Return to race   作:はるりん

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トウカイテイオー⑧

「日本の競馬場は多少差はあるが、基本的には高速馬場と呼ばれている。つまり芝が固いんだ。当然、踏み込んだ際の反力も大きくなる」

「その反力を活かしたフォームって事は分かるけど……それをぶっつけ本番でやり遂げたんだよね」

「ああ。だから君にも出来ると私は確信しているよ。どれほど時間が必要だろうともね」

「ねえ、タキオン先輩。なんでボクの肩をそんなに持ってくれるの?」

「ふむ……はっきり言って愚問だが答えてやろう。コーチ、少し席を外してくれ」

「分かった。話が終わったらメッセージを送ってくれ」

 

 タキオンに促され、ラボを出る。少しマックイーンの様子でも見ておこうか。

 

「さて、ようやく2人になれた。君には話しておきたいことも、聞いておきたいこともあったからね。ほら、とっておきの紅茶だ。砂糖も茶菓子も自由にしたまえ」

 

 タキオン先輩の眼は相変わらず濁っていて何も読み取れない。

 でも紅茶は確かに美味しい。

 

「脚の調子はどうだい?」

「骨折する前よりは全然ダメだけど、タイムは意外と出てるかな。こんな状態でスムーズに走れるとは思ってなかったよ」

「ふふ、ならばいい。スケジュールの変更を今すぐしなくても済む」

 

 机の上に数冊のノートが置かれる。

 表紙には番号だけしか書いていないが、このノート全てにボクの未来が込められていることは確信した。

 

「ボクはあと、どれくらい能力を伸ばす必要があるの?」

「マックイーン君に勝つならば、スタミナとパワーは今の倍は必要だ。スピードに関しては倍以上欲しい」

「……だから2年必要なんだね」

「あの怪物相手に2年で届くと思えば安いものさ」

 

 躊躇うことなんて何も無かった。

 ノートに手を伸ばしたその時、白衣越しに手を掴まれた。

 

「改めて確認しておく……本当に、いいんだね? 君の未来は、全てコーチに管理される事になる」

「これでボクが生まれ変われるなら、喜んでコーチについていくよ。むしろこのノート通りにならなかったら怒るからね!」

「ふふ、図々しいが実にいい。プレッシャーと感じるかもしれないが、伝えておきたいことがある」

「……うん。ボクが聞いてもいいのなら」

「同じ皐月賞を制したウマ娘として、もう二度と走れなくなったウマ娘として伝えよう。絶対に無茶はしない事、そして必ずやり遂げることだ。私はもう甦ることは無い。だから君に全てを託すよ」

 

 その言葉が重圧になることはなく、ボクを支えてくれた。

 もう迷うことは無い。1番目のノートを手に取り、ゆっくりと開いた。

 

「それが先程の疑問への答えだ。さあ……共に可能性の果て、限界の先を見ようじゃないか」

 

 今まで行ってきたことが正しいという証明を、これから始めよう。

 

 ◼️

 

 放課後のレース場に足を運ぶと、まだまだ暑さの残る風が緩やかに吹いていた。そして普段よりもウマ娘達の活気が溢れていた。

 10月からはGIレースがほぼ毎週のように行われる。そのため、夏の合宿と9月の調整が今後のレース結果を左右すると言っても過言ではない。

 短距離から長距離までの有力なウマ娘がここまで揃い踏みになるのも、今の季節ならではだ。

 

「テイオーさんの練習はもう終わったのですね、コーチ」

「久しぶりにターフで走ったからな。少しずつ負荷を増やしていくさ」

 

 缶コーヒーを片手にたづなさんが隣に座ってきた。どうぞ、と渡されたので遠慮なく受け取り、一口含んだ。

 

「たまにはこうやって、のんびりするのもいいですね」

「理事長室に居なくてもいいのか?」

「今は休憩中ですよ。ずっと働き詰めは理事長が怒ってしまいますから」

「俺が言うのも変な話だが、たまには1日丸々休んでもいいんじゃないか?」

「本当に変な話ですよ……あまりに休まなかったら無理やり休ませますからね?」

「そう睨まないでくれ。俺も今倒れちゃ困る状況だからな」

「ウマ娘に限らず、みんな無理は禁物ですよ」

 

 指でバッテンを作って頬を膨らませてきた。たづなさんを怒らせると本当に怖いので大人しく従っておかないと。

 

「もしかしたら、こうして怒ることも暫くは無くなるかもしれませんが……」

「どういうことだ?」

「ふふふ、楽しみにしておいて下さい。私は戻りますね」

 

 やけにご機嫌なたづなさんの背中を見送ってから、どういうことかを暫く考えたが……結局分からないのでマックイーンに視線を戻した。

 

「気を抜くなマックイーン! 一歩一歩を意識するんだ!」

「分かって、ますわ!」

 

 スピカのメンバー達と3コーナー手前の直線からスタートし、終盤の駆け引きを意識させつつフォームの改善も同時に図ろうとしている。

 マックイーンの鬼気迫る表情は気になるが、日を追う毎にフォームが良くなってきている。

 次のレース予定は京都大賞典。この調子なら圧勝だろう。

 

 練習風景を眺めていると、タキオンからメッセージ来たためラボに戻ることにした。

 

「メッセージを見たが、テイオーは腹を括ったんだな?」

「ああ。今はノートに夢中さ」

 

 タキオンと協力して書き上げたノートは、既にテイオーの手元にあった。2年後を見据えた練習内容なども書き記した為、10冊以上も出来上がってしまった。この全てがテイオーのものとなる時まで、俺たちは支えていかなければならない。

 

「最初にウマ娘としての限界を超えるのは、トウカイテイオー君だ」

「俺たちの持てる全てを、テイオーに託そう。俺自身の戦いでもあるからな」

 

 トラウマに打ちひしがれ、逃げ続けた自分への挑戦。

 そして……トレーナー界の最前線をひた走ってきた、同期への挑戦でもある。

 

 待ってろ。必ずお前を、メジロマックイーンを負かしてみせる。

 

 ◼️

 

「理事長……いえ、●●●●」

「どうした? ●●●」

「もしコーチの臨時トレーナーが認められた場合……コーチのサポートをしたいんです」

「それはコーチに対する同情か?」

「いえ、もう一度応援したくなっただけです」

「…………全く、君は。分かった。次こそは夢を叶えるんだぞ。たづな」

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