Return to race   作:はるりん

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トウカイテイオー⑦

 翌朝、学園全体でアンケートが実施された。

 単に臨時トレーナーの許可だけでなく、任意ではあるが詳細な理由も希望しており、理事長が言っていた学園の総意も分かるようになっている。

 テイオーのトレーニングの合間にたづなさんと連絡を取り合っていたが、今週中には結果が分かるとのこと。詳細な理由に関しては、臨時トレーナーの善し悪しよりも、テイオーに対する心配が目立ったそうだ。骨折明けのレースに担当トレーナーを変えて挑むということは、少なからず練習内容や環境が変わるということ。

 また大きな怪我をしないか。コーチとしてウマ娘達と関わってはいるものの、トレーナーとしての経験が浅い事への疑問。主に目立ったのはこの2つだ。

 

『ある程度予想はしていたが、批判が殆ど無かったのは驚いたな』

『案外、トレーナーとして学園にいてくれた方が助かるのでしょう。コーチや臨時講師って肩書きがあるだけで、どこか壁があると思ってしまうものですから』

『まるで俺が怖がられているみたいじゃないか』

『貴方は怖くありませんよ。トレーナーさん』

『……あのなあ。いや、もういい。切るぞ』

『はいはい。相変わらずせっかちなんですから』

 

 電話を切り、練習場に戻るとテイオーが駆け寄ってきた。

 

「どうだった?」

「今週中に結果が出せそうだってよ。あと、テイオーを心配する声が多かったみたいだぞ」

「えへへ、なんか照れちゃうなあ。よ〜し、もう一本走ってくるね!」

 

 スキップするかのようにターフに駆け出すテイオー。

 プールトレーニングによりスタミナは回復しつつあるため、今日から新フォームの練習を交えたランニングを取り入れている。

 もはや異常と言ってもいい柔軟性は、靭帯などの自然修復が出来ない組織へのダメージを伴う諸刃の剣である。もちろん骨や筋肉へのダメージも大きく、むしろ後者の方が引退に直結してしまう。

 しかし、ウマ娘はレースを走らなくなってからも生活は続く。そこら辺は俺たち人類と同じようなものだ。無理が祟って歩けなくなりました〜、なんて事は論外である。

 

 新フォームとは、極端な前傾姿勢を絶対にしない走り方である。

 そんな簡単な事かと思うかもしれないが、彼女は柔軟性をフルに使ったフォームでGIレースを2回勝っている。それを手放すことは容易ではない。

 身体へのダメージを気にしないならば間違いなくテイオーにとって最速の走り方だが、このままではまたすぐに故障してしまう。同じ箇所の骨折でも起こせば二度と走れなくなるかもしれない。

 この事実をテイオーに理解してもらうために、3ヶ月間みっちりと座学に打ち込んでもらった。

 

「もっと強く蹴り出せ! パワーが足りてないぞ!」

「はっ、はっ、分かっ、た!!」

 

 身体の前傾は脚に大きく負担をかけない程度までに留め、一歩一歩の質を極限まで高める。

 従来のフォームならばスピードは出るが、パワーとスタミナを多く消費してしまう。力みながら走っていれば、当然スタミナは尽き、柔軟性を過剰に使ったバネを使わざるを得なくなる。

 これからのレースはスタミナの底上げも必須となってくるが、まずは改善出来る点を最優先させなければならない。

 

「お疲れ様、テイオー。最後の2ハロンは良く見えたぞ」

「コーチが言ってた重心の位置が分かったような……少し足が楽に出せたって感じ」

「足の回転は良かったな。上体の力みは気にせず、まずは重心を完全に把握しよう」

「分かった! でもちょっと休憩〜……」

 

 ぺしゃっ、と地面に溶けたテイオー。

 感覚を研ぎ澄ませながら流動的なものを制御しつつ、さらにフォームにも気を配って走る。そりゃあこうなるわな……。

 だが、数回の指導でここまで出来るとは思ってなかった。まさしく『天才』と呼べるだろう。

 

「よし、今日のランニングはこれで終わろう。テイオーに見て欲しいものがある」

「うえぇ……もうちょっと休ませてぇ……」

「はちみーでも買いに行くか?」

「行く!!」

 

 一瞬で固形に戻った。ウマ娘って不思議。

 

 ◼️

 

 車を10分ほど走らせると、はちみーの屋台が見えてきた。

 

「固め濃いめダブルマシマシ2つ!」

「はーい。今日も元気ね、テイオーちゃん。これでも食べて練習頑張ってね」

「ありがとー!」

 

 ビスケットを3枚貰っていた。彼女は満面の笑みを浮かべてはちみーとビスケットを口にした。

 

 ズゴゴゴもしゃもしゃ。ズゴゴゴもしゃもしゃ。

 

 食欲も問題無し。いい食べっぷりだ。

 運動後ならばこれくらいの食事はコンディションには影響しない。むしろどんどん食べてくれ。

 テイオーの食事が終わったあと、助手席に乗せて車を発進させた。

 

「学園に帰ったら一緒にレース映像でも見ようか」

「どのレースを見るの?」

「オグリキャップやタマモクロスが出走したジャパンカップだ。覚えてるか?」

「もちろん! テレビの前で興奮しっぱなしだったなぁ。確か勝ったのってオベイユアマスターだったよね」

「そう。テイオーに真似して欲しいフォームの持ち主だ」

 

 凱旋門賞を勝利したトニビアンカをはじめとした、各国の強豪ウマ娘が揃ったレースは、大方予想通りの結果になると思われていた。

 だが思わぬ伏兵がいた。それがオベイユ(W I L D)アマスター(J O K E R)だ。

 

『白い稲妻』となったタマモクロスですら届かなかった半バ身。東京の芝を研究し尽くし、出走するウマ娘たちのデータを全て頭に叩き込んだ上で、彼女は反則ギリギリのレースを展開した。

 桁外れの努力と度胸、そしてそれを隠し通す仮面があってこそ、彼女はあのレースで勝つことが出来た。裏を知れば知るほど、彼女以外の勝ちは無かったとも言える。

 

「地面からの反力を極限まで前方に流し、推進力へと変えるフォーム。彼女のフォームを完全に模倣するなら途方もない練習と集中力が必要ではあるが、ある程度なら普段の走りにも反映できる」

「オベイユアマスターとボクの体格って全然違うけど大丈夫なの?」

「大丈夫だ。むしろ身長は低い方が負担が少ない」

 

 オベイユアマスターは182cmと非常に身長が高く、テイオーとおよそ30cmほどの身長差がある。前傾姿勢になると上体の長さに比例して背筋などの重力に抵抗する筋肉への負担が増す。そのため、彼女のフォームは低身長のウマ娘が取りやすいものとなっている。余計に彼女の異常さが際立つな。

 

「タキオンの研究室でレースを見るぞ。あいつならテイオーに必要な能力を数値化してくれる」

「タキオン先輩、ちょっと苦手なんだよね〜……」

「大丈夫、お前が思ってるよりもいいやつさ。俺に対しては知らん」

 

 結局飲み薬で悲惨な目に遭った。副作用が悪夢にうなされるだけって言ってたけど、1週間も続くとは思わなかった。お陰で勉強が捗ったよちくしょう。

 

「よし、着いたぞ。早速見に行こう」

「ボク、大丈夫かなぁ……」

 

 あいつは少なくとも現役のウマ娘を実験対象にはしない。何も怖がることは無いが……面白いから黙っておこう。

 予めタキオンに連絡を入れて置いたため、すんなりとラボに通して貰えた。

 

「やあやあコーチ。何やら面白い事になっているじゃないか」

「そう言うと思った。その話は後だ、用意は出来てるか?」

「準備はバッチリさ! さあ、テイオー君も来るんだ。GIウマ娘を心ゆくまで解析しようじゃないか」

「う、うん……」

「タキオン、怖がらせるのはやめてくれ」

「え?」

 

 無自覚って怖い。

 

「さて、彼女のフォームを見る前に少しだけ話をしよう」

 

「彼女はジャパンカップに出走するまでは全く勝てなかった。いい所なんて一切無く、実際に早く引退した方がいいなんて声もあった。周りからの暴言なんて日常茶飯事だった」

 

「天才的な能力なんて一切無く、自分の脚に芝が合っていない。そんな状況でも、彼女は折れることなく走り続けた。そんな時に、あるトレーナーの一言が全てを変えた。それがジャパンカップ出走の提案だ」

 

「千載一遇のチャンスなど滅多にない。彼女にとってのジャパンカップと同じようなレースが君にあるかどうかも分からない。それを承知で伝えておく」

 

「2年後の有馬記念。そこで全ての答えを出せ」

「……2年、後?」

 

 残酷。その言葉が1番適切な宣告だった。

 

「来年じゃダメなの?」

「君の身体状況とステータスの伸び代を考えれば、来年じゃ間に合わない」

「……どれだけ頑張っても?」

「君の脚がどうなってもいいのならスケジュールは組み直せるとも」

 

 テイオーの表情が険しくなる。道のりは長いと理解していただろうが、どこか楽観視していたところもあったのかもしれない。

 ただレースに勝つだけならもっとハードルを下げることも出来ただろう。だが、彼女の目標はあくまでメジロマックイーンに勝つこと。それが茨の道であることを、タキオンは教えただけに過ぎない。

 

「そのスケジュール、見せて欲しいな。ボク自身が、もっと上手くやれると思ってるんだ。納得いかないよ」

「構わないさ。でもその前にレースを見よう。スケジュールを把握するにあたって前提は作っておくべきだ」

 

 モニターにレース映像が映し出される。

 オベイユアマスターの走りを食い入るように見る彼女は、どこか迷いを振り切る事に必死なようにもみえた。

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