Return to race   作:はるりん

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トウカイテイオー⑭

「まぁ、こんな状況でポッケ達は黙ってないよな」

 

 どこからか併走の噂を聞きつけたジャングルポケットが殴り込みに来て、後ろから慌てた様子のダンツフレームが駆け寄ってきて。

 そして何故か当然のようにいたペリースチーム。

 

 タキオン達が駆け抜けたクラシック世代の錚々たるメンツが5分も経たずに揃い、第二次インスタント宝塚記念が始まろうとしていた。

 

「コーヒー、買ってくれば良かったかな」

 

 タキオンの監督役ではあるが、トレーナーとしてはこれ程見応えのある併走はない。

 

 ダービーウマ娘の称号を勝ち取った後、クラシック級にしてジャパンカップを制覇したジャングルポケット。

 長距離においてはまさに敵無し。レース場を問わずその圧倒的なスタミナで他を寄せ付けなかったマンハッタンカフェ。

 クラシック最前線からは一歩遅れをとったが、本格化を経て迎えたシニア級では宝塚記念を制したダンツフレーム。

 芝とダートのGIを制覇し、一時期は呆れ返るほど強いとまで言われていたペリースチーム。

 

 そして。

 彼女らでさえも敵わなかった超光速の粒子が、ここに。

 

「やあやあ。君たちは必ず来ると思っていたよ! 特にポッケ君」

「あの時のオレとは違うからな! 併走でもなんでもいい、全員纏めてブッちぎってやるよ!」

「こうなると思いましたよ、ダンツさん、スチームさん」

「私はポッケちゃんから急に呼ばれたからですけど……少し前を思い出しますね」

「今度こそ勝ってみせます。勝ち逃げなんて許しませんから」

 

 ……思えば、タキオンの走りを生で見た事が無かったな。レース映像は飽きるほど見たが、やはり直接見なければならないだろう。

 

 

 彼女らがアップを終えた頃には、ウマ娘達やトレーナー達がこぞってレーストラックの周囲に集まりだした。彼らにとって参考になることは勿論だろうが、純粋に見てみたいという気持ちも少なからずあるはずだ。

 そして恐らく、テイオーやマックイーンも来ているだろう。

 

「コースは左回りの2400m。これしかないだろう?」

「何度も言いますが、本当に大丈夫なんですか?」

「他でもない私の身体だ。誰よりも理解しているさ」

 

 カフェは一瞬口を開きかけたが、目を伏せて少し微笑んだ。

 

「そうですか、分かりました」

「話は終わったか〜? 早く来いよ〜」

「ええ、今すぐに」

「……ふぅン?」

 

 スタートラインに並ぶ、GIウマ娘達。

 懐かしさもあったのか穏やかな表情を見せていたが、構えに入った瞬間に空気が変わった。

 息苦しささえ感じる重圧が、レーストラック全体を飲み込んでいく。

 

 

 ヒシアマゾンが持つスターターピストルが、レースの火蓋を切った。

 先手を取ったのはカフェ。続いてタキオンとダンツ、ポッケとスチームは様子を窺っているが、カフェのペースが思ったよりも早い。スタミナに任せて逃げ切る事を選んだか。

 彼女らの脚質とスピードを考えれば積極的な先行策は有効だろう。距離のロスを最小限にし、後続達を競り合わせることでスタミナも削りにきている。

 

 第2コーナーを回って既に7バ身差。ダンツが2番手に位置取り、タキオンは少し下がって全体を見渡せる位置に。最後方から少しずつ距離を詰めてきたことを察したか。

 カフェが少し息を入れたか、向こう正面から第3コーナーに差し掛かる頃にはバ群が固まりつつあったが、それでも2番手から5バ身はある。

 さあ、ここからどう動く……? 

 

 

 

「随分と、舐められたものだ」

 

 特にカフェ。あの表情はなんだ? 

 少なからず、これから倒すべき相手に向けるものでは無い。思いやる気持ちはいいが、少し走らなかった間に随分と上に立ったつもりでいるようだ。

 

 あの表情は、その脚で私たちに勝てるのですか? と言わんばかりだった。

 

 ドリームトロフィーリーグに移籍してからも走り続けた君たちは強いさ、ああ強いとも。

 ……だから何だと言うのだろうか。

 

「私が何もしていないと思ったか?」

「タキオンさん……!!」

「なんてスピードなの……!?」

 

 第3コーナーから一気に詰め寄る。遠心力を最大限まで推進力に変え、重力すらも味方につける。『天眼』がテイオーくんに提案したフォームを独自に改良し、私自身の身体が導き出した最速。

 その程度の差など、私にとっては無いに等しい。

 

 スタミナを削れば逃げ切れる、さらに競り合わせればスピードの差も無くなる。ああ、実に賢明な作戦だ。容易に考えつく。

 君たちの走りをどれほど見てきたと思っている? 希望と絶望の果てに見出したプランB、それすらも凌駕するためのプランX。それらを実現するためのサンプルとしては極上だったとも。

 

「おいおい、ここからスパートかよ! 上等だタキオン!!」

「まだ早い……まだ、耐える!」

「みんなには負けられない……っ!」

 

 コーナーから仕掛けることで、後続の走りも一変した。先頭がレースの鍵を握る? いいや、違うね。1から100まで、自分の想定通りに動けたウマ娘が握るものだよ! 

 

 第4コーナーを回り切るまでにダンツ君を抜き、カフェとの差は半バ身程まで詰めた。

 コーナーでのスタミナ消費も限りなく少なかった。あと300m、直線を走り抜けば私の勝ちだ! 

 最終直線に入って間もなく、カフェを捉えた。まだ速度は保てる! このまま一気に……っ!? 

 

「オイテイカナイデ。ワタシはまだ、ここにいるのに」

 

 あの光が再び見えつつあった時、私は現実に引きずり降ろされた。想定外というものはいつだって起きうるものだと。

 

「これは、まさか」

 

 レース前に憑けられた『お友達』か! 

 カフェが見たという、私にとっての最果てへのパスポート。私の求める光をあと一歩で見られるところで! 最悪のタイミングで、見せられてしまった……! 

 

 冷や汗が止まらない。息が途切れる。この光は、今の私にとってまさに猛毒。たびたび霊障には泣かされてきたが、レースでもこの精度で発生させられるとは! 

 

「直線で全員、ブッちぎる!!」

「その場所を、開け渡してもらう!!」

「最後まで、絶対に諦めない!!」

 

 先天的、あるいは後天的なフィジカルギフト。何度負けようとも再び立ち上がる根性。そして、ウマソウルが宿す才能。

 ……輝きに狂わされたトラウマ、存在したかもしれないバッドエンドの可能性。そして、一時代を築き上げた彼女達の輝き。

 

 それらが歪に、されど美しく纏まりながら、私の身体に新たな可能性を宿した。

 ああ、そうか。シミュレーションに傾倒していたこの私にはとても久しいこの感情。

 レースが! 走ることが! こんなにも楽しかったなんて!! 

 

「終わりなんて、ゼロなんて私には存在しない! さあ、実験開始だ! 可能性の先を導き出そう!!」

 

 背後からの足音すらも原動力となる。

 取り憑いた過去が、少しずつ剥がれていくのを感じる。脚先から、少しずつ確実に。

 

 

 

 言葉には表せない光。

 虹をも砕く野生の輝き。

 新たな道を拓き続けた黒き異端。

 泥水を啜ってもなお確かに根付く大輪。

 

 ……それがどうした? 

 私はアグネスタキオン。超光速を体現するウマ娘だッ!! 

 

「さぁ来るんだ! 共に可能性の先へ行こうではないか!」

「『お友達』が剥がされた……!?」

「まだだタキオン! 逃がすかよ!!」

「っ、ここに来てまだ……!」

「追いつけない……!」

 

 カフェが徐々に後退し、ポッケ君が猛追してくる。

 スチーム君は元々マイルが得意な分、私の早仕掛けにスタミナがついてこなかったようだ。ダンツ君は少しヨレたががまだ諦めてはいない。

 

「今度は君か! 追いついてみたまえ!」

「こん、のぉぉお!!!」

 

 皐月賞で決着はつけた。しかしその時とは段違いに成長している。

 世紀末覇王を打ち砕き、未知の長距離レースにも果敢に挑み、移籍後も更なる強者を求めて勝負を続けていたんだ。

 野生に任せつつも、確かな野望が今も刃を研いでいる。その切先を私に向けてくれた事に感謝するよ! 

 

 ポッケ君に差を詰められつつも、ゴールまで残り200mを切った。

 およそ2バ身、この差をどれだけキープ出来る……? 

 全ての意識を自分の身体へと向けたほんの一瞬、先程よりも遥かに足取りが重くなった。この重圧……カフェからか! 

 

「……もう、追いかけない。今はただ、アナタと一緒に! アグネスタキオンに勝つ!!」

「カフェ、君はどこまでも……私を興奮させてくれるねぇ!!」

 

 かつて運命に抗い、そして抜け出し、新たな運命を作り上げた存在。

 私でさえ手に余るというのに、まさか『お友達』と手を組むとは! 

 

 カフェが息を吹き返し、残り100mでポッケ君と並んで半バ身差まで詰め寄ってきた。

 もう何も考えられない。考える必要もなかった。

 野生、理論、神秘。この一瞬だけでもその最深部に辿り着いた私たちに、小手先の知恵などもはや通用しない。

 

 一歩でも速く、ただガムシャラに。

 わずかな距離でさえも勿体なく感じる。この時間が、永遠に続けばいいのに。目の前にある勝利に向かって、ただ手を伸ばし続けて。何よりも充実したこの時間が永遠に続けば……。

 

 

 良かったのに。

 

 

 

 

「ッ、ハァーッ、ハッ、ハッ……私の、勝ち、だ」

「あとちょっと、あと100mでもあればっ、オレが勝っていたのに……!」

「完敗、ですね。『お友達』の力を借りても、勝てなかった……」

「……1着をくださーい」

「みんなおかしいですって……なんであの早仕掛けについていけるんですかぁ……」

 

 タキオンは疲労のあまり立ち上がれず、ポッケとカフェは息を切らしながらも悔しさを滲ませている。スチームとダンツは撃沈していた。

 

 タキオンの上がり3ハロンのタイムは33.1、ポッケは32.8。カフェは恐らくタイムこそ劣ってはいるが、残り100mの速さで言えば5人の中では最速だろう。

 タキオン、ポッケ、カフェの順でいずれもハナ差。2、3バ身離れてスチーム、少し離れてダンツが入線していた。

 第3コーナーからスパートをかけ続け、更にこの殺人的な上がりタイム。

 ダンツも能力でいえば一線級だが、このメンツの中では少し劣っていたのが敗因。スチームはマイルを得意とする分あのロングスパートには太刀打ち出来なかったが、フォームやコーナリングの柔軟性は目を見張るものがある。芝とダートを難なくこなせるウマ娘は希少だ。今後はチェックしてみるか。

 

 カフェとポッケ。この2人の走りは直接見ても言い表せない強さがある。自然に存在するエネルギーを宿されては、理詰めで速さを求める俺にはどうにも出来ない。

 強いて着目するならば、スパート時のフォームの変化。第4コーナー通過までとは明らかに違う走りで、何故あれほどの速さを保ちつつ身体へのダメージが少ないのか。タキオンならば既に理解しているかもしれないが、俺なりに解析する必要がありそうだ。

 

「みんな、お疲れ様。とりあえず水分補給だ。あとは大まかにメディカルチェックを行う」

「ありがとう、トレーナーくん。とりあえず、立ち上がれないから、飲ませてくれ」

「無茶しすぎ、と私が言えた事では無いですね。煽ったのは事実ですし」

「やっぱりか! 君は私を見くびりすぎなのだよ!」

「立ち上がれるじゃねえか。ほら飲め」

 

 乗り気でなかったカフェでさえも突き動かされたくらいだ。

 タキオンの走りを実感したかったのは他でもない、この4人だったんだろうな。

 

「んぐ……ふぅ。有馬記念や宝塚記念のような条件なら、間違いなく君たちに負けていただろうね」

「いずれこうなるのが分かっててシミュレーションしてたんでしょう?」

「ああそうさ。しかしまあ、みんなの成長度合いは予想の範疇を大きく超えていたとも」

「でもまだ、タキオンには届かなかった。俺には何が足りないんだろうな……」

「ふむ、細かな部分は後日伝えるとして、私なりの結論を述べようか」

「待ってくれ、そもそも、なんで急に併走を始めたんだ……?」

「そうですよ、タキオンさんが引退を撤回したのは嬉しかったですが、その、脚は……」

 

 2人も復活したし、長引く前に俺が説明しておこうか。

 

「待った、積もる話は後にしよう。もう夕方だ」

「むっ……ああそうだ! そういえばおすすめの店があると言っていたねえ!」

「おいこらタキオン」

「パフェはあるか!」

「ああもちろん!!」

「待て」

「オッチャホイはありますか!」

「ステーキは!」

「コーヒーは……」

「まああるだろう! さあ行こうか!」

「……あーあ」

 

 諦めよう。今はタキオンに従うしかないか。

 ヒシアマゾンには今伝えるとして、フジとみんなのチームのトレーナーに連絡しないと。

 ……今すぐにでも纏めたい事が山ほどあったのに、あーあ。

 

 

 

 

「自分だけの武器……今のボクには、何があるんだろ」

 

 何もかもが空っぽになり、復讐心にも似た動機だけが彼女を突き動かしている。

 圧倒的な早さ、柔軟性、スタミナ。そのどれをとっても彼女が遠く及ばないようなレース。

 暗闇を歩く彼女にとって眩しすぎる光は、果たして。

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