Return to race   作:はるりん

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トウカイテイオー③

『メジロライアンが一矢報いた!』

 

 興奮した実況の声だけが、スピカの部室に響き渡る。

 メジロライアンは身体を鍛えているだけあって、パワフルな走りが魅力のウマ娘だ。前走の天皇賞・春ではポジションを上手く掴めず、囲まれた結果の4着。だが、今回は他のウマ娘を上手くおびき寄せ、マックイーンをベストポジションに踏み込ませなかった。それがライアンの主な勝因だろう。

 

「ライアン先輩が上手く立ち回ってたわね。私なら逃げて後ろを掻き乱す方がいいと思ったんだけど、どう? ウオッカ」

「スカーレットの意見には一理あるけどさぁ、サターンさんのペースを超えるとバテる気がするんだよな」

「マックイーンさんの位置は正しいと思うけど……もぐもぐ」

 

 スカーレットとウオッカを首を傾げ合い、スペシャルウィークは自主練終わりの栄養補給にカロリーバーを頬張っている。

 その中で、テイオーだけがレースのリプレイを凝視していた。

 

「テイオー、何か気づいたか?」

「マックイーンは絶好の走りをしてるよ。でも、ライアン先輩が近くのウマ娘を焚き付けたんだ」

 

 テイオーはもう気づいたか。マックイーンの走りをよく見ている証拠でもあるな。

 

「前走のマックイーンはここを走ってたんだ。でも、今回はここ。ウマ娘3人分くらいコーナーで膨らんだ。それが敗因だと思う」

「俺からもいいか? ライアンはある程度この展開を予想していたようにも見える。少しビデオを戻して……ここだ。3番のモノクロストーンと8番のリュウノテールはこの時点では仕掛けるつもりはなかったんだ。だが……4コーナー手前でライアンが前に出た。5番のグッドサターンが想定以上に早くバテたのが、ライアンにとっては絶好のチャンスだっただろうな」

「ライアン先輩が前に出たのを見て、ストーン先輩とテール先輩が勝負を急いだ。その結果、ライアン先輩の近くにあったマックイーンのベストポジションが埋まってしまった」

 

 テイオーが答えを言ってしまった。いい所だけ取られたが、核はもう1つあるかもしれない。その可能性に気づいているのは何故かゴルシだけだ。

 

「ライアンのトレーナーの入れ知恵もあったかもな。末脚の強さは目を見張るものがある。同じメジロ家として、お互いにレースの癖も分かっていた。その上で負けたんだ。今頃、沖野は悔しがってるだろうな」

「あーあ、早く走りたいな〜!」

「ダメだ。無理に走ろうとしたらスピカの皆が取り押さえるからな。あとついでに主治医を呼んでやる」

「コーチの鬼! 悪魔!」

「なんとでも言え」

 

 1週間でここまで知識を叩き込めるんだ。お前はまさしく天才だからな、怪我をこれ以上悪化させたくない。

 

「なぁコーチ。ちょっといいか?」

「待ってくれ、今から沖野に電話する。ゴルシも同じことを考えていたか」

「そりゃあ、マックイーンの走りはよく見てるからな! あのレースで2着は納得いかねえよ」

 

 左脚への違和感はやはり間違っていなかった。早急に連絡しなくては。

 

 

 

「惜しかったな、マックイーン」

「ライアンに嵌められましたわ。何から何まで手のひらの上でした」

「そこは俺が反省するべき部分だ。マックイーンの走りとしては……すまん、電話だ」

 

 この番号は……コーチか。

 

「もしもし、コーチ」

「レースお疲れ様。急ぎの要件だがいいか?」

「左脚の事だろ? この後の検査を入念にしてもらうように頼むところだったんだ。気のせいかと思っていたが、コーチの電話で確信したよ。また戻ったら話そうか」

「おう、いつものラーメン屋でな」

「……さて、マックイーン。ライブが終わったあと、主治医の所で精密検査を受けてもらう。心当たりはあるよな?」

「左脚、ですわよね?」

「そうだ。あの程度の割り込みなら前に出られたはずだが、左足の踏み込みが足りずにコーナーを膨らんでしまった。そのように俺は見ていたが……コーチも同じ事を感じていたようだ。杞憂かもしれないが、検査に付き合って欲しい」

「分かりましたわ。私はここで止まる訳にはいきませんもの」

 

 マックイーンのライブを見届けた後、すぐに車を飛ばした。何事も無ければいいんだが……。

 

 

 

 

「ゴルシ、検査の結果が出たみたいだ」

「おう、どうだった?」

「骨には異常は無かったが、左前足部の筋肉に軽微な炎症が見られたそうだ。1ヶ月は休養した方がいいと連絡があった」

「そうか……まっ、頑張りすぎてたところはあるし、それくらい休んでもバチなんて当たらねえよ!」

「テイオーと同じ座学をさせてもいいかもな……そうだ、ゴルシもラーメン食いに行くか? ウマ盛りもあるぞ」

「もっちろん! 財布は分厚くしとけよ〜!」

 

 ゴールドシップは何を考えているか分からないし、行動の意味なんて考える方が負けだと思っている。だが、誰よりも仲間思いだって事は分かる。そして、闘争心だけで言えばルドルフにだって負けていない。少々闘争心の出し方を間違うこともあるが……まあ、それはそれだ。

 これでもメジロ家の血を引くお嬢様だ。教養もあるし、レースに至っては信じられない末脚を持っている。俺の立場も理解しようとしてくれる場面も過去にある、信頼出来るウマ娘の1人だ。

 

「うし、車に乗れ! 財布の心配はいらないぞ!」

「よーし! 麺野菜人参ウマ盛りを3杯だ!」

 

 

 

 軽く見上げる事が出来た野菜がみるみるうちに減っていく。ウマ娘の食欲はやはり化け物だ。

 

「厳しい食事制限も乗り越えたからな! どんどん食べろよ〜!」

「むぐむぐ、箸が止まりませんわ! むぐむぐ」

「おっちゃん! これおかわり!」

「あいよ! どんどん食べて、明日からも頑張れよ!」

「ねえ、マックイーンやゴルシはともかく、ボクまで誘ってよかったの?」

「放課後の勉強会にマックイーンも参加してもらうことになった。それを伝えるために連れてきたんだ。ほら、食え食え」

「んー、じゃあ遠慮なく!」

 

 テイオーもよく食べるが、休養中であることも考慮した上でメニューを頼んでいる。ウマ娘のデリケートな部分ではあるが、体重管理もきっちりしておかなければ、怪我や不調に繋がる。テイオーは既に承知の上で食事をしているが、マックイーンは……まあ、沖野が何とかするだろう。

 

「休養といっても、あくまでランニング動作を禁じられただけだ。脚に負担のかからないトレーニングは引き続きしていくぞ。あと、実践練習の代わりとしてコーチの授業に入ってくれ」

「分かりました。ところで、どのような授業をされているのかしら?」

「レースに関わること全般だな。説明すると長くなるから、実際やってみた方が早い」

 

 2杯目のスープを飲み干し、3杯目を頼む。たまにはこってりとしたラーメンでも食うか。

 

 ◼️

 

 今日の授業はウマ娘の身体構造について学んでもらうことにした。

 テイオーは何度かこの授業を受けているが、あまり身についていないようにも見えた。そこでスピカのメンバーで余裕のある者に限り、授業に参加してもらうようにトレーナーに伝えた。

 するとどうだ、スピカだけではなくカノープスのメンバーまで集まっていた。

 

「南坂トレーナーに伝えたのか?」

「ツインターボが盗み聞きしてたみたいだ。すまん」

「こんな大人数を集めると何を言われるか分からないな」

 

 スピカ以外のメンバーを呼んでもいいか、一応ルドルフに聞いておこう。

 カノープスは打倒スピカを掲げてはいるが、スピカのメンバーとはかなり仲がいい。厳しい体調管理に裏付けられた頑丈さと堅実な走りがウリのイクノディクタス、若駒ステークスでトウカイテイオーと対戦したナイスネイチャ、その逃げ足が呼ぶのは勝利か破滅か、ツインターボ。

 テイオーやマックイーンとは何かと交流があるのか、かなり騒がしくなっている。怪我で塞ぎ込まれるよりかはいいが、こうなると続けられないか。

 

「南坂トレーナーを呼んでおいてくれ、俺はルドルフの所に行く」

「会長の所にか。分かった」

 

 騒ぐ、といっても勉強した内容を教えたり補足したりしているから問題は無いだろうが……あくまで部外者の俺は去るべきだろう。

 

 ◼️

 

「ルドルフ、入るぞ」

「コーチか」

「スピカの部室でテイオーとマックイーンに座学をしてもらってたんだが、何故かカノープスのメンバーまで参加してきてな。俺は講師でもトレーナーでもないから、ここまで生徒を集めていいか聞いておこうかと」

「なるほど、あくまで主治医の指示に従うと言うことか」

「マックイーンはスピカのトレーナーから許可を貰ったが、南坂トレーナーからはまだ正式に許可を貰っていない。どちらにせよこのままでは公平性に欠ける。場所を移すべきかも先に聞いておくべきだった」

「ふむ、それは私だけでは決め兼ねるな。理事長に掛け合ってみてはどうだろうか。私も着いていくよ」

 

 こうして言われるがままに理事長室に連れてこられた。生徒会室に負けず劣らずの豪華な部屋だ。

 

「お疲れ様です。理事長、たづなさん」

「そちらこそお疲れ様です、コーチ」

「うむ! そなたも休養は必要であるぞ!」

「俺は暫く働き詰めですよ。それより、実は相談したい事がありまして」

 

 ルドルフに相談した内容をそのまま伝えると、理事長が大きく扇子を拡げた。そこには『承認!』と力強い文字があった。

 

「コーチを臨時講師とすれば万事解決であろう! 勉学の公平性についてはルドルフ会長に一任する!」

「臨時講師……いい響きですね。コーチ?」

「むず痒いだけだ。ただ、それでトレセン学園に残れるなら喜んで引き受けるさ」

「授業内容についてはもう紙媒体とUSBメモリに纏めてもらっている。これを全生徒に配布すれば問題ないだろう。質問については週に1度纏めて返答すればいい」

「分かった。今週からもっと忙しくなるな」

「息抜きでも構いません。たまにはこちらにおいでくださいね」

「善処するよ。たづなさん」

 

 コーチの表情に思わず耳を動かしてしまった。

 なるほど、何か訳アリのようだ。知らず存ぜぬを装って聞き耳ならぬウマ耳をたてて探ってみようか? なんてね。ふふっ。

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