を忘れてはないよな?